先週は在宅勤務や夏休み取得で2日しか出社しなかった。
お口の中は味の祭典!
本日は16日。ってことは、本館記事も更新したってことかしら?
クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の前期高齢者の元・サラリーマン。 背景の写真は札幌の「宮川本店」のうな重。 (記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります)
ストラヴィンスキー(Igor Fyodorovich Stravinsky 1882-1971 ロシア→アメリカ)のバレエ「春の祭典(La sacre du printemps)」(1911-13/改訂'47)。
♪ 作曲家情報 ♪
天満宮で鯖を食す
ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971 ロシア→アメリカ)の交響詩「うぐいすの歌(Le chant du rossignol)」(1917)。
考える翔 鳥は形を表わし、奚は音を示す
先週末の散歩。
足を延ばして、中途半端以上に繁華しているという今池の方へ。
古くからあるような飲み屋なども多かった。
彼の3大バレエ音楽の最初の作品であり、ここに書いているように初演の一夜にしてストラヴィンスキーを一躍有名にしたものである。
今日は組曲版ではなくバレエ音楽全曲を、インバル指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏で。
まさにパワフルかつ絢爛豪華な演奏。
1980年代、90年代のインバルはすばらしい演奏を次々と録音してくれていた。このストラヴィンスキーなんかはかなりの名演。
もちろんいまも良い指揮者だが、あのころは若々しさはつらつさがあった。今はオトナになり過ぎた感がある。実際年寄りだし……
1990年録音。テルデック。
廃盤。
全然800アイテムもないけど
それはそうと、大きな通りに面して八百屋(やおや)が。
店先には“只今のサービス品”とダンボール片に緑のマジックインキで書かれた札が置いてある。
その札が貼られた箱の中にはレタスが。
1玉100円だ。
思わず買ってしまった。
“只今”というのが、今日のことなのか、タイムセールのように決められた時間に限るのか、いまこの瞬間なのかわからないが、八百屋のおじさんが焦って忙しそうにしていたので聞くのをやめた。
ほかにだぁれも客はいなかったのに忙しそうにしていたのは、その緑のマジックのキャップを床に落としてしまい、どこに転がって行ったのかわからなくなっていたからだ(尋ねもしないのに説明してくれた)。
「ペン先が乾いちまうと、使えなくなるな」とぶつぶつ言いながら探し回っていた。
が、客である私には愛想がよかった。
どきどきもできるかも
歩みを進めると、通りをはさんだ向かい側に古いビルにこんな看板が。
私にはまったく意味不明。
牡蠣がときどき雌になるとでもいうのだろうか?
頼んだのはピンクのケトル 【前回のあらすじ】
今回帰って来てナツツバキの葉の間からキジバトの巣を見てみると、そこには驚くべき光景があった!……だから今日へ続いてるワケ
夫婦ではなく、兄弟(または姉妹)だった
昨日1週間前のことを書いたが、巣に雛が1羽いるのを確認したものの見捨てたんじゃないかというくらい親が帰って来ない。
ところが金曜日の朝、見上げる形ではあるが葉の茂みの間から、変態オヤジのようにのぞき見してみると、なんとあのつがいがいるではないか!
なぜ夫婦そろってすまして座ってる?子どもはどうした?
いや、ちょっと待てよ(←いや、私が)。
親にしては一回り小さい。
ってことはこの子たちは、1週間前には巣から頭が見える程度だったチビ雛か?
あまりに成長が速い気がするが、それ以外考えられない。
そして、これで急に糞が垂れてきたことにも納得した。
親だけの時は糞は落ちてこなかった。きっとお出かけしたときにどこかで済ませてくるからだ。自宅は汚さないのだ。
年金暮らしのお年寄りが、水道代節約のために苦肉の策として自宅のトイレを使わず、買い物に出かけた先で用を足すように心がけているという話に共通しないでもない。
しかし子はまだ出かけられない。ただ大きくなって、糞はするようになった。
まさに糞たれ小僧のごとく、垂れ流すしかない。
さらに、1週間前は雛は1羽しか確認できなかったが、キジバトは卵を2つ産むという説を証明するかのように、間違いなく2羽いる。まるで二卵性双生児のように。
糞もダブルである。
親は見捨てていなかった
そして土曜日の早朝。
母親か父親かはわからないが、親が巣に飛んできた。
彼女(もしくは彼)は、ちゃんと親としての義務を果たしていたのだ。
戻ってくる頻度が少ないのは、日中パチンコ屋に入り浸っているのではなく、昨日紹介した“説”のように子の自立を促しているのだろう。
ニュースにしばしば取り上げられるバカで身勝手すぎるニンゲンの虐待親より、はるかにまともである。
さらにこの日の午後、私が草取りをしていたところ、ひどく大きな羽音がした。
また親鳥が帰って来たのだった。あんなにバタバタしなくてもいいだろうに。明らかに私を威嚇している。
そのあとすぐさま親と、もう1羽が飛び立った。あとを追った方は、すぐにわが家のバルコニーの柵にとまった。こちらが子どものようだ。
飛び方の特訓を受けているようだ。
親が「私に続け!」とばかり先に進んだが、おぼつかない飛び方ですぐに休憩したらしい。
が、親のあとを追ったのは1羽だけ。
巣を除くと、もう1羽は巣の中で鎮座していた。
私が気を遣って庭から家の中へ撤退すると、子らしい方が庭に戻って来て、いっちょ前に地面を何度かつついて(アリでも食べていたのだろうか?だとしたらありがたい)、そのあと巣に戻った。
こんなに温かく見守ってあげているのに、やはり私のことは邪魔者として警戒しているようだ。
ストラヴィンスキー(Igor Fyodorovich Stravinsky 1882-1971 ロシア→アメリカ)の「バリモントによる2つの詩(2 Stikhotvoreniya Konstantina Bal'monta)」(1911/改訂1947)。
第1曲が「忘れな草,愛のささやき(Myosotis, d'amour fleurette)」。第2曲が「鳩(Le pigeon)」。
バリモント(1867-1942)はロシアの詩人。
ストラヴィンスキーはバリモントの詩をカンタータ「星の王」(伊福部昭が「変わった作品」と言っているものだ)でも用いている。
「春の祭典」を作曲しているころに書かれたこの歌曲、やはり同じ時期に書かれた「星の王」と同様に不思議触感な音楽だ(改訂された1947年というのも、「春の祭典」の改訂と重なる)。
ブリン=ジュルソンのソプラノ独唱、アンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏を。
1980年録音。グラモフォン。
もう少し耐えてね、masaさん
ところでポーポーちゃんの巣を除いているときに、同じナツツバキの木に別な、もっと小ぶりで深型の巣があることを発見した。
しかし何かがいるような気配は感じられない。
MUUSAN
クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。