新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の後期中年者のサラリーマン。  背景の写真は札幌の「宮川本店」の鰻重。 (記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります)

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

弦楽合奏曲

灯台にはピンクの電話があるようだ♪グリーグ/2つのメロディ

  充実のラインナップ
 先日外勤したときに、とあるビルの前を通ったら、そこにあった看板に目が釘付け、ってほどではないが、そのまま見過ごすことができなかった。

202203DotsuBLG

 スナック 出逢い
 すなっく 灯台

 ここはJR札幌駅に近いオフィスビルなのだが、そこに『スナック』が入っているというのが、なんだかすごい。

 でも場所柄、きっと安くて安心して飲める店なんだろうな、と思う。

GriegHolberg グリーグ(Edward Hagerup Grieg 1843-1907 ノルウェー)の「初めての出会い(Det forste mode)」。
 「2つのメロディ(2 Melodien)」Op.53(1891改編)の第2曲。














違いがわからなかった男……♪グリーグ/胸のいたで

   値段も一緒……
 先週の木曜日の昼食用弁当は、久しぶりにセブンイレブンで買った。
 新発売のシールが貼られた「きのこ御飯の幕の内」(税込496円)を発見したので、初体験してみることにした。でも、新発売のはずなのに『既視感』があるのが不思議だった。

20210819PL1

20210819PL2

 昼になって食べて気づいた。
 この弁当、あの弁当とほとんど一卵性双生児状態である。
 だから『既視感』があったのだ。

20210819PL3

 そしてまた、味もあの弁当とそっくり。
 きのこと鶏肉といえば、あんかけと山かけぐらい違うのに、私にはこの2つの弁当の明確な味の違いがわからなかった。
 新発売だと思って期待に胸をふくらまし、空腹に腹をへこませていたのに、悲しい気持ちになった。

SibeliusSakkyo グリーグ(Edvard Hagerup Grieg 1843-1907 ノルウェー)の「傷ついた心(胸のいたで。Den sarede)」。
 「2つの悲しい旋律(2 Elegiske melodier)」Op.34(1881)の第1曲(第2曲は「過ぎにし春(Varen)」)。

 あら、尾高/札響のCDは廃盤になったようだ。





看板に背中をもたれてもいいんですか?♪WAM/アイネ・クライネ

  これまでここに座った人はいるのだろうか?
 先日、札幌の某所で道路下の水道管工事を行なっているという看板を見かけた。

202107 Hyoshiki_Bench

202107 Hyoshiki_Bench2

 でも、ここに座っている人が実際にいたとしたら、失礼ながら私はその人をちょっと奇異な目で見てしまうかもしれない。

 もし、私がベンチとしてここに座っていたら、きっと道行く人は関わり合いになりたいとは思わないに違いない(座ってなくてもそうかもしれない)。
 少なくとも「次は私に座らせてください」と言ってくる人はいないだろう、たぶんだけど。
 いや、私がこの種のベンチに座ることはきっとないだろう。 

 着想としては斬新だが、あまり実用性がないというか、現実味が感じられない配慮ではないかと、私は思った(感じ方には個人差があります)。

 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)のセレナード第13番ト長調K.525アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク(Eine kleine Nachtmusik)」(1787)をマリナー/アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズの演奏(1977年録音)で。

 この曲のこの演奏が水道管工事と関係があるのかって?
 Non!

 この曲のこの演奏が看板と関係があるのかって?
 Non!

