新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の後期中年者のサラリーマン。  背景の写真は札幌の「宮川本店」の鰻重。 (記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります)

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

6人組

赤魚、鯖、鯛、そして大安にはしらす♪プーランク/声

  9月17日(火)・友引
 休みだった『敬老の日』の昼に、私は何を食べたんだったろう?


 朝のうちにファミリーマートに行って、夜に飲むウイスキーと、夕食用のポテトサラダや麻婆豆腐を買い、それを食べたことは確認できた(自分のつぶやきを顧みて)。
 でも、昼は何を食べたのかさっぱり思い出せない。敬老の日にふさわしくきれいさっぱり忘れちまったようだ。

 翌日の火曜日。
 出張で1週間以上ぶりの出勤。
 出社するのが楽しみで職場に向かう歩みも自然と速く、、、ならず、「あぁ~、疲れ取れてないなぁ」って感じ。

 これまた1週間以上ぶりに、いつも利用するセブンイレブンに、お姉さんの安否を確認しがてら弁当を買いに寄る。

 ほほぅ~。
 見たことのない弁当だ。そしてお姉さんも元気だ。

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 新発売のシールは貼っていないが、私にとっては初めて見る弁当。
 試しに買ってみた(唐揚げも入っていることだし)。

 うん。おいしい(もちろん昼になってから食べた際の感想である)。
 そしてこういう弁当-つまりお魚が主役-を食べると、ちょっぴり体に良いような気がしてくる(チキン南蛮弁当とかカルビ丼よりは)。
 卵焼きだと思ってした右端の物体が、すき焼き風の豆腐だったのもうれしかった。

  9月18日(水)・先負
 この日の朝は、やはり1週間以上ぶりに、今度はLAWSONに寄る。
 あの店長さんがちょうど弁当の品出しをしているところだった(この日の『元気度と自然な笑顔度』指数は75(満点は100)。
 とはいえ疲れがたまっているに違いない店長さんをわずらせないよう、わがまま言わずにすでに棚に並んでいる(あるいは前日から残っている)弁当を手に取る。

 でも、新発売の、私にとっては7まだ未体験のキノコである。
 昨日が赤魚の幕の内なら、今日はキノコの幕の内だ。
 さらに、昨日が赤魚なら、今日は鯖である。
 私はコンビニ弁当の中でも極めてメルシー路線を歩んでいると言わざるを得ない。

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 なになに?
 鯖なんてないだろうって?

 チッチッチッ!
 ほれ、逆側から見ると、シールの陰に鯖ちゃんがいるのである。

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 ここの弁当も、コンビニ弁当としては卓越したバランスの良さ。
 ただしサツマイモの天ぷらはいただけない(あくまで個人の好き嫌いの問題です)。

  9月19日(木)・仏滅
 この日は前日に続いてLAWSONへ。
 またまた初めて見る弁当があったので、ちょっと迷ったが購入。

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 なぜ迷ったかというと、私は鯛めしが苦手なのだ。
 だって『鯛めし』ご飯全体に鯛臭さが蔓延しているんですもの。

 しかしこれを食べてみて、それは杞憂であることがわかった。

 鯛めしといっても、米と一緒に鯛を炊いていないようだ。だってご飯の中に鯛の身の断片を見かけなかったもの。そしてご飯の上に載ってい鯛のほぐし身も、ほとんど魚臭くない。

 となると、お魚や昆布、似た野菜にお豆ちゃんまで摂取できる、これまた優れた幕の内ってことになる。

 いやぁ~、奥さん!幕の内って奥が深いですねぇ。

 さて、予告した通り、この日はアルフレッド氏とムッカマール氏、さらに姥向井氏が札幌から私を訪ねてやって来た。
 夕食は、阪急東通りのがんこ寿司で。しかし、食事を終えたあと、姥向井さんがまだまだ食べられるというので、地下街『Whityうめだ』に行くと、この日は一斉休業日。串カツを経験させてあげたかったが残念。で、そのまま阪急三番街に進み、全く傾向は異なるが、2軒目はうなぎ屋さんで鰻丼。

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 年寄りのくせに、そんな若者でもしないような暴食をしたせいだろうか?
 夜中、寝ているときにいきなり右足のふくらはぎがつってしまって、泣く思いをした。

PoulencVoix  9月20日(金)・大安
 この日はセブン。
 このお店で、いつも朝の時間帯に働いているアルバイトのお姉さんの響きと通りの良い声を耳にすると、私はさわやかな気分になれる。夜遅くに食べて、朝まで持ち越した鰻丼によるもたれも少しは軽くるってものだ。

 プーランク(Francis Poulenc 1899-1963 フランス)の歌劇「人間の声。La voix humaine)」(1958)。

 筋はここに書いたように悲惨なものだが、もちろん声に張りと透明感のあるセブンイレブンのお姉さんと、この作品のストーリーとでオーバーラップするところはまったくない(って、あのお姉さん-学生さんだと思う-のプライベートを私が知る由もないけど)。

 ロットのソプラノ、A.ジョルダン/スイス・ロマンド管弦楽団の演奏を。

 2001年録音。ハルモニア・ムンディ。

 その通りの良い「いらっしゃいませぇ~」という声に購買意欲を高めさせられ、弁当の棚に向かうと、またまた見たことのない弁当を発見。しらすと野沢菜である。

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 それにしてもセブンイレブンとLAWSONの2つで(この週はファミマとasnasは覗かず)、4日間毎日異なる幕の内を購入できるとは、幕の内好きの私としてはうれしい限りである。いよいよもってコンビニ弁当の世界に、幕の内の時代が到来したのか?

