新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の前期高齢者の元・サラリーマン。  背景の写真は札幌の「宮川本店」のうな重。 (記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります)

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

三重奏曲

たまたま一緒に信号待ちした2人の小学生に職業を尋ねられ

  物おじしない人なつこい子
 皆川おさむ――あなたは「黒猫のタンゴ」をご存知か?――の訃報記事が新聞朝刊に載っていた先週の金曜日。

 この日は道新花火大会が開催されるということとはまったく無縁に、仕事が終わりいつものように札幌駅で江別行きの193M 列車に乗り、駅に着いて暑い中、家に向かって歩いた。

 翌日の新聞によると、この日、札幌市中央区では今季最高の35.7℃を観測したそうだ。
 江別は前の日ほど暑くはなかったようだが、それでも北国育ちの私には十分に暑い。

 ドルーピーを陥れるために数々の策を講じるがことごとく失敗し疲労困憊しきっているスパイクのように、体力も気力も限界になった姿で私は歩き続け、途中の交差点で歩行者信号が青に変わるのを待っていたときのこと。

 自転車に乗った小学1年生か2年生くらいの男の子が横断歩道を渡るために私の横に停まった。
 その後ろには、もう一人、その友だちらしき男の子も停まった。

 私の横の男の子の自転車の前輪が車道に飛び出しているので、もし左折車が来たら危ないと思って見ていたら、その子と目が合った。

 しかし、左折車が来る様子もないので、私は何も言わず、視線を歩行者信号に戻した。

 男の子の視線の気配を感じ続けたのでそちらを見ると、ニコッと笑って私に言った。

 「おじさん、なにかの先生?」
 「えっ?」
 「先生じゃないの?」
 「違うよ」

 後ろで同じく自転車にまたがっている子が言った。
 「じゃあ、どっかの店長さん?」

 なぜ、先生じゃないとしたら店長ではないかと思うのか、そのあたりがわからないが「じゃあ、駝鳥さん?」と言われるよりは的を得ている。

 私は答えた。
 「ううん。会社に勤めているんだよ」

 そりゃそう言うしかない。
 「サラリーマンだが、もう会社を定年になって、いまは第2の人生として別な会社で嘱託社員として雇われているんだ」と答えたところで、彼らには理解できないだろう。

 信号が青になって、私たちは横断歩道を渡った。

 渡ったところでまっすぐ先に行こうとしていた2人に、右に曲がる私は「じゃあ、気をつけてね」と声をかけた。
 最初に私に声をかけた方の男の子が「えっ、一緒にまっすぐ行くのかと思った」と残念そうに言った。

 不思議な出来事というか、古き良き時代の日本の下町的出来事だった。

  ほのぼのしたやりとりだが、危険もはらむ
 今回は微笑ましい会話だったが、しかし、いまの世の中、悲しいことに油断はできない。
 「自転車に乗って信号が青になるのを待っていたら、このおじさんが『おじさんは先生だから、ついてきなさい』って言ったんです」なんて、突然陥れられる恐れだってあるのだ。

 それにしても、なんで先生だと思ったのだろう。
 この日の朝刊に、道東地区で自校の女子生徒2人と性的行為をした高校教諭が懲戒免職になったとか、校内で着替え中の女児を盗撮した疑いで埼玉の小学校教諭が逮捕されたって記事が載っていたが、そういう人たちと同じ怪しさが私から漂っていたってことじゃないだろうな……

 まあいい。
 私のことを「おじいさん」と呼ばなかったことに感謝したい。
 信号を待つときは、あんまり車道の方まで行かないようにね。
 
 この出来事のおよそ4時間前。
 この日の昼に私が食べたのはファミリーマートの「ガーリックチップが決め手の大きな鉄板焼ハンバーグ弁当(にんにく醤油仕立て)」(まあ、長いお名前ですこと)。

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 ファミマのハンバーグの弁当はこれまでもいろいろ食べているが、これは初めて。
 この弁当の子孫ってものだろう。

