新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の後期中年者のサラリーマン。  背景の写真は札幌の「宮川本店」の鰻重。 (記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります)

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

協奏曲・協奏作品(管楽器)

晦日イヴに今年を振り返る♪CPEB/fl協

Bach,CPEFLcon  これは協奏曲ジャンルの吹雪じゃ!
 今年亡くなった音楽家特集(ってもんじゃ全然ないけど)。
 早いもので今日で最終回。器楽奏者編である。


 知らない人も多いかもしれないが、オルガン奏者のアンドレ・イゾワールとチェンバロ奏者のユゲット・ドレフュスが亡くなっている。どちらも私がクラシック音楽を聴き始めた初期のころに、その演奏をエアチェックで親しんだ奏者だが、いまディスクは1枚も持っていない。

 多くの人が知っているピアニストの中村紘子が亡くなったのは7月。ピアニストではハンガリーのゾルターン・コチシュが先月亡くなっている。


 管楽器ではフルートのオーレル・ニコレが90歳で他界。


 ニコレの演奏で、C.P.E.バッハ(Carl Philipp Emanuel Bach 1714-88 ドイツ)のフルート協奏曲を。


 ここで取り上げるポーポーちゃんっぽい鳥が写っているCDには、以下の4曲のコンチェルトが収められている。
 オーケストラはジンマン指揮のオランダ室内管弦楽団。


 ・ イ短調Wq.166,H.431(1750)
 ・ 変ロ長調Wq.167,H.435(1751)
 ・ イ長調Wq,168,H.438(1753)
 ・ ト長調Wq.169,H.445(1755)


 J.S.バッハの次男・エマヌエルの父親とは違った自由奔放な音楽を、ニコレもまた生き生きと演奏している(ちょっとカチっとしすぎている感もあるが)。

 1977年録音。フィリップス。
 他に、ホリガーの独奏によるオーボエ協奏曲(2曲)ほかも収録されている。

 ところで久々に買った“レコード芸術”だが、P.ヤルヴィの写真を見てプーチンの顔が重なり、佐渡裕の写真では安倍晋三の頬がオーバーラップしてしまった。
 そういうのって、私固有のことなんだろうか?

  会社の大掃除をさぼって早退した罰か?
 さて、正月休みになり私も昨日北海道へ戻った。
 が、まったく順調とは言えない旅となった。

 名鉄名古屋駅で、中部セントレア空港行きのミュースカイに乗る前に名鉄百貨店地下で赤福を買い、それもたまには向かいの家のおばさんにも笑顔生活をおくってもらおうと、1年の感謝を込めおばさんの分の赤福も買ったのだが、ミュースカイが発車してほどなくしてANAからメールが入り、私の乗る便は使用機到着遅れのため95分出発が遅れるという、まったくもっていただけない現実をたたきつけられた。

 その前の便も60分遅れていて、私がセントレアに到着したときはまだ十分間に合うタイミング。
 これが出張だったらこの便に変更しちゃうところだか、今回は正月帰省のプライベート。変更不可の早割チケットなのだ(とはいえ往復で5万円以上)。

 もうどうしようもない。だいいち、年末でその便にも空きがなかったし。

 で、保安検査場横の売店でJAあいち知多製の、いかにも素材には間違いがないと思われる483円の唐揚げ弁当を買い、待合室でたっぷり時間をかけて食べた。

 それにしても、おばさんに今日のうちに出来立ての赤福をお届けできるだろうかと、そのことが気がかりだ。ふだんしないことをして、自ら悩みのタネを作ってしまったことになる。私には課題解決能力がある方だと思っていたが、課題生成能力も備えているようだ。

 そんなこんなして、あと1時間15分で出発という時間になった。
 意外と時間が経つのが速かったなぁと思ったそのとき、さらに1時間出発が遅れるという宣告がアナウンスされた。

 今日のうちにおばさんに赤福を渡すのは絶望的になった。

 なんでも午前中の千歳空港の天気が悪く、その余波で遅延が発生したらしい。やれやれだ。まあ、空港で3泊した人のことを思えば、こんなの屁のカッパだが。って、屁のカッパって変な日本語だ。

 けさの北海道新聞によると、

 新千歳空港では29日、午前の降雪で滑走路を除雪したほか、滑走路のアスファルトが縦20センチ、横80センチにわたってはがれているのが見つかり、2本の滑走路のうち破損した1本を補修のため約1時間半閉鎖。ダイヤは大幅に乱れた。

んだそうだ。

 だよな。
 ただの除雪の遅れにしては、なんとなく納得がいかない感じだったもの。
 管制規制で欠航しますという理由で、ジェットスターのお客様は絶望の底に叩き落されていたし……(この日北海道に戻っただろう千葉課長は何時の便に乗ったのだろうか?)