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 鶏の照り焼きが3切れ入っているところが、地味に「うっひょ~い!」と気分を高揚させる。
 が、その下には大根の煮付けと一緒に似た梅干しも入っている。なんだがヘルスに行けそう、いや、ヘルシーに生きていけそうだ。
 おでん風に煮た軟骨いりのつくねもあっさりでよろしい。
 
 こうして、この週は充実した昼食(幕の内4連発!)を堪能できたのだった。

卑屈になる必要なんてない。『風』をとれ!オネゲル/Sym3

20190509asnas_Butadon  北海道の名物と言えば……
 5月8日から積極果敢に北海道フェアを始めた阪急系のコンビニ『asnas』。

 フェア2日目の朝、私はポスターの中央に写っていた弁当がないかどうか探りに行った。

 『いかめし』ではない。
 ほぅら、ごらん!豚丼的なものが写っているでしょ?

 そして店にそれはあった。1つだけ。

 そうなると探りに行っただけで済ますわけにはいかない。残っているその1つは私に食べてほしいと訴えているとしか考えられない。
 その日の夜は焼肉を食べることが決まっていたのに、私は郷土愛からそれを買った。20180718Fuji6

  『豚重』じゃおいしくなさそうだもんね
 しかし品名としては『豚丼』でも『豚丼的』でも『トンテキ』でもなく、『北海道名物豚丼風弁当』と書いてある。

 北海道(ほぼほぼ十勝)の名物は『豚丼風弁当』じゃなく『豚丼』(写真は帯広の『ふじもり』の豚丼)なのだが、そういう難癖をつけるのはやめよう。

 また『豚丼』と断言しないのは、考えようによっては「ご本家さまにはかないませんことよ」と、尊敬の念を抱いているようで好感をもてなくもない。
 あっ、申し遅れたが、この弁当は北海道から運んできているものではなく、大阪で作られているのだ。北海道フェアに合わせて作ってくれているに違いない。

 さてさて味だが、北海道で食べる豚丼-っていってもさまざまな味があるが-よりも、ややしょうゆ味が強い気がするけれど、まぎれもない豚丼。肉もそれなりに厚くて食べごたえがある。これなら『風』だなんてあまり卑屈に、いや、謙虚にならなくてもいいんじゃないかと思う。

HoneggerDenon オネゲル交響曲第3番「典礼風」(「典礼風交響曲(Symphonie Liturgiqure)」)。

 つまり宗教的な性格を持たせているってことね。

 で、『豚丼風』だけど、丼に入っていないからやっぱり『豚丼風』なのか?『豚重』とは言わないもんな……

 今日は昼前に新千歳空港に着く便を利用。
 新千歳空港に着いたらターミナルビル3階で豚丼を……いや、どーしよーかなー。

 そうそう、GW前に街の中のいたるところに置かれていて、いまにもタネをばらまきそうな状態になっていたナノハナが植えられたプランター
 GW明けにはすべてがペチュニア(かサフィニア)が植えられたものに変わっていた。

20190513Umeda

♪ 作品情報 ♪
【作曲】 1945-46年
【初演】 1946年・チューリヒ
【構成】 3楽章(〔I 怒りの日/II 深き淵より/III われらに平和を〕。約35分)
【編成】 orch(picc 1,fl 3,ob 2,E-H 1,cl 2,B-cl 1,fg 2,C-fg 1,hrn 4,trp 3,trb 3,tuba 1,timp,打楽器各種(中太鼓,大太鼓,サスペンデッド・シンバル,トライアングル,タムタム),p,Str)

Honegger♪ 作曲家情報 ♪
 

 アルテュール・オネゲル(Arthur Honegger 1892-1955 スイス)。
 フランスで生まれるが、両親はスイス人。第1次大戦後、ミヨー、プーランク、オーリックらと〈6人組〉を結成して戦後派の音楽の先頭に立ち、反印象主義を推進した。初期には即物主義的な傾向が強かったが、後半生においてはフランス音楽の古典への復帰がみられる。
 (井上和男 編著「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)による)

♪ 紹介したディスク ♪
 フルネ/オランダ放送フィル。
 1993年録音。DENON。

気分は全然「イケイケ」じゃなかったんだけど……♪プーランク/黒い聖母

20190312ARTCAFE1  ベルト着用サイン点灯でカツカレーを思ふ
 先日東京に出張した。

 昼前に羽田空港に着いたとき、空腹は絶頂に達していた。
 私の「搭乗前は食事をしない」という信念をこの日も貫徹し、朝から水しか口にしていなかったからだ。
 実は飛行機の中でもカツカレーの妄想を見続けていたのだった(でも、なぜ天丼とかラーメンライスじゃなく、この日はカツカレーだったのか不思議だ)。

