新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の後期中年者のサラリーマン。  背景の写真は札幌の「宮川本店」の鰻重。 (記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります)

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

料理・飲食・食材・惣菜

この日買った肉は豚でも、鶏でも、牛でもなく……

  恋人は白かったり褐色だったり黒かったり
 昨日の記事で、自宅でではあるが、「いそのかづお」の札幌ブラックというラーメンを食べたことを書いた。

 ブラックといえば、ウチの冷蔵庫にこんな名前の煮豆が入っていた。

20260109KuroiKoibito

 「白い恋人」の石屋製菓に許可を得ているのだろうか?それともそもそも許可などとる必要はないのだろうか?

 そういえば、むかしはコーヒークリームのスジャータのことをコマーシャルで『褐色の恋人』って言っていたことを思い出す。

  さすがにスパイク長靴はやめた
 ところで、先週の土曜日に札幌の実家に行って来た。郵便物を回収するためである。

 前々日、前日と西区もけっこう雪が降り積もったようなので ――どこかの民放局で西区西町の道路わきの雪山を映していたが、かなりのものだった―― いままでそんなことをしたことがなかったが、家から長靴で実家に向かった。そう、長靴を履いて駅まで歩き、長靴を履いて電車に乗り、長靴を履いて地下鉄に乗り換え、長靴を履いて実家まで歩いた。

 しかし、全然思ったほど積もっていなかった。
 ちょっと雪山になった雪を足で押し固め玄関に行き(雪壁が立ちはだかっていることを覚悟していたのだ)、玄関内に置いてあった雪かきスコップで玄関周辺を雪かき。

 そしてまた、前回失念していてずっと気になっていた外水道の水落しがどうなっているかを確認したところ、誰かがきちんと外水道と外水栓をゴザのようなもので囲ってくれていた(ということは、水落しもされているということだろう)。

20250110SotoSuidou


 誰がやってくれたのか。
 母が亡くなったのは10月の末だが、その前に母がやったとは考えにくい。
 弟がやったとも考えにくい。こんなふうに囲うという概念はないはずだ。
 となると、母の友人だった近所の人の誰かがやってくださった可能性が高い。とても助かった。

 郵便物には母の口座から引き落とせなかった(口座凍結されているため)、10月分のスマホ代の振込用紙などが届いていた。

  ちゃんとした『肉』を買ってみた
 帰りに JR 琴似駅に着くと、江別方面の列車が来るまで15分ほどあったので、隣接するビルに入っている文教堂で朱肉を買った。

 100均で買った朱肉は、どうも押印したあと油のようなものがにじむ感じがしてよろしくない。色合いも本来の朱肉と違う。

 で、値段を見て驚いた。
 シャチハタので880円。百均の8倍だ。別なメーカーの660円というのもあったが、シャチハタのにした。

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 左が今回買った朱肉。右が100均で買った朱肉である。

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 JR 琴似駅のホームにあった "ハトのフンに注意" という看板を見て、フンにわざわざ傍点がついているのは何か意味があるのかと思い、もしかして「フン」とハトにそっぽを向かれても傷つかないようにってことなのだろうかということも考えたが、そんなことはあり得ないと、正気に返った。

20260110KotoniSTA

 家に帰る途中セコマに寄って母のスマホ代を払った。
 ホットシェフのカツ丼も買った。
 カレーヌードルのミニが賞味期限が近くなって安売りされていたので買った。
 市の20L のごみ袋(5枚入り)を買おうと思ったが、セイコーマートでは売り切れていたので LAWSON で買った。

 こうして、長靴を履いての半日のお勤めを終えた。

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♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 J.シュトラウス2世(Johann Strauss II 1825-99 オーストリア)のフランス風ポルカ「サン・マルコの鳩(Die Tauben von San Marco)」Op.414(1884)。

 オペレッタ「ヴェネツィアの一夜(Eine Nacht in Venedig)」(1883初演)のなかの曲を独立させたものである。

StraussJHarnon


よく利用するという牛タン専門店でその人は尻尾は残していた

  早朝の暗いうちから肉体労働
 先週の木曜日(8日)の朝は久しぶりに市の除雪が入った。
 前日の夜から降っていたものの、夜中は降らなかったようで新たな積雪はわずか。しかし路面悪化を解消するために作業を行なったようだ。

 除雪車の音を遠くに聞きながら ――このとき私はひどく奇妙でどう対処した良いのかわからない内容の夢をみていた―― まだ4時前かとなんとかもうひと眠りしようと努力したが、結局は4時半にベッドから出て、雪かきをしに外に出た。

