新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の後期中年者のサラリーマン。  背景の写真は札幌の「宮川本店」の鰻重。 (記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります)

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

プロコフィエフ

やねよぉりぃ~たぁかぁい~♪プロコフィエフ/イワン雷帝

20220114Kanimeshi1  かにより魅力的な魚肉ウインナー
 豪雪でJRの運休が相次いだ12日の翌日の13日もひどい天気。
 この日は幸いにも在宅勤務だった。

 その翌日14日もJRのダイヤは大きく乱れていた。

 江別駅に行くと、しかしラッキーなことに、間もなく折り返しで発車するという、70分遅れで江別駅に着いたほしみ行きの普通列車に乗りこむことができた。しかも座れた。

 いつも利用している Kiosk(札幌ラッチ中店) をのぞいてもワクワクする弁20220114Kanimeshi2当はなかった。
 そこで、いつもより早くにサツエキに到着したこともあったので東の改札外の Kiosk をのぞいてみた。
 すると前に買ったことがあるサザエの「かに飯弁当」の姿を久々に見た(ラッチ中店にはなかった)。
 ベニテングダケのように毒々しい赤色を放っているウインナーに、私のハートはがっちりとつかまれてしまった。
 そして買った。

 午前中はアルフレッド氏とオーダ・マンボ氏が打ち合わせのために来社。
 私は「今日の昼は『かに飯弁当』です」と、自身の近況ならびに予定をあいさつ代わりに述べた。

 それにしても、サザエの弁当を買ったのに「みかど」の箸をつけるなんて、「この次はみかどの弁当を買ってね」という願いが込められているのだろうか?でも、あそこの Kiosk(札幌東コンコース中央店)で「みかど」の弁当を扱っていただろうか?

 この日もずっと雪が降り続いていた。
 帰宅するために札幌駅に行くと、電光掲示板は真っ暗で、改札の前には運行再開を待つ人たちであふれていた。
 でもよく見ると、改札内にもたくさんではないが人がいる。
 そう。別に入場を止めているわけではないのだ。

 私は人混みをすり抜け改札機に Kitaca をピッとかざし、改札内に入った。
 江別方面の列車は8番か9番線から出ることが多いので、そのあたりの階段の下で待っていた。

 そして、1階のコンコースの8番線(だったと思う)の表示板に40分遅れで発車する江別行きの列車の表示がでた瞬間に、私は同じように階段下でたむろしていた人たちに混じって階段を上った。
 なんと幸運なことに、座ることもできた。

 翌日の土曜日は、カーポートの屋根の雪下ろしをした。
 今シーズン2度目だ。

 カーポートの雪下ろしをしていると、ソルジェニーツィンの「イワン・デニーソヴィチの一日」のストーリーを思い出す。それぐらい過酷な労働なのだ。

 庭に投げ落とした雪は、気づくと、落としたのではなく、カーポートの屋根の高さより少しばかり高くなっていた。

 もうこれ以上降らないでくれ!
 降るなら暖気で沈んだ分に相当する量だけにしてくれ。
 頼む!(←誰に頼んでるんだろう、ワタシは)

ProkofievIvanMuti プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953 ソヴィエト)の映画音楽「イワン雷帝(Iwan the Terrible)」Op.116(第1部1942,第2部'45)でも。



要職にある身からタダの市民に……♪プロコフィエフ/石の花

  実は最新の注意を払っている『私の雪かき』
 「貴殿に言われる筋合いはない」と言われそうだが、私は言う。今日から4月である。

 ここ江別もあちこちで春の到来を感じさせる出来事が起こっている。
 日曜日に自宅から少し離れた第〇班の班長さんのところへ、班内に配布してもらう広報誌を持っていく途中、道ばたでフキノトウとフクジュソウを目にした。
 このフキノトウの薄緑色の実に春めいていることか!
 フクジュソウにおかれましては、どうか私に「福」をもたらしますように(ロト6をもう20年以上欠かさず買い続けている私に、そろそろ2億円が当たってもバチが当たらない頃合いだと思うのだが、いかがだろうか?)。

20210328Ebetsu1

20210328Ebetsu2

 また空にはV字型に隊列を組んだサギ(なんというサギかは知らないが、オレオレとかフリコメではないのは明らかだ)が、ギョエ~みたいに鳴きながら飛んでいる姿も多く見かけるようになった。

 庭に積み上げた雪もかなり減った。
 雪がとけて、庭に(雑草を含めた)緑が萌え始める前に私がやらねばならないことは、微粒砕石拾いである。

 わが家は歩道から玄関までの間に微粒砕石を敷いているのだが、これが実は冬の間は厄介なのである。
 というのも、雪かきのときに雪と一緒に砕石も「かいて」しまうからだ。
 私が積もった雪を(他の人たちがやっているように)少し離れた空き地に運ばないのは。そうすると雪と一緒に微粒砕石も捨ててしまうことになるから。
 微粒砕石を敷地外へ極力失わないよう、私は庭に雪を積み上げているってわけだ。

