新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の後期中年者のサラリーマン。  背景の写真は札幌の「宮川本店」の鰻重。 (記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります)

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

世の中の出来事

わくわくさせてもらった2年8カ月←わくわく広場APIA店閉店

  オフィスにレンジが備わった
 こないだの火曜日は在宅勤務だった。

 正直、助かった。

 というのも、未明には市の除雪が入るほどの雪が積もっていたからだ。
 在宅勤務における業務の一環として、雪かきにいそしんだのは言うまでもない。

 昼は「菊水」の「えべチュンら~めん」のしょうゆ味を食べた。
 期限が来月に迫っているので値引き販売されていたが、よりによって目をシールで覆われるなんて、えべチュンがかわいそうだと思った。
 
20251209Ebecyun

  夕食の調理担当は私。
 トンカツ用の豚肉を使ってトンテキを作ったが、まあまあの出来栄えだった。

20251209Tonteki

 翌日の水曜日。
 この日の130M 列車もエアポート編成(733系)。
 u シートに座って出勤した。

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 職場に着くと、その一角に新しい電子レンジが行かれているのを発見(東芝製)。
 やったぁ!
 これで昼に温かいご飯が食べられる。

  冬だからエビも厚着に?
 午前中は出かける用事があったのだが、会社に帰る途中で今月27日で閉店となる「わくわく広場」で久しぶりに「アジト」の弁当を買った。

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 初めて食べる「エビチリ&ザンギ弁当」だったが、待望のレンジアップのあと、おもむろにエビチリを口に入れたが、想定外の衣の厚みにちょっと戸惑った。味は良かったが……

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 木曜日は『祝・東芝製新品電子レンジ導入記念』として、ファミリーマートでチルド弁当の「鉄板焼のでっかいハンバーグ弁当 デミグラスソース仕立て」を買った。
 
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 ファミマの一連のハンバーグシリーズであるこの「大きな鉄板ハンバーグ弁当」の、あるいはこの「大きな鉄板焼ハンバーグ弁当」の、新たなバリエーションと言えるだろう。

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 ごはんはアツアツ!
 舌をやけどしないように気をつけて食べた。

 そういえば、井瀬詩麻子はその後どうしているのだろうか?

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 ブラームス(Johannes Brahms 1833-97 ドイツ)の「ハイドンの主題による変奏曲(Variationen uber ein Thema von Joseph Haydn)」Op.56a(1873)。

BrahmsBohm


元同僚に会いに行ったり、元取引先の人の訪問を受けた週の始め

  そうだ、弁当を買いに、いや、カレンダーを届けに行こう
 今週は月曜日から出社した(って、ふつうなら当たり前のことなのだが)。

 この日も 130M 列車はエアポート編成。
 u シートに乗車し、窓側に着席。

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 札幌駅に着いたあと、会社に向かう途中では昼の弁当を買わず、出社したあと「そうだ、今日のうちに九帆さんにわが社のカレンダーを届けに行って来よう。上原さんの分も九帆さんに預けてきちゃおう」と思い立ち、そうすればデパ地下か APIA の「わくわく広場」(ここは12月27日をもって閉店する)で弁当が買えてワンストーン・ツーバードだわい、自分の素敵な思いつきに酔いしれてしまった。

 そして、なんとか8時半までがまんしたあと、九帆さんにメールを打つと、これまたそうであらねばならないかのように「10時前なら都合がいい」という返事が来た。

 こうして私は九帆さんが勤める A 社に行き、九帆さんに会い、カレンダーを渡し、さらには九帆さんから飲み会のお誘いを受けることにまでなった。

 この日弁当を買いに寄ったのは大丸。
 「井泉」なら温かいご飯をその場でつめてくれる。
 そのことを思い出し、『レンジ難民』の私は、井泉に向かった。

 買ったのは「ロースカツ弁当」、1,250円。

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 昼に食べたときにはすでにご飯は温かくなかったが、しかし、冷え切ってもいなかった。
 キャベツも漬物もおいしかった。もちろんカツは永久保証的においしかった。
 ソースの量もじゅうぶんで(容量が大きい)、足りないかもという不安はなかった。