 私が第2ターミナルの到着口前にある『ART CAFE』のポークカレーの味をけっこうお気に入りなのは、みなさんご存じのとおり(なんて信じるもんか!)。

 なので、あのポークカレーのルゥの味わいのカツカレーが食べられると、5行上のリンク記事に書いたことをすっかり忘れて、期待に胸膨らませていた。

 が、そうなのである。
 カツカレーは『ゴーゴー』なのである。

 つまり、この店では、ふつうの『ゴーゴーカレー』を食べることができないし、ふつうの『カツカレー』を注文することもできないわけだ。

  濃厚なのは苦手なの
 食べたことはないが『ゴーゴーカレー』ってくどそうなイメージがあって、きっと私の好みには合わないに違いない。
 しかしこのときは鼻腔に広がる『カツ』の揚げ油の匂いを堪能したい気持ちが強すぎて、「ゴーゴーカレー、レギュラーで」と、まるで食べなれた人のように、カウンターのお兄さんに注文してしまった。

20190312ARTCAFE2 しばらくして、微笑みを家に置き忘れてきたようなお兄さんは、「ゴーゴーカツカレーの方ぁ」と、力ない声で私を呼んだ。

 これが、『ゴーゴーカツカレー』である。

 色が濃い。黒いとはまでは言えないが、私の苦手な土手煮みたいだ。
 味も濃い。
 カレーではあるが、私の概念のなかでは『カレー類』。
 固形分はひき肉のような粒つぶが確認できただけ。
 
 好き嫌いが分かれそうな味だが、私の好みではない。

 おまけに下唇の内側を噛んでしまったし……

PoulencGloria ポークカレーから浮気したバチが当たった。

 プーランク(Francis Poulenc 1899-1963 フランス)の「ロコマドゥールの黒い聖母像への連禱(Litanies a la Virge Noire de Rocomadour)」FP.82(1936)を聴きながら、回復を祈ろうと決意した私であった。

♪ 作品情報 ♪
【初演】 1936年・ロンドン(BBC放送)
【構成】 単一楽章(約9分)
【編成】 女声(または童声)合唱, org
【本作品について取り上げた過去の記事】
  修道女さまに叱られて……

Poulenc♪ 作曲家情報 ♪
 

 R.ビニェスにピアノ、ケックランに作曲を学ぶ。フランス〈6人組〉の一人として、サティ、ラヴェルらの影響をうけ、簡潔な古典様式とフランス風エスプリに富んだ作品を残す。第2次大戦後は教会音楽の分野で特異の境地をひらいた。
 (井上和男編著「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)による)

♪ 紹介したディスク ♪
 ピケマル/イル=ド=フランス・ヴィットリア地方合唱団,ルブラン(org)。
 1992年録音。NAXOS。

江別蔦屋書店訪問記~「知」の巻

  25万冊あるというが……
 昨日の旅行記(かなり波乱アリ)については気持ちの整理もついてないので後日に回すとして、江別に11月にオープンした蔦屋書店に遅ればせながら行った体験記&感想文。

 蔦屋書店についてはすでにネットやツイッターなどで「すごい!」「楽しい!」「本が売ってる!」などの感想が書き込まれているが、少し詳しく紹介しよう。

 行ったのは4日の午後。
 仕事始めを迎えた会社も多く、もう少しはすいているかと思いきや、駐車場はほぼいっぱい(500台収容の広さ)。

 しかし、駐車場ではなるべく建物の近くに車を停めたいという欲望がない私は(ゲリラ豪雨の日を除く)、迷わず奥の方に車を進めたので、すぐに駐車できた。

 これが江別蔦谷書店の外観。
 すでにネット上のあちこちで紹介されているので見飽きた方も多いだろう。

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 江別蔦屋書店は3つの建物で構成されており、「食」「知」「暮らし」にゾーン分けされている。
 3つの建物は隣り合っているものの、屋内でつながっておらず、いったん外に出て行き来することになる。
 フロア図のように、中央の「知」の建物のみ2階建てである。

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 では、「知」の内観を。

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 いろいろと客層とニーズを分析した品ぞろえをしているのだろうが、たとえば音楽関係の本を見ると、それほど、いやあまり数は多くなかった。札幌のジュンク堂の10分の1にも満たない感じだった。

PoulencMartinon  いや、ただの本屋ではないのだ
 しかし、純粋な書店であるジュンク堂とはコンセプトがまったく異なるのがこの蔦屋書店。

 “田園都市スローライフ”をコンセプトに〈食〉〈知〉〈暮らし〉の3棟からなるライフスタイル提案型の大型複合書店。ゆっくりとくつろげる場所、家族と友人と過ごせる空間、お子さんが遊べる公園、趣味の集まりの方々が憩える時間。行くたびに新しい発見があって楽しくなる書店を目指しています。