20210329Garden1

20210329Garden2

 写真のように(かさ)が減ってきている雪山からは微粒砕石がたくさん姿を現している。
 どんなに気をつけても、雪かきのときにこれほどの砕石も雪と一緒に「かいて」いるのである。
 雪が消えた庭の土の上にも、ほら、石たちが。地面が植物で覆われる前に、これらを拾い玄関前のアプローチに戻す。それがガーデニングシーズン開幕の最初の作業なのである。

 4月1日、つまり新年度になったということは、町内会の役員としてのお仕事もお役御免になったということである。大役(?)を無事果たしたことに「お疲れさまでした」と自分に言おう。
 そしてまた、今日は本館の記事も更新した(いや、決してウソでなく)。

ProkofievStone プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953 ソヴィエト)のバレエ「石の花(The Stone Flower)」Op.118(1948-49)を。










IE6時代で足踏み状態の会社に募る不安♪プロコフィエフ/オレンジへの恋

vTuner_IE  1年後もサービスは続いているのだろうか?
 突如、「金を払わないと手も足も出せないよ」と、貧乏人たちをシャットアウトするという一方的手段に出た vTuner(radiomarantz)

 額こそ年3ドルとまったく高くないものの(政府が中曽根元総理の葬儀に支出しようとしている額の30万分の1だ)、こういう横暴で身勝手な会社に金を払ってまでサービスを提供してもらわなくたっていいわいと見栄を張ったものの、やっぱりインターネットラジオの他の局も探してみたいと、結局権力に屈するがごとく、あるいは長いものに巻かれるがごとく 3ドルを払った私。

 まさに《現金なもので》、お金の支払いを済ますと瞬時にサービスを享受できるようになった

 先日、久しぶりにこの vTuner のページにアクセスしてみた。
 ところがログインしようとしたら、上のような画面に。

 私がふだん使っているのは Firefox であるが、このブラウザでは Cookie がオフになっているってことなんだろう。

 にしても、この画面ひどくね?
 Internet Explorer の6とか5.0のバージョンの場合の説明だ(他に Netscape と Opera についての説明もある)。私の PC の IE のヴァージョンは11である。
 vTunerのCookieをONにする説明は、おおむかしのまま更新されていないということだ。

 Firefoxの設定をいじってみたが、よくわからず断念。
 幸い Google Chrome を使ってログインできた(IE11 でも OK だった)。

 でも、である。
 これだけ新しいヴァージョンのブラウザについての情報を提供しないで放置している会社ってどうなんだろう?
 それとも、私が詳しくないだけで、IE7以降は cookie がオフになるって概念がないのだろうか?
 いや、でも、Firefox のことに触れてくれていないってことが、やはり不親切だ。

 ここのように、金の問題でなく、根本的な事象としてサービスというかサポートというか会社自体がなくなってしまう可能性はけっこう高そうだ。

 やれやれ……

Proko3Chailly プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953 ソヴィエト)の「逃亡」。
 6曲からなる組曲「3つのオレンジへの恋(L'amour des trois oranges)」Op.33bis(1924)の第6曲である。

 ところで Firefox を使ってこの livedoor ブログの記事を書き、蛍光ペンを引こうとすると、カーソルがマウスの動きに従わずに変な動きをすることがたまにある(以前はそういう現象は起こらなかった)。
 これって私だけに対するオプショナル・サービス?

ニコプンしちゃった私♪……まばゆく光る円筒形の物体

Tomita
  だって次男は1993年生まれ
 ウチの子どもが子どものころ観ていた番組に「にこにこ、ぷん」がある。

 子どもが子どものころって、自分の子どもはいつまで経っても親にはならず子どものままではあるのだが、もちろんそういう意味ではなくて、より理解を深めていただくために書き直すと、“ウチの子どもが幼いころに観ていた”っていうふうになる。ユー、アンダスタン?

 余談だが、ここを観て初めて知ったが、ウチの子どものうち、次男坊が生まれたときには「にこ、ぷん」はもう終わっていたらしい。幼少時を『ぴっころ』や『ぽろり』を知らないで育ったなんて、なんてかわいそうなことをさせてしまったのだろう……

  それは前触れもなく起こった
 で、私は最近になって《ニコプンしちゃった》わけだが、それはセコマに立ち寄ったら偶然にも『じゃじゃまる』がホットシェフのかつ丼を買っていたのを見かけたとかいうのではなく、わずか1年半でこれが、ニコンのコンデジのA900が、おかしくなったという怒りの体験、はっきり言って《ニコンにプンプン!》ということなのだ。
 こんなに早くぶっ壊れるとは、開いた口が塞がらない、カメラのレンズのシャッターも開いたままふさがらない。

 先週のことだった。
 部屋の中で何かを撮影しているときに、ムニュッというような音がした。レンズが戻りかけの状態でストップし、そしてモニターにはこんなメッセージが。

20200206a900d

 性善説派の私は、「そっか、バッテリーが切れかかっているのかも」と思い、電源を入れなおしたが、おやおや、バッテリーの残量は満タンの表示ではないか!

