新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の前期高齢者の元・サラリーマン。  背景の写真は江別市「天味(てんまい)」の醤油ラーメン。 (記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります) コメント欄は撤去しました。

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

ブリテン

小麦と小麦がセコマでコラボ♪ブリテン/キャロルの祭典

20200617PL  腕が伸びない原因は精神的なもの
 「お好み幕の内」の姿を見て、想定外にそれを買って昼食に食べたのは1週間前の月曜日だった。

 その翌々日(翌日は在宅勤務だったので)。
 この日の昼食はあのとき想定していた「炙り焼き紅鮭幕の内」を購入すべく、セブンイレブンに立ち寄った(この弁当、不思議なことにセブンイレブンのホームページには載っていない)。

 それを買おうとしたのだが、どうしても私の右手は弁当をつかもうとしない。

 テニス肘が痛いから?

 いやいや、そうじゃない。どこか気が乗らないのだ。

 「炙り焼き紅鮭幕の内」には紅鮭が入っている(でなきゃ、看板に偽りありの大問題となる)。

 ところがその日の朝食で、私は鮭の切り身を食べた。気乗りしない理由の一端はここにあるような気がする。

 第2に、おかずの中にコロッケ半個が入っているように見える。私はこういった弁当(コンビニ弁当やコンビニ以外で売られているコンビニ風弁当(実用弁当と言うらしい)にけっこうな高率で入っているコロッケがあまりお好みではない

 第3に、竹輪の磯部揚げが入っている。磯部揚げそのものが嫌いというわけではないが、奥歯がなくなってからというもの、磯部揚げは食べにくい料理の1つになってしまった。特に弁当に入っている磯部揚げの衣はけっこう硬い。

 そんなわけで「炙り焼き紅鮭幕の内」の購入を見送ることにした。

 かといって「しゅうまい弁当」は品切れ。丼物や若者が狂喜乱舞するようなボリューミーな弁当-たとえばチャーハンに鶏タルタルみたいなやつ-も買う気になれない。

 結局、この日も「お好み幕の内」にしたのだった。

 ところでセブンイレブンの、弁当を紹介しているホームページに「お好み幕の内」の玉子焼きについて自信に満ちた記述がある。

 “こだわりの卵「ななたま」を使った厚焼玉子はしっとりとした食感で。だしの風味が味わえます”

 確かにだしの味がしておいしい。おいしいが、しっとりしすぎのような気がしないでもない。

20200620RamenRoll  焼きそば?いえいえ、ラーメンです
 木曜と金曜の昼食についてはひとまずおいといて、金曜日の夕方。
 朝、ツイッターで“セイコーマート商品史上いちばんおいしいかも”と書かれていた、これを買った。

 セイコーマート商品史上いちばんかどうかはわからないが-それを論じるほどセコマの商品を食べていないので-実際、なかなかおいしかった。

 もちろん味噌ラーメンといっても、焼きそばなのだが(だから“風”)、ソース焼きそばではなく、間違いなくラーメンの味である。

 開発した人にざぶとん3枚だ。

 BrittenChoralEditionBox ロール → ロルと強引に「キャロルの祭典(A ceremony of carols)」Op.28。
 ブリテン(Benjamin Britten 1913-76 イギリス)が1942年に作曲した、高声独唱、高声合唱、ハープのための作品。

 この曲を私が初めて知ったのは浪人生のとき。そして、そのエアチェックした音源をよく聴いたものだった。
 なので、聴くとあの当時の明るくない、切ない思いが強烈によみがえってくる1曲である。とっても美しい曲なので、それがなおさら胸にしみる。