ということなのである。無趣味の独り者には入りづらいお店かも(私は違う!)。


 ヴェイロン=ラクロワのチェンバロ、マルティノン/フランス国立放送管弦楽団の演奏を。

 1970年録音。エラート。

 さて、それでは「暮らし」エリアに行ってみることにしよう……続く

♪ 作品情報 ♪
 Francis Poulenc(1899-1963 フランス)
  Concert champetre pour clavecin et orchestre FP.49
 【作曲年】 1927~28年,1929年初演(パリ)
 【構 成】 3楽章(約24分)
       I. Adagio - Allegro molto
       II. Andante
       III. Finale(Presto)
 【編 成】 cemb,orch
 
   チェンバロ奏者のW.ランドフスカの委嘱により作曲。
   「コンセール」は「奏楽」の意。
   
Poulenc♪ 作曲家情報 ♪ 
 R.ビュニスにピアノを、ケックランに作曲を学ぶ。フランス〈6人組〉の一人として、サティ、ラヴェルらの影響をうけ、簡潔な古典様式とフランス風エスプリに富んだ作品を残す。第2次大戦後は教会音楽の分野で特異の境地をひらいた。(井上和男編著「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)による)

 この写真、気の毒ね。

 さっ、今日から仕事だ!

れんらくノート?もちろんあります♪オネゲル/ラグビー

20180331Nawatobi  だからいまでもLOFTとか好きです
 浦河の堺町小学校に通っていたころ、通学路の途中になんとかという文房具屋があった。

 なぜか子どものころから文房具好きだった私は、どうやって資金をねん出していたのかよく覚えていないが、そこに寄っては粘土だのカラーセロファンだの、およそ日常生活には特に必要もないものを買ったものだった。

 親にホチキスを買ってもらったあと、自分であのマックス針の小箱を買ったときには(それは近所の品田商店だった)、大きさの割に重く箱の中には整然と針が並んでいる姿にある種の感動を覚えたものだし、日付印のゴム印を買ったときなどは、どこにもかしこにも押したものだった。

  それまで軸は不透明で、プッシュ式が主流
 当時は「見える!見える!」というゼブラ(確か)のコマーシャルが流れていた時代。
 つまりいまでは当たり前だが、ボールペンの軸を透明にすることによって、インクの減り方が見えるようにしたのが画期的発明だった時代。ボールペンも進化し始めだした。

 加えて、緑色のインクのボールペンの存在を手にしたときには、私は一生緑のインクのボールペンを愛用しようと決意したし、さらに4色ボールペンを手にしたときには腰が抜けるほど驚いたものだった。

  それは学校で取りまとめていたかも
 先日、ある小学校の近くにほとんど民家のような-だいたいそういうものだが-文房具店があるのを発見した。
 実に目立たない貼り紙があった。

 考えてみれば、私自身は子どものころ文房具店で、縄跳びを買ったことはなかった。
 あの店に果たして縄跳びは売っていたのだろうか?

HoneggerDenon それにそもそも私は運動が嫌いだ。
 たとえその店に縄跳びが売っていようが、ラグビーボールの在庫があろうが、鉄棒の設置工事を受注していようが、資金提供者がいたとしても絶対に買ったりはしなかっただろう。

 オネゲル(Arthur Honegger 1892-1955 フランス)の「ラグビー-交響的運動第2番(Rugby - Mouvement symphonique No.2)」(1928)。

 オネゲルは「交響的運動」と題した作品を3つのこしている。
 第1番は(少なくとも名は)有名な「パシフィック231」(1923)。また、第3番(1932-33)には標題がない。

 「ラグビー」は、“ラグビー競技のダイナミックな動きを描く。コロンブ・スタジアムにおける英仏国際ラグビー試合の途中の休憩で初演”された(井上和男「クラシック音楽作品名辞典」:三省堂)。

 フルネ/オランダ放送フィルの演奏で。

 1993年録音。DENON。

 でも、

 拝啓 ここの店主さま
 そんなに遠慮して書かなくてもいいだろうに!
                        敬具

平成のレレレのおじさんはどこに?オネゲル/Sym5

P4210087  あれから2日
 金曜日の夕方。

 帰宅する際に、あの当て逃げおばさんが散らかしていった車体の破片類を、物好きにも見に行ってみた。

 事故直後に私が部屋の窓から見た量よりも明らかに減っている。
 特に大きな破片が姿を消している。
 なぜだろう?

 通学する児童が興味本位に持ち去ったのだろうか?
 それともあのおばさんが、大きな部分だけでも自分でボンドで貼り付けて修理しようと奪還しに来たのだろうか?