 そしてレンズの状況はというと、

20200206a900a

 おやおや、伸び切って(出切って)いない。レンズ開口部が斜めの状態で止まっていることがわかるだろう。

 じゃあ、電源OFF。

20200206a900b

 なんじゃい、この筒は?
 仮性〇茎か?いや、なんてことを。こうなりゃ真性だ(ってこっちゃないだろうに)。

 この外皮(?)は押すと簡単に引っ込む。どういうことになってしまったんだ?

20200206a900c

 なにか無理がかかるようなことは一切していない。こいつは自爆したのだ。

  下手すりゃ買うより高い?
 この日、たまたま札幌のマチナカに出かける用事があったので-細かくは書かないが、異動の関係で今月は日々の過ごし方がふだん異なっているのだ-ビックカメラに立ち寄って聞いてみる。
 にべもなく「故障ですね。ここでは直せないのでメーカーに出すことになります」と告知される。

 次にヨドバシカメラに行ってみる(このカメラはヨドバシマルチメディア梅田で買ったわけだし)。こういう時に限って応援販売員はソニーとキャノンとパナソニックの人たちしかいなくて、ニコンからの派遣者はいない。残念だ。

 で、生粋の店員さんにブツを見せて尋ねると、これはなんじゃいという惨状を見るような目になり、「メーカー修理になりますね……」と、ビックと同じことを言われた。
 場合によっては修理代が購入時の金額ぐらいになる可能性もあるという。

 そんなことしてられない。
 別な機種の検討を始めなくてはならないのか?
 投資したとしても、そもそもいつまでブログを続けるかわからないではないか?

 現段階で購入の判断はできないが、もし買うとなっても、もうニコンはやめよう。

 その前に使っていたオリンパス機は安かろう悪かろうだった。そういう事情はあったにせよ、もうオリンパスを買うという選択肢は私にはない。
 オリンパスの前にはニコンのクールピクスを使っていたが、購入後数年してなぜかメニューボタンを押すとレンズがズームするという怪奇現象が起こるようになった。そんなことがあったのに1年半前に再びニコンを信じた私がバカだった。令和に暮らす私には、もはや、ニコンを買うという選択肢はないやろ、だ。

 一眼レフだけのことかもしれないが、「ニコンのカメラは丈夫だ。だから報道カメラマンなんかが愛用する」とバイト先のおじさんが言っていたのに、壊れてばっかりじゃないか。

 えっ、バイト先?
 カメラと関係ない、札幌駅の荷物一時預かり所である。カメラ好きの国鉄OBの方がいらっしゃったのだ。

 「シベリアのツングースに激突したことのあるまばゆく光る円筒形の物体」を。
 原曲はプロコフィエフの交響曲第6番の第1楽章。それを冨田勲がシンセサイザー用に編曲し、こんな名前をつけたのだった。
 アルバム「THE COSMOS OF TOMITA」に収められている。

 あぁ、それにしてもあかぎれがよくならなくて、キーを打つのがつらいのプンプン!

確かにポーポーちゃんの色ではないが♪プロコ/3つのオレンジへの恋

  鳩の置物って探すとないもんなんです
 13日の火曜日のこと。
 正統的サラリーマンの私は仕事が休み、パート従業員の妻も休みだったので、札幌のマチナカ、サツエキ近辺ではなく珍しく大通り方面へ出かけてきた。

 6月のことだが、檜さんと食事をする前に、私は『ル・トロア』に立ち寄った。
 あのとき、そこに入っている『いろは雑貨店』で、私は鳩笛を買い、妻にプレゼントした。

 帰って妻に見せる前に、それを檜さんに見てもらったのだが、檜さんの「きっと気に入ってもらえますよ」という予想とは裏腹に、妻は「けばけばしすぎる」と、あまりお気に召してくれなかった。

Hatobue1

Hatobue2

 なぜ鳩笛を買ったのか?
 吹くためではない。だから笛でなくても良かったのだ。要するに、ポーポーちゃんの代わりとして飾ってはどうかと思い買ったのだった(尾の穴は、したがって肛門ではなく吹口なのである)。

 この鳩笛は『テテップゥ』という名で、尾崎人形という佐賀県にある伝統ある人形らしい。

 で、なにを言いたいかというと、この日寄った『いろは雑貨店』に、もうこの鳩笛は置いていなかった(なお『いろは雑貨店』は新札幌のサンピアザにもあるが、鳩笛は置いていなかった)。
 そういう意味では、私としては、妻のお気に入り度はともかく、良いタイミングで購入できたと思っているのよ、ポーポー。