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 ハンバーグはとてもジューシーで(ジューシーすぎるくらいだ)、味付けもすばらしい。

 が、レンジアップの時間が長すぎたのか、ご飯がやや硬めになってしまった。 

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 キーゼヴェッタ(Peter Kiesewetter 1945-2012 ドイツ)の「タンゴ・パセティック(Tango Pathetique)」。

 ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための2分ちょっとの曲である。

TchaikovskyPtrioArgerich

すでに meet できなくなった meat の combo♪ヨンゲン/三重奏曲

  45分間のすきに完売?
 先々週にセブンイレブンの「ミートコンボ ハンバーグ&ガーリックチキン」弁当を初めて食べ、そのクオリティの高さに感心し、ぜひともまた食べたいと切望していることを、私はあなたに訴えた

 7日の火曜日は、とある事情があって昼は外食したのだが、その日もいつも行くのとは違うセブンイレブンの店舗で「ミートコンボ ハンバーグ&ガーリックチキン」弁当を見かけ、「明日こそミートコンボ ハンバーグ&ガーリックチキンをリピしちゃうぞ」と意気込みも新たにした。

 翌8日。
 意気込みが好評継続中の私は、10:30にセブンイレブンに行ったが、まだ棚には「ミートコンボ ハンバーグ&ガーリックチキン」弁当は並んでいなかった。店員さんが棚に弁当の品出しをしている真っ最中だった。まだ出番が来ていないのだろう。私は出直してくることにした。

 11:15にセブンイレブンを再訪。すでに品出しは終わっていたが、「ミートコンボ ハンバーグ&ガーリックチキン」弁当の姿はなかった。私の落胆ぶりをご理解していただけるだろうか?
 それにしても、いったいなぜないのだろう?この45分の間に、早くも売れてしまったのだろうか?私の混乱ぶりを想像していただきたい。そうすると、あなたの瞳にも同情の涙があふれてくるに違いない。

 私を裏切ったセブンイレブンに冷たく接しなければならない。かつ、ハンバーグモードからは逃れられない。そこで LAWSON に行き、チルド弁当の「これがハンバーグ弁当」という選挙立候補者のように自己主張が強い名前の弁当を買い、守らなくてはならない「必ず温めて」という掟を守って食べた。

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 この弁当は以前にも食べたことがあり(そのときは「ビーフ」で、しかも598円だった)、とてもおいしいのだが、この日の私はあのコンボのハンバーグの味を求めていたので、デミグラスソースは舌を躍らせるところまではいかなかった。

  姿なく、かわりに牛と鳥と豚の三重奏BOXを
 翌9日は在宅勤務だったので、藤原製麺江丹別そばをゆでてとろろぶっかけそばを作って食べた。

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 そして、10日。
 満を持して11:00にセブンイレブンに行った。
 弁当の品出しもすでに終わっていた。

 視線を棚の左から右へ、右から左へ、上から下へ、下から上へ、ついでに奥の方まで移しまくった。しかし、「ミートコンボ ハンバーグ&ガーリックチキン」弁当の姿はなかった。

 その場で泣き崩れそうになったが、なんとかがまんして、代償行為として『おすすめ』らしき2時間ドラマのタイトルのように長い「三種合盛り弁当 牛すき煮 焼鳥 豚辛みそ焼」を買った。見るからに私世代が買って食べてはいけないような弁当だ。実際789kcalと、お孫ちゃんが大好きな特急「ライラック」の車両の系と同じ数字が印字されているではないか。

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 味は悪くなかった。が、この攻撃的なトリオに、おっさんはたじたじになった。

 食べ終わったあと、セブンイレブンのサイトで『北海道』エリアの弁当を調べたら、もう「ミートコンボ ハンバーグ&ガーリックチキン」弁当は載っていなかった。
 私がリピートする機会を持たないうちに、終売になってしまったのだった。しくしく、、、

 ヨンゲン(Joseph Jongen 1873-1953 ベルギー)のフルート、チェロとハープのための三重奏曲Op.80(Trio pour flute, violincelle et harpe. 1925)を。

