新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の後期中年者のサラリーマン。  背景の写真は札幌の「宮川本店」の鰻重。 (記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります)

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

ピアノ協奏作品

今シーズンは雪が少なく……なくなったと痛感した日

  その映画に興味はないけれど……
 今日は週の折り返しの日に当たる水曜日だが、日曜日のことを書かせていただく。

 朝起きて、窓からベランダの手すりを見ると10センチくらい雪が積もっている。
 けっこう降るかもしれないという予報だったが、その程度で済んだようだ。

 朝ご飯を食べ、雪かきに出動。
 と、外に出ると、どこが10センチだ。なんと30センチくらい積もっていた。

 除雪は入っていなかったので、除雪車による硬い置き雪はないものの、敷地内も車道も無法地帯状態。
 しかも大雪警報も発令され、雪が降る中での雪かき&雪運び。
 2時間半ほど作業をしたあと、いったん終了させた。

 まったくもって、今シーズンは雪が少ないと感謝していたのに、一夜にして事態は一変してしまった。

20260125EbetsuSnow

 昼は妻がパート先で食べる自分用のついでに作ってくれた弁当。

20260125LunchBox

 少し降り方は弱くなったが、それでも雪が降り続き、大雪警報も解除されない中、13:30からこの日二度目の雪かき&雪運び。

 江別もひどかったけど、でもニュースを観ていると、札幌の方が今回はもっとひどかったようだ。

 そしてまた、JR もたいへんなことになっていた。

 たとえば、9:33江別発の普通列車は18:19の時点で野幌駅に停車中のまま。
 駅に停車中だから降りることができるのでこの列車はまだマシだが、駅間で停まられたらたまったもんじゃない。

20260125JRchien


 ほんと、みなさんお疲れさまでした。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 この日、弁当を食べながらテレビを観ていたら、映画「メラニア」の予告 CM が流れた。背景に流れている曲が何だったか思い出せなくて、グーグルの音声認識で「フンフンフンフンフンフフフフフフフン」と歌って検索したが「そんな曲知らんわい」というつれない答え。
 で、午後からの雪かきでスノーダンプ(パワーカッタージャイアントキャリー)を重い足どりで押していたときに、突如思い出した。
 ドヴォルザーク(Antonin Dvorak 1841-1904 チェコ)のピアノ協奏曲ト短調Op.33,B.63(1876/改訂'83)の第1楽章の第1主題だった。

DvorakPfcon


よく利用するという牛タン専門店でその人は尻尾は残していた

  早朝の暗いうちから肉体労働
 先週の木曜日(8日)の朝は久しぶりに市の除雪が入った。
 前日の夜から降っていたものの、夜中は降らなかったようで新たな積雪はわずか。しかし路面悪化を解消するために作業を行なったようだ。

 除雪車の音を遠くに聞きながら ――このとき私はひどく奇妙でどう対処した良いのかわからない内容の夢をみていた―― まだ4時前かとなんとかもうひと眠りしようと努力したが、結局は4時半にベッドから出て、雪かきをしに外に出た。

 とはいっても、市の除雪が入ったあとに雪山を除去してもらう契約をしている民間除雪会社の除雪車もすでに入り終わっていて、雪かきといってもほんの少しの作業で済んだ。

 そのときは晴れていたのに、5時半ころからけっこうな雪の降り方になり、6時半ころに駅に向かっていると、すでに5センチ以上はあらたに積もっていた。

 この日も130M 列車に乗り(エアポート編成で u シート車両に乗車)出勤。

20260108JR130M

  舌は好きだけど尾は嫌いなの?
 列車は雪に負けず定時に札幌駅に着いたが、私は弁菜亭にもファミマにも寄らずに出社。というのも、この日の昼は珍しく外食することになっていたからだ。

 私が2月いっぱいで今の会社を卒業することはご存知のことと思うが、私の後任の人が決まり ――私と同じく A 社の人だ。ここではMRY氏としておこう―― その人から会社の様子や仕事の内容などについて昼ごはんでも食べながらお話を聞かせていただけませんかという打診があったのだ。

 指定された店は「よし兵衛」。
 若園さんと上原さんに連れていってもらいごちそうになって以来の、二度目の訪問(当時とは店の場所は違う)。

20260108Yoshibee

 牛舌定食を食べたが(写真を撮り忘れたので食べログから拝借)、食べやすく包丁が入れられた牛タンは部分入れ歯の私でもまったく問題なくやわらかい。塩味も絶妙。スープもおいしい。

 どうやら MRY 氏は昼なのか夜なのかわからないが、このお店が気に入っていてしばしば利用しているらしい。でも不思議だったのは、テールスープの肉(テール)をそっくり残していた点だ(ネギとスープは全部食べていた)。