 この日の午後は、むかし仕事でお付き合いのあった人が訪ねてきてくれて、むかし話(音楽の話)で大いに盛り上がった。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 タイケ(Carl Teike 1864-1922 ドイツ)の行進曲「旧友(Alte Kameraden)」(1886)。

Fennell Marches


『お新香巻』はたくあんのが好き。または、虫下しの別な効果

  朝はお粥。90分後には空腹に
 先週の土曜日の朝は、前日のご飯の残りがあったものの、この日は『朝チャー』(朝からチャーハン)の気分ではなく、もっと胃に優しい食事をしたかったので、お粥を作った。

 おかずは『玉子みそ」(わが家ではそう呼んでいる)、梅干し、海苔&削り節、鮭フレークなどである。

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 胃腸に優しく、そしておいしかったが、90分後には空腹感を覚えてしまった。

 朝の反動ってわけではないが、夜は麻婆豆腐が食べたくなり、かといって、豆板醤と甜面醤から作るのもおっくうで、でもなんとなく CookDo の気分ではなかったので、ものすごく久しぶりに丸美屋の麻婆豆腐の素を買って作ってみた(挽き肉をプラスした)。

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 なんだかすっごく懐かしい味がした。

  虫下しを常備している理容室店主
 翌日は理容室に行った。
 
 1カ月ほど前に店主が熱を出したと言っていたが、結局コロナだったそうだ。そして奥さんにも感染したという。

 コロナとわかったときに、虫下しを自ら飲み、奥さんにも飲ませたそうだ。
 私は全然知らなかったが、店主曰く、虫下しの「イベルメクチン」はコロナの症状の重症化を抑えるのである。そして、それをいざというときのために買い置きしているのもすごい。

 この日のほかの話題は、先日久しぶりに小僧寿しを買って食べたが、好物のたくあん巻(新香巻)に以前はかかっていた白ごまがかかっていなくて悲しかったというものだった。

 ところで北海道ではお新香巻といえば奈良漬け巻なのだが、私も断然たくあん巻の方が好きである。
 なぜスーパーの惣菜コーナーでたくあんを巻いた新香巻が当たり前のように並んでいないのか不思議でならない。

 床屋帰りに寄ったスーパーでそんなことを考えながら「菊水」の「知床ざるそば」と「サッポロライス」のおにぎりを買って、家で帰って食べた。

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♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937 フランス)のバレエ音楽「マ・メール・ロワ(マ・メール・ロア.Ma mere l'oye/Mother Goose)」から「おやゆび小僧(Petit Poucet)」。

DebussyGiulini


千歳行きと定山渓行きの連結とか、ちとせ+とうや+いぶりとか

  指定席区分は1等、2等
 中学生のときに旧友に会いに浦河まで急行「えりも」に乗って小旅行をし、静内か鵡川で駅弁を買って食べたことを先日書いた

 その記事を読んでくれた氷山さんから「昔は急行が多く走っていたことはなんとなく知っていましたが、日高本線から直通して札幌までいく急行もあったんですね」と書いたメールが届いた。

 そーだよな。
 若い人は知らないよな。
 さらにもっと若い人は、日高本線は鵡川までと思っているだろうし。

 ということで、自分の頭の中を整理するために(当時の急行に関し)、1968年10月(ヨンサントオと呼ばれる大規模ダイヤ改正)の復刻版時刻表でまずは千歳線とそこから分岐する線を走っていた急行について、あらためて確認してみた。

196810千歳線

 まず現在と大きく違うのは、指定席が1等と2等という設定であること。2等は現在の普通指定席であり、1等はグリーン車だ。
 そしてまた、特急列車には食堂車が連結されている。

 あのころ札幌と函館を結んでいたメインの列車は急行「すずらん」。
 季節列車の「すずらん1号」の48分後には特急「北斗1号」が出発しているが、函館着は「すずらん1号」が11:48、「北斗1号」が11:55である。