 さらに不思議なのは、残された破片がほうきで掃き集めたようになっていることだ。

 実はこの角にはガソリンスタンドがある。
 といっても、少し前に閉鎖された。
 だから無人である。
 破片が邪魔だとか危ないとか美観を損ねるという理由で、掃除する人は誰もいないのだ。

 私が知っている限り、このあたりにはほうきをもってうろうろしてるおじさんを見かけたこともない。
 不思議なことだ。

Honegger  ぼく、今朝は帰りたくない……
  オネゲル(Arthur Honegger 1892-1955 フランス)の交響曲第5番3つのレ(Di tre re)」(1950)。

 3つの楽章からなるが、どの楽章も終始音がレ(D)の音で終わっているため、この標題がある。

  標題だけを見ると、なんだか“ドレミの歌”のような親しみやすさを感じるが、そこはオネゲル。気難しい音楽だ。

 デュトワ指揮バイエルン放送交響楽団による演奏を。

 1982年録音。エラート。

  今回は空港ではヘンテコなカップルは見かけなかったが、名鉄の駅のホームでは“2人の世界@公共施設”的カップルを見かけた。
 ベンチで朝から頬を摺り寄せあっている。

 うらやましいとは思わない。
 目に毒だとも感じない。
 でも、良い子に見せたくないからやめてくれ。

 特に、頬の筋肉が弛緩しっぱなしの男の方の顔は、幼稚園児たちによる福笑いの成果のようだ。

 推察するに、飲み屋の女の子に男がお熱を上げているって感じだ。
 女の子の方は、早く解放してほしそうだったけど……

2017年1月4日プレートル逝く♪プーランク/グローリア

 PoulencGloriaPretre  過去になかった彼の顔文字表現
 1月4日の朝。

 気がつくと日向山課長から“あけおめ”メールが来ていた。
 私がシャワーを浴びて、納車したてのレクサス並みの肌の輝きにさらなる磨きをかけている間に届いたようだ。

 彼から仕事での良くない連絡以外でメールが届くことなんて帯広で一緒に勤務していたときにもなかった。
 つまり初めて起こった現象だ。雰囲気からして既に札幌の自宅から帯広に戻っているようだ。急に寂しくかつ暇になって送ってきたのではないかと考えられなくもない。あるいは神道に目覚めたのかもしれない。

  そこにはこんなことも書かれていた。


  久しぶりに自宅でブログを拝見しました。


  つまりこれは、帯広では私のブログなと読んでないという、堂々たる宣言だ。  文は続く。


  忘れてませんよ^_^


  シンプルながら顔文字を使ってきた。

 過去、彼とは何度もメールのやり取りをしたが(99.9%仕事の内容だ)、絵文字や顔文字が使われたことはなかった。
 つまり、心理学見地からすれば、使ったこともない顔文字を使ってきたということは、ある種のうしろめたさを覆い隠そうとしていると考えられる。

 そう。
 彼は、忘れていたのだ。

  怖すぎるくらいスムーズ
  さて、早めに家を出た私だが、乗り継ぎがスムーズにいき、サツエキでは当初計画していた電車よりも2便早いのに乗れそうになった。

 費用対効果は劣るが、あまりに混雑した中で立ちんぽ、いや、立ちんぼもいやだなぁと、uシートの指定を取ろうとしたら、この便も、この便の前後左右の便も満席。

  しゃあない。明日からの通勤ラッシュの準備運動だと前向きに考え、立ちんぼ必至で乗り込むと、あらあら今年は小吉かしら、座ることができてしまった。

 んっ?

 ここまでの流れって、12月25日のときと瓜双子のようだ。違うのは、今回座った席は窓側ではなく通路側ということだけだ。

  12月25日のときは(も、と言うべきか)、しかし、早めというより己の人生に残された貴重な時間を無駄にするように多少無意味に早く空港に着いてしまったが、着いて宣告されたのは、搭乗する便の出発は1時間遅れだということ。
 待つ間、3回の搭乗口変更。あちらへこちらへと、保健師喜ぶ“レッツ・ウォーキング!”。


 このようについ先だっての過去を顧みると、私の不安はビッグバンのように超速で破裂しそうなくらいに膨らんでいった。

  快速エアポートは、今日は定時に新千歳空港駅に到着。
 時間に余裕があるときに限ってJRはダイヤ通り運行する。

 1階ロビーの文教堂書店の前にはさすがにけだるく放置された毛布はなかったものの、出発ロビーに上がると、いるはいるはのいろはのい。

 砂糖に群がるアリのようにおみやげやらソフトクリームやらを買い求める人々が。飛行機に乗る前にソフトクリームを食べる人の勇気を私は心から讃える。機上でおなかがキューッゴロゴロになる心配などミジンコほどにもせずに、そして多分実際おなかを下すことのない人を私は羨む。私なら“でんぷんがき”を食べても下りそうだ。


  観光客的行動をとったこの日の私
 しかしこの日の私は働きアリの一員になった。
 自分のために北の幸を買うためである。

 
 佐藤水産に行きいくらの醬油漬けを買った。
 というのも、正月用に妻が佐藤水産のいくらの醬油漬けを買っておいてくれたのだが、それを少しだけちょうだいすると-というのも誰のためにかというと、いくら好きの次男がターゲットであることは明白だった-たいそう私好みの美味なる粒々だったからだ。