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理屈なんていいじゃないの。論文じゃないんだから♪LvB/大公

Umibe1  私はどんな焼き物を食べたのだろう?
 今年になって、村上春樹の「海辺のカフカ」を読んだ。

 この小説を最初に読んだのは2006年4月のこと。最初の大阪勤務のあと、そこから東京に転勤になってすぐのころのことだ。
 そのあと、この小説を読み返したことがあったのか、それとも今回が2度目の読み返しなのか記憶が定かではない。
 このブログ(本館)を書くようになったのが2007年8月のことで、その年の11月の記事で初めて「海辺のカフカ」を詳しく取り上げているので、そのときが2回目の読書だったのかUmibeもしれない。とすれば、今年に入って読んだのは3回目ということになる。

 読み始めるとけっこうなスピードで上下巻を読み終えた。
 このころの村上春樹ワールドはとてもおもしろい。
 あいかわらず理解できないところや腑に落ちないところは残っているのだが、学術論文ではなく小説なのだから、そこは適当に流しておくものなのだろう。とにかく、読み手である私に早く次のページをめくるよう駆り立てる。このあたりは「羊をめぐる冒険」や「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」などに通じるものがある。少なくとも近年の村上春樹の長編にはない新鮮さがある。
 また、第2の主人公であるナカタさんの語る言葉は、切なく胸に迫る。
 うん。おもしろかった。

TVpeople で、村上春樹の小説をポツポツと読み返してみようと、次に選んだのが「TVピープル」。短編集である。
 この文庫本を買ったのは2006年6月のこと。おそらくは「海辺のカフカ」を読んだあと、その次に買った本なのだろう。今回、偶然にも「海辺のカフカ」のあとに私はまたこれを選んだのだった。
 そうそう、4月13日に村上春樹の新作長編が刊行されるというが、はて、どーしよーかな。やっぱり買うことになるんだろうな。

 ところで「TVピープル」を開くと、しおりがわりに居酒屋の『名刺』がはさんであった。
 この紙を持っているということは、店に行ったことがあるということだろうが「めっけもん 焼き家」という店名にまったく覚えがない。

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 北農ビル地下の飲食店街は何度か行ったことがあるが(特に菅家)、とにかくこの名前の店の記憶がない。店の様子も料理も記憶にない(現在、この店はない)。

 北農ビルは2001年9月に完成。大丸の開店は2003年だ。一方、西武は2009年9月に閉館している。

SapporoKeizaiGobankan

 ということは、この店がこの名刺を配っていた期間は2003年から2009年までの間ということになるが、私は2003年から2007年まで道外勤務だったので、この店に行ったとしても1回や2回で記憶に残っていないのかもしれない。2008年に札幌に戻ってきたときには、おそらくこの店はもうなかったと思う。
 まあ、どうでもいいけど、ロフトとか西武とか、なつかしい。そして去年、みずほ銀行は隣に新しいビルを建ててそこに移り、またエスタは8月で閉店となる。

 ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827 ドイツ)のピアノ三重奏曲第7番変ロ長調Op.97大公(Erzherzog)」(1811)

Beethoven PianoTrio7

DよりもC2を優先しましょう♪テレマン/トリオ・ソナタ ハ短調

2022DockResult2  なぜか脂質系がこぞって高値
 そんなわけで、人間ドックの結果のご報告である。

 まず血液検査。
 脂質や血糖に関しては2カ月に一度、定期的に血液検査をしているわけだが、中性脂肪は(検査前日は7断酒したこともあって)219と基準範囲よりも高いが、MUUSANの基準としては上々。
 しかし、いつもならほとんど正常範囲に収まっているコレステロール系の値がそろいもそろって高値。もちろん前日は指示通り21時前には食べ物を口にしていない。ということは、近ごろの食生活が乱れていた、あるいは食べ過ぎていたのか?(なお、腹囲は前年の検診から4cm減って78.0cmだったし、肥満度は-11.6だった)。