 とはいっても、市の除雪が入ったあとに雪山を除去してもらう契約をしている民間除雪会社の除雪車もすでに入り終わっていて、雪かきといってもほんの少しの作業で済んだ。

 そのときは晴れていたのに、5時半ころからけっこうな雪の降り方になり、6時半ころに駅に向かっていると、すでに5センチ以上はあらたに積もっていた。

 この日も130M 列車に乗り(エアポート編成で u シート車両に乗車)出勤。

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  舌は好きだけど尾は嫌いなの?
 列車は雪に負けず定時に札幌駅に着いたが、私は弁菜亭にもファミマにも寄らずに出社。というのも、この日の昼は珍しく外食することになっていたからだ。

 私が2月いっぱいで今の会社を卒業することはご存知のことと思うが、私の後任の人が決まり ――私と同じく A 社の人だ。ここではMRY氏としておこう―― その人から会社の様子や仕事の内容などについて昼ごはんでも食べながらお話を聞かせていただけませんかという打診があったのだ。

 指定された店は「よし兵衛」。
 若園さんと上原さんに連れていってもらいごちそうになって以来の、二度目の訪問(当時とは店の場所は違う)。

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 牛舌定食を食べたが(写真を撮り忘れたので食べログから拝借)、食べやすく包丁が入れられた牛タンは部分入れ歯の私でもまったく問題なくやわらかい。塩味も絶妙。スープもおいしい。

 どうやら MRY 氏は昼なのか夜なのかわからないが、このお店が気に入っていてしばしば利用しているらしい。でも不思議だったのは、テールスープの肉(テール)をそっくり残していた点だ(ネギとスープは全部食べていた)。

TabelogYoshibee

 この日は午後になっても雪は降りしきり、敬老精神が強い支社長が、天気が悪いので早めに帰った方が良い、と私に言ってくれた。

 JR 北海道のホームページを見ると函館線に遅れは生じていなかったが、駅に行ってみると遅れが出始めていた。

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 結局、私が乗った札幌定刻14:47発の江別行き普通列車(187M)は38分遅れで発車した。

 江別駅から雪に残された足跡をたどるように歩道を歩き、家に着くと着替えもせず雪かき。

 ただ、翌朝に除雪車が入るのは確実なので、そして翌日は在宅勤務でしっかりと雪かきをする時間があるので、家の前を軽くかく程度にしたのだった。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 吉松隆(Yoshimatsu,Takashi 1953-  東京)の「暗い朝のパヴァーヌ(Pavane in the Dark Morning)」。

 「プレイアデス舞曲集第5集(Pleiades Dances V)」Op.51(1992)の第2曲。

YoshimatsuPleiades1





 

赤板蒲鉾、すき焼き風煮物、玉子焼。まるで正月メニューの縮図

  25分の乗車時間でもがっつり倒す人
 札幌駅立売商会(弁菜亭)の駅弁「北海道 知床とりめし」が商品ラインナップから消えているのを知った衝撃の一日から一夜明けた今週の火曜日。

 この日も 130M 列車はエアポート編成。u シートに着席して出勤。あまり気にはならないけど、でも朝からがっつりリクライニングを倒すのってどうなのかなと思う。私は倒さない。こういうのを躊躇せずにやる人ってだいたいはおっさん(といっても、私よりは若いはずだ)か、意外なことに学生らしき女性。

20260106JR130M

  ええ、正月中は私、鮭もさやえんどうも食べましたです
 この日は札幌駅に着いたら改札内にある弁菜亭の「ラッチ南店」に行って駅弁「幕の内 いしかり」を買うことを心に決めていた。

 思い起こせば、いまから6年ほど前に現在の会社に勤めるようになり、ときどき買っていた当時の「いしかり」の値段は850円。それがいまでは1,200円。およそ4割も上がったことになる。
 材料費や人件費がそれだけ上がったということ。異常な物価高が続いているが、この先年金暮らしの私たちの生活はどうなるのだろう?

 「知床とりめし」が買えなくても、代わりとしてなぜ前日に「いしかり」にしなかったのか?