 土曜日に床屋に行って来た。
 いや、ふとん店ではなく理容室のことだ。
 すっきりした。

クラシック音楽の中でいちばん元気なカッコウは?♪ブリテン/春の交響曲

20200529Cockoo  軽やかな心になれなかった5月
 あらためて私から言われたくないかもしれないが、今日から6月である。
 1月からぼちぼちと言われ始め、2月にやばいぞとなり、3月以降は完全にやばい日々が続いた。言うまでもなく新型コロナである。あらためて振り返ると、このウイルスにこんなに長く振り回されてきたとは……。そして、ちょっとは感染者数が少なくなってきてはいるものの、安全圏に入るのがいつなのか誰にもわからない状況が続いている。

 デュファイの作品に「この5月に、いざ楽しもう、心も軽く(Ce moys de may soyons lies et joyeux)」という3声のシャンソンがあるが、今年の5月はまったくもって心が軽くって感じにはなれなかった。

 しかし、そうではあっても、気温が上がり、緑が萌え萌えになると、少しは気持ちも盛り上がる。
 金曜日は特に気温が上がり、家にいるのがもったいないくらい。
 カッコウも盛んに鳴いていた(写真は、この日近所で撮影したカッコウ)。

  カッコー、カッコー、カコカコー
 これまでもしつこく書いてきたが、クラシック音楽には《カッコウの声》が出てくる作品がたくさんある。

BrittenMerryCuckooScore ディーリアスの「春初めてのかっこうを聞いて」なんて、曲名がそのまま説明文のようだが、しっとりとした響きの中から元気とはいえないカッコウの声が現われる。

 マーラーの交響曲第1番では、ふつうのカッコウの鳴き声より拡大した4度音階で冒頭から登場するが、第3楽章の葬送音楽のリズムまで4度音階のカッコウ動機である。

 明るく元気なカッコウの鳴き声が出てくるのがブリテン(Benjamin Britten 1913-76 イギリス)の「春の交響曲(Spring symphony)」Op.44(1949。全12曲)の第2曲。その名もズバリ「陽気なカッコウ」。3本のトランペットがカッコウの鳴き声を模倣したファンファーレをリレーする(掲載譜は HAWKES POCKET SCORES)。
 金曜日に江別で耳にしたカッコウの鳴き声も、こんなふうに元気で明るかった(あくまでも喩えです)。

BrittenSSHickox カッコウの声って、ほんとにすてきだ!

 さて、私が勤める会社は、少なくとも今月半ばまではまだ出勤制限を設ける。
 5月よりは出社する頻度が高まるが、通勤時など油断しないようきをつけたい(どうやって?)。

 でも、今日は在宅日かつ本館更新日。明日は出勤日である。


総会も延期になり、引継ぎはどうなるのか?♪ブリテン/金曜日の午後

20190716JR1  今日はいしかりライナーが走る最後の日
 ようやく週の終わり、金曜日である。
 しかも『13日の金曜日』である。
 よくわからないが「やれやれ」と言いたくなる。

 今週も(先週ほどではないが)1日1日が長く感じた。いつまでこんな時空感覚が続くのだろう?もし不老不死ってのがあったら、それってかなりつらいものだろうなって思っている今日このごろである。

 ところで、実は新年度からの町内会の役員の一人に選ばれている。いや、私が、である。
 もちろん積極果敢に立候補したのではない。回り番である。

 その引継ぎも含む総会が日曜日に行われる予定だったが、新コロ感染防止のため中止となった。
 2月末のある日の夜。
 郵便受けに茶封筒がはさまっていた。いつ入れられたのかわからないくらい、ひっそりと入れられたのだ。
 その封筒のなかに総会開催中止の案内が入っていた。
 入れていったのはお話し好きの班長さんだ。
 ふだんなら絶対にインターフォンを鳴らすタイプの人だ。しかし、やはり状況が状況だけに、顔をあBrittenNaxosわせることを避け、まるで悪いことをしたあとに人目を避ける子どものようにこっそりと入れていったのだろう。

 今後どのような形で打ち合わせがもたれるのかは不明である。

 余計なお世話だが、快速「いしかりライナー」に乗れるチャンスは、今日が最後であることを念押ししておく(「スーパー北斗」や「スーパーとかち」なども)。
 華々しいかどうかはともかく、年に一度のダイヤ改正。それが新コロによる減便体制下で行われるのは気の毒としか言いようがない。