 CD のジャケットに椅子が描かれているから、これを選んでみただけである。
 そして、ええ、廃盤のようです。

MozartMarinner

黄色のビオラが庭を華やかに!♪RVW/タリスの主題による幻想曲

20210503Viola
 
 みなさんにおかれては、昨日をもって否応なしにゴールデンウィークの終焉を迎えたことと思う。

 私もである。

 共に嘆き悲しもうではないか!
 とはいえ、実に性的な、いや、静的な連休であった。

  5月1日(土)
 連休初日。
 午前中、ちょっぴり庭の雑草抜きをした
 昼はウィンナーを2本炒め、目玉焼きを焼き、ご飯を食べた。
 そのあとベッドに横になり、三浦綾子の小説を3ページ読んだら眠くなったので30分昼寝した。
 夕方にマックスバリュに行ってポッカレモンを買った。
 夜は豚肉のすき焼きをした。
 甘辛い口の中を爽やかにするためハイボールを飲みすぎた。

20210503Nira  5月2日(日)
 連休2日目。
 冬の間外してあった網戸を窓につけた。
 昼はマルちゃん正麺の醤油味を作って食べた。
 そのあと昼寝したが、20分ほどで郵便受けでカサッと音がしたので起きた。
 カサッの正体は回覧板だった。
 今年度から街灯の球が切れたときには環境部長にではなく安全部長に連絡するように、という内容だった。その回覧板を隣の家の郵便受けに差し込んだ。カサッと音がした。
 「タリスの主題による幻想曲」を聴いた。最近はこの曲の清潔な感じの響きがお好みで、特に最後の和音の美しさがたまらない。スーパーで「ワオン!」と奇妙な音がするのとはえらい違いだ。
 そのあとはベートーヴェンとか聴きながら、ブログ記事の書き溜め。でも、あまり気がのらなかった。近ごろの記事が短いのはそのせいだ。もっとも読み手のみなさまには短い方が喜ばれるようだ。
 夜は麻婆豆腐を作った。ただし今回は完全お手製ではなく、レトルトの素を使った。
 麻婆豆腐に合うので、ハイボールを飲みすぎた。

  5月3日(月)
 朝起きると雨。
 雨が降るなんて、前の日は誰も言っていなかったような気がする。
 でも、そんな降ったりやんだりのなか、買ってきたビオラの苗を庭に植えた。
 パセリも買ってきて植えた。そしてまた、今年もまたニラが伸びてきた。
 事前の予告通り、昼ころに息子夫婦&お孫ちゃんが家に来た。
 ウチに預けてある息子の車の夏タイヤを交換しにやってきたのだった。
 ウチの物置はちょっとばかり雨漏りがする。で、タイヤがちょっと濡れていた。
 物置を買い替えたいものだ。
 夜はローストビーフとか筑前煮。部分入れ歯の私はローストビーフは咀嚼するのに難儀したが、部分入れ歯がなかったら喉つまりしたことだろう。
 今日ですでに連休の折り返し地点に来たと思うと、マラソン大会の折り返し地点にある三角コーンになったような気分になり、ハイボールを飲みすぎた。

 気分がどんどん沈んでいく連休後半の話は、気が向けば書くことにしよう。

VWilliamsLark ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaugham Williams 1872-1958 イギリス)の「タリスの主題による幻想曲(Fantasia on a theme by Tollis)」(1910/改訂1913,’14)。

 タリスはチューダー朝の作曲家。
 この幻想曲は2群の弦楽合奏による作品。






むかしの札響公演パンフを画像データ化してご紹介♪北電FC in 1974

 ※ このシリーズを始めたきっかけについてはこちらをお読みください。

  FCは何の略かというと……
 1974年3月の第136回定期演奏会をもって私はいったん「札響友の会」を退会したが、3月25日には全席自由で入場料が100円という「ミリオンコンサート」に行っている(136回定期のパンフレット7ページに広告が載っている)。
 このときはクラスメイト数人と行き、市民会館の最前列で聴いてみたのだが、オーケストラのコンサートというものは最前列で聴くものではないということを身をもって知った。