 にしても、早くも正月明けにUターンする日の天候を心配しているところだ。このように私は常に先を見据えているのである。

  2016年のわが家でリタイヤしたものたち
 今年のわが家は、いろんなものが寿命を迎えた。

 完全停止する前にと、暖房と給湯のボイラーを交換した。その際に給湯ボイラーのリモコンが異常をきたすというおまけがついてしまった。

 つい最近では、まだ今シーズンは大丈夫と思っていたスタッドレスタイヤを買い替えた。
 妻が、運転していてあまりに滑るというからだ。

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 ヨコハマの ice GUARD5 PLUSにした。
 アウトサイドとインサイドの装着の指定があり、こういうのってなんかとってもよくききそうな感じがする。
 わが家の車はB4だが、205/60 R16というタイヤサイズ。
 このサイズだと、いちばん評判の良いブリザックだとひどく高くなる。
 でも、このヨコハマの新製品はなんとなくすごく良いタイヤのような気がして満足である。

 つい最近では炊飯器が壊れた。
 しゃもじを買い替えたばかりなのに、本体がイッテしまった。
 なんとなくしゃくに障ったので、同じメーカーではなく、パナソニック製のものにした。

 浴室のブラインドも何か所か糸が切れてしまい限界に達していた。
 窓自体はすりガラスだが、場合によっては私の美しい裸体のシルエットが外からわかってしまう。
 そこでハウスメーカーの専用サイトで同じサイズのブラインドを購入。自分で付け替えた。
 元のねじ穴が広がっていて、付属のねじがきかずちょっと苦労したが、取り付け出張サービスに出費することなく済んだ。

 来年はそろそろIHクッキングヒーターあたりが力尽きるのではないかと、いまから心配である。

油膜の下に封印された熱地獄に注意!♪グラズノフ/夢

GlazunovSerebrier  寶ではありません
 24日はお出かけ中だったことは、さりげなく報告した。前日からあちこちに行って来たのだ。

 23日は伊達市でラーメンを食べた。
 鶴つる亭ではない。私はあまり脂っこいラーメンは好みじゃないし、妻は私以上に好みじゃない(いや、だから脂っこいラーメンの話です)。

 そこで“宝龍”という店に行った。
 鶴つる亭よりももう少し伊達紋別駅寄りである。

 “ほうりゅう”といえばかつては札幌市内のあちこちにあった老舗チェーンの“寶龍”を連想するが、こちらの伊達市の方の“たから”の字は“宝”。だから“寶龍”とは関係ないんだと勝手に判断している今日この頃である。

 なお十勝管内のあちこちにある“寶龍”は札幌の店からのれん分けしたものらしいが、結局私は帯広にいた4年間で一度もどこの“寶龍”にも行かなかった。

 実際、頼んだ醤油ラーメンは今でも札幌にある寶龍のラーメンとは別種のもの。
 札幌の店の味は、どこかコクがなく感じる。まずくはないが、しょっちゅう食べたいとは思えない。
 ただし、私が札幌の寶龍でラーメンを食べたのは今から8年も前のこと。ラーメンとは関係ないだろうが、そのあとハエが私の周りにたわむれに来た。あのときから味が変わっているかどうかはわからない(が、老舗の味を守り続けていると解釈する方が妥当)。

 その点十勝管内の寶龍は、特に清水や御影の店の評判が良い。札幌とは味が随分と違うのかもしれない。
 もっともラーメンのうまいまずいは人の好みによってずいぶんと違うので(ラーメンに限ったことじゃないが)、一概に札幌が美味しくないとか、十勝が美味しいとか判断できない。
 
 で、宝龍であるが、鶴つる亭ほどではないにせよ、けっこう汁の表面には油が浮いていた。
 どれぐらいかというと、もしこれが車のフロントガラスなら油膜取りスプレーをかけたところで1回や2回では簡単には除去できないぐらいである。

 が、なかなか美味しいラーメンだった。
 一気に食べると口の中がやけどする危険のある熱さだった。
 ネットの口コミでは鶴つる亭の方が評判が良いようだが、私は宝龍の味の方が正統的なラーメンらしい味で好きである。

  もうあと15秒焼いて!
 翌日は“ぶたはげ”で豚丼を食べた。

 いや、わざわざ帯広にまで行ったのではない。
 北広島にある三井アウトレットモールで食べたのだ。

 ご存知の方も多いだろうが、ここの箸袋に書かれているように豚丼は鰻丼の味を目指して作られたものだ。
 けど通常は山椒はかけない。胡椒である。

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 ちなみに“ぶたはげ”は帯広の天ぷら屋“はげ天”が出店している豚丼専門店。
 もちろん“はげ天”でも豚丼を食べることができる。

 帯広市内にははげ天の本店や支店があるので“ぶたはげ”はJR帯広駅にある狭いスペースの店1つだけ。

 そしてまた、帯広以外では北広島と埼玉にあるという。このマニアックともいえる出店地。経営者の野望というか将来の夢が読めない。

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 豚丼はふつうに美味しかったが、もう少し豚肉の裏面も焦げ目をつけてほしかった。

 グラズノフ(Alexander Konstantinovich Glazunov 1865-1936)の「(Reverie)」Op.24(1890)。

 ホルンとピアノのための小品。

 作品について私は詳しい情報を持ち合わせていないが、所有しているCDはホルンと管弦楽による演奏。
 誰がオーケストレーションしたのか(作曲者自身か第三者か)はわからない。

 セロフのホルン、セレブリエール指揮ロシア国立管弦楽団の演奏。

 2010年録音。ワーナー。

そうそう、床屋にも行った。

 来年の定休日カレンダーを早くも手渡された。


搭乗前に抗生物質は「禁」?♪WAM/アンダンテK.315

PA010272  私はANAかつ千歳だから関係ないです 
子どものころ“私の会社”だった“北鉄”(北鉄違いだが)の、鉄道ではなくバスに乗って小松空港に着いた私だったが、この空港を利用するのは10数年ぶり2回目。

 前のときのことは全然覚えていない。

 さて、この日の昼は最後のアジスロマイシンを飲まなければならない。

 しかし、12時発の飛行機に乗る前に飲むと、もしかすると機上でおなかの中に大雨警報、お尻には洪水警報が発令されてしまうかもしれない。それはきわめて危険な由々しき事態である。