  苫小牧でいったんホームを出発する「えりも」
 さて、札幌発の急行列車を見ると、日高線を走る様似行きの急行「えりも1号」は単独運行だが(「えりも」にも指定席の設定があったのだ)、そのあとの12:00発の急行「えりも2号」は室蘭行きの急行「ちとせ3号」、洞爺行きの急行「とうや2号」の2本と連結して出発する。
 苫小牧で「えりも」を切り離し、室蘭で「ちとせ」を切り離すのである。
 私も子どものころ何度もこういった他方面行きの列車が連結された「えりも」に乗ったが、苫小牧では列車が到着し乗客を降車させたあと、「えりも」の車両は切り離されていったんホームからいなくなってしまう。それを知らないでホームに降りていたりすると、置き去りになったと思いひどく焦る。そんな記憶がある。

 「ちとせ2号」は「えりも」ではなく、「とうや2号」と札幌行きの急行「いぶり」との連結である。
 室蘭で「ちとせ」を切り離し、伊達紋別で「いぶり」を切り離し、「とうや」は洞爺へと向かう。
 「いぶり」は札幌発札幌行きの列車である。

196810TimeTable

 ところで、千歳線の時刻表を見ると、定山渓行きの列車が載っている。
 あるいは千歳行き8:29発の726D 列車ではカッコ書きで『定山渓着11:43』という記載がある。

 当時は定山渓鉄道が運行されていて、国鉄と定山渓鉄道の間で乗り入れる列車があったのである。下りの場合だと、国鉄札幌駅を発車した気動車は定山渓鉄道の電車を併結し(定山渓鉄道は電化されていたが国鉄は非電化だった)は、東札幌駅で千歳方面へ行くディーゼルカーと定山渓方面へ行く電車が分離されたていたようである。また、定山渓鉄道もディーゼルカーを保有し、その車両で札幌駅まで乗り入れもしていたらしい。

 ウィキペディアによると、1969年3月時点で、定山渓鉄道の18往復のうち、半数は千歳線経由で札幌駅に乗り入れしていたという。

 ただ、たとえば札幌駅8:29発の千歳行きに併結された列車が定山渓に着くのが9:43と記載されてるのに対し、定山渓鉄道の時刻表のページでは9:55になっている(苗穂発の時刻も違う)。他にも時間が異なる列車がある。
 おそらくこれは、国鉄の方は10月からのダイヤ改正後の運転時刻が載っているが、定山渓鉄道の方は『9月3日現在』であり、"改正が予定されていますので" という注意書きがあるように、旧時刻表のままであるためだろう。

196810じょうてつ


 なお、当時の千歳線は現在と経路が異なっていた。
 当時の千歳線は、札幌→苗穂→東札幌→月寒(つきさっぷ)→大谷地→上野幌→ である。
 そう、白石駅を通ってはいなかった。

1968RailMap

 1975年10月号の時刻表を見ると、すでに現在と同じ経路になっている。

197503千歳線

1975RailMap

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 クラシック音楽ではなく、チロル民謡の「アルプスの牧場(Auf der Alm)」。

 国鉄時代から列車内での車掌のアナウンスの前と後でのチャイムとして使われている曲。

 チャイムはゼンマイ式だったので、曲の途中から始まったり、曲の途中で途切れたりすることがほとんど。通しできちんと鳴ったときにはうれしく思ったし、几帳面な性格の車掌さんに違いないだと思ったものだ。


風味の豊かさを感じられなかったり、ご飯が乾燥しかけていたり

  CD ラック、1台処分
 先週の木曜日の朝は、今シーズン2度目となるまとまった積雪があった。
 とはいえ、1回目ほどの量ではなく、そしてまたこの先は再び暖かくなりこの雪は根雪にはならないと某気象予報士が力説していたので、空き地に雪を運ぶこともせず、かいた雪は庭先によせるにとどめた。
 しかもこの日は在宅勤務だったので、その雪かきも朝ご飯を食べてからのんびりと行なった。

 雪かきをしているときに、頼んでいた大型ごみの回収のトラックがやって来た。
 2台あるオーディオテクニカ製の CD ラック の1つを回収してもらったのだ(この、あとに買った方)。
 CD ラックといってもしっかりとした造りで、重さも20 kgある。なので、回収費用は250円でも500円でもなく、1,000円だった。
 ということは、おかげさまで CD の所有枚数は ラック1台に収まるほどまでに売却(オークションや BOOK-OFF)が進んだということだ。