 次に行ったコンサートは札響の第2の定期演奏会と言われ、しかも入場は無料(整理券は必要)の「北電ファミリーコンサート」だった(つまりタイトルの「北電FC」は北電ファンクラブではない)。
 整理券の半券は散逸してしまっているが、記録によると5月25日の土曜日のことで、指揮は三石精一。
 このコンサートはゲストを呼ぶこともあり、そのゲストや、あるいは司会のHBCのアナウンサーが曲の解説をしてくれた。そのため、演奏会パンフレットはない(ある回もあった)。ということは、ブログ・タイトルはFCに関しては嘘つきってことになる。

 この日のプログラムはほとんどが組曲もの。グリーグの「ペール・ギュント」組曲やビゼーの「カルメン」組曲、ドビュッシーの「小組曲」、ハチャトゥリアンの組曲「仮面舞踏会」が演奏され、どの曲にも私は魅了された。アンコールだったのか最初からプログラムに入っていたかはわからないが、ハチャトゥリアンの「ガイーヌ」の「剣の舞」と「バラの娘たちの踊り」も演奏された。
 いま思い返せば、これらの曲を生演奏で接したのはこのとき以降はないかもしれない。

 夏が過ぎ、再びコンサートに出向いたのは、10月17日の第20回北電ファミリーコンサート。
 指揮は飯守泰次郎で、ゲストは永六輔(!)。永六輔が、コンサートで楽譜を読んでいる客がいたが曲が終わってもページが残っていたなどという話をしてお客さんを笑わせていた。

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19741017Hokuden20th2

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 「シェエラザード」に衝撃を受けたのはここに書いた通りだが、ドヴォルザークの「弦楽セレナード」も強く印象に残った。

 翌11月も北電ファミリーコンサートに行っている。11月8日である。
 モーツァルトのコンチェルトは第2番に変更となった。
 「売られた花嫁」の序曲と3つの踊りの親しみやすいメロディーに魅了されたが、一方で当時の私は大太鼓やシンバルが加わる第4番の方がチャイコフスキーのシンフォニーとしては好きで、やや地味目の5番はちょっと退屈した。いまでは好みが逆転しているのだから、おもしろいものだ。

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 そして、12月から「友の会」に再入会することになる。

Tchaikovsky4Eliska ドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904 チェコ)のセレナード ホ長調Op.22,B.52(1875)をエリシュカ/札響の演奏で

















どんなときも割引は500ポッキリ♪R.シュトラウス/メタモルフォーゼン

20201003Weight  1日100グラム!
 昨日の記事で、この1か月で体重が3キロほど減っていたことが判明したと書いた。
 もちろん私の体重である。

 で、ネット(SNS)上では私の意としない減量を心配する声もあったので(ありがとうございます!)、昨日の記事の最後の行に書いたことを実践してみた。
 つまり体重を図ってみたのだ。

 計測時データであるが、昼食後で着衣状態である。
 かかりつけの病院で計ったときには、看護師さんが毎度「服の分、500グラム引きますね」と言うので(ズボンのポケットに重い小銭入れが入っていようがなかろうが、胸ポケットにスマホが入っていようがなかろうがいつも、定量である)、それにならうと、今回の私の体重は60.6キロということになる。

 ほぼ一週間前と比べると、700グラムの増。
 1日100グラムのペース。
 新生児の理想的な増量と比較すると、その3倍近い。
 十分すぎる増量と言えるだろう。

  とはいえ、75になったら非難されるのは必至
 ところで、金曜日に健保組合から今年度の『健康チェック』の結果が届いた。
 “朝ご飯は食べますか?”とか“1回のお酒の量は適量ですか?”とか“家族はあなたの支えになりますか”とかいう食習慣やライフスタイル、心の健康に関する質問に答えて2か月ほど前に提出したものだ。

 それによると、私の身長からすると、適正体重は55~75キロなんだそうだ。
 20キロもの幅があるのがちょっとうさんくさい気もしないではないが、だとすれば、このところずっと63キロぐらいだったことに慣れてそれに執着していたが、少し下がったとしてもむしろ良いことなのかもしれない(中性脂肪の値にも良い方向に働きそうだ)。
 問題は、それが他の病気によるものではないということでなければならないのと、スーツのズボンを着用したときにウエスト周りが絞った巾着のように見えてしまうことだ。