 実は(ってことでもないが)、私には好きないくらと嫌いないくらがある。筋子は食べられない体質だ。だから筋子っぽい味のいくらの塩漬けは嚥下拒否反応が、体調によっては相当頑固に起こる。
 醬油漬けのものでも生臭さが強いものはダメだ。

 いままで口にしたいくらの醬油漬けの中で、最もおいしいと思ったのは、むかししばしば使っていた“味の日没・東海道”(仮称)という和食の店で、大将が漬けたいくらの醬油漬け。
 大将が自慢するだけあって、味といい粒の美しさといい最高だった。

P1040451 大量に作ってある枕ぐらいの大きさのタッパーの中には、つゆがたっぷり張られていて、その底には大きさの規格が厳密にそろえられたグミのような美しい粒々が静かに堆積していた。
 それは見ようによっては、培養液の中で人工育成されている毛のない新種のマリモのようでもあった。
 つゆはそのまま飲み干しても平気な塩加減だった。

 作り方を教えてほしいと、奥歯で粒をプチンとさせながらお願いしたが、大将は「これだけは教えられない」と言った。
 これだけはも何も、これまで他に何か教えてくれと頼んだことなど一度もないのに(私は大将の血液型さえ知らないのだ)、まるでいつも秘技を盗もうとしているような言い方をされ、いつか自分でこれを超えるいくらを漬けてみせると決意した。諸事情があっていまだ実践には至っていない。

 いや、私の決意がホラだったわけではない。
 例年、秋になって鮮魚売り場に生筋子が並ぶと、自分で作ろうかなとは思う。思うが生筋子の相場の問題や、いくら製造中の臭気の問題など、そうそう気軽には出来ないのだ。

 佐藤水産には何種類かのいくら醬油漬けが売られていたが、妻が買ったものと同じものはなかった。
 余計な配慮をしてくれなくてもいいのに、新千歳空港オリジナルといういくらの醬油漬けだ。

 自宅で食べた佐藤のいくらと味が違ったらどうしよう……
 この日、プレートルが亡くなるなど予想だにせず、私の頭の中はすっかりプチプチとろける赤い粒のことで1/5は占領されていた。

 少し躊躇したが、いままで佐藤水産の商品で失敗したと思ったことはないので(忘れている事象を除く)、えぇいっ!とここは男らしく、マリモッコリ魂をもって購入した。……続く

 フランスの指揮者・プレートル(1月4日享年92歳。数えか満かは知らないが)といえば、プーランク(Francis Poulenc 1899-1963 フランス)と親交が深く(親交以上に深い付き合いだったかどうかは私は知らない)、彼の作品を多く録音している。
 いちばんのプーランクの解釈者と言えるかもしれない。

 そんななかから今日は「グローリア(Gloria)」(1959)。キリエ(Kyrie)を欠いたミサ曲の形をとる(キリエはミサ通常文の最初の章で、キリエ エレイソン(主よ、憐れみたまえ)と歌われる)。

 私が持っているCDはフランス国立管弦楽団、フランス放送合唱団、ソプラノ独唱ヘンドリクスの、1988年録音のもの(EMI)。

 明日は諸般の事情により記事の更新がいつもより数時間遅くなる予定。
 泣くな!寂しがるな!黙って飯食って、歯を磨け!

力強いのにEDだなんて……♪オネゲル/パシフィック231

  メニューが格安?
 私が通常使っているOCNメールでは、しぶとく投げ込まれて来ていた迷惑メールに対し1つ1つ丹念にフィルター登録(日の目を見る前に即破棄)したおかげで、ほとんどゼロといっていいほどその手のメールは来なくなった。

 実に快適であるが、一抹の寂しさもある。
 宅配ピザの店員が付近一帯の家の郵便受けにチラシを入れて回っているのに、なぜか自分ちにだけ入っていなかったような、そんな疎外感がある。陰謀じゃないかとさえ思える。
 だからたまには、たとえば1日限定でフィルターを解除してみようかなと、いけない考えに襲われることもある。

 一方Yahooメールの方には、盛んにスパムメールが入ってくる。
 しかしその大半は、これで有料テレビ放送もすべてタダになるという何とかカードの売り込みか、わけのわかんない日本語とへんてこな色文字を多用した偽ブランド商品の販売サイトの案内であったですの。

 文字の色はどうでもよい。
 色気のあるおバカなメールは来ないのか?

 と思っていると、内容的にはまだまだ不満は残るが少しおオメガネにかなうメールが来た。

 【タイトル】風俗嬢も認めたアレの凄さ!ID:X6****
 【本文】
 レビトラのED治療で現役続行。
 他のED治療薬は試したことがないのでわかりませんが、レビトラの効果にはとても満足していてまだ現役で頑張れそうです。
 格安メニュー・ご購入希望・お問い合わせはこちら
 info*****@yahoo.co.jp
 「件名」に「格安情報希望」と書いてお送りください。格安メニューをお送りしております。


 真剣に突っ込む気はないが、風俗嬢も認めると言ったって、けっこう素人のバイトが多いんじゃないのかなと思う。よく店先に貼ってあるじゃない。“全員素人”とかって。
 だとしたら、たとえばバイト初日の女に人に何を認めてもらうというのか?