 そのあと風除室の網戸2枚を外して家の中に取り込んだ。
 セコマにバタークリームのクリスマスケーキを予約した。

 昼食用に妻がおにぎりを1個作ってくれていたが、1個では足りないのでスーパーに行き、札幌市東区にある「大徳食品」の「音威子府 匠そば」を買ってきた。

20251204Otoineppu

 余談だが、午前中だというのに卵売場には1つも卵が無かった。きっと、売り切れたのではなく入荷前だったのだろう。いつもは開店時には並んでいるが、雪のせいで遅れていたのかもしれない。

20251204Otoineppu2

 昼にたぬきそばにして食べたが、この麺、2回目の経験ではあるが、私には "風味豊かなそばの香り" を感じることはできなかった。

  余命1時間だったとは……
 翌朝は今年初めてとなる市の除雪が入った。

 市の除雪が入ったあとに頼んでいる民間除雪も、無事やって来た。
 というのも、昨シーズンまで毎年頼んでいた会社が除雪事業をやめ、その事業を別の会社に継承したのである。ということで、その会社による除雪が初めて行われたわけで、ちゃんと来てくれるだろうかと心配していたのである。

 この日の130M 列車もエアポート編成。
 u シートに座ることができた。

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 昼は、レンジアップしなくてもよい弁当にさらに徹し、ファミリーマートで1つだけ残っていた「サーモンたくあん巻」を買った。これだけでは足りないのでおにぎりも買ったが、あとでおにぎりまでおそろいで鮭にすることもなかったのにと悔やんだ。

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 サーモンたくあん巻はおいしかったが、よく見ると食べ始めた時刻が消費期限の1時間前。
 ごはんがパサパサしかけていて食感が悪かったのが残念だった。

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 それにしても、いつになったら職場に電子レンジを備えつけてくれるのだろう。

 午後は氷山さんを訪問し、当社のカレンダーを手渡してきた。
 
 そしていくつかの用事を済ませ、直帰させていただいた。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 2月に指揮する楽譜の準備をしているという高関健の次々と投稿される X のポストを見ていて聴きたくなったので、今日はそのマーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の交響曲第6番イ短調「悲劇的(Tragische)」(1903-05/改訂'06)。

Mahler06Ten91


あっちの魚一心の次に立ち寄ったのはこっちの魚一心

  札幌市役所の窓口の人たちは親切だった
 先週の水曜日。
 午前中は外勤と称して、まずは「大通証明サービスコーナー」に行って来た。
 亡くなった母親の戸籍謄本を発行してもらうためである。
 窓口のおじさんはとても親切丁寧だった。

 戸籍謄本を受け取り(もちろん亡くなった日付がきちんと記載されていることを確かめた)、今度はその足でモントレ・エーデルホフの近くのビルの中にある、市の保健福祉局施設管理課に行った。
 市営墓地の使用許可証の使用者の名を母親から私に変更するためである。

 事前に書類を作成していったので手続きはスムーズに進んだ。
 母の戸籍謄本や、私の戸籍謄本と住民票も、コピーを取ったうえで原本を返してくれた。
 応対してくれたお兄さんはとても親切丁寧だった。

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 実際に納骨するのは春、雪が融けてからになるが、済ますべきことを一つ終えたことでほっとした。

  おにぎりの価格に波平絶句(?)
 ほっとしたが、そうだ職場ではまだ弁当を hot にできないんだったと、昼の弁当は温めなくてもあまり支障がないようなものを買うことにした。
 向かったのは札幌東急百貨店の地下。

 そして、レンジアップできないまま食べても、さして苦痛は感じないと想定された「魚一心 惣菜亭」の「まかない弁当(ハムカツ)」を選んだ。
 「まかない弁当」も高くなってしまったものだ(以前がコスパ良すぎだったのだが)。

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 そのあと一心不乱に向かったのは、同じフロアにある「お持ち帰り寿司 魚一心」。

 「まかない弁当」だけでは足りないように思い、いなり&太巻のセットを買った(サザエでおにぎりを買おうと思ったが、その価格アップぶりに驚いてしまいその場で少し立ち尽くし、泣く泣く買うのをあきらめた)。