StraussRMetamor いずれにしろ、食欲のあるなしで、すぐに体重は変わってしまうようである。

 R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949 ドイツ)の「メタモルフォーゼン(Metamorphosen。変容)」AV.142(1945)。






なぜこの幹にばかり執着したのか?♪吉松/鳥は静かに…

20200516Kitsutsuki.JPG  痛かったろうな(木が)
 先日、家からちょっと離れたところの農道を散歩していたら、道沿いの木に豪華4階建ての住居があるのを発見した。

 いや、特段豪華とはいえないか……。だって、私がむかし住まわせてもらっていた社宅(団地)も4階建てだったもの。

 それにしても、キツツキさんは、なんでこの幹ばかり集中的に彫ったのだろう?
 よほど気にいる何かがあったのだろうか?

 ただ、もうここは空き家になっているようだった。

 吉松隆(Yoshimatsu,Takashi 1953-  東京)の「鳥は静かに…(And birds still…)」Op.72(1997-98)。

YoshimatsuMemoFlora 弦楽合奏のための作品で、作曲者は次のように述べている(作曲者のホームページより)。

 弦楽アンサンブルのための短い悲歌として書かれたこの曲は、一羽の鳥の死を仲間の鳥たちが静かに黙して囲んでいる...といったイメージから生まれたもの。元々はあるアマチュアのアンサンブルから「亡くなった仲間への追悼の意を込めた短い弦楽アンサンブルの作品を...」と委嘱されて構想したものだが、後に委嘱は破棄されてこの作品だけが残ることになった。

 曲は、短く断片的な歌がかすかな歌となって形をなしてゆき、メランコリックな遠い思い出のようなメロディとなって歌われた後、ふたたびまた断片として融けるように消えてゆく…というシンプルな形式で出来ている。

 1997年夏から98年春にかけて作曲され、3月に完成。最小12名(4-3-2-2-1)から最大37名(12-9-6-6-4)の弦楽アンサンブルで演奏可能である。op.72。

 さて、庭の写真(この写真は2020年5月25日に撮影されたものです←近ごろのテレビ放送の注釈っぽく書いてみました)。
 朝方まで降っていた雨は、私が朝食の青ネギ入り玉子焼きを作っているころには止み、10時ころにはときおり強く日を差すときもあった。

 咲き始めたときに、区別がつきにくいと書いたゲウムのマンゴーラッシー(上)とミセス・ブラッドショー(下)。こうなってくると、なんだい、ちゃんと違うじゃない。前のめりな報告について、訓告処分を自らに課したところである。

20200525MangoRussi

20200525Bradshow

  ほぼ変化はないけど『ガーデン通信』
 昨日の記事にも載せたが、クレマチスのメイリーンも開かせる花の数が徐々に増え、コマツナ(左)とダイコン菜(右)も順調。ユーフォルビアは開花のピークを過ぎ、中心部が赤みがかってきた。一方、オオデマリは花の房をどんどん充実させているところである。

20200525Mayleen

20200525Hadaikon

20200525Eupho

20200525Oodemari

『□』を求めて……♪ディーリアス/エアーとダンス

CentralheatingPanel  そんなに特殊な道具なのか?
 この際だからはっきり言っておくが、“ロ”ではない。タイトルの『』内は。
 カタカナで“ろ”は“ロ”だが、タイトルの文字は“□”である。