  『3』の『7階』で『10割』を食す
 さて、この日の『ル・トロア』はすいていた。
 いや、平日ではある。でも、お盆休みの人も多いはずだ。なのに人影まばらである。
 これではテナントで入っているお店もたいへんだ。

 『トロア』は『3』ということである。
 なんでも、『ル・トロア』のコンセプトは“親子3世代の女性をターゲットにする”というものなんだそうだ(そんなことを知らずに、男性の私はのこのことこの建物に入ってしまったことになる)。

 おばあちゃんは7階でそばを食べ、お母さんはアインズ・トルペで化粧品を買い、娘はどんぐりでちくわパンを買うっていうようなことか……

 昼は『ル・トロア』の7階にある「蕎麦群(そばむれ)」。
 幌加内そばを供する店で、以前同じフロアの「五島軒」に来たときに、ちょっと興味をもった店。

20190813Sobamure1

20190813Sobamure2

20190813Sobamure3

 私は日替わり(この日は火曜日)のかしわの冷たいのを頼んだ。
 『かしわせいろ』と言ったら、店のおばちゃんに「『とりせいろ』ですね」と聞き返されたのが、よく理解できなかった。セットにしたのは炊き込みご飯。
 妻は『冷やし桜海老のたぬき』。

20190813Sobamure4

20190813Sobamure5

 おいしいそばではあった。が、私の頼んだものに限って言えば、鶏肉が少ない。ねぎも少ない。そばももう少しコシが欲しいところ。
 酒のつまみになるアラカルトメニューが豊富だったので、夜に飲みに来て、〆にそばを、っていうのには良い店かも知れない。

 さて、そのあとも引き続き妻に付き合って雑貨店巡りをした……続く

Proko3Chailly 今日のところは、そんなわけで、プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953 ソヴィエト)の組曲「3つのオレンジへの恋(L'amour des trois oranges)」Op.33bis(1924)。

 ここに書いているように、同名の歌劇(Op.33)から6曲からなる組曲に改編したものである。

 以前も紹介したシャイー/ユンゲ・ドイチェ・フィルの演奏を。

 1981年録音(ってことは、このころユンゲだった人たちはもうすっかりおっさん&おばさん)。グラモフォン。

はい、ブツブツ気になります!♪プロコフィエフ/イワン雷帝

20190622Nin'niku  いざ探すとないモノ……
 妄執の、いや、もう週の半ばではあるが、まだ先週の話。

 とはいえ、ただの先週の話ってわけではなく、先週でもいよいよ土曜日の話である。

 この日は朝から雨。雷さまを上に聞く状況。
 で、妻に江別駅まで車で送ってもらう。

 札幌駅からそのまま『快速エアポート』になる電車に乗って、新千歳空港へ。

 体力維持のために-いや、すでに維持するほどの体力も残っていないのだが-黒ニンニクを食べたほうがいいと、ふだんからJA十勝清水町の黒ニンニク(下の写真)を愛用している妻が言っていたのを思い出し、空港の売店で探してみると、清水産に限らず意外と黒ニンニクが見つからない。

 JA道央の売店なら江別産のがあるかと思いきや、店のおばさんに「黒ニンニクはありますか?」と尋ねると、寂しげな表情で「ない」と答えられた。

 結局ふだんは行くことがないJAL側の売店(スカイショップ小笠原って店)で美唄産のを見つけた。

 こんなんことなら、妻に言われたときにホクレンショップで清水のを買っときゃよかった(いくつか試したが、清水のが私にはいちばんおいしく感じる)。

  落雷の影響は私にはなく、でも私は泣く
 飛行機は5分遅れで出発。
 私の乗る一つ前の大阪便は落雷の影響による点検で30分以上遅れていた。
 そのことを考えると、ラッキーだったと言わざるを得ない。

 だが、ラッキーな私は機内で泣きそうになった。三浦綾子の「続・泥流地帯」を読んだからだ。機中で読み終えたのだが、この泥流シリーズ(と続)は、「塩狩峠」以上に私に感動をもたらしたと思う。

MiuraZokuDeiryu

 関心はないだろうが、そのうち感想めいたことを書くつもりだ。

 プロコフィエフ(Sergei Sergeevich Prokofiev 1891-1953 ソヴィエト)の「イワン雷帝(Iwan the Terrible)」Op.116。

 S.M.エイゼンシテイン監督の映画のための音楽で、2部29曲からなる。第1部が1942年に、第2部が1945年に作曲された。

 ここでも紹介している、ムーティ/フィルハーモニア管弦楽団他の演奏で。

ProkofievIvanMuti

 1977年録音。EMI。

20190622HatiomugiSoap  配達に間に合い自己満足
 大阪に着き、蒸し暑い中、急ぎ足でマンションへ。
 というのも16時~18時の時間帯で、ヨドバシから『伊賀の炭酸水』と固形石鹸が届くからだ。
 いや、4時まではまだ1時間ほどあるのだが、お兄さんはたいてい早く来るし、私も配達日には午後にはずっといるようにしてるので、前にお兄さんに「は、早く、き、来てっ!」とお願いしたことさえあるのだ。

 そしてお兄さんは15:16に来た。

 私は浴室では固形石鹸を使っているのだが、そこいらのドラックストアに行っても、あんまり種類がない。で、ヨドバシで見てみたら、今回ペリカン石鹸の『はとむぎ』というのを見つけたので頼んでみたのだった。

 どうかしら?
 老人性いぼ(疣贅)がとれちゃったりしてくれないかしら?