TabelogYoshibee

 この日は午後になっても雪は降りしきり、敬老精神が強い支社長が、天気が悪いので早めに帰った方が良い、と私に言ってくれた。

 JR 北海道のホームページを見ると函館線に遅れは生じていなかったが、駅に行ってみると遅れが出始めていた。

20260108JR187M

 結局、私が乗った札幌定刻14:47発の江別行き普通列車(187M)は38分遅れで発車した。

 江別駅から雪に残された足跡をたどるように歩道を歩き、家に着くと着替えもせず雪かき。

 ただ、翌朝に除雪車が入るのは確実なので、そして翌日は在宅勤務でしっかりと雪かきをする時間があるので、家の前を軽くかく程度にしたのだった。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 吉松隆(Yoshimatsu,Takashi 1953-  東京)の「暗い朝のパヴァーヌ(Pavane in the Dark Morning)」。

 「プレイアデス舞曲集第5集(Pleiades Dances V)」Op.51(1992)の第2曲。

YoshimatsuPleiades1





 

カツ丼→豚丼→やきとり丼→牛丼と心が揺れ動いた私

  ホテルかな?デパートかな?それとも車掌さんかな?
 先週の水曜日は会社に行く日、専門用語でいうと『出社日』だった。

 会社に行く途中のサツエキ近くの横断歩道前で、歩道にこんなメモが落ちていて目がとまってしまった。

20251008Memo

 どんな制服なのかなぁ。
 夢が膨らむ(←どんな夢じゃ?)。

 会社に行き、マルちゃん正麺を作る役所広司のようにチャチャっと仕事を済ませ、早々と帰路についた。
 ここに書いたように、現在オフィスはリノベーション工事中で、タラタラしている居場所がないのだ。

 10時過ぎに出社したというのに、約1時間後には江別に向かう電車に乗った。
 まったくもって電車賃がもったいない。
 ずっと在宅していた方が合理的だ。
 だが、週に一度は会社に行ってチェックしなければならないことがあるのだ。

  そっか!吉野家っていう手があったか!
 さて、ではこの日の昼食には何を買って帰ろうか……

 セイコーマートでカツ丼を買おうか?
 いや、今日の気分は豚丼だな。
 そういえば、セコマのホットシェフで新商品の「月見やきとり丼」っていうのも販売開始になったはずだな。

 そんなことを考えていると、ふと降りてきた。すてきな案が、私に。

 「吉野家」に寄って、牛丼、それも大盛りをテイクアウトしよう。

 ということで、思い立ったが吉日。案は実行に移された。

20251008Yoshinoya1

20251008Yoshinoya2

 とっても満足した。
 このパターン、クセになりそう。

 翌日の木曜日も、その翌日の金曜日も在宅日。

 木曜日は朝のうちに理容室に行き、ベートーヴェンのようになっていた頭髪をシベリウス、いや、滝廉太郎のような髪型に整えてもらった。
 昼食は「ラ王」の味噌味。

 金曜日はさすがに2日連続してインスタントラーメンは食べたくなかったので、「菊水」の「みのりそば」を2把(140g)茹でて、冷やしたぬきそばにして食べた。

 寒いのに冷たい蕎麦にしたのは、温かいつゆを作るのが面倒だったからに過ぎない。

20251010Minorisoba

 ラップに包んでキッチンに置いてある、朝炊いたご飯を見て「少し前だったら食中毒警報が発令されてこんなふうに置きっぱなしにできなかったのに」と、あまりにも急速にやって来た寒さに、やっぱめんどくさがらずに温かい蕎麦にすべきだったろうかと、ちょっぴり悔やんだ。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827 ドイツ)のピアノ協奏曲第3番ハ短調Op.37(1800-03)。

BeethovenPf3


なんで、私がコロナに!? (3) 展開部「進行中予想外の転調が」

  なんと夜中に39度超え
 熱も37度近くまで下がり、ふつうにハイボールが飲めるようになった23日の夜。
 早めにふとんに入った私だったが、なかなか寝付けない。
 そりゃ昼も何度かうとうとと寝たので、そう眠くはならないだろう。

 が、不思議なことに気がつけば時は30分、1時間と過ぎている。
 眠れていないと思っているが、実は少しは眠っていたのだろう。
 現実と夢のはざまを行ったり来たりの不思議な状態だ。

 夜中になって一度検温してみる。
 と、なんと39.1度にまで上がっていた。
 ハイボールを飲んだので解熱鎮痛剤を飲むのをやめたが、それにしても高い。
 落ち着いてきたはずが、これでは想定外の進行に転じてしまった。