 そして血糖関係だが、精密検査が必要だという D がつけられてしまった。
 おととしの人間ドックでもひっかかり精密検査を受けたが、その結果は「境界型糖尿病」という異常もどきで、治療の必要はなかった。

2022DockResult1  11年経って再び……
 そして腹部超音波検査。
 過去に指摘された脂肪肝、肝血管腫(こちらは数年ぶり)、左腎のう胞は今回も常連の地位を譲っていなかった。ただ、おととしの検査で指摘された胆のう腺筋症は、今回認められなかった。

 で、C2 という3カ月後には再検査しなさいと指摘されたのが膵管拡張である。
 膵管拡張については12年前のドックで初めてひっかかり(3mm)、CT 検査や超音波内視鏡検査を受けた。さらに11年前のドックでもひっかかり、再び CT 検査を受けた。
 結果的には膵炎などの異常は見つからなかったが、そのあたりのことは、特に『本館』で何回にもわたって詳しくいきさつを書いているので、興味のある方というか、同じく膵管拡張やその検査で不安を感じている方は参考にしていただきたい。『膵管拡張』『超音波内視鏡』『CT』といったキーワードで検索していただければと思う。

 11年前に膵管拡張と言われたあとは、帯広、名古屋、大阪で受けたドックの腹部超音波検査で指摘されることはなかった。もちろん検査前には「膵管拡張と言われたことがある」と伝えているので、念入りに見てくれたはずだ。
 それが今回、11年ぶりに指摘された。拡張は3mmから4mmに1mm増えていた。
 いったん拡張が元に戻って、4mmまで広がったのか、見つからなかったが3mmのものが11年かけてさらに1mm広がったのかはわからない。わかったところで、とにかく4mmは4mmだ。

 検査の結果報告書と、再検査を受けた結果を報告する用紙と封筒(血糖用と腹部用の2通)を看護師にあらかじめ渡す。

 しばらくして診察室に呼ばれる。
 医師は膵管拡張についてまず触れ、「どうします?」と言った。
 「はあ」
 「前の時からMUUSANも11年齢をとったってわけだし、念のために検査を受けた方がいいと思うんだけど」
 「はい、わかりました」
 「自分で病院に予約する?こちらで予約を入れる?」
 「お願いします」(ここの病院は市内の大きな病院とつながっているのである)。
 「じゃあ、空き状況を聞いてみるから」
 「検査って、超音波内視鏡でしょうか?」
 「いや、CT をします」
 (内心、ほっとする)
 「あと、血糖の方は2年前にブドウ糖の負荷試験をやっているけど、2年経ってどうか比べてみるのが良いと思う。こちらは急がなくてもいいから、次回の診察のときに一緒にやりましょう」
 「はい」
 ってことで、D ではあるが糖尿系は医師が言うにはあわてなくてよいらしい。

 そんなわけで、膵臓の CT 検査は今月末に、ブドウ糖負荷試験は来月の末に受けることになった。

202209NyousanMedicine   今年の6月から販売された新薬らしい
 なお、2カ月前の定例受診のときも今回のドックでも血液の尿酸の値が7.5だったので(基準値は7.0以下)、この日からこれまでとは違うフェブキソスタット薬が処方された(薬価は上がった)。

 また、昨年の検診のバリウム検査で指摘された胃体下部胃陥凹性病変の疑いおよび慢性胃炎、十二指腸潰瘍瘢痕は、今回の胃カメラでは慢性胃炎のみの所見(おととしのドックの胃カメラでは萎縮性胃炎ならびに十二指腸潰瘍瘢痕)。おととしのドックで精密検査となった眼圧(去年の検診では検査項目になし)も異常なしだった。

 長年ドックを受けてきたが、今回初めて経験したことも。それは極度の緊張を強いられる聴力検査の、そのボタンの押し方。
 ヘッドフォンでかすかに音が聞こえたら、音が鳴っている間ボタンを押し続けるが、今回は音が鳴り始めたらポチっと押してくださいと言われた。
 「鳴っている間押し続けなくていいんですか?」
 「はい、鳴り始めのときだけでいいです」