 そこで千歳に降り立ってから飲むことにした。

 保安検査を終え搭乗待合室に入ると、私の搭乗口ではないもう1つの方でイベントをやっていた。
 JALの羽田便就航30周年ということだった。

 そのイベントを見に行ってはみなかったが、終わったあとにひと気のなくなった搭乗口を撮影した。
 撮影しに行くときにイベントを終えて引き上げる客室乗務員(もしくはその格好をした偽客室乗務員)とすれ違ったが、すっごく濃い化粧だった。強コントラスト顔だった。余計な感想だけど。

 千歳に着き、私は薬を飲んだ。
 快速エアポートに乗り、家に着いたのは飛行機が千歳に着いてから約1時間半後。

 そのときである。
 一息つく暇もなく、怒涛のように押し寄せてきた。
 果たして抗生物質のせいかどうかはわからないが、キャノン砲って感じになったのである。
 勝手に薬を飲む時間をずらしたわけだが、この防衛策は大正解だったのだ。

MozartFlConBruggen  トントロのあとの茶漬けのように
 ところで昨日はレーガーによってこねくり回されたモーツァルトを取り上げたので、今日は純正モーツァルトを。

 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)の「フルートと管弦楽のためのアンダンテ ハ長調(Andante fur Flote und Orchester)」K.315(K6.285e)(1778)。

 優しげなこの作品は、フルート協奏曲第1番ト長調K.313の第2楽章の代替用か、あるいはもともと独立した作品かもしれないと考えられている。

 今日はヒュンテラーのソロ、ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラの演奏をご紹介。

 1991年録音。デッカ。

 トントロのあとにお茶漬けを食べるとさっぱりするかもしれない。
 けど開いたチューリップにパチンコ玉がどんどん入っていくかの如く、間違いなく栄養過多になる。
 仕上げにラーメンを食べるよりはマシだろうけど……

過ぎ去った七夕。そして、新婚さんいらっしゃい♪ペリー/夏の夜想曲

P8040151  1週間後……
 気が付けば今日は8月14日。
 知らぬ間に七夕から一週間経ってしまった。


 北海道の七夕祭りは8月7日である。

 帯広にいるときは、ふだんはおそろしく人けのないアーケード街・広小路を中心にイベントが行なわれていた。
 あのころの私は、通勤のときにその横を通っていたので、間違いなく七夕の時期の到来を知ることができた。


 それにしても、去年の記事で表示されない写真があるのはなんでだろう。
 元の写真を削除した覚えはない。そもそも何の写真を載せたんだっけ?


 こちらの地区は正統的に7月7日が七夕である(一部そうでない地域もあるようだ)。
 だから8月7日には七夕めいた報道も話題もなかった。

 七夕に対して執着はまったくないし、帯広にいるときだって「あっ、やってるんだ」程度の感覚で、夜店でフランクフルトやチョコバナナを買うこともなかったが、気づかないまま終わっていたのを知ると、ちょっとさびしい感じがする。

PerrryFilm ペリー(William Perry 1930-  アメリカ)の「夏の夜想曲(Summer Nocturne)」(1988)。
 フルートと管弦楽のための協奏作品である。

 ペリーと聞くと、反射的に黒船を連想してしまう偏った私だが、こちらのペリー氏はアメリカの作曲家兼ピアニストなんだそうだ。
 ナクソスの情報によると、ニューヨーク市の近代美術館映画部の音楽監督を12年間務め、サイレント映画のためにピアノ伴奏の曲を作ったり、100作以上の映画音楽を書いているそう。

 「夏の夜想曲」はヴォーン・ウイリアムズのロマンス「揚げひばり」を思い起こさせるような音楽。
 しかし、「揚げひばり」にはない躍動的な明るい表情も持っている。
 美しくて魅力的な作品である。

 ハッチンスのフルート、フィリップス指揮/アイルランド国立管弦楽団の演奏で耳にすることができる。

 2014年録音。ナクソス。

  越してきた夫婦
 山の日だった11日。
 今日は“山ちゃん”も混むのかななんて、全然真剣みのないことを考えつつ庭の手入れをしていたのだが、ナツツバキの木から何かが飛び立ったような気がした。
 けっこう大きな音だ。

 が、それがまた起こった。
 そぅっと葉の間を遠目から除くと、鳥が2羽いるではないか。
 たぶん兄弟でも姉妹でもなく、ふつーに考えるなら番(つがい)だろう。

 今年はナツツバキの葉が例年よりも繁茂している(その代わり花は少なかった)。
 葉の奥は、良い具合にひっそりと暮らすにはむいていそうだ。
 たぶん巣を作ったのだろう。

 窓越しに撮ったのでボーっとしているが(鳥がじゃなく、画像が)、葉の中から潜り出てきて物置の屋根にとまったのが、その鳥。
 どう見てもデデッポッポーと鳴くヤマバト(キジバト)だ。

 せっかくわが家においでになったのだから追い払う気も、家賃の交渉をする気も全然ないが(それに北海道では夏鳥であり、冬はいなくなる)、正直なところもう少し小ぶりな鳥の方がよかった。
 だって、行ったり来たりのバサバサという羽音は、それなりだから。

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 春先に、幼鳥がほんのちょっと窓を開けた瞬間に家の中に飛び込んで来たことがあったが、まさかあのときの小鳥がキジバトの幼鳥であり、わが家の庭を気に入って住む決意をしたのだろうか?