 それは「いしかり」の中身が、煮豆やすき焼き風の煮物、玉子焼きに赤板蒲鉾と、なんとなく既視感のあるおかずが多く、正月休み明け初日には食べたくなかったからだ。その既視感って何かというと、『おせち』である。お節料理に類似するものは回避したかった。
 じゃあ、休み明け2日目なら食べたくなるのかって言われると、そういうわけでもなかったのだけれど……

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 でも、この弁当は何度も言うが、本当によくできた、幕の内らしい幕の内弁当だ。
 昆布の佃煮がずいぶんと貧乏ったらしい盛りつけになっていたのがさびしかった。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 エルガー(Edward Elgar 1857-1934 イギリス)の序曲「南国で(In the South)」Op.50(1903-04)。

ElgarSym1Solti


そのとき、なぎさは「もうのどカラッカラ!」だった

  東京の派手で奇妙な看板を思い出す
 1978年 ――このとき私は高校3年生だった―― の日本交通公社の時刻表10月号の裏表紙である。
 当時はキリンレモンってけっこう広告を打っていたような記憶がある。
 『ワッとキリン』という意味がよくわからないが、深く考えないことにしよう。

197810Timetable1Kirin

 その2年後。
 1980年10月号の時刻表の裏表紙。
 このとき私は二浪目中。

 イメージガールが片平なぎさから中島はるみにかわっている。
 中島はるみは当時けっこう人気があったと思う。

198010TimeTableKirin

 翌年、志望校には一度二度ならず三度目の拒絶を受け、江別の『牛大学』へ行くことにした。

 当時の通勤通学列車は機関車は引く客車による運行も多く、このワインレッドの客車にもよく乗った(もっと古い客車も走っていて、それに比べ新しい50系は実にきれいで車内が明るかった)。

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 1978年10月号の時刻表に戻るが、それに載っていた広告。

197810Timetable2Jyuujin

 1985年に社会人となり、そのあと東京に出張したときに、山手線か京浜東北線の車窓から十仁病院の看板を何度か目にした。『ココ』とか書いてあったが、その書体や矢印に書かれた『ココ』(『コ〃』だったかもしれない)という表現、色使いになんだか奇妙さ、違和感、非日本さを感じたのを思い出す。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 J.シュトラウス2世(Johann Strauss II 1825-99 オーストリア)のワルツ「レモンの花咲くところ(Wo die Zitronen bluh'n)」Op.364(1873頃)。

JStraussAbbado


1月3日の昼食をもって正月気分に終止符を打った私

  そばと雑煮、わが家は共有
 毎年大晦日に、妻は蕎麦つゆを兼ねた雑煮のつゆを作る。
 基本的には雑煮のつゆであるのだが、それに少しめんつゆを足して濃くするとそばつゆにもなるのである。

 1月3日の昼、あと少し残っていたつゆを使って、力そばを作った。

20260103ChikaraSoba

 こうして、今年は例年より早く正月用に作ったものは消費し尽くされ、正月モードに終止符を打ったのだった。

 1月4日の朝食のおかずは、私の好きな「香薫あらびきミニステーキ」。
 ほら、すっかり通常モードに戻ってる。

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  そしてまた、この日は午前中に散歩がてらスーパーに行き、「おせちもいいけどカレーもね」じゃなく「おせちは消化したのでカレーだね」とばかり、「ボンカレー ネオ」を買ってきて昼に食べたのだった。

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♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 今年が生誕150年となるファリャ(Manuel de Falla 1876-1946 スペイン)のクラヴサン協奏曲G.71(1923-26)。

FallaEMI


しばらく利用しなかったうちに、姿を消してしまったうずらの卵

  うずらがないならかしわにすべきだったとちょっぴりくやしかった
 昨年の話になるが、昨日報告したように、12月最後の土曜日にいまは群馬で仕事をしている次男が帰省した。そして、大晦日の前日に群馬に戻った。

 妻と車で次男を新札幌まで送り、3人で新札幌の「霧の下 BiVi 新さっぽろ店」で昼食。

 私はかしわそばと大いに迷ったが、あのうずらの卵をつゆに入れて食べるのを久々に経験したいと思いざるそばにした。

 妻は海老天そば、次男はとり天ざるを頼んだ。

 ざるそばが運ばれてきた。

 しかし、以前は標準でついていたうずらの卵の姿はお盆の上に無かった。どうやらうずらはオプションになったようだ。だったら、かしわそばにするんだった。
 でも、さすが霧の下。うずらが無かろうと、ざるそばはもちろんとてもおいしかった。

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 ところで、年末年始は迷惑メールを送り付けてくる迷惑集団も、ちゃんと休みをとるようだ。

 ふだんなら1日20件から30件届いている報告が来るが、年末の12月28日は13件、29日は8件だった。
 こういう人たちも、ちゃんと仕事納めの儀を執り行うのだろうか?