 おかげで、親指の関節が極度に疲労するのを避けることができた。

 テレマン(Georg Philipp Telemann 1681-1767 ドイツ)のトリオ・ソナタ ハ短調TWV.42-c2を。
 オーボエとリコーダー、通奏低音のためのトリオ・ソナタである。

 廃盤 ↓

TelemanTrioSonata










昭和を感じさせる松阪の街……その2♪LvB/pトリオ4

  釈迦、ワインを飲む
 引き続き松阪の街を散歩していると、なんだかこだわりがありそうというか、成り立ちの事情が想像できない飲み屋が。

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 大仏が飲食業に浸透しつつあるのか?

 個人的には楽しそうな、というか、落ち着いて時を過ごせるLandのような気がしないのだが……

  すごい特技
 その向かい辺りには、とっても器用なおじさんが(いや、若者か?)。

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 なかなかできることじゃないです。逆さ書きは。

 そのならびには、この辺りでは唯一輝きを放っている店が。

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 そうです、小豆は北海道産に限る!
 買ってみなかったけど。

  俗物の原点?
 そして、これこそ時が止まるってもの。
 ポルノでっせ、だんな!
 魅惑の俗物の極みが、この街のレトロな雰囲気にぴったり。いや、シンボルだ。

 その後の千葉課長の調べではこの映画館は“松阪大映劇場”という映画館で、1970年にそれまでの方針を転換して潔く成人映画の上映に特化したという。
 この看板を見ると、簡単に差し替えできるようなものではなさそうだが、意外と色あせていないことから、このときもきちんと上映中だったに違いない。

 これまた千葉課長の調べでは、ここの映画館はいまだに35mmフィルムによるプリント上映しかできないそうだ。つまり最新鋭の技術には対応していない。
 だから、むかしの日活などの-いや、大映ということか-ピンク映画のリバイバル上映を行なっているわけなのだ。

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 豊丸……
 1988年にデビューした“淫乱派”なる流れに属する大女優である。

 “かまきり”というと五月みどりのシリーズが有名だが、そちらは“かまきり夫人”だったはず。
 “かまきり熟女”が、そしてまたあまり特徴がないタイトルの“秘書のお姉さん”が、誰の主演なのかはわからなかった。せっかくだから映画館の入り口まで行って確かめてみればよかった。

  不思議なほど豚がない
 夜は焼肉。
 千葉課長の下調べで-いろいろ調べてもらって感謝している-“脇田屋”という店へ。

 ここの特徴は肉に特製味噌をからめて焼くこと。
 他では味わえないものだ。

 前回松阪に来たときに行った別な焼肉店もそうだったが、この店も豚がメニューにない。
 若鶏はあるのに、トントロといった豚肉のメニューが一切ないのが、北海道人としては不自然なほどである。
 もっとも、トントロとか豚ホルモンがあっても注文はしないけど。

  こちらはイセカンの1/3の価格
 店の中にはこんなポスターが……

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 あぁ、デビューしたてのころのあべ静江って、ほんとうにきれいだったなぁ。
 まさにあこがれの“お姉さん”だった。
 
 あべ静江だけではない。
 こちらはピンクレディーのMIEのことか?

 あっ!ミエ……三重ってことね。

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 ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827 ドイツ)のピアノ三重奏曲第4番変ロ長調Op.11俗歌(Gassenhauer)」(1797)。

 ピアノ、ヴァイオリン、チェロの三重奏だが、ヴァイオリンの替わりにクラリネットを用いることも可能。

 「俗歌」という名は通称で、第3楽章の主題が、当時ウィーンで流行ったJ.ワイグルのオペラ「海賊」の三重唱からとられたことによる。

 今日は、クラリネット版を。
 デネマルクのクラリネット、ドロビンスキーのチェロ、アルゲリッチのピアノ。

 2002年ライブ録音。EMI。

   このCDの詳しい情報 【タワレコ】
   Martha Argerich - Chamber Music (1981-2009)<初回生産限定盤>

もう一つの“思い出”三重奏曲♪Dsch/ピアノ・トリオ2

TchaikovskyPtrioArgerich  盗み見してもわからんでしょ?
 ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)のピアノ三重奏曲第2番ホ短調Op.67(1944)。