 いや、まさかここまでは大きくならんよな、たぶん。

気になる道南 in 名古屋♪廣瀬/Shakuhachi concerto

  氷山係長の新発見
 1週間前、つまり先週の木曜日、アサイチで氷山係長からメールが来た。

 その内容は、不思議かつ異彩なオーラを放っている店がオープンしたのを発見してしまった、というものだった。

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                       ▲ Photo by Kooriyama

 このように貴重な情報を与えてもらえることはありがたい。今後とも私の第一秘書ならぬ第一間諜(かんちょう)としての活躍が期待できる。

 実は私もその店に気づいていた。その前日のことだ。


  難民回避のため高かったがやむを得なく……
 というのも、池中さんと疎茄課長と昼食を食べに行った際、最初の目的地である店は長蛇の列で、そこをあきらめて第2の候補の店に向かったものの、そこもそれなりに人が待っていて、「まずい。これじゃタイムアップだ。餓死してしまう」と途方に暮れかけたとき、その隣にもランチ営業をやっていて、おまけに席が空いてそうな店があって、そこにこんな店があったということに今まで気づかなかった命の恩人的存在に対する非礼を反省しつつ、中に入り、小上がりに通され、私は鶏の竜田揚げ定食を頼んだ。

 ちなみに池中さんも私と同じものを頼んだが、疎茄さんは魚好きにはたまらないだろうが、私は飲み込むのも困難と予想され、仮に飲み込んでも数分後には全身にじんましんが出てきそうな、サバの刺身の醤油漬けという、私にとって初めて知る料理の定食を頼んだ。

 店のなかはこぎれいでテーブル席がいくつかあり、その奥には私たちも通された半個室の小上りがたくさんある。
 落ち着いて食事を待ち、そしてゆったりとした雰囲気のなか食事を食べ、食べたあとも追い立てられるような思いもせず、いつもの殺伐としたランチタイムとは趣の違う時を過ごせた。

 私たちが入店したときはあまり客がいなかったものの、そのあとは私の匂いに引き寄せられるようにそれなりに客が入ってきた。

 が、その吸引力がいまひとつなのは、私のフレグランスが加齢とともに弱まってきているせいではなく、価格設定に問題があるためだろう。
 何種類かある日替わり定食メニューが示し合わせたようにすべて1000円なのである。


 このなかに1つくらい、本日のスペシャル日替わりとして800円ぐらいのものがあってもいいと思うのだが、よりどりみどりオール1000円。


 この日の私は財布を持たずに1000円札を1枚、無造作にポケットに入れて外に出たので、もしこれが税別価格なら80円足りないところだった。税込1000円だったおかげで、疎茄課長に「一生のお願いだから無利子で80円貸してくれ」と懇願せずに済んだ。
 済んだが、元はといえば、1000円という価格設定に問題がある。もしそうでなければ、飢えに我慢できずにそこに入ってしまった私に問題がある。


 竜田揚げは美味しかった。が、ちょっとしょっぱかった。


  豚のように豚を食べて苦しんだ思い出
 竜田揚げといえば、大学生のとき学食のAランチにしばしば登場した豚の竜田揚げは美味しかった。

 いま思えば妙に黒っぽく、油もベタベタしていたがとにかく美味しく感じた。

 私なんぞ、いちど弁当を持って行ってそれを食べたのに、竜田揚げの日だと知ってAランチも食べてしまい、帰りの地下鉄の中で、倒れるのではないかと思うほど吐き気を我慢したことがある。


 ところでこの店は夜はやや高級な和食の店になると想定された。
 店の名は、Aランチ時代の大学で農場の管理をしていた主任のおじさんの名前-たとえば源次郎みたいな-と同じだった(私は農学部出身なのだ)。


  ネオ炉端って?
 源次郎(仮称)で食事を終えた帰り道の途中にあったのである。氷山係長が教えてくれた店が。


 食事のあと私たちはその前まで行ってみた。昼は営業していないが、いくらや室蘭やきとりの写真が載った看板が外に立っていた。
 室蘭やきとりというのは、鶏ではなく、そして長ネギではなく、豚肉とタマネギの串焼きである。

 他にどんなメニューがあるのかわからないし、室蘭が道南地域に該当するのかどうか極めて微妙なところだが(私の感覚だと道南は渡島・檜山地方だ。でも道南バスの本社は室蘭にある)、北海道人としてはひじょうに気になるところ。
 私は心を込めて、「今度、お手手つないで一緒に行きましょうね」と、氷山係長に返信した次第である。


 道南といえば、何年か前に東京の日本橋の“北海道八雲町”という居酒屋に飛び込みで入ったことがある。
 なかなかにぎわっていたが、果たしてあのとき何を食べたのか、2軒目に立ち寄った店ゆえに全然覚えていない。


 このたび名古屋にオープンしたこの店、活イカの透き通ったコリコリした刺身なんかがあるといいなぁ………って思いながら、昨日の夜、行ってみた。

 その報告は後日。

  初めての生尺はこの日でした   
 北海道は道南の函館出身の作曲家、廣瀬量平(Hirose,Ryohei 1930-2008)の曲を。

 尺八と管弦楽のための協奏曲(1976)。


Sakkyo170th 1976年の尾高賞受賞作品で、私は1977年4月の札響定期でこの曲を聴いている。
 作曲の翌年に早くも岩城宏之が取り上げたのだが、もちろん私はこのとき初めて聴いた。