 気になって30分おきくらいの間隔で測る。
 38度台まで下がったが、それでも十分に高い。

 3:30に朝刊がポストに投げ込まれた音を耳にしながら測ったときの体温は38.0度。

 すんなりと快方に向かわないと考えざるを得なくなり、さすがに今日は病院に行こうとと決心する。

  熱の峠、急に越える
 ところが6:00に測ったときには37.0度にまで下がっていた。

 いつもどおりの時間に江別駅に向かう。
 微熱はあるが、あいかわらずほかに症状はない。ただ、のどの痛みがこの朝方から強くなったような感じがした。

 だからいつもと変わらぬ様子で駅まで歩いた。
 が、いつもよりは汗をかいた。
 
 130M 列車は721系エアポート編成。
 不思議なことだが、熱が上がってからというものいつも以上にオシッコが近く、しかも毎回それなりに出る。感染症になると体が悪いものを排出しようとして、尿の量が多くなることは珍しくないそうだ。
 なので、いつでも行けるように、席には座らずデッキのトイレ前に立って札幌まで向かった(この日の編成では u シート車両の札幌寄りにトイレがある)。

 会社でルーチンの仕事を済ませ、朝の集中を避けるため、開院時間よりちょっとあとの時間に病院へ。

 6時の段階で自然と平熱近くまで下がったので通院する必要はないかもと、またまた現実逃避もしくは合理主義的考えが浮かんだが、もしインフルだとしたら週末に遊びに来るかもしれないお孫ちゃんたちに致命的な迷惑をかけてしまうと考え、きちんと受診することにした。

 この病院に病気でかかるのは初めてだが、人間ドックの胃内視鏡検査では何度か利用している。
 医師も看護師もみな穏やかで親切だ。

 「けさはもう熱は下がったのですが、月曜火曜の2日間、38度前後の熱が出て、いまはのどが少し痛いので診ていただきたいのですが。自分で調べたところコロナは陰性でした」と、受付に申し出る。

 検温したが、なんと36.8度の平熱。
 もう、ボク、治ったんじゃない?

  2日前は陰性だったのに一転陽性反応が
 インフル&コロナがセットになった検査を行なう。
 
20250924CovResult

 10分ほどあと。
 医師が「インフルは大丈夫でしたが、コロナの陽性反応が出ました」
 「えっ?コロナは陰性だったはずなのに」

 そう。
 自宅で調べたときは陰性だった。
 検査するタイミングが早かったのか(でも、すでに十分発熱していたのだが)、あるいは1年前に使用期限が過ぎていたせいなのか……

 私の中で、もしかするとインフルエンザの可能性はあるかもと思っていたが、意表をついてコロナとは!

 「痛みを抑える薬を出します。深刻な状態になることは考えられませんので心配しないでください」
 医師はそう言ってくれた。

20250924Medicine

 なお、会計時には、ここでインフルエンザの予防接種の予約をした。

 会社に戻り「コロナでした」と告げ、早退。
 みなはほとんど驚いていなかった。
 考えてみれば、確か私以外の人はもうすでにコロナ感染経験済みなのだ。

 これが5年前だったら、総務担当の人がビル管理会社に「わが社でコロナ患者発生」と連絡し、ビル管理会社は共用部を消毒し、エレベーターホールには『昨日当ビル低層階のテナントからコロナ患者が発生しました。すでに共用部の消毒は終わっております』と貼り紙が掲示されていたことだろう。
 よかった。世の中が過剰反応する状況から変わってくれていて。

 妻にも LINE で「コロナだった」と連絡。

 私は10:26札幌発岩見沢行き普通列車153M に乗って江別に向かったが、デッキ近くでひっそりと立ったまま乗っていた。

 昼から薬を飲むために昼食を食べたのだが、はて?、この日何を食べたのか思い出せない *)。
 
 妻は、念のためこの日は仕事を早退(二次感染で職場の人たちにうつしては困るので)。私の帰宅後、1時間ほどで帰ってきた。

 コロナ確定を踏まえ、寝室を分けていることに加え、当面の間、私の食事は和室で。トイレは妻が2F、私が1Fと完全分離。私は調理に一切携わらない。洗い物もすべて妻に任せる。もちろん、基本的には私は和室で過ごす。このように徹底した家庭内隔離作戦を行なうこととした。

 また妻は、長男に「お父さんがコロナなので、週末は来ないように」と注意喚起の LINE を送った。

 2020年の年明け早々から湧き起った新型コロナの流行。

 自分なりに衛生管理を徹底し、ワクチンも7回受け、ここまで感染せずに過ごしてきた。

 ところがここにきて、ついに感染してしまった。
 もちろん、いまでも通勤時などはマスクを着用している。
 今回もどこで感染したのだろうと思い起こしても、まったく心当たりがない。