 そんなことを思いつつ、くそ暑い中、そして急な夕立の恐れがある中、食料を調達しにダイエーに買い物に行ったのであった。……続く

JAshimizuKuroninniku

ぎりぎりになったのは走りに集中しなかったから♪プロコ/Sym7

IchikawaHarukiBon  多くの人が「走れメロス」を読んでいるワケは?
 市川真人著「芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか」(幻冬舎新書:電子版刊行2016.10.4)。

 なかなか奥深く、「へぇ~、日本の文学界ってそういうものななだぁ」と、世の中に多数ある闇の1つを知った気になった。

 このなかで太宰治の「走れメロス」の話が出てくる。

 なんでも、この有名な小説は、“「青春文学ベストテン」などを挙げるとたいがい高い確率で顔を出してくる人気作”なんだそうだ。
 同書でも、「走れメロス」について詳しく『分析』されている(これがまた「な~るほど」なのである。

 唐突ですが、あなたは「走れメロス」を読んだことがあります?

 私はあります。


 ……手軽に持ち運べて、その中に詰まっている物語や知識をいつどこでも楽しむことができるのが、この数百年、「本」が携えてきた性質でした。しかし、そのなかで『走れメロス』は珍しく、読むシチュエーションが限定されている小説なのです。
 その「限定されたシチュエーション」がどこで、どんな状況なのか、みなさんも自分がいつどこで『走れメロス』を初めて(そしておそらくは、多くの場合その一度きり)読んだのか、思い出してみてください。おそらく、その回答はかなりの率で重複しています。とりわけ1960年以降に生まれたひとは、八割がたが同じ答えかもしれません。あなたが初めて『走れメロス』を読んだのは、学校の(それも中学生時代の)教室ではありませんでしたか?


 大当たり!

 そうです。私は教室で読みました。いつも灰色のワイシャツを着て、いつも灰色のズボンを履いていて、いつも脚が短かった、教師っぽくない国語教師の前で読まされた記憶さえもありんす。

 そして、そこが試験範囲になっているテストが終わったあと、私は『走れメロス』は読んでいない。
 つまり、一度きり。多くの人と同じで光栄だ。『メロス』じゃなくて、ビニール袋に入っているのを買った『乱れエロス』は何度も眺めたものですが(ひっどいブスだったなぁ)。


  実はとんでもない身勝手野郎
 著者の調査によると、『走れメロス』が教科書に最初に採用されたのは1956年の中教出版版「国語 総合編 中学校2年上」だそう(2010年時点だと、主要5社の国語教科書のすべてに『走れメロス』は収録されている)。
 
 『走れメロス』が美しき友情の話と誤解されているのは、最初に『走れメロス』を採用した言語学者・時枝誠記監修の中教出版の教科書のせいかも?と著者は推測する。

 メロスの行為が貴く美しい、というミスリードも、この教科書に掲載された「友情や信義を命より大切に思っているけだかい人間がいるのだということを示して、そしてメロスの行為がどんなにりっぱなものか、美しいものか」示そう、という解説文にありそうです。

 この本を読むと、私たちが中学のときに教わったこのようなことが、まさに『ミスリード』であり、メロスってとんでもないやつだということがわかってくるのであった。


ShostakovichSym05Previn プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1983 ソヴィエト)の交響曲第7番嬰ハ短調Op.131青春(The Youth)」(1951-52)。


 1948年の『ジダーノフ批判』によってそれまでの名声をすべて失ったプロコフィエフが、1952年になってようやくいくつかの『迎合作品』を発表し、少しは名誉回復できたことを受け、子供向けのラジオ番組用にと委嘱をされて書かれた作品。

 プロコフィエフ自身がこの曲を、子供だけでなく若者にたちにも訴えかけられると「青春の贈り物」と呼んだことからこの名があるが、現在はあまりこのタイトルが付されることはないようだ。


 そしてまた、子供向け、若者向けにしてはずいぶんとしぶい曲である。


 プレヴィン/ロンドン交響楽団の演奏を。


 1977年録音。EMI(EMI x Tower Records/Excellent Collection)。


  彼がラーメンを受けつけないワケは?
 ところで、村上春樹はラーメンが嫌いだという(「夜のくもざる―村上朝日堂短篇小説」新潮文庫)。

 市川氏のこの本のなかでは、オランダ生まれのジャーナリスト、イアン・ブルマ氏が『よじまき鳥クロニクル』の刊行を期に村上春樹にインタビューした、次の文が紹介されている。