 いや、生の尺八自体、初めての経験だった。←なにか表現方法に問題でも?
 独奏は山本邦山。

この日のプログラムに、廣瀬は作品について次のようにとても詳しく書いてくれている。

 私がはじめて尺八という楽器のために作曲したのは15年前の1962年芸術大学卒業直後のことであった。この楽器に対する私の最初の関心は、それが人間の声に似ていることであった。特に日本人の声の出し方に近いと私は思った。我々が微分音程と呼ぶ半音よりももっと細かい音程。グリッサンドと呼ぶにはあまりに繊細な音高の変化とその独特な陰影。深く幽玄な弱音と、貫くように鋭い強音、そして時には楽音という範囲をはるかに越えた烈しい息の音など、それはまさに日本人の発声法の集大成であると思った。声明(しょうみょう)や謡曲、平曲から浄瑠璃、義太夫などの語り物はいうに及ばず、我々の日常的な話し言葉、泣き声、忍ぶ声、呟き、叫び声、そして当然のことながら朗々と歌う声もこの楽器の中に集約されている。
 それどころか、尺八は千鳥の啼き声や松籟にいたるまで自然の音をも連想させたりする。もともと大ていの楽器は人間の声や鳥の声などを模するものであるけれど、この楽器は特にそうである。
 それ故に私はこの曲をまるで声楽曲のように発想した、と言ったら言い過ぎだろうか。
 現代音楽は歌わない、などとよくいわれるが、私はこの曲の中で、様々な歌を歌うことが出来たと思う。
 もっともこのことは作曲中考えていたことではなく、今度の受賞後気づいたのであるが。
 私は作曲中、そういう尺八と、西洋音楽たるオーケストラを如何に交感させようかと努めていたように思う。異質なものたちを対置させるだけではなく、両者が矛盾や対立を越えて交感し、音の綾となり、無数の歌や、呟きや嘆きや、叫びや祈りを包みながら、より広い色彩的世界へと昇華してゆく過程を描きたかった。
 全曲一つの楽章から成り、切れ目なく演奏される。最初は打楽器の弱音からはじまり、楽音といえないような音たちが、少しずつ色彩を加えて拡がり尺八のソロを導く。様々な音の虹がソロを彩る。弦の群が中空に浮かぶ雲のようにそれを包む。やがて金管楽器群が厳粛に現れ、金属打楽器たちが煌めく……という風に曲は進行する。
 様々な自然の物音、そして数々の対話、葛藤……。やがて幾多の紆余曲折を経て、頂点の修羅に至る。それが静まって尺八の独奏。これは従来の協奏曲のカデンツァにあたるが、その後に、独奏とオーケストラは唱和しながら、次第に遠ざかる。打楽器群がそれを彩り、弦は高音へ静かに消えゆく。この終結の部分で私は荘重できらびやかな、一種の宗教的な静けさのようなものを考えていた。
 西洋音楽の協奏曲のように、一つの主題を独奏とオーケストラが交互に奏するなどということは一切ない。


MonoPrism 私が持っているCDは、山本邦山の尺八、外山雄三指揮NHK交響楽団による1984年ライヴ録音(キング)。
 
  つまり私は魚不足ってことだ
 今さらながらさして重要でない“私の昼食”レポートだが、先週の月曜は、すでに報告したように錦城に行き担担麺を食べ、火曜日はFANNYに行ってヘルシー弁当を食べた。

 水曜日は源次郎でちょいと奮発し、木曜日は過去に一度だけ夜に行ったことのある居酒屋に行って“おろしロースカツ定食”を食べた。ここの定食は手作り感がしっかりと伝わってきて、しかも800円。源次郎と比べると、行司が差し違えるわけがないくらい、こちらに軍配が上がる。

 金曜日は、これまた夜になると地酒と焼酎を売りにしている(らしい)店に行った。
 池中さんが「ラーメンといなり寿司というちょっと変わった組み合わせを出す店があるので行ってみましょう」というので、「喜んで!」とそこに行こうとしたが、途中にこの“老松”(仮称)という店があった。
 店の前の黒板には焼魚定食の存在が書かれていて、たしか池中さんはこのところ焼魚を欲していたことを思い出し、目的地を変更し、この初めての店に入った。

 日替わり(この日は豚の生姜焼き)が700円、他の定食(焼魚定食とハンバーグ定食とから揚げ定食)は800円。
 ここもコストパフォーマンスは高い。

 池中さんは焼魚定食を頼み、私と疎茄課長が日替わりを頼んだが、店のお姉さんが困った顔をして「日替わり、残り1つになっちゃったんです」というので、疎茄課長の人間性を見極めようと私は黙っていたところ、彼はハンバーグにした。彼が譲り合い精神の持ち主であることがわかった。


 私が食べた生姜焼き定食はボリュームもあっていいのだが、かなりしょっぱかったのと、生姜焼きというよりは焼き煮みたいな感じだった。

 

あぁ、広々ぉ~♪WAM/協奏交響曲K.297B

297B  Dを減らしてCを増やそう
 前にも書いたが、自宅のノートPCの2008年産FMVは、Cドライブの空き容量が少ない。

 都度都度ディスククリーンアップをし、その際にシステムの復元ポイントも削除し、なんとか6~7GBの空き容量を確保しているが、この作業はおんな子どもには(少なくともわが家の)できない。

 そこでリスクがあるのは承知の上、思いきってパーティションを切りなおしてDドライブの容量をCに分け与え拡張することにした。

 そもそもCドライブの容量は49.9GB。そのうちプログラムファイルやら、いつの間にかたまったゴミなど(これも都度掃除しているのだが頑固な汚れが残るらしい)のせいですでに40数ギガが使われてしまっている。

 一方Dドライブの容量は86.0GBもある。
 そのうち使っているのは24GBのみ。

 そこでDドライブのうち40GBをCに与えることにしたのだ。
 これまでそれをやらなかったのは、Dドライブを一度削除することになるのでバックアップしておく必要があるから。幸い最近は大容量USBメモリも安いのが出ており、安物には信頼面でハテナはあるが、一次的なバックアップなら大丈夫だろう。ということでこの作業の環境が整ったのだ。