 第2次世界大戦中に書かれた作品であり、主要作品としては、この前には交響曲第8番Op.65が、このあとには弦楽四重奏曲第2番Op.68交響曲第9番Op.70が作曲されている。

 チャイコフスキーは親友ルビンシテインの死を悼みピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出のために」を作曲したが、このショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第2番は、この年、1944年に亡くなった友人・ソレルチンスキーの思い出のために作曲されている。

 ソレルチンスキー(1902-44)は音楽学者であり、ショスタコーヴィチは“よい教師に恵まれた”として、彼の名をまっさきにあげている。
 それはS.ヴォルコフの「ショスタコーヴィチの証言」(中央公論社)の中においてだが(p.46)、この本の中ではソレルチンスキーの名がたびたび出て来る(この本ではソレルチンスキイという表記)。

 ところで「ショスタコーヴィチの証言」は偽書と断定されてしまったようだが、本当なのだろうか?ここに書かれていることにはとても納得できるというか辻褄が合うと思われることが多い。私には100%ねつ造された偽書だとはとても思えないのである。

 この本の中の一節。

 いま、ソレルチンスキイのことは誰でも、それこそどんなばかでも知っている。しかしこれは、いまは亡き友人のためにわたしの望んでいたような人気でではない。人人はソレルチンスキイを笑い草にしているだけのことだ。これはテレビ番組に出演した文学史家イラークリ・アンドロニコフの罪である。彼はテレビでソレルチンスキイをばか扱いしたのである。
 だが実際は、ソレルチンスキイはきわめて勤勉な人だった。二十ヵ国以上の外国語を知っており、そのうえ、何十という方言も知っていた。どんな詮索ずきな者にも読解できないように、古代ポルトガル語で日記をつけていた。
(p.63)

  他にも意味が?
 ショスタコーヴィチはチャイコフスキーの前例から(同じ意味をもつものとして他にもラフマニノフの作品がある)ピアノ・トリオで友人を追悼したのだろうが、大宅緒氏は「ショスタコーヴィチ大研究」(春秋社)のなかで、“ただし《第7交響曲》、《第8交響曲》につづく作品であるだけに、ひとりソレルチンスキーの死、のみに寄せられたものかどうか。裏読みの余地は大いにある”と述べている。

 曲は4つの楽章からなり、特に終楽章に現われるメロディーはロシアっぽい印象的なもの。
 最後は消え入るように終わる。

 アルゲリッチのピアノ、クレーメルのヴァイオリン、マイスキーのチェロによる演奏を。

 1998年、東京でのライヴ。

 チャイコフスキーのトリオとともに、1996年に急逝した、アルゲリッチやクレーメルのマネージャーを長年務めたラインハルト・ポールセンに捧げた演奏である。

 グラモフォン。

習作から名を轟かせた天才♪コルンゴルト/ピアノ・トリオ

KorngoldSuite23  早熟すぎて……
 世の中、天才児と呼ばれる子供は意外といる。

 そしてその多くは自分の才能に溺れるか、溺れなくても勘違いするか、溺れも勘違いもしないが枯れてしまいフツーの人になる。

 その原因はいろいろあるんだろうが、例えば村上春樹の「ノルウェイの森」のレイコさんの説明に、私はひどく納得した。つまりはそういうことなのだ。

 コルンゴルト(Erich Wolfgang Korngold オーストリア→アメリカ 1897-1957)のピアノ三重奏曲ニ長調Op.1(1909-10)。

 この作品番号1の曲が書かれたのはコルンゴルトが12歳のとき。
 12,3歳の小僧が、こんなにおしゃれでモダンで官能的な曲を書いているのだ。

 しかもこのOp.1の前にすでに何曲かを作っており、すごく評判になっていた。

 なんでも9歳のときにはカンタータを作曲し、それを聴いたあのマーラーが「天才だ!」と称賛したという。

 おまけに彼の名前にはWolfgangとある。
 そう、モーツァルトと同じだ。
 そんなこともあって「モーツァルトの再来!」と言われた。まさに現代(当時の)の神童だったのだ。