 それと、この表現だとメニューが格安って意味にもとれる。
 そもそもレビトラって何なの?

  私もEDに……
 さて、個人的なED体験の話をしよう。

 といっても、現役は無理で浪人生活をおくることを余儀なくされた過去を持つとかいう話じゃなくて、電気機関車のことだ。

 まずは前にも載せた写真を。DDとEDのショット。1文字目のDはディーゼル機関車、Eは電気機関車。2文字目のDは動軸の数が4つということである(Dは4、Eは5 etc……)である。
 そういえば、小学校の卒業文集の“将来の夢”ってところに、T君が“電気機関車”って書いてたけど、T君無事電気機関車になれたかなぁ。

2016-10-05_14 - コピー

 こないだ雪に弱かったL特急“いしかり”のことを書いたが、下の写真はある冬の日の札幌駅。もちろん現在の高架駅になる前。現在のホームにはすべて屋根がかかっているので、こんな状況にはならない。
 ただ1歩外に出れば、どんな目に遭うか。それは昔も今も一緒。特に鬼門はポイントの多い苗穂駅構内。ポイント(線路分岐器)に雪が詰まりどーしよーもなくなるのだ。

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 今となっては記憶があいまいでこの電機が雪で立ち往生してるのか、雪を押しているのかよくわからないが、少なくとも除雪用の装備はつけていない。

 下の写真のおじさん、きっと「まいったなぁ~」なんて思ってるに違いないけど、たとえ北海道仕様のミツウマの長靴を履いてたとしても、足、けっこう冷たいんじゃないかなぁ。でも、このおじさん、何してんのかな?

 ところで、少なくとも私が知っている作曲家で、イニシャルがDDの人やEDの人って、残念ながらいない。土橋大吉とか田頭伝助といった邦人作曲家も見当たらない。

 機関車オタクだったドヴォルザークのイニシャルはADだから、今回はまったくお呼びじゃない。

HoneggerDenon  パシフィック社製の機関車っていうのは間違い
 そこであっさりイニシャルのことは忘れて、オネゲル(Arthur Honegger 1892-1955 スイス)の交響的運動(楽章)第1番パシフィック231(Pacific 231)」(1923)。

 パシフィック231というのは、先軸が2、動輪が3、後軸が1という車輪配置の蒸気機関車だそうで、この231配置の機関車をアメリカではパシフィックと呼んでいた。

 つまりパシフィック231というのは車軸が2-3-1配置の蒸気機関車ということであって、どこの国で造られたどの形式の蒸気機関車を指しているのかはわからない。
 考えてみれば日本でだって、日立EDとか東芝EFとか言わんもんね。

 また、オネゲルも機関車オタクだったそうだが、この曲は描写音楽であはなく、音楽の運動自体は遅れていくのにリズムが数学的に増大していく感じを表わそうとしたそうだ。

 序奏のあと、音楽はテンポを速めていくように感じるが、実際にはテンポは落ちている。リズムが細かくなっていくためアクセルを踏んだように聴こえるらしい。
 
 ここではフルネ指揮オランダ放送フィルの演奏を紹介しておく。

 1993年録音。DENON。

 また、冨田勲はシンセサイザーの多様な表現力を用いてこの曲をアレンジし録音しているが、ポォォォォォ~ッという汽笛の音や踏切のカンカンカンカンという音が加えられており(踏切の音のドップラー効果にワクワク)、こちらはまさに汽車が発車し加速していくさまが描かれている。

私が献呈された人物です♪プーランク/モンテカルロの女

PoulencVoix  2つとも該当しないんですか……
 昨日名前が出てきたメノッティ(Gian Carlo Menotti 1911-2007 イタリア→アメリカ)。

 以前彼の歌劇「電話」を取り上げたときに触れたように、バーバーととっても仲良しだったのである。
 自作の歌劇やバーバーなどの歌劇の台本作りもしている。

 ホントかウソか知らないけど(たぶんホント)、アメリカで成功するにはホモであることが重要なんだそうだ。

 あるドイツ人指揮者がアメリカでの仕事を増やすべくニューヨークのマネジメント会社を訪れたときにそこの社長から言われたのは、

 あなたはユダヤ人ですか?
 あなたは同性愛ですか?