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 ソースはハムカツの下に隠れていた。
 もし職場に電子レンジが復活していたら、私はソースがかくれんぼしているのに気づかずにレンジアップして破裂させてしまったかもしれない。不幸中の幸い、怪我の功名、災い転じて福と為すってもんだ。

 そしてまた、焼売の下には(好物ではないけど)サツマイモの天ぷらが隠れていた。
 値段は上がってしまったといえ、やはりこの弁当のコスパはすごい。

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 いなりもふっくら、太巻もデリシャスだった。

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 食事を終え、ボケーッとしていたら、スマホ(oppo A79 5G)からこれまで耳にしたことのないチャイムのようなメロディーが突然鳴りだした。

 しかし、画面を見ても何の変化もない(つまり、ロック画面の待ち受け状態のまま)。
 そのチャイムは30秒ぐらいで自然に止まった。
 『設定』→『通知とステータスバー』→『アプリの通知』で調べても、特段変わった履歴はなかった。
 んっ?亡き母からのクレーム?
 いや、文句をつけられる筋合いはない。

 なおこの日の朝も、ほしみ行き普通列車は721系のエアポート編成で、u シートに座ることができた。

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♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 ババジャニアン(Arno Harutyuni Babadjanian 1921-83 アルメニア)のピアノ曲「メロディー(Melody)」(1973)。

AemenianPmusic


つぶれた PRIME の跡に入る店はまた焼肉店。その名は「徳寿」

  温かくない牛カルビ丼なんて……
 オフィスのリノベーションが終わったが、まだきちんと片付いていない状況だ。
 リノベ前には古くなった備品類を大量に整理したが、代わりとなるものはまだすべてそろっているわけではない。

 私にとってはリノベ後の初出社となった今週の火曜日は、リノベ特別体制以前のスケジュールに戻して江別駅から 130M  列車に乗った。
 この日は u シート車両に乗れちゃった。しかも窓側に座れちゃった。

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 サツエキからオフィスのあるビルまで向かう途中にあるファミリーマートで昼食の弁当を買う。
 ファミマで弁当を買うのも久しぶりだ。

 この日買ったのは「特製ダレの炙り焼牛カルビ重」。
 前回買ったとき「おいしい!」と大絶賛した弁当だ。

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 しかし、である。
 私は気づいてしまった。上に書いた "処分したものの新しい次世代機が準備されていないもの" のなかに、電子レンジもあったのである。
 つまり、弁当をレンジアップすることができない。

 「牛カルビ重」をレンジアップ無しで食べるのはなかなかの試練である。
 おいしいのだが幸福感が実に希薄。

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 でも、完食した。

 それにしても、虫の知らせというのだろうか?
 もし、ちょっぴり迷ったチルド弁当の方を買ってしまっていたら、私はその弁当を食べることができないところだった。

  サツエキ前に徳寿進出
 ところで、牛カルビといえば、焼肉。
 焼肉といえば、前に「ASTY45」1階の「プライム」が自己破産したことを報告したが、そのあとには「徳寿」が出店することが明らかになった。

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 『焼肉ぅ~、食べたぃ~』と、徳寿のCMソングを心の中で歌ってしまった(メロディーはベートーヴェンの「運命」の冒頭)

 それはともかく、この日の夕食の調理担当は私(帰り道は雨ときどきみぞれで寒かった。靴の中まで濡れたし)。

 インスタグラムで見たレシピで「ガリバタチキン」を作ったほか、今日が消費期限のもやしをなんとかせねばと、ナムルを作った。

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 残りごはんで炒飯も作った(この日も『チャーハンの素』は使わず、鶏がらスープの素としょうゆで味付け。具は卵、ロースハム、長ねぎ)。

 ガリバタチキンは初挑戦ながらうまく出来上がった、
 『ガリバタ』ってガーリックバターの略だってことを、私はこの日初めて知った。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827 ドイツ)の交響曲第5番ハ短調Op.67運命(Schicksal)」(1807-08)。

Beethoven6Bohm


BRAVIA(ブラビア)リンクの切断現象、再び

  問題が起こっているのはレコーダーの方
 先日、妻がテレビ(ブラビア)のリモコンで録画予約をしようと『レコーダーホーム』ボタンを押したところ、テレビ本体下部の LED ランプが光るだけで、画面は切り替わらず、また BD レコーダーも起動しなかった。