  無事Cが増えてDは減った 
 スタートメニューの検索ボックスにdiskmgmt.mscと入力し、まずは“ボリュームの削除”でDドライブを削除する。いやぁ、その前のUSBへのバックアップ、けっこう時間がかかった。
 これでハードディスクに86GBの未使用領域が誕生した。

 その次に“ボリュームの拡張”で、未使用領域からCドライブに約40GBをプラス。
 ちょっと意外なほど、あっさりとCドライブの容量は91.1GBになった。もちろんもともとCドライブにあったファイルは無傷。

 その作業のあとは未使用領域の残りの容量44.9GBにあらためてDのドライブ名を割り当てフォーマット。さらにUSBにバックアップしておいたファイル(このなかにはインターネットエクスプローラーのお気に入りのファイルなども含まれる。かつて少しでもCの容量を減らすために保管場所をDに指定し直したのだ)をDに戻し作業終了。

 最終的にCドライブのこの時点の空き容量は50.2GBとなった。
 めでたし、めでたし。

 そしてここにきて知ったのだが、新しい復元ポイントを作らないよう設定することもできる。
 な~んだ最初からそうしておけばよかった。
 けど、古い機種、OSゆえに復元ポイントがないのも心配ではある。今回はCドライブの空き容量が増えたので復元ポイントは作るようそのままにしたが(復元ポイントを作らないようにすると、過去のポイントもすべて削除されてしまう)、容量不足に悩む人には有効な手段だろう。

 ちなみにその方法は、コントロールパネル→システム→システムの詳細設定→システムの保護で、自動復元ポイントのCドライブにあるチェックをはずせばよい。

  こちらも復元の話
 じゃあ今日はモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)の協奏交響曲変ホ長調K.297B(K.Anh.9)

 フルート、オーボエ、ファゴット、ホルンを独奏楽器とするこのシンフォニア・コンチェルタンテは、ここに書いたように楽譜が見つかっていない幻の作品なのである。

 つまり、この未発見の楽譜を再現したという編曲版の楽譜が見つかり、そこから逆にオリジナルとされるこの曲が復元されたのである。復元したのはR.レヴィン。

 前にも紹介したマリナー/アカデミー室内管弦楽団(ASMF)の演奏で。
 独奏はニコル(フルート)、ホリガー(オーボエ)、トゥーネマン(ファゴット)、バウマン(ホルン)。

 私はフルートではなくクラリネットを独奏の1つとするK6.297bより、こちらのK.297Bのほうが好きである(ケッヘル番号に関してはこちらをどうぞ)。

 1983年録音。フィリップス。

 タイトルに広々って書いて思い出したけど、六花亭の新しいお菓子の名前が“ひろびろ”といったような気がする。


ドライ化したアジサイが寂しさをそそる中、強制気分転換♪R.シュトラウス/hrn協2

20151018a  ユキムシは風が苦手?
 昨日は札幌で会議があった。

 その前に日曜日の話。

 朝、PCが起動せずに焦ったが、PC自身の努力によってなんとか回復したことはすでにご報告した。
 しかし動作が不安定。

 それにともない私の気分も不安定になったが、それを払拭するためにまだ薄暗い中、R.シュトラウスのホルン協奏曲で今の季節とは正反対の初夏の田園気分を味わいながらコンビニに新聞を買いに行った。

 途中、アジサイと落ち葉のコントラストがきれいで写真を撮ったが、これもまた決して心が躍るような眺めではなかった。“秋に寂しき者”って感じだ。

201541018b そもそも朝から空気が湿っていて、風も強く、これは絶対雨になるなと思わせる天気だった。
 しかし風が強いことで、あたりにユキムシが浮遊することがなく、それは良いことだった。

  フリーズしていたかったけど……
 寒いし、風も強いし、どーしよーかなとしり込みしていたが、こんなことではいかんと、自らを再起動させ、庭仕事をすることにした。

 まだバラたちの多くは花を咲かせたりつぼみを持っている。
 このつぼみも開かせたいと思うところだが、これらはまともに開くことが少ない。
 だから株の体力を落とさないためにも剪定してあげなければならないのだが、毎年のことながら、つぼみがあるのを切るのはもったいない気がする。

 ほとんどの株を強剪定、つまりかなり低くまでカットした。
 でもでも、何株かのつぼみは残した。私は未練たらしいのである。

 2枚目の写真は“イエスタディ”だが、これは毎年最後の最後まで鋏を入れない。
 というのも、実(ローズヒップ)を楽しむためである。
 楽しむといっても、見るだけ。ティーにしたりはしない。めんどくさいし、日にちが経っているから問題ないんだけど、薬をバンバンかけたわけで……

20151018c  特別扱いはしておりません
 3枚目の写真はブルーベリーである。
 紅葉しはじめている。実もちょっと写っているのがおわかりいただけるだろうか?