20251230SpamReport

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 ビーバー(Heinrich Ignaz Franz Biber 1644洗礼-1704 ボヘミア)の「うずら(Die Wachtel)」。
 ヴァイオリン・ソナタ イ長調描写ソナタ(Sonata Representativa)」(1669.全12曲)の第9曲。

Marais


次男の帰省に際し、水産会社が作った本格的パック寿司を食す

  1歳9か月の弟ちゃんもマグネットデビュー
 昨年の話になるが、12月最後の土曜日にいまは群馬で仕事をしている次男が帰省した。

 おととしの夏以来である。『以来である』といっても、彼が帰省するスパンとしてはとても短い方だ。いろいろなことがあったので、ちょっとは私たちのことを心配して帰ってきてくれたのかもしれない。

 車で新札幌まで迎えに行った。
 そのとき夕食用にサンピアザ地下の「小松水産」の寿司パックを3つ買った。いや、だから私が3パック食べるのではなく、私と妻と次男の分である。

 見た目もおいしそうだが、そしてお値段もそれなりだが、実際、お値段にふさわしい新鮮なネタのハイレベルなお寿司だった。

20251227KomatsuSuisan

 翌日は3人で伊達方面に住む妻の両親宅へ。

 高速道路はほぼ全区間にわたり路面は乾燥していてまったくもって走りやすかった。わが家のインプレッサ号も スタッドレスタイヤ装着にもかかわらず、過去最高に匹敵する 16.0km/L の燃費を達成した。
 難点は高速料金が休日割引でなかったことだ。

 伊達のコープさっぽろで昼の弁当を買った。
 そんなわけで、私はこの店でクリスマスソングが流れていたことを知っているのだ。

 義父母は元気だった。何よりである。

 帰りに札幌市内に住むお孫ちゃんたちに、遅ればせながらクリスマスプレゼントを届け帰宅したのであった。

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▲お兄ちゃん ▼弟ちゃん

20251228Magformer1

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 小松一彦の指揮で、伊福部昭(Ifukube,Akira 1914-2006 北海道)の交響頌偈「釈迦(Gotama the Buddha)」(1989)。

IfukubeShaka


今日は本館 Go!Go!デー。で、年越しそばじゃない日常的蕎麦

 本日は『1日』ですので、たとえ元日であろうと決まりは決まりなので、こちらの記事の更新はお休みし『本館』の記事を更新しました。

 きょうの本館の話題は、がまんできずに N しちゃったことについてです。
 微笑ましい気分になれる可能性がありますので、今日はそちらを訪ねていただき、私の思いに共感していただけたら幸いです。

 (毎月1日と16日はこちらの『新館』の記事更新は休ませていただき、『本館』の記事の方を更新しています)

 ところで、これは昨日食べた年越しそばではありません。

 12月27日の昼に作って食べた玉子とじ蕎麦です。麺は「まるなか」の「蝦夷開拓そば」。

20251227MarunakaEzokaitaku

 そして、ヤマザキのバナナサンドケーキをデザートして食べました。

20251227Soba

 Oh! The Tansuikabutsu.

 それにしても、こんなに雪が少ない正月なんていままであっただろうか?
 江別市雪情報総合案内によると、昨日の段階で土木事務所での積雪量は2センチだ。
 どうかこのまま、ってことにはならないだろうが、大雪に見舞われずに済みますように!

20251231YukiJouhou

自分がへたらないためにがんばって豚丼とか中華丼を食べた日々

  119番ではなく110番にかけた
 母が亡くなったあと実家で独り暮らしとなった60歳の弟に電話をかけたのは、12月半ばの某日の夕方のこと。しかし彼は電話に出なかった。

 翌日も何度か電話をかけたが出なかった。

 その一週間ほど前に母の四十九日法要が寺であったのだが、弟は「足が痛くてちゃんと歩けないので寺に行けない」と、法要を欠席した。

 弟には調子が悪いなら病院に行くように言ったが、そこまでのものではないと言っていた。
 あれから一週間も経っていないが、体調が悪化し寝込んでいるのかもしれない。

 何度か電話をかけた日のさらにその翌日、朝のうちに実家まで様子を見に行ってみた。

 インターフォンを押しても反応がない。
 四十九日法要が終わっていったん実家に戻り、帰り際になんとなく持っていた方がいいような気がしたので、そのときに弟から預かった合鍵で玄関ドアを開ける。

 一階にはいなかった。

 二階に上がる。

 ドアをノックして彼の部屋の戸を開けると、ベッドの上であおむけに寝ていた。
 しかし呼びかけても反応はなかった。

 遺体は警察に運ばれ、検案の結果、死因は敗血症だった。

  じっくりと1年を振り返る暇もなく今日は大晦日
 発見の翌々日に火葬式を行ない、その日の午後に寺にお骨を持って行きお経をあげてもらった。

 そこからは役所の手続きやら、水道や電気、燃料店(灯油やプロパンガス)、電話などの休止や停止の連絡、加えて母の口座が凍結されたことによって請求書が届いている各種料金の支払いと、次回以降は私の自宅を送付先にしてほしいという連絡(名義人=母の住所、宛名以外には送れないというものもあった)に追われた。