 が、とにかく感染してしまった。

 そしてまた、症状としてはかなり軽い方だったのではないか?
 だって、熱とのどの痛みぐらいだから(後半はちょっと鼻づまり)。
 「剃刀の刃を飲み込んだよう」なんて痛みでは全然なかった。

 コロナと病名がはっきりしたことで、24日の午後以降は「コロナ感染者」らしき生活を送ることとなったわけだが、コロナ流行初期の感染者の人たちはこれよりも比べものにならないほど不安で孤独だったのは間違いない。

 *) 冷蔵庫に入っていた前々日の夜に食べられなかった焼き魚を食べたことを思い出した。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)のピアノ協奏曲第26番ニ長調K.537戴冠式(Coronation)」(1788)。

 コロナというのは王冠のことだが、コロナウイルスは突起がついたその姿が王冠(もしくは太陽の光冠)に似ているので、その名がついた。

MozartPfCon25Sof


なんで、私がコロナに!? (2) 呈示部「体温推移、謎の上下行」

  ワクチン接種、延期に
 11:30の検温に続き測ったのは12:20。

 帯状疱疹ワクチンを接種しに予約時間までに行くには、12:45には家を出なくてはならない。

 その検温結果は……38.0度。

 こうなると「ども、ども!」と自己判断で病院に行くなんてことはもうできない。

 昼休み時間だとは思ったが、江別市立病院に電話してみる。
 逆に昼休み時間のためか、電話は受付から内科外来に一回でつながった。

 今日接種予定の〇〇といいますが、朝から熱が上がったり下がったりしています。熱のほかに特に症状がないのですが、予定通りこのまま伺っても良いでしょうか?……そう尋ねる。

 電話を受けた看護師は「周りにコロナに人とかインフルエンザにかかっている人はいませんか?」と言うので、「いません」と答える。

 「では、聞いてまいりますので、その間、もう一度熱を測ってもらっていいですか?」と言い、電話は保留に。

 その間に熱を測るが、わがオムロン機は10秒ほどでピピピピピ、ピピピピピと測定完了を知らせてくれる。
 このとき37.9度。

 保留音が止まり看護師が「熱が高いとむずかしいかと思いますが、いまは何度ありましたか?」と尋ねる。
 「37.9度ありました」
 「もう一度聞いてきますね」と保留音。
 そして「やはり37.9度とまで高いと接種できないということです」

 そこで、今日の予約をキャンセルし、次の予約を入れることに。
 ただ、混みあっていて、12月でなきゃ予約は入らないという。
 「もし、お急ぎであれば当院ではなく他の病院で接種を受けていただいても構いませんが……」

 なんて美しい自己犠牲的な提案だろう。
 赤字経営で苦しんでいる市立病院なのに、他に行って打っても構いませんと提案してくれているのだ。
 患者のためを思い、自らの売り上げを手放すことも辞さない顧客第一主義だ。

 「いえ、市立病院で受けます」

 ということで、12月の上旬に予約を入れることができた(ちなみに、私のかかりつけの病院は、帯状疱疹ワクチンの接種医療機関に参加していない)。

 2回目のワクチン接種は1回目 ――私の場合は6月末―― の6カ月以内にしなければ効果がなくなる。
 12月となるともうぎりぎりだ。
 その日は絶対に健康そのものの態勢でいなければならない。

 それにしても、最初から最後まで実に親切丁寧な電話応対の看護師さんだった。

  熱も38度を超過
 そのあとは腑抜けたような感じで、自宅でボーっとしていた私。

 が、「もし病院に行っていたら?」というふうに考えて、受付が始まる13:30に検温してみた。
 実際に病院に行っていたら、まさにこの時間に体温計を渡されるはずだ。

 38.3度だった。
 本日の記録更新だった。

20250922Temp1400

 そのまま素知らぬ顔して病院に行っていたら、この体温を見て「何しに来やがった、このヒジョーシキ野郎!」と思われるところだった。

 それにしても、そんな高熱にもかかわらず相変わらず寒気も感じなきゃ、だるくもない。
 折しも、雨がパラパラと降ってきたので、妻がベランダに干していったシーツを取り込んだ。
 まさかいま洗濯物を取り込んでいる人が、38度以上もあるホットな人とは、向いの家の屋根にふてぶてしくとまっているカラスだって想像もしていなかったろう。

  コロナの検査結果は陰性
 夕方に妻が仕事から帰って来たとき、私の体温は37.6度。
 また下がって来ていた(この間、解熱剤を飲んだ)。

 