 これは“ティフブルー”というラビットアイ系の暖地向きの品種なのだが、最初のうちはぱっとしなかったものの、今ではこの北国でも生育旺盛。もったいないことに怠慢であまり実を採っていないが、けっこうな数がなってくれている。

 ブルーベリーはツツジ科の植物で酸性土壌を好む。ということは、私が好む多くの植物とは土の好みを異にする。他の植物と一緒に植えると、どちらかにとって好ましくない環境になるのである。

 そこで私がとった栽培法。それは、ブルーベリーを特別扱いにしないということ。ここだけ酸度を高めるようなことはしていない。でも、元気に育ってくれている。
 世の中、なんでも慣れなのかもしれない。

 最後の写真は“オールド・ブラッシュ・チャイナ”。
 毎年わが家の庭でいちばん先に花を咲かせる品種だが、今年は特にシーズンを通じて元気。
 この調子だと、いちばんあとまで花を咲かせ続けてくれるかもしれない。
20151018d ということで、株はお疲れかもしれないが弱剪定にとどめ、引き続き花を咲かせてもらうことにした。

 土曜と日曜の午後で、かなりのゴミが出た。ほとんどがバラの枝葉である。ゴミ袋代240円也である。

 夕方になって、そこそこ威勢よく雨が降り始めた。
 昼の作業終了時に肥料をまいて正解だった。この雨で私のお礼の気持ちがこもった栄養分が土に浸みこむだろう。

  食い過ぎだと叱られもしたけれど……
 昨日は会議の前にかかりつけの病院に定期健診に。

 その場ですぐにわかる、血糖値とヘモグロビンA1cの値は、103と5.7で前回よりさらに改善!
 これならワハハハハハッ!と勝ち誇った笑いを抑えきれないはずが、ところが逆行したトホホな項目も……

 ところでここの医者が今年いっぱいで退職するそうだ。定年である。
 厳しいこともたまには言われたが、あれは愛の叱責だった。そう思うと、とても良い先生だった。たいへん残念である。
 
 この次に行くのはおそらくはまだ年内になるだろうから、有休でもとってない限りまだいらっしゃるだろうけど、年明けからは頼れる人を失ってしまう。そう思うと体が酢漬けになったように萎える。

  吹くべきところは吹く、大きな演奏
 話は冒頭に戻るが、R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949 ドイツ)のホルン協奏曲第2番変ホ長調AV.132(1942)。

 ここここに書いているように、第1番の協奏曲から50年ほどあとに書かれた、はっきりいってR.シュトラウスの栄光の時代が去ったあとの晩年の作品。オーケストラも小編成である。

 実際、小編成なので当たり前といえば当たり前なのかもしれないが、この曲の録音では控え目というかこじんまりとした演奏が多い。
 しかし、ヤネツェクの独奏、プレヴィン指揮ウィーン・フィルの演奏は、ソフトさとストロングさのバランスとメリハリが実に見事。

 この曲が好きな私にとっては、ただただ「いいなぁ~」と満足させてもらえる演奏だ(同じディスクに収められているストランスキーが独奏を務めた第1番の方は、逆に力づくになりがちなこの曲をとてもチャーミングに演奏している)。

 1996年録音。グラモフフォン。

 さて、今日の車掌さんはだ~れかなっ?

親子関係3話♪R.シュトラウス/hrn協1(byストランスキー&プレヴィン)

StraussRHornCon  他人親子,または祖父と孫
 このところ、これでもかっ!ってくらい東京ミネルヴァ法律事務所の過払い金返還のコマーシャルがテレビで流れている。

 洗練されているとは言い難いとぼけた顔の、けど人が善いとも思えない弁護士が、記者会見で質問に答えるというものだ。

 あの顔、見たくないわぁ~。

 コマーシャルの中で弁護士に質問している女性記者も、良く見ると顔が弁護士に似てなくもない。

 親子かっ?

 弁護士事務所の過払い金返還のCMが盛んに流れ始めたのは、いまから10年くらい前のことだと思う。
 最初に派手にやり始めたのはアディーレだろう。超都会的な、というかケバい化粧の女性弁護士が出ていた。その篠田弁護士だかはいまだに出演しているようだが、さすがにふつうの化粧になっている。にしても、ずいぶんな変遷で、一時期、どれがホントの顔だかわかんなかった。

 ひっどくぎこちなく歩いているスーツ姿の男(これが弁護士)を撮ったのを流していたのは、ミライオだっけか?
 弁護士って出たがりなのか?それとも制作費を抑えて、放映料に向けているのか?

 で、聞くところによると、その10年位前、当時テレビ局は“過払いバブル”だったそうだ。
 つまり、この手のコマーシャルの放映がガンガン入って来て、苦労してスポンサーを探さなくてもいい。とっても良い収入源でだったというのだ。
 しかし、それは長くは続かないだろうとも言われた。
 かつての勢いは無くなったのかもしれないが、しかし、まだ流れ続けている。

 相談して助かった人もたくさんいるのだろうけど、毎日毎日大量のコマーシャルを目にすると、なんでここまで?って感じる。相談者、弁護士双方がWinの結果に終わるばかりなのだろうか?

 さらに近ごろは肝炎の還付金がどうたらこうたらという、おや政府広報かなと思いきや、実は弁護士事務所のCMっつーのも流れている。
 病人を食いものに?
 よくわからないが、そんな感じにとらわれる。

 考えてみれば弁護士事務所のCMが盛んに流れるようになった少し前は、「ソウダンです!」なんて、貸す方のCMが盛んに流れていたんだけど……

  音楽家親子
 R.シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949 ドイツ)のホルン協奏曲第1番変ホ長調Op.11(1882-83)。
 作曲者18歳のときの作品で、ホルン奏者だった父・フランツに献呈された。

 今日はストランスキーのホルン独奏、プレヴィン指揮ウィーン・フィルの演奏を。

 この演奏、技巧を誇示するものではない。が、ストランスキーのテクニックがかなりのものだとわかる。
 オーケストラとソロのバランスも絶妙!プレヴィンの匠の技が光る。

 派手さはないが、この曲をこんなにチャーミングに仕上げた演奏はほかにそうそうないのではないか?
 曲の終わりも、これみよがしにホルンが咆えない。その柔らかさがほのぼの感を醸し出す。