 村上は自分の父親について話しはじめた。父親とは今では疎遠になっており、滅多に会うこともないということだった。(…)村上は子供の頃に一度、父親がドキッとするような中国での経験を語ってくれたのを覚えている。その話がどういうものだったかは記憶にない。(…)「聞きたくなかった」と彼は言った。「父にとっても心の傷であるに違いない。だから僕にとっても心の傷なのだ。父とはうまくいっていない。子供を作らないのはそのせいかも知れない。


 そして、このインタヴューに続けて


 ひょっとすると、それが原因でいまだに中華料理が食べられないのかも知れない


という、村上春樹の言葉を載せている。

 ラーメンは日本の料理だ!と主張する人もいるかも知れないが、それはともかくとして、中華料理が食べられないほどの出来事って、春樹氏は何を聞かされたのだろう。

♪ 作品情報 ♪
【初演】 1952年・モスクワ
【構成】 4楽章(約32分)。終楽章終結部には2つの版がある。
【編成】
 orch(picc 1, fl 2, ob 2, E-H, cl 2, b-cl , fg 2, hrn 4, trp 3, trb 3, tuba, timp,打楽器各種, p, hp, Str)
【本作品について取り上げた過去の記事】
  小澤征爾の“青春”
  ちんちんしてぇ~♪プロコフィエフの「青春交響曲」
    
Prokofiev♪ 作曲家情報 ♪
 

 帝政ロシア末期のロシア・モダニズムから、ソ連の社会主義リアリズムの時代にわたる長期の作曲活動によって、20世紀を代表する作曲家の一人。ペテルブルク音楽院でリムスキー=コルサコフに作曲を学び、在学中より〈現代音楽の夕べ〉というモダニストのグループに属して、ストラヴィンスキーに続くロシア近代音楽の巨匠となる。ロシア革命後、アメリカ、西ヨーロッパで活躍したが、1933年祖国に復帰。従来の前衛的なものから、ソ連の現状に合った大衆的方向に修正、明快で新鮮な作風をつくりあげた。 (井上和男編著「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)による)

私には聴こえた!ボヘミアン・ラプソディのなかにProkofievのSym5が

Proko5Jarvi  ロック?クイーン?大丈夫かしら、アタシ
 23日に映画を観に行った。
 妻が観たいのがあるので付き合ってくれというからだ。

 『妖怪ウォッチ』かと思ったら、そうではなく『ボヘミアン・ラプソディ』という映画だという。
 たいそう評判がいいらしい。

 が、ロックバンドの『クイーン』の話だという。

 全然興味がない。

 いや、興味以前に、そしてロックがどうとかではなく、まったく私とは接点がなかった世界の話である。

 『クイーン』の名前はさすがに知っているが、150分も耐えきれるだろうか?そもそも妻だってロックには関心がなかったはずだ。
 『王様のブランチ』の影響力は実に大きいものだ。

 どっちにしろこの日はイオン江別の『もりもと』にクリスマスケーキを取りに行かなければならないし、妻がサツドラの超炭酸水500mlを1箱買ってくれると言うので、ネットで夫婦50割引きのチケットを購入、イオンシネマ江別に出かけた。

 そして観た後に思ったことは、当初の想定を外すものだった。
 ロックというジャンルの音楽にはほぼまったく接したことがない私だったが、少なくともこの映画に出てくる音楽はなかなか良いと思った。だからこそ『クイーン』は世界的人気を博したんだろうけど。

ProkofievSym5_II  集中できた150分
 150分間、退屈しなかった。
 150分間、トイレに行かずに済んだことは、私に大きな自信をもたらせてくれた。

 今日の1曲は、プロコフィエフの交響曲第5番変ロ長調Op.100

 なぜか?

 偶然だろうが、「ボヘミアン・ラプソディ」(曲の方)のなかのピアノによるメロディーによく似たものが、この曲の第2楽章に現れるのだ(掲載譜は全音楽譜出版社のスコア)。

 P.ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団の演奏を。

 2007年録音。テラーク。

 6分というロックとしては異例の長さの「ボヘミアン・ラプソディ」。
 ガリレオとかフィガロという言葉が出てくる中間部の不思議な、でも美しい部分-多重録音である-が私には非常に印象に残った。

 ♪ 作品情報 ♪
 Sergei Prokofiev(1891-1953 ソヴィエト)
  Symphony No.5 in B-flat major Op.100
  【作曲年】 1944年
  【構 成】 全4楽章(約45分)
         I. Andante 変ロ長調 3/4拍子 ソナタ形式
         II. Allegro marcato ニ短調 4/4拍子 三部形式
         III. Adagio ヘ長調 3/4拍子 ロンド形式
         IV. Allegro giocoso 変ロ長調 2/2拍子 ロンド形式
  【編 成】 3管編成(ピアノとハープ、打楽器各種が加わる)