 指揮者が両方の質問にいいえと答えると、ユダヤ人でも同性愛でもない音楽家はアメリカで成功するのは難しいと言われたそうだ(石井宏「帝王から音楽マフィアまで」:学研M文庫)。

 やれやれである。

  ここにもいました
 そこで(ってことはないけど)ホモはホモでもプーラン(Francois Poulenc 1899-1963 フランス)の作品を。

 「モンテカルロの女(La dame de Monte Carlo)」FP.180(1961)。
 J.コクトーの詩によるソプラノ独唱とオーケストラのための作品である。

 歌詞の詳しい内容を知らぬまま聴いている私だが、地中海に身投げしようとしている老女のモノローグなんだそうだ。

 ロットのソプラノ、A.ジョルダン指揮/スイス・ロマンド管弦楽団の演奏で。
 ロットの表現力はぞくぞくするくらいすばらしい。

 2001年録音。ハルモニアムンディ。

日本人の秋の楽しみといえば……♪ミヨー/秋のコンチェルティーノ

PA120242  もみじのためにはねられたいか?
 帯広から自宅に戻るとき、そのほとんどは夕張ICで高速を降りる。
 そのあとは“石勝樹海ロード”という愛称がつけられているものの最近ではあまりそう呼ぶ人が多くない国道274号線を札幌方向に走り、三川、長沼を経るというルートをとる。

 その夕張ICから札幌側に5kmほどの地点、つまり毎回通るところの左側に“滝の上自然公園”というのがある。

 左折して踏切を渡ってすぐの場所だ。が、国道からは全貌がすっかり見通せるわけではない。


 今回帯広に戻る途中、つまり上の説明と逆ルートなので右折して、ここに立ち寄ってみた。

PA120233 というのも、その少し手前、国道に架かっている雨霧橋の上で、紅葉を眺めている一行がいたからだ。歩道もないところで危険極まりない。こんなところで紅葉を楽しむな!

 警察の方々にはしばしば行なっているJR滝ノ上駅前での取り締まりを、この時期は橋上もみじ見学ツアーに対する注意に切り替えてほしいものだ。

  紅葉山とか楓という地名があるほど

 ところで現在の新夕張駅の昔の名は紅葉山(もみじやま)駅だった。さらに、廃止されたがその先には楓(かえで)駅というのもあった。
 ということは、このあたりはもみじの里ってわけだ。そうじゃなきゃ、こういう名をつけるわけがない。

 滝の上公園も紅葉が見ごろかもしれない。
PA120236 せっかくの秋だ。たまにモミジもよかろう。そういう出来心で立ち寄ってみた。


  予想外の人気スポット
 駐車場にはけっこう車が停まっていて、私が想像もしていないほどだった。貸切バスも1台停まっていたほどだ。これまで見向きもせず通り過ぎていて申し訳なかった。
 こんなに訪れる人が多いとは思わなかった。甘く見てごめんね。でも、PR不足だよな(って、いきなり開き直り)。

 売店もいくつか開いていた。
 国道をはさんだ公園の向かい側に夏季しか営業しないJA夕張の売店があるが(今年はすでにとっくに閉鎖)、そこで400円ほどで売っていた“北沢食品の大福もち”が、全く同じともいいきれないものの、同じく3個入り550円で売っていた。
 高い……

 
PA120237  じいちゃんは炭砿マンだった
 なんでもここは夕張川の浸食によって多くの滝と奇岩が見られる渓谷。公園はその横に作られている(マップの写真は下に掲載)。

 このあたりはアイヌ語でポンソウカムイコタンと呼ぶそうだ。意味は“渓谷の美しいところ”。

 おまけに隣接して北海道炭礦汽船が大正時代に造った滝之上水力発電所もある。
 この発電所は現在は北海道企業局が管理しており、現在何かの工事中。正面上の窓には北炭のマークが描かれている。
 なかなか味のある建物だ。


 私の父方の祖父は北炭に勤めていたそうだ。
 岡山で暮らしていたが、チフスだかコレラの流行によって親兄弟、親せきがほとんど死んでしまい、妻(つまり私の祖母。2人とも早熟だったのね)とともに、あてがあったのかどうかは知らないが北海道に渡ってきた。詳しいいきさつはわからないが、たどりついた北海道の地で夕張の北炭に就職したのだった。たぶんそのころの炭砿はけっこう稼げたんじゃないだろうか?
PA120244 そんなわけで亡くなった私の父は夕張生まれである。


  でも、ほんの手前で引き返したわけで
 渓谷には端が2本架かっていて、私は根性がないので手前の千鳥橋を渡りきらず、中ほどまで行って戻ってきた。
 でも、この渓谷の光景はなかなか圧巻だった。

 あらためて手元にある道路地図を開いてみると、“大小無数の滝と奇岩は見応えあり”と書かれている。
 うん。まったくもって見応えがあった。

 なんでも今度の日曜日の10:00から15:00まで“ゆうばり紅葉まつり”が開かれるそうである。


  そんなわけで秋にちなんで
 ミヨー(Darius Milhaud 1892-1974 フランス)の「秋の小協奏曲(Concertino d'automne)」Op.309(1951)。
 2台のピアノと8つの楽器(fl,ob,3hrn,2vn,vc)のための単一楽章の協奏曲である。


MilhaudSeasons ミヨーは春から秋までの4つの小協奏曲を書いているが、春夏秋冬の各コンチェルティーノはまとめて作曲されたのではなく、作曲年はばらばらである。


 ジョワとボノーのピアノ、ラムルー管弦楽団メンバーによる演奏で聴くことができる。
 録音は古く1958年。フィリップス。








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MUUSAN

 クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。

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