 シュニトケがモスクワ音楽院在学中に書いた交響曲がまだ自身の進むべき方向を模索しているのに対し(それが当たり前だ)、この神童は人生最初の『年おとこ』の頃にこんなに完成されたものを書いているのだ。
 彼はリヒャルト・シュトラウスの影響を受けたが、そのR.シュトラウスでさえコルンゴルトのピアノ・ソナタ第1番(1908)にびっくらこいたらしい。

  ナチス、映画音楽、そして時代遅れ
 しかし彼の絶頂期は35歳ころまででそのあとは下降線をたどり始める。
 というのも、ハリウッドで映画音楽を手掛け始めたからだった。

 オーストリアとアメリカを行き来していたが、ナチスによるオーストリア併合によってユダヤ系だったコルンゴルトはアメリカに亡命。生活のために映画音楽に仕事の軸を置かざるを得なくなったのだった。

 天才コルンゴルトは映画音楽の分野でも各種の賞をとるなど活躍したが、第2次世界大戦が終わり純音楽に戻ろうとしたときには、時すでに遅し。
 ウィーンに向かったものの、映画音楽作家になった堕落した作曲家とみなされ相手にされなかった。
 映画音楽が悪いわけではない。まだ映画につけられる音楽については正当な評価がなされない時代だったのである。
 加えてクラシック界は前衛の時代へと移っていた。

 コルンゴルトは自らの才能に溺れたわけでも枯れたわけでもないだろう。時代の犠牲者といえるのかもしれない。
 幸い近年になってコルンゴルト再評価の動きが活発化しているようだ。

 ピアノ三重奏曲を今日はMagalhaesのピアノ、Rowlandのヴァイオリン、Arpのチェロの演奏で。

 2013年ライヴ録音。TWOPIANISTS RECORDS。

 昨日12月13日は“胃に胃散の日”だったんだそうだ。
 今日は討ち入りがあった日である。
 いや、本文とは関係ないけど……

ステージ上は異次元世界だったのでは?♪チャイコ/pトリオ

TchaikovskyPtrioArgerich  ろくでもないことに対する危機管理
 昨日の朝は、ちょっと具合が悪く、朝食は仏壇に供える程度のご飯しか食べなかった。

 おかずは冷蔵庫の中にあった皿に盛られラップをかけられていた露わな姿の、要するに別の料理に使って中途半端に残ったシーチキンだった。

 なぜそのような“ありがたや~”なご飯の量にしたかというと、だから具合が悪かったと言っただろう、になわけだが、それでも食事が喉を通らないってほど食欲がないわけではなかった。

 で、その具合の悪さの原因はまたまた飲みすぎと寝不足である。
 こんな状態でたくさん食べて飛行機に乗ると、機内でろくなことが起きないような気がして自制したのだ。

 
 飛行機は向かい風に懸命に立ち向かい(と機長が言っていた)、ほぼ定刻に羽田に着いた。私のトイレも1度通っただけで済んだ。

  今日はシンプルにします
 ときは11時。
 到着口から出た正面にあるカレー店でポークカレーを食べた。
 さすがに空腹になったのだ。

 しかしそこに入る前に、横に隣接するレストラン(厨房は共通だと思う)のメニューをチェックしたのだが、ビフテキカレーやカツカレー、オムカレーにはまったく食指をそそられなかった。で、ただの(無料という意味ではない)カレーはないのだ、このレストランには。