20251130TVremocon

 このときと同じ現象が再び起こったのである。

 そして前回同様、サポートページに書いているようにテレビの『設定』から対処しようとしても BD レコーダーは認識されない。

 そこで今回は早々に、前回行なった第2の対処法である『BD レコーダーのリセット』を行なった。

 これで一発で治った。

 ブラビアのレコーダーホームボタンを押しても反応してくれなくなったら、レコーダーをリセットする。
 それがブラビアのサポートページに書かれていない(だってブラビア側の問題じゃないわけなんだから)特攻治療法である。

 わが家の映像機器ネットワークは私によって無事に再構築された。

  巻いたりくるんだりすることに意味はあるのか?
 日曜日に外の水道栓にタオルを巻き、濡れないようビニール袋(米袋)をかけた。

20251130Sotosuisen

 でも、これって意味があるのだろうか?
 だって水は落として(抜いて)いるわけで、凍結の心配はないのである。
 逆に、もし水抜きをしなければ、タオルを巻いたくらいじゃ間違いなく凍結する。
 ということは、北海道においては、外水栓をタオルで覆うっていうのは意味がないと思うのである。

 毎年、そんなことを考えているが、けど、一応は雪から保護するということで巻いたままにしておくことにした。

 そして、昼食としてホンコンやきそばを作って食べたのだった。

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♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 マイケル・ゴードン(Michel Gordon 1956-  アメリカ)の「ベートーヴェンの交響曲第7番の再構築(Rewriting Beethoven's Seventh Symphony)」(2006)。

GordonDystopia


「ハ」行の名前の作曲家による交響曲で天童節が炸裂!?

  WAM の fl-Q は50円也
 このあいだの土曜日。

 昼はボンカレーの中辛をレンジアップし、カレーライスを食べた。
 コロッケをトッピングした。

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 ふつうにおいしくいただけた。
 が、コロッケじゃなくてこれがカツだったら幸福度合いは跳ね上がったに違いない。
 それが残念に思われた(って、カツなんて思い立ったが吉日のように家にあるわけがない!)。

 午後。
 BOOK-OFF に CD の押し売り、いや、買取りをしてもらいに行った。4度目だ。

 今回持ち込んだのは30点。ほとんどすべて国内盤の廉価盤。

20251129BookOff

 前回は1時間近くかかると言われたが、この日は土曜日にもかかわらず買取り希望者が少なかったようで、30分くらいだという。

 その間に、クラシック CD の売り場を見に行く。
 私が持ち込んで前回は棚に並んでいたいくつかのセット物は姿を消していた。売れたのか、あるいは、他店へ転送したのか?(あの5枚組はまだ残っていた)

 そしてまた、クラシック CD の売り場には信じがたい光景が。

20251129BookOffTendou

 いったいどんなことを考えながら作業をしたら、こういう陳列(ミス)が起こりうるのだろうか?
 これってヤバくない?ってもんだ。

 さて、今回の買取価格は合計で985円。
 前回と違い、80円の値がついたものはなく、30円が大勢を占めた。

 カツァリスが弾いたシューマンの「子供の情景」だけが、なぜか5円という価格だった。

 帰りに隣の棟の HARD OFF に寄ったら、いつからのことか知らないが、HARD OFF のレジと OFF HOUSE のレジが別々になっていた(以前は買取りカウンターだけが別々だったように思う)。

 でも、私には店のどこまでが HARD OFF エリアで、どこからが OFF HOUSE エリアなのか区別がつかなかった。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)のフルート四重奏曲第4番イ長調K.298(1786/87)。

MozartFlquartet


ずっとモヤモヤしていたが、かつてあのホテルがあったことを確認

  疑問1→解決!
 ずっともやもやしていたことがある。

 それは、私が中学2年生のときに珍しくも(後にも先にもこのときしかなかった)一家四人で家族旅行したときのことである。

 私の記憶では間違いなく泊まったホテルは「洞爺湖グランドホテル」だった。

 しかし後年、洞爺に長年住んでいる人と話したときに、その地元の人は「グランドトーヤっていうのはあるけど、グランドホテルなんて聞いたことが無い」と言ったのである。

 へっ?
 私の勘違いだというのか?
 でも、私にはその看板の映像も脳に焼き付いているし、道路からスロープを上がって玄関まで行くその景色も覚えている。場所はサンパレスの向い当たりだったはずだ(サンパレスはまだ建っていない)。