 ♪ 作曲家情報 ♪
  グラズノフはプロコフィエフの破壊的な音楽を憎んでいたらしい。

Prokofiev

孫の質問に答えられなかった爺さんの怒り♪プロコ/3つのオレンジへの恋

20180614Yomiuri  意表を突く質問
 おととい、たまたま外に出る用事があり、梅田芸術劇場(ホテル阪急インターナショナルに併設)の前を通った。


 何だか知らないが今日はずいぶんと警備員がいるなぁと思ったら、阪急阪神ホールディングスの株主総会の看板が入り口にたっていたので何だかを理解した。
 つまり、株主総会だから厳重警備なのだ。総会屋が来ては困る。爽快屋もなんだか気持ち悪い。
 ただ、厳重に警備できそうな若い警備員はあまり見受けられなかった。

 で、翌日(14日)の読売新聞の記事に、株主総会で出た質問のことが載っていた。


 なぜ、阪神電車はジャイアンツ・カラーなのか?


 やれやれ……


  関西では禁断の恋
 いや、だいじなことだ。
 にっくき敵軍のシンボルカラーが甲子園の横をしょっちゅう走るのだ。平和を脅かされているようなものだ。

 けど、なぜ今回唐突に?

 孫がしゃべれるようになったからか?
 あるいは、孫に分別がついてきたからか?


 でも、大阪らしいっていえば大阪らしい質問かもしれない。

 さて、阪神電車を何色に変えていくのか?
 ちょっぴり興味深い。


 そんなわけで、大阪では演奏が禁じられている作品を(←ウソです)。

SilvestriBox
 プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953 ロシア)の組曲「3つのオレンジへの恋(L'amore delle tre melarance)」Op.33bis(1924)。


 1919年に作曲した同名のオペラからプロコフィエフ自身が6曲を選び管弦楽組曲の形に編曲した作品。


 6つの曲は、「変わり者たち」「地獄の場面」「行進曲」「スケルツォ」「王子と王女」「逃亡」である。


 過去、ヴェラー盤シャイー盤を取り上げたので、今日はシルヴェストリ/ウィーン・フィルの演奏を。


 1960年録音。EMI。


 今日は北海道神宮祭だ。

 だいたい神宮祭を境に、石狩地方では風が弱まり暖かさが安定してくるはずだが……

光沢を誇るためにシコシコ磨くんです♪プロコフィエフ/石の花

Odile_Stone  好物は鉱物
 オホーツク地方で仕事をしている、オディール・ホッキーさんから久しぶりに連絡が来た。

 昨日ちらっと触れたが、そのメールで彼の隠された実体を知り、私は驚いた。

 メールの内容をかいつまんで書くとこういうことだ。

 ・ 実は私も鉱物好きなのです。
 ・ 実は私も『科学』を購読していました。それは父親の「男だったら『学習』じゃなく『科学』だべ」という考えによるものでした。
 ・ 実は私も『トレジャーストーン』も購読していましたが、まだ子供だったゆえ、金欠になって購入を途中であきらめました。
 ・ 実は私は緑系の鉱物が好きで、特に橄欖石(かんらんせき)がお気に入りです。
 ・ 実は私、名古屋にいたときに、東急ハンズで緑柱石を買いました。これがその写真です。
 ・ 実は私、いまは2000円ほどのファイアーアゲートの原石を買い、サンドペーパーで磨いています。

  私は青や虹色も好き
 なんということだろう!
 ちーっとも知らなかった。

 彼とは名古屋時代に、クラシック音楽の話や中華料理店の妙なお品書きの話はしたものの、石の話はしたことがなかった。でも、これを読む限りでは、『科学』をとっていて、『トレジャーストーン』も買っていて(彼が子どもじゃなかったら、アコムとかプロミスから融資してもらえたかもしれないのに残念である)、緑色の石が好きだなど、まるで3万光年前に生き別れになった2万5,000光年ほど歳が離れた兄弟のように共通するところがあるではないか!

 彼と私が異なる点は、わずかに数か所に過ぎない。

 (1) 実は私の父は、そんな無茶苦茶な理屈をこねなかった。そもそも『科学』を知らなかった可能性が高い。
 (2) 実は私は観覧席に座った経験はあるが、実物の橄欖石を見たことはない(はず)。
 (3) 実は私の父は、浦河に住んでいたころ、『青虎』とかいう石(日高地方でよく産出するらしい)を金ブラシやサンドペーパーで磨いていたが、私はそんな地味な作業はしなかった。また、父はずいぶん気長に研磨していたが、ついぞツヤツヤの光沢が現われるには至らなかった(石材店にお願いして研磨し、木の台座も作ってもらったアオトラ-上のリンク記事に写真が載っているような感じのもの-は、まだ実家にいくつかあるはずだ)。

 それにしても、オディールさんが購入したという緑柱石(ベリル。エメラルドも緑柱石の一種である)はなかなかすばらしい。
 どう見ても本物だ。ただの白い石に四角く刻んだマスカットのグミを張りつけたものではないことは明らかだ。

 私も欲しい!