 食指をそそられないということは、やはり本調子ではなかったのだ。

 そのあとは、朝の気温がマイナス1℃だったゆえに着てきたコートによる暑さと戦いながら(手に持つのも邪魔だし)、でも予定したことは着実に遂行し、夕方には久々に山野楽器に寄って、チャイコフスキーのピアノ三重奏曲のスコアを立ち読みした。
 実はこの曲について、スコアで確認しておかなければならないことがあったのだ。立ち読みなんてみみっちいことをしないで買うつもりで山野楽器にのりこんだのだが、輸入譜しかなく、室内楽曲に2500円出すのはなぁっていうのと、それが印刷がきれいとはいえない楽譜だったので、みみっちい方を選択したのだった。

  記憶はAllegroで消え去った
 山野楽器を出て、晴海通りを築地方向に歩いていたら、昭和通りとの交差点で信号待ちをしていたタクシーの中に東京支社のメンバー3名が乗っていて、開けた窓越しに「あらあら、こんにちは。東京って狭いねぇ」と言葉を交わしたのであった。
 が、それで頭の中でうろ覚え状態だったスコアの速度指示が頭からぶっちぎりで吹っ飛んでしまった。

 チャイコフスキー(Pyotr Ilych Tchaikovsky 1840-93 ロシア)のピアノ三重奏曲イ短調Op.50「偉大な芸術の思い出のために(A la memoire d'un grand artiste)」(1881-82)。


 1881年3月、ロシアの偉大なピアニスト(作曲と指揮も行なった)ニコライ・ルビンシテインが腸結核のために亡くなった。


 1866年にモスクワ音楽院を創設し初代院長を務めたルビンシテイン。
 彼は、チャイコフスキーをこの音楽院に招き教鞭をとってもらっていたが、ピアノ協奏曲の作曲も依頼。しかしチャイコフスキーが作った作品を否定し、書き直さなければ初演しないとチャイコフスキーに言った。
 いまや超人気曲であり傑作である、あのピアノ協奏曲第1番のことである(現在の版とまったく同一ではないようだが)。


 ひどいヤツである。
 繊細なチャイコフスキーは傷ついた。メソメソのしたに違いない。シクシクと涙したかもしれない。

 しかし2人の関係は一時的に悪化したものの、のちにルビンシテインがこのコンチェルトへの評価を改めたこともあって、チャイコフスキーとルビンシテインは終生親友の関係を保った。

 チャイコフスキーがパリで急死したこの友を追悼するために書いたのが「偉大な芸術家の思い出のために」で、ルビンシテインの死の1年後の命日に初演された。


 曲は2楽章の変則的な構成だが、第2楽章が2つの部分からなっており、全体では3楽章のような形をとるように考えられなくもない。


 第1楽章は「悲劇的小品」と書かれている。友の死を嘆き悲しむような暗い美しさをもった、しかし激しい音楽である。ソナタ形式で書かれている。


 第2楽章は「主題と変奏」と「最終変奏とコーダ」の2つの部分からなり、第2の部分が第3楽章の役割を

果たしているとも考えられるそうだ。
 「主題と変奏」では、優しげな主題が示されたあと、ときに優美に、ときに躍動的に11の変奏曲が進んでいく。
 第2部の「最終変奏とコーダ」では、最終変奏で唐突に短調に転じ、コーダ(結尾)で第1楽章冒頭のメロディーがよみがえる。そして、葬送するように、実に暗く重々しく終わる。

 今日はアルゲリッチのピアノ、クレーメルのヴァイオリン、マイスキーのチェロによる1998年の東京ライヴを。


 いやぁ、すごい演奏だ。
 この3人がステージで演奏している姿を想像するだけで、何か怖いものがある。
 で、実際何かが憑依されたような壮絶かつ見事な演奏だ。クレーメルはよだれをたらしたかもしれない。


 が、すばらしすぎて、すごすぎて、聴き疲れるチャイコフスキーでもある。


 グラモフォン。


 なんでもこの演奏、1996年に急逝したマネージャーのポールセンへ捧げるためのものだったそうである。


御多分にもれず参加中・・・
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MUUSAN

 クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。

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