 でも、地元の人は知らないと言っていた。
 このモヤモヤ感、実に脳によろしくない。

 と、ふと先日私の脳内で電球が光った。つまり、閃いた。
 当時の時刻表の旅館案内を見てみよう、と。

197503TimeTable3

 以前 BookLive で購入した1975年3月号の時刻表を調べてみる。
 すると、みごとなくらいあっけなく「洞爺湖グランドホテル」の名前をそこに発見した。

197503TimeTable1

 間違いなく、私が泊まったのは実在する「洞爺湖グランドホテル」だったわけだ。
 もっともっと早い時期に閃かなかった自分に腹が立つ。

 ついでに言うと、小学生のときの修学旅行で泊まった「光風園」の名も、ここには載っている。

  疑問2→迷宮入り
 もう一つ記憶があいまいでスッキリしないことがある。
 中学3年生のとき(1975年)のことなのだが、私はふと思い立って小学校入学前から5年生まで暮らした浦河の町に日帰りで遊びに行ったことがある。

 前もってかつてのクラスメイトに電話で遊びに行くと伝えたのだが、用事があってその日に列車で彼は札幌に行くということで、「じゃあ帰りは一緒に札幌まで向かおう」ということになった。

 私は札幌を7:40に発車する急行「えりも1号」に乗り、浦河に向かった。
 列車が浦河に着いたのが11:10。
 駅でクラスメイトと合流し、別な友人宅へ行き、そこに集まってくれていたかつてのクラスメイトたちといろいろな話をした。

 帰りは浦河17:26発の「えりも3号」に乗ったんだと思う。
 ただ「えりも3号」だと札幌に着くのは21:27で、そんなに遅くに帰って来たんだったんだろうかと疑問符がつかないではない。
 かといって、その1つ前の「えりも2号」だと、浦河発が13:06なので、ほとんど浦河に滞在できないことになる。

 ただ、私がすっきりしないのは2号だったのか3号だったのかではなく、日高線エリアで列車の中からホームの立ち売りの駅弁を買ったのだが、それが静内駅だったのか鵡川駅だったのか、どっちだったのだろうというどうでもいいようなことなのである。

 時刻表を見ると、駅弁を扱っている駅は静内か鵡川のみ(駅名の前に四角で囲われた『弁』の字が書かれている)。

 しかし、静内駅で売っている駅弁は「とりめし」としか書いていない。
 一方で、鵡川の駅弁については何も書かれていない。

197503TimeTable2

 私が買ったのは「とりめし」ではなく、幕の内弁当だった。

 ウィキペディアによると、鵡川駅ではかつて苫米地商店弁当部が幕の内弁当やシシャモ寿司を駅弁として売っていたという(現在は道の駅「むかわ四季の館」内の「食事処たんぽぽ」で苫米地商店は営業を続けている)。

 はて?
 記載がないだけで静内でも幕の内弁当も売っていて、私はそれを買ったのか?
 あるいは鵡川で "シシャモの甘露煮が入っていた" という幕の内弁当を買ったのか?
 謎は深まるばかりだ。

 もし乗ったのが「えりも3号」だとしたら、鵡川に着くのは19:36。
 その時間でもまだ駅弁を売っていたのだろうかというあらたな疑問もわいてくる。

 わいてくるが、いまさら解決のしようはない。

 あのとき一緒に列車に乗っていた彼に「ねえ、幕の内弁当買ったのどこの駅だっけ?」と尋ねても、「そんなことあったっけ?」で終わるだろう。
 いや、一緒に札幌まで列車に乗ったことさえも覚えていないような気がする。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 カプースチン(Nikolai Girshevich Kapustin 1937-2020 ウクライナ)の「思い出(Remenbrance)」。

 ピアノ曲「8つの演奏会用練習曲(Eight concert studies)」Op.40(1984)の第4曲。

KapustinPrelude


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MUUSAN

 クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。

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