 これは鉱物界の花咲く六花亭や!

 なお、写真に写っている手はオディールさんのもののはずだが、砂金をまぶしたようになっているのは、指紋があいまいになるよう私が写真に処理を施したためである。
 こんな風に手のひらから金粉が出てきたら、いくらでも鉱物が買えるのに……

 そういえば、オホーツクから稚内の方へ足をのばせば、浜頓別のウソタンナイ(嘘が足りない?)や中頓別のペーチャン(林家か?)で砂金採り体験ができる。
 オディールさんにはぜひとも私のために大粒のやつを採ってきてほしいものだ。

ProkofievStone  孔雀石も緑がすてきな石
 プロコフィエフ(Sergei Prokofiev 1891-1953 ソヴィエト)のバレエ「石の花(The Stone Flower)」Op.118(1948-49)。

 題材となったのは、ウラル地方の民話集「孔雀石の小箱」に収められている「石の花」。


 ここに書いたのをさらに簡略化して書くと、石工が銅山の女王に地下の王国に連れていかれ、女王は石工を帰らせまいとするが、そこに石工の恋人が来て、2人の仲の良さに「あらあら私にはとってもかなわないわ」と女王は石工と恋人を地上に帰し(ってことは、女王は石工に恋をしていたワケだ)、帰ってきた2人の姿を見て村人も大喜びっていう、トホホなストーリー。


 当時のプロコフィエフは『ジダーノフ批判』によってひどくまずい立場に置かれており、その名誉挽回とばかり、民族色あふれる題材の音楽を書いたのだった(同じくメッタクソにされたショスタコーヴィチは「森の歌」を書いて批判に応えた)。

 ただし、バレエが初演されたのは1954年と、プロコフィエフが亡くなったあとのことである。


 今日は全曲(全4幕)ではなく、7曲を抜粋して演奏した録音を。


 N.ヤルヴィ/フィルハーモニア管弦楽団のシャンドス盤(1992年録音)である。


Cristal  アゲートとクオーツは鉱物的には同じ
 さて、オディールさんはファイアーアゲートを磨いているということだが(アゲートというのは《めのう》のことで、石英の細かい結晶が集まった石。石英の結晶がきちんと育ったものが水晶。これ、中国産の水晶。泊まったホテルの部屋にあった、女性が髪をまとめるゴムのバンドを台にしてひっくり返らないようにした。この私の見事なアイデアに賞賛の声をいただきたい)、この地味な行為に私も刺激を受けつつある。

 先日、新さっぽろのストーン・ショップでソーダライトの原石が売られているのを見かけたのだが、それを磨きたい、ツルツルにしてみたいという欲求にかられているのだ(ソーダライトとレッドタイガーアイのストーン・ブレスレットはいまの私のお気に入り)。

 ただ、問題なのは、私にはその根気がないことと、これ以上時間を作り出せないということだ。

 朝起きてブログを書いたり投稿し、ごはんを食べ、仕事に行き、仕事に来たのに思ったほど仕事がはかどらず、反省のために帰りに飲んだり帰ってから飲み、たまにはCDをリッピングし、音楽も聴きたいし、ブログの記事のラフ原稿を書きだめしたい。あっという間にニュース9も終わり、寝て、また太陽が昇る。
 これ以上ほかのことをする余裕がどこにあるというのだ?

 それにしても、オディールさんと名古屋で石の話をしなかったことが悔やまれる。

 もっとも、名古屋時代の私は、ストーン・マニア魂が体の深いところ、たとえば十二指腸の奥あたりで休止中だったので(胆のうあたりだと結石で七転八倒するところだった)、石のことはまったく頭になかった。
 だから話題になるはずもなかったわけだ。

御多分にもれず参加中・・・
プロフィール

MUUSAN

 クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。

これまでの御来訪者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

このブログの浮き沈み状況
本日もようこそ!
ご来訪いただき、まことにありがとうございます。

PVアクセスランキング にほんブログ村
サイト内検索
月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
タグ絞り込み検索
私へのメッセージ(非公開)

アドレスの入力は任意です

名前
メール
本文
読者登録してみませんか?
LINE読者登録QRコード
QRコード
QRコード
ささやかなお願い
 当ブログの記事へのリンクはフリーです。 なお、当ブログの記事の一部を別のブログで引用する場合には出典元を記していただくようお願いいたします。 また、MUUSAN の許可なく記事内のコンテンツ(写真・本文)を転載・複製することはかたくお断り申し上げます。

 © 2014 「新・読後充実度 84ppm のお話」
  • ライブドアブログ