 さらに言うと、“口”ではない。
 言うまでもなくこれは“くち”である。
 口を求めるなんて、変態のすることだ(もしくは愛し合うコネクティングな人たち)。

 この時期、求める『□』と言えば……マスク、、、かというと、そうじゃない。って、ここまでではやくも4回も使っている。“言”という漢字を。

 私が探しているのは5mm角のレンチ(♀)なのである。

 寝室とリビングのセントラルヒーティングのパネルからややうるさい音が間断的に発生する。
 確証はないが、たぶんパネルのなかにエアだまりができているせいだ。

 前に点検に来たお兄さんが、ゼンマイを巻く巻き鍵のようなものでパネルにある四角いねじ(上の写真)を回し、エアを抜いていたのだ。

 素人でもそれはできるはずだ(エアが抜けたあと、不凍液がにじみだして来たら再び締めてやるとよいらしい)。

 不凍液の圧力が下がったりしたらお手上げではあるが、そもそもそんなことを心配する以前に、この巻き鍵(上ではメスの四角レンチと書いたもの)が売ってないのだ。

 ホーマックにも行った。ビックカメラの工具売り場にも行った。ハードオフに置いてある中途半端なものが放り込まれているコンテナ箱の中も探してみた。……
 でも、ないのである。

 ネットで調べてみると、いろいろあるものの、ことごとくサイズが明記されておらず手を出せない(これらは時計用のようだ)。

 ってことで、シーズンオフに専門家に定期点検に来てもらうまで、今シーズンはエアだまりの音に悩まされ続けながら寝なきゃ。幸い寝付きは極めて良好なんだけど……

 それより、ボイラー本体もなんだか燃焼時の騒音時の音が大きくなっているような気が……
 このボイラー、購入し工事も行なった会社が不慣れだったせいで、過去にも大きなトラブルに見舞われている。定期点検はきちんとした灯油ボイラーの施工・メンテを専門にやっている会社に頼もうと思っている(が、何かあったらまだ購入会社の保証期間内なので保証をきかせられるというジレンマもある)。

DeliusParadiseG ディーリアスの弦楽合奏のための作品、「エアーとダンス(Air and dance)」(1918)でもいかがかしら?(日本語にすると「歌と踊り」です)。













10月最終週の私(3)~温室の中には蘭、口の中は乱♪ブリテン/Op.10

20191029Ran1  かつての上司とともに
 今日は11月3日である。つまり『文化の日』であるが仏滅である。もちろん両者にはなんの関係もない。

 で、札幌にある『北大植物園』は今日をもって夏期開園を終える。明日の月曜日は休園日で、あさっての5日からは温室のみの公開となる。

 私はこのあいだの火曜の昼に、(病院で検査結果を聞き、そのあとそばを食べたが、それでも打合せの時間までけっこう時間があったので)何年かぶりに北大植物園に行ってきた。もちろん夏期開園が間もなく終わるなんてことはまったく知らなかったが……

 そこで見たウツボカズラたちの姿はこちらに載せたが、この先、この日撮影した植物をまるで自分のもののように自慢げに紹介したいと思っている。

 さて、植物園を散策した結果、何匹かのユキムシがスーツに付着するという被害に遭ったものの大事には至らず、本社ではいくつかの部署で実り多き打合せをし、そのあとは赤れんがテラスのなかにある某料理店に行った。

 この日は私も元上司だったOBの方と食事をすることになっていたのだ。
 ほかに、やはりこの方の部下だったことがある本社のFさんも参加し、3人であーだこーだと思い出話に蘭、いや、花を咲かせた。

 そのときである。
 鶏串を食べているときに、私は口内に異常事態を感知した。
 
  かつての謀反者が再び
 そう。
 義歯のブリッジが脱落したのだ。

 こっそり口から出すと、やはりそれはブリッジだった。
 右上の奥である。

 この、口中でビッグバンのごとく固形物が自然発生し、応仁の乱のような状態になっている感覚はもう何度か経験している(ほれ、あんな謀反こんな反乱だ)。でも、何度経験しても慣れるものでは決してない。

BrittrnPercellV ブリテン(Benjamin Britten 1913-76 イギリス)の「フランク・ブリッジの主題による変奏曲(Variations on a theme by Frank Bridge)」Op.10(1937)。