 1996年録音。グラモフォン(タワレコ限定)。

  平凡な親子
 この演奏にあるようなニュアンスの曲の閉じ方は、聴いたことがある。

 高校生のとき吹奏楽でホルンをやっていた私の息子が、コンクールでこの曲を吹いたのだが、終わりをこうやっていた。

 私は練習しているのを耳にしたときに、「そこはもっと堂々と力強くしめた方がいいんじゃないの?」と言ったところ、「先生がこうやった方がいいと言った」と、あっさり完璧に却下された。

 そのときの先生(何度か通っただけだけど)というのは札響のあるお方だったが、この演奏を知って、その解釈にあらためて納得させられた。

あのころ細川効果で客数も純増したのだろうか?♪WAM/fl協2

MozartFlconNova  ソリストもオケもよく飽きなかったものだ 
 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)のフルート協奏曲第2番ニ長調K.314(K6.285d)。


 この曲は、札響に通い始めたころ何度か立て続けに聴いた。

 というのも、当時鳴り物入りで入団したフルート奏者・細川順三をソリストとして、札響が演目で取り上げていたからだ。ただし、定期演奏会ではなかった。


 当時の札響としては、新進の有望フルート奏者が入団ということで、本人に腕前を披露する場を設けるのと同時に、細川効果による観客増も狙ったのだろう。


 ステージ上の細川は感じの良い人だった。
 まだ若いというか、未熟な私には細川氏腕前のほどはよくわからなかったが、札響のなかでも看板奏者になったのは確かだ(その後N響で吹いていたくらいだから、やっぱりすごい人なのだ)。

 が、このころ細川がソリストを務めたコンチェルトで私が聴いたのは、このモーツァルトの2番しか記憶にない。

 この曲しかやってなかったのか、たまたま私が他の曲を聴かなかったのかはわからないが、あのころの札響といえば、この2番のコンチェルトとブラームスの第1交響曲の印象がとても強い。


  冷たい奴だと言わないで……
 私にとってもクラシック音楽を聴きはじめた、いわば有史初期に親しんだ曲の1つなのに、自分の過去記事を見てみると不思議なことにこの曲をほとんど取り上げていない。

 なしてでしょうね?
 でも、そんなこと聞かれても困りますでしょ?


 でも、決して冷たい態度をとってきたのではない。
 
 曲が書かれたいきさつはここの記事にちょこっと書いてあるが、フルート愛好家のオランダの金持ち商人F.ド・ジャンの依頼で作曲された。しかし前年に作曲したオーボエ協奏曲ハ長調K.314(K6.285d)を編曲したものだったので、報酬は約束した額の半分しかもらえなかったという。
 なお、“順三さんと2番と私”についてはこの記事に書いてある。

 曲はモーツァルトらしく健康的。軽快な両端楽章と、伸びやかにフルートが歌う第2楽章の、3つの楽章からなる。

 今日はあまり知られていない ― ということは、名演の誉れが全然高くない ― タルマチウのフルート独奏、グレース指揮ヨーロッパ・シンフォニーによる演奏を。


 だるまがチューしちゃったような名のこのフルーティストは1963年ルーマニア生まれ。今日紹介する録音は初のソロ・アルバムとなったものである。


 フルートの演奏そのものは悪くない。伸びやかでおっさんくさくない。
 管弦楽もこじんまりしており、残響の多さがサロン的な雰囲気を感じさせるが、響きすぎのような気もしないではない。

 音楽誌では推薦マークがつく演奏ではないだろうが、初々しいともいえる愛らしさがある。


 1995年録音。アルテノヴァ・クラシックス。

難しいのにモヮ~っとしてるなんて失礼な♪グリエール/hrn協

SauntSaens94Baumann  保守的なおかげで模範的存在に
 グリエール(Reinhold Moritzovich Gliere 1875-1956 ロシア)のホルン協奏曲Op.91(1951)。

 グリエールはモスクワ音楽院を出たあと、同校でソヴィエトの作曲家を数多く育てた人物。

 作曲家としての作風は国民楽派と西欧派のチャイコフスキーの両方の影響を受けており、また最後までロマン派音楽の伝統の上に立って創作した。しかしながら、民族的な要素ももちろんある(交響曲第3番は傑作!)。

 グリエールのこのスタンスは、しかし、ソヴィエトにおいては大いにプラスに働いた。模範的な社会主義リアリズムの作曲家とみなされることになったからだ。

  良い曲なんだけど……
 ホルン協奏曲はボリショイ劇場管弦楽団の首席ホルン奏者だったポレックから依頼されて書かれたもの。
 非常にロマン主義の色合いが濃厚な作品だ。

 3つの楽章からなり、どの楽章も魅力あるメロディーが登場するが、そしてまた終楽章は熱狂的でもあるのだが、どこかモヮ~ンとしている。つまり、最後の一押しが弱い。刺激が弱い。気が抜けかかったハイボールのように。

 とはいえ、この作品でグリエールは、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の独奏パートのように、ホルンを技巧的に扱おうと考えた。
 力強さ、息の長さ、高い音の持続といった奏者泣かせのテクが要求されているそうだ。

 そしてまた、ホルン協奏曲というジャンルの中では貴重な作品の1つでもある。

 先日サン=サーンスの演奏会用小品でも紹介したバウマンの独奏の演奏を。
 管弦楽はマズア指揮のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団。

 1985年録音。デッカ。

御多分にもれず参加中・・・
プロフィール

MUUSAN

 クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。

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