 そんなあわただしい最中(さなか)でも自分がへたってはいけないので、食欲がなくても昼食はちゃんと食べるようにがんばった。あっ、これは最中(もなか)

20251227Hitotsunabe

 なお、夕食はアルコール付きなのでちゃんと問題なく食べられるのである。むしろ食べすぎなくらいで、そのせいで翌朝の食欲がないほどだ。

 区役所などの窓口まで出向いて手続きをした日は昼食を食べそびれたが ――いや、ただでさえ独り外食が苦手な私が、こういう状況下でどこかの店で食事をするなんてできっこない―― 出かけずに自宅から方々に電話で手続きをしたときには、がんばって食べた。

 セコマの豚丼。
 このときは完食できないかと思ったが完食し、エネルギー補充ができた。

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 レトルトの中華丼も食べた。
 無いものねだりで「もっと具が入っていてもバチは当たらないのではないか」と生意気なことを考えながらも、ちゃんと完食した。

20251222CyuukaHan

 チャーハンの素を使わずに、鶏がらスープの素で炒飯も作った。
 気が重いときに突然食べても、炒飯っておいしいなと思った。

20251225Cyaahan

 そんなふうに何を済ませなきゃならないのか、いつまでにやらなければならないのかと、焦りと不安で重い気分だったが、そんなことなど関係なく世の中ではあちこちで流れていたクリスマスソングが正月の音楽にかわり、仕事納めになり、正月休みに入ったのだった(でも、28日に伊達のコープさっぽろに寄ったら、なぜか BGM で躍動的にアレンジされた「もろびとこぞりて」や「ひいらぎの枝で飾れ」が流れていた)。

 そして今日は一年の最後の日。
 いやあ、MUUSAN にとっては実にいろんなことがあった一年だった。
 例年だと、年末は3日くらいかけて『今年1年を振り返る』ってな記事を書いているのだが、そんな間もなく大晦日を迎えてしまった。

 喪中だから大きな声では言えないが、「みなさん、良いお年を!」

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 讃美歌(ウェールズ民謡)の「ひいらぎの枝で飾れ(Deck the holls)。

 私が初めてこの曲をきちんと聴いたのは、1979年12月24日のこと。20:50から NHK-FM で放送された「特別番組 ユネスコクリスマスコンサート」という番組でだった。
 歌っていたのは「パリ 木の十字架合唱団」。少年合唱団で、とても美しい歌声だった。

久しぶりにゲットできた札幌駅立売商会の日替り弁当 A は串カツ

  大きなお屋敷のなかの控えめな存在の本体
 事実上の仕事納めの日になった先週の金曜日は(というのも、翌週の29~30日は会社から有給休暇取得推奨日とするから休めというお達しがでていたのだ)、いつもの早い時間の電車ではなく、少し遅めの江別発7:25の136M 列車(岩見沢始発の小樽行き)に乗って出勤した。721系車両だったが、幸い座ることができた(通路側だけど)。

 なぜ遅めの電車で出勤したかというと、この日は夕方から会社内でささやかな納会が行なわれることとなっており、いつものように早く行っても早く退社できないからだ。

 この列車が札幌駅に着いたのは7:55。
 札幌駅立売商会(弁菜亭)のワゴン(西コンコース臨時売店)はすでに営業を始めていた。
 早い時間の電車に乗って改札を抜けたときにはまだ姿かたちのないワゴンが、いま私の目の前で命を吹き込まれて活き活きと営業中だ。

 この日の「日替り弁当 A」は串カツ
 
 ものすごく久しぶりに「日替り弁当 A」を買った。どのくらい久しぶりかというと、8月のこのとき以来だ。

20251226BensaiteiKushikatsu1

 ふたが濡れているのは、久しぶりに買えた私のうれし涙がしたたったのではない。
 この日の朝はハラハラと細かい雪が降っていて、それがかかってしまったのだ。

20251226BensaiteiKushikatsu2

 この弁当を食べると、ひと口ごとになんとなく懐かしさをおぼえた。

 納会には「大戸屋」のオードブルなどが準備された。
 とっても大きいエビフライの衣の中にはとっても小さいエビが潜んでいた。

20251226Ootoya

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 ゴセック(Francois-Joseph Gossec 1734-1829 ベルギー→フランス)の「死者のためのミサレクイエム.Messe des morts(Requiem))」(1760初演)。

GossecRequiem


御多分にもれず参加中・・・
プロフィール

MUUSAN

 クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。

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