 フランク・ブリッジ(Frank Bridge 1879-1941 イギリス)はブリテンの師。
 井上和男編「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)によると、ブリッジは、

 ヴィオラ奏者、指揮者。C.スタンフォードに師事。印象主義の影響をうけ、管弦楽曲、室内楽曲など多数作曲。イギリス人には広く親しまれるが、特色が少なく、折衷的作風である。

ということだ。厳しいお言葉である(なお、私はブリッジの曲を聴いたことがない)。

 ブリテンのこの曲は彼の出世作となったもので、弦楽オーケストラのための作品。

 ウィキペディアによると原曲のブリッジの作品は「弦楽四重奏のための3つの牧歌」の第2曲ということで、「序奏と主題」および10の変奏曲(第10変奏は「フーガとフィナーレ」)からなる。

 A.デイヴィス/BBC交響楽団の演奏で。

 1990年録音。テルデック(現行盤はワーナー)。

  左に負けるな!
 えっ?それって夏前に取れちまっただろって?
 違う違う、それは左上(そしてそれはブリッジではなく、歯の根が折れて口内に姿を現したもの)。

 右とか左とか何かの思想でもないのに、左になんて負けるものかと右もハッスルしてしまったらしい(歯槽は関係する)。

 “謀反”とか“反乱”のところでリンクを貼ったように、この右上奥のブリッジはこれまでも何度か勝手なふるまいをしてきた。前科があるのだ。

 出張先の釧路の歯科医院で応急処置をしてもらい、そのあと帯広の歯科医院で半永久的処置をしてもらったはずだ。
 だが、名古屋で外れた。
 そしてまた、今度は札幌で外れたのである。

 大阪に戻るのは翌々日の木曜日になる。
 戻ったら現在通っている歯科医院に披露するため、私はこの脱落者をティッシュで包み、ポケットに入れた。
 幸い、私の右奥歯が手品のごとく消えたことに、2人は気づかなかった……数日後に続く

 では、北大植物園の温室で咲いていた美しいランの花を(もちろん上の、五番館の包装紙を思い出させるカトレアも植物園で撮ったものである)。

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地味に、でも意外と傷ついた私(本日実質休業)♪ナルブタイテ/悲しい作品

20190618Sapporo1  もうお気に入りじゃなくなったんです
 少なからずのブログでは、画面のサイドバーあたりに自分のお気に入りのサイト(ブログ)のリンクを貼っている。

 私のこのブログでは、右下の方に『BOOKMARKS』というコーナーを置いてある。他の方のブログでは『お気に入りブログ』とか『Links』、『リンク』や『ブックマーク』といったタイトルで設置してあることが多いようだ。

 逆に、私のこのブログを『お気に入りブログ』や『Links』に貼ってくれている方もいる。
 ありがたいことである。

 ところで、先日気がついたのだが、もう10年近く私のブログのリンクを置いてくれていた某ブログから、私のブログが消えていた。

 きっと、このブログに目新しさや面白さ、斬新さを感じなくなったので、削除したのだろう。

 それは致し方ないが、これっぽっちも気にしてないわい、と言えばうそになる。

Vasks ナルブタイテ(Onute Narbutaite 1956-  リトアニア)の「悲しい作品(Opus lugubre)」(1991)。
 もう10年も前のここで取りあげているが、弦楽合奏のための単一楽章の作品である。

 カンガス/オストロボスニア室内管弦楽団の演奏による録音が出ていたが(1994年録音。Finlandia)、そのCDは廃盤となってしまった。

 ごめん、悲しませて。

 あっ、
 …
 ……
 ………
 …………
 ……………

 去年も取り上げていた
 でも、私にとってこの曲は、しょせんこのような位置づけなのね……

 さて、きっと今日もあちこち警察官だらけ。それに降水確率70%。
 そんなんなので部屋でおこもりしてるのが賢明だろう。

御多分にもれず参加中・・・
プロフィール

MUUSAN

 クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。

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