 ブリテンの「金曜日の午後」を。私が持っている写真のNAXOS盤は廃盤とのアナウンスはされていないが、現在入手困難。
 別な録音を無責任に紹介しておく。

 そうそう、快速「エアポート」はこれまでの1時間4本から5本に増便され、特別快速も運転される(4本だけだけど)。

開く者と萎む者♪ブリテン/春の交響曲

  ハオル、サク
 あのハオルチア属の多肉植物が花を開き始めた。

20200220Hawo1

20200220Hawo2

  体液が……
 その一方で、大阪から北海道への旅の途中で寒さにやられたのか、一時期は成長痛が起こりはしないかと心配するくらいスクスクと伸びていたあの柱サボテンの元気がない。

20200216HashiraCuctus

 青々しさを失い、なにより体全体がしなびている感じだ。その姿は私にキュウリの糠漬けを欲しさせる。

 移動中の寒さに耐えられるようきちんと水切りをしたつもりなのだが……(土を乾燥させ根を凍結から守ると同時に、水不足の状態は体液が濃くなるため寒さに強くなる(らしい))。

BrittenSSHickox なお、一緒に持ち帰ってきたほかのサボテン&多肉植物には、いまのところ異常は見られない。

 このまま腐るように枯死してしまうのだろうか?元気になって北国のさわやかな春を迎えてほしいものだが……

 ブリテンの「春の交響曲」。

 いやぁ、私、この曲、骨の髄から好きですわ。

 そうそう、ニセカイソウが開花したことも報告したが、もうひとつの鉢の玉(球根)もつぼみを伸ばし始めた。

20200216NIsekaisou

設定???おたく、素人さん?♪ブリテン/歓迎の頌歌

20200211Chinkairou  雁来大橋を渡ると、そこは雪国だった
 先週の火曜日(建国記念の日)の昼は札幌の新琴似に住む長男のところにちょっとだけ立ち寄り(275号線を途中で丘珠空港方面に折れ、さらに栄町を抜けたが、雪まつり(つどーむ会場)のことを失念していた。交通規制による渋滞に巻き込まれる羽目になった)、一緒に昼食をとった。
 「鎮海樓」という中華料理店で、アラカルトでエビチリや回鍋肉、チャーハンや海鮮あんかけ焼きそばなどを頼んだが、どの料理もレベルの高い味。そしてボリュームがある。もちろん値段も高くはない。
 こういう中華料理屋が家の近所にあればいいのになぁと思った次第だ。
 それにしても、確かに札幌は雪が多かった。

  1年後には定年のくせして《大盛り》
 木曜日は新札幌に用を足しに。って、おしっこをしに行ったのではなく、妻と買い物に行ったのである。

 平日の昼にヒマしてるなんて、もしかしてMUUSAN、リストラ?

 だから、違うんだってば。
 1年後に定年退職を迎える私。今回の人事異動で定年退職後の再就職を前提として、その再就職予定先に出向することになったのである。いまは、その出向待機期間。来月から出勤で、それまでは自宅で自己啓発をするように命ぜられているのだ。
 この日は、野外学習ということで新札幌に行ってみたというようなものだ。

 昼は「八雲」。
 この日のサービスメニューは『天ざるそば』930円。
 で、勢い余ってやってしまったのである、私は。自分の分を大盛りで注文したのだが、運ばれてきて愕然。あまりにも量が多い。

 そうだった……
 ここは東京の老舗そば屋とは違ってしみったれていないのだ。

 ふつうの盛りでも十分な量があるのだ。このミス、前にもしてしまったことがあるような……(メニューは違うが、ふつうの盛りでこの量)。
 なんとか完食。ふぅー。途中何度かくじけそうになった自分を鼓舞しなければならなかった。
 妻は、「無理しないで残したら?健康のためにも」と親切なる言葉をかけてくれたが、景気よく大盛りを頼んでおいて、残すなんて店の人に愚かと思われるに決まっている。そんな恥ずかしいことはできない。それに食べ物を無駄にしていると思われたくもない。

  どう見ても故障ですよね?
 金曜日は定例の病院通い。
 今回は採血の結果は血糖関係のみ聞き、翌日以降に判明する他の項目は次回通院時に聞くことに。
 血糖関係の値は正常。
 
 そのあとは《待機組》なのでなんだか敷居が高かったが、本社の人事課へ。
 なんのことはない、人間ドックの申込書を持って行ったのだ。4月にドックを受けるが、札幌で受けるのは9年ぶりってことになる。

 そのあと、ニコンのA900がなぜあんなことになったのかをねちっこく追求すべく某家電量販店へ。
 いや、クレームをつけようというのでは、もちろんない。
 どういうことが原因であんなことになったのか、そのヒントを知りたいだけなのだ。じゃなきゃ、すっきりしない。

 と、幸いにも『ニコン』という名札をつけた応援販売員がいた。

 その人に声をかけ、かばんからカメラを取り出し、電源スイッチを押し、そして切り、あのわけのわからないカメラの振る舞いに尋ねた。

 「これ、1年半前に買ったんですけど、突然こんな風になったんです。かなり深刻な故障ですか?」
 「う~ん、はあ……。設定とかではこうはなりませんね。故障なんですね」

 そんなことわかってるよ!と言いたいところをぐっとこらえ、私は続けた。

 「メーカー修理に出すとかなり金額がかかりますか?」
 「なんとも言えないですけど……」

 なんとも頼りない応援販売員だ。本当にニコンの人なんだろうか?
 全然「このたびは弊社の製品で不愉快な思い、そして多大なるご迷惑をおかけして申し訳ございません」みたいな様子が見られなかったけど……

 もうやめた!
 って、ニコン様から温かい、というか、同情というか、誠意ある対応がなかったので(って、この1人の応援販売員さんにすべての責任を背負わせるつもりはないけど)、吹っ切れた。

 というか、実はその前の週に、私はついにスマホを持つことを決めたのである。
 画素数とかセンサーとか、細かな比較はしていないし、間違いなくA900の方がカメラとしての性能は高いだろうが、このときすでにカメラはスマホのものを使うことを固い決意をしていたのだった。
 応援販売員さんの言葉は私の決意が正しいことを支持してくれたとも言える。

BrittenSSHickox さて、夜は晴藤さん、秋吉さん、そして毬栗さん私の歓迎会兼ご苦労さん会を催してくれた。
 この3人は同期入社で私の後輩にあたるが、彼らが入社したときから私とは縁があるのだ。
 しかも(ってことはないが)、
 このような仕打ち、いや、計らいをしていただき心から感謝である。

 ブリテンの「歓迎の頌歌(Welcome ode)」Op.95(1976)。
 童声合唱とオーケストラのための作品である。

 スマホの話は、明日以降にでも!

クリスマスの翌日は大みそか♪ブリテン/ジュビラーテ・デオ

20191230Entrance  30日でも『一夜』
 昨日、玄関に《お飾り》をつけた。

 なぜなら29日に飾ると“苦しみ”に通じるから避けた方がいいし、31日は『一夜飾り』になるので良くないと言われるからだ。

 じゃあ、なぜ『一夜飾り』はダメなのか?

 いくつかの説がある。

 たとえば、葬式も『一夜飾り』となり、それと同じになるから避けるべきだという説。
 あるいは、正月の神様(歳神様)をお迎えするにあたり、たった一晩しか飾らないのは失礼だという説がある。

 が、どうも私を説得するには決定打に欠ける。人間さまがテキトーにこじつけた感がひしひしと伝わって来るからだ。

 そんなときに、「なるほど!」と思わせる説に遭遇した。

  その家の事情を後任に引継ぐ
 それは、“新しい年の歳神様は31日の早朝にその家を訪れる”説である。つまり、31日の昼にちんたらとお飾りを飾っても、時すでに遅しってわけだ。
 まだ飾っていないそこのあなた!残念でした……

 でも、じゃあなんで31日の早朝に来るのか?元日の朝ではないのか?

 なんでも、今までの(今年の)歳神様は元日の午前零時に帰ってしまうという。
 新しい歳神様と交代する前に引継ぎが行なわれるが、そのために新しい歳神様は31日の早朝にやって来るんだそうだ。
 って、ここでいきなりビジネスっぽく《引継ぎ》なんて言われると「はぁ~っ?」って悪態もつきたくなるが、見た人もいないくせにそういうことになっているらしい。だが、そのとき(31日の早朝)に門松とか松飾りがないと、「この家は私を迎える気がない」と、大人げなくプイプイしちゃって帰っちゃうのだ(この1年いままで居た歳神様は後任が来ないまま寂しく帰るってことになる)。
 ということで、『一夜飾り』はダメってわけなのだ。

 が、ここで困った問題が。
 30日に飾ったわが家には、すでに先ほどあたりに後任の歳神様がやって来られて、真剣に引継ぎ中。と思いたいところだが、旧暦では30日が大晦日。だから30日に飾っても、やっぱり『一夜飾り』って話もある。

 こうなると、28日以前に飾るべきという早割みたいな話になって来る。

 はいはい。
 誰も神様とお話ししたこともないのだから、神様を讃える気持ちさえあれば一夜でも29日でもよいってことにしませんか?(賛同を求む)
 そこのあなた!今日でも遅くないですよ(って、今日もまだお店ではお飾りを売ってるわけだし)。

BrittenChoralEditionBox ブリテン(Benjamin Britten 1913-76 イギリス)の「神をたたえよ(Jubilate Deo)」(1961)。
 合唱とオルガンのための作品である。

 スパイサー/フィンジ・シンガーズの演奏で。

 1996年録音。シャンドス。

  こちらでは新年の新作入荷!
 ところで今日のタイトルを見たあなたは、私がついぞ致命的に調子が悪くなったと思ったかもしれない。
 でもそうではないのだ。

 昨日、こんなメールが届いたのだ。

20191230Spam

 まったくもって、アホなミサコである。

 では、広大な読者のみなさん、今年もありがとうございました!良い年をお迎えください!

ハゥ・ドゥー・ユー・ドゥーみたいな……♪ブリテン/キャロルの祭典

20191029Sh_Taniku09  西野の多肉小僧だった私
 今日は16日なので律儀な私は『本館』(またの名を『休館』)の記事も更新。その内容は多肉植物についてである。
 とはいっても、自分で育てている鉢植えの苗のことではなく、10月に北大植物園の温室で鑑賞し撮影した眉刷毛万年青とかの話である。

 で、こちらでもそのとき撮影した多肉ちゃんのことについて触れたいのだが、私が中学生の時におよそ中学生らしくない趣味としてサボテンや多肉植物を育てるようになり、生協西野店(いまの場所とはちょっと違う)やホクレンマーケット西野店(西友西野店のオープンで撃沈)の入り口近くにあった園芸店で熱心に鉢植えを買っては努力もむなしくいくつも枯らしていたころ、ハオルチア属の植物も私の好みであった。

20191029Sh_Taniku22 とにかくアロエ(ふつうの『木立アロエ』(アロエ・アルボレッセンス))のちょっとシルバーがかった緑色の葉に惹かれ、多肉の世界に入った私は、同じユリ科の、アロエよりは小ぶりなハオルチア属の植物も好きであった(ちなみに私が最初に買った鉢植えは、多肉でもサボテンでもなくダニアという観賞植物だった)。

 いまでもハオルチア属の『十二の巻』(葉の縞々模様による)とか『冬の星座』(葉の白い点々による。どちらもよく考えるとへんてこな名前だ)は実家にあるんじゃないかと思う。

  科も変わり、そして属の呼び名も変わってる
 で、私がここで言いたいことは、北大植物園で見たら『ハオルチア』の表記が『ハワーシア』と、まるでネイティヴみたいな言い方(書き方)に変わっていて、びっくりしたってことだ。
 しかも未来永劫ユリ科であると信じて疑わなかったのに、いまでは『ツルボラン科』に分類されている(“旧ユリ科”ってご親切にありがとうございます)。

 ちなみにウィキペディアで調べてみるとアロエはススキノキ科ツルボラン亜科アロエ属、ハオルチア(ウィキペディアはハワーシアではなくハオルチアで表記されている)もススキノキ科ツルボラン亜科で属はハオルチアとなっている。

 植物の分類の世界も進化(?)を遂げているようだ。
 まぁ、私の人生には直接関係ないけど。

BrittenCarolHadden さて、クリスマス・シリーズ第6弾(兼最終回)は、ブリテン(Benjamin Britten 1913-76 イギリス)の「キャロルの祭典(A Ceremony of Carols)」Op.28(1942)。

 童声(または女声)合唱とハープのための、とても美しい音楽。

 ここでも紹介した、ハデン/プリサテ女声合唱団、レスター(hp)の演奏を。

 2006年録音。CRD。

20191214Hawo これ、マイルームの多肉植物の1つ。
 名前知らずだが、これもハワーシアことハオルチアの一種だと思う。









軽い気持ちで参加者名簿に記したせいで……♪ブリテン/戦争レクイエム

MiuraJyuko_1  恐ろしすぎる時代
 三浦綾子の「銃口」(角川文庫)を読み終えた。

 この小説の主人公も教師である。
 三浦綾子自身が教師だったため、三浦作品には教師を職業とする人物がよく登場する。

 そしてまた、主人公である竜太もまた、これでもかというくらいつらい目に合うが、それは戦争によるものだ。
 そもそものきっかけは今日のタイトルの行為のためだ。

 戦争がからむという点では、かつて浅田次郎の「マンチュリアン・リポート」や半藤一利の「昭和史」を読んだことが、物語の背景をうかがい知るのに役立った。

 それにしても、最後はめでたく結婚に至るが、竜太の純愛度はもしかすると気持ち悪いくらいかもしれない(それは女性の方の側にも言える)。

 すぐに女性と寝ちゃう村上春樹作品の主人公とは180度違う。

  でも、こちらも戦争がらみだったりする
 なんとなく「銃口」のあと、その反動で“誰とでも寝る女の子”が登場する「羊をめぐる冒険」(講談社文庫)を読んでいる。
 これを読むのは何回目になるだろう?

 このころの村上作品は、何度も読み返したくなる不思議な魅力がある(なお「羊をめぐる冒険」に出てくる『先生』は戦後の闇社会で私腹を肥やした人間である)。

BrittenWarRequiem ブリテン(Benjamin Britten 1913-76 イギリス)の戦争レクイエム(War requiem)Op.66(1960-61)。

 レクイエムの典礼文とW.オーエンの反戦詩を用いた作品。

 作曲者自身の指揮、ロンドン交響楽団、同合唱団他の演奏を。

 1963年録音。デッカ。
 この曲の名盤中の名盤と言われている演奏である。

 にしても、いまの日本もどこかきな臭い雰囲気が漂っている。
 再びあんな時代にならないよう、国民は政治家たちをしっかり監視しなければならない。
 天皇陛下も、あれだけ《平和》を強調しているのだ。こんなに強調することはじつに意味深い。

10月最終週の私(3)~温室の中には蘭、口の中は乱♪ブリテン/Op.10

20191029Ran1  かつての上司とともに
 今日は11月3日である。つまり『文化の日』であるが仏滅である。もちろん両者にはなんの関係もない。

 で、札幌にある『北大植物園』は今日をもって夏期開園を終える。明日の月曜日は休園日で、あさっての5日からは温室のみの公開となる。

 私はこのあいだの火曜の昼に、(病院で検査結果を聞き、そのあとそばを食べたが、それでも打合せの時間までけっこう時間があったので)何年かぶりに北大植物園に行ってきた。もちろん夏期開園が間もなく終わるなんてことはまったく知らなかったが……

 そこで見たウツボカズラたちの姿はこちらに載せたが、この先、この日撮影した植物をまるで自分のもののように自慢げに紹介したいと思っている。

 さて、植物園を散策した結果、何匹かのユキムシがスーツに付着するという被害に遭ったものの大事には至らず、本社ではいくつかの部署で実り多き打合せをし、そのあとは赤れんがテラスのなかにある某料理店に行った。

 この日は私も元上司だったOBの方と食事をすることになっていたのだ。
 ほかに、やはりこの方の部下だったことがある本社のFさんも参加し、3人であーだこーだと思い出話に蘭、いや、花を咲かせた。

 そのときである。
 鶏串を食べているときに、私は口内に異常事態を感知した。
 
  かつての謀反者が再び
 そう。
 義歯のブリッジが脱落したのだ。

 こっそり口から出すと、やはりそれはブリッジだった。
 右上の奥である。

 この、口中でビッグバンのごとく固形物が自然発生し、応仁の乱のような状態になっている感覚はもう何度か経験している(ほれ、あんな謀反こんな反乱だ)。でも、何度経験しても慣れるものでは決してない。

BrittrnPercellV ブリテン(Benjamin Britten 1913-76 イギリス)の「フランク・ブリッジの主題による変奏曲(Variations on a theme by Frank Bridge)」Op.10(1937)。

 フランク・ブリッジ(Frank Bridge 1879-1941 イギリス)はブリテンの師。
 井上和男編「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)によると、ブリッジは、

 ヴィオラ奏者、指揮者。C.スタンフォードに師事。印象主義の影響をうけ、管弦楽曲、室内楽曲など多数作曲。イギリス人には広く親しまれるが、特色が少なく、折衷的作風である。

ということだ。厳しいお言葉である(なお、私はブリッジの曲を聴いたことがない)。

 ブリテンのこの曲は彼の出世作となったもので、弦楽オーケストラのための作品。

 ウィキペディアによると原曲のブリッジの作品は「弦楽四重奏のための3つの牧歌」の第2曲ということで、「序奏と主題」および10の変奏曲(第10変奏は「フーガとフィナーレ」)からなる。

 A.デイヴィス/BBC交響楽団の演奏で。

 1990年録音。テルデック(現行盤はワーナー)。

  左に負けるな!
 えっ?それって夏前に取れちまっただろって?
 違う違う、それは左上(そしてそれはブリッジではなく、歯の根が折れて口内に姿を現したもの)。

 右とか左とか何かの思想でもないのに、左になんて負けるものかと右もハッスルしてしまったらしい(歯槽は関係する)。

 “謀反”とか“反乱”のところでリンクを貼ったように、この右上奥のブリッジはこれまでも何度か勝手なふるまいをしてきた。前科があるのだ。

 出張先の釧路の歯科医院で応急処置をしてもらい、そのあと帯広の歯科医院で半永久的処置をしてもらったはずだ。
 だが、名古屋で外れた。
 そしてまた、今度は札幌で外れたのである。

 大阪に戻るのは翌々日の木曜日になる。
 戻ったら現在通っている歯科医院に披露するため、私はこの脱落者をティッシュで包み、ポケットに入れた。
 幸い、私の右奥歯が手品のごとく消えたことに、2人は気づかなかった……数日後に続く

 では、北大植物園の温室で咲いていた美しいランの花を(もちろん上の、五番館の包装紙を思い出させるカトレアも植物園で撮ったものである)。

20191029Ran1c

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カッコウに罪はない。が、タイミングがちょっと……♪ブリテン/春の交響曲

Miura_Deiryu  鼻がツーンとしたワケは
 先週の土曜日のアサイチの便に乗って大阪から新千歳へ。

 前日からの強風と雨で、大阪空港に行くまでの間に濡れネズミのようになってしまうんじゃないかと前日の晩から重い気分だったが、幸いにして、翌朝の私が外を歩かなければならない時間帯は風こそ強かったものの雨が止んでおり、傘をささずに駅まで行くことができた。
 さらに、飛行機の運航にも支障が出るかもと、前日から案内が来ていたが、飛行中になかなかスリリングに揺れる場面はあったものの、おおむね順調かつオンタイムのフライトだった。

 その機内でワサビが効きすぎた寿司をつまんだときのように鼻が痛くなるような感覚に襲われた私。
 なぜなら、三浦綾子の「泥流地帯」を読んだためであった。しかも、後半も後半、前日まで読んだ、その続き。すべてが打ち砕かれるクライマックスの場面。

 “雨雲が低く垂れ、十勝岳も雲の中だ。変に陰気に暗い日だ”から、噴火と山津波が起こり、多くの人が泥流に飲みこまれ、節子が耕作に“生きてたの?”と口を開いたあと、なぜか彼女はけたたましく笑い、“再び、汽笛が長くひびいた”という結びの一文まで読み進んだからであった。

 それにしても暗く重く悲しい話だ。
 だが、小説とはいえ、これは実際に起こった災害を題材にしているのだ。

 「塩狩峠」のようにキリスト教の話が全面的に出てこないので、聖書の教えに違和感をおぼえる人にも「泥流地帯」なら読みやすいだろう(私はキリスト教を信じてはいないが、関心はもっている。というのも、西洋音楽の発達とキリスト教は切っても切れない関係にあるからだ)。

 噴火後の、“耕作は十勝岳を見た。隈なく晴れた青空に、十勝岳は白い煙を高く噴き上げている。爆発の灰をかぶったのか、黒く変った山肌。噴煙の下の青白い一帯は、溶岩の流れた跡か。道べにはタンポポの花が咲き、どこかで郭公がのどかに啼いているのも非情だ”というくだりと、祖父と妹の遺体を焼かなければならない場面での、“郭公が遠くで啼いている。朗らかな声だった”というくだりが、私にはとても印象に残った。

 「泥流地帯」は、登場する人々の努力や夢が一瞬にして砕け散るあまりにも悲しい内容の小説ではあるが、人間の強さというものに感動させられた。

  それはそうと腹ごしらえ
 そんな重いが、同時に感動に心を支配された私は、新千歳空港に降り立ち、「やはり今日は弟子屈ではなく、ちとせにしよう」と、全然小説に関係なく、朝昼兼の食事を『ちとせラーメン』にすることを決意した。

20190615CTSramen1

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20190615CTSramen3

 レシートのこのメッセージもなかなかだ。こういう心遣いってすてきだ。

 ブリテン(Benjamin Britten 1913-76 イギリス)の「春の交響曲(Spring symphony)」Op.44(1949)。

BrittenSSHickox 4部12曲からなるこの曲のどの部分も魅力たっぷりで、私がひじょうに愛好する作品。過去にも何度も取り上げているが(例えばここここここここここ)、ここで言いたいのは第2曲が「陽気なカッコウ(The merry cuckoo)」だということ(詩:スペンサー)。

 ヒコックス/ロンドン交響楽団、同合唱団他の演奏を。

 1990年録音。シャンドス。


 昼過ぎに自宅に着き、私は「続・泥流地帯」(電子版)を購入した。

 話は変わって、masa さん、メッセージありがとうございます。
 はい、もう若くないので飲み過ぎに注意します。

御多分にもれず参加中・・・
プロフィール

MUUSAN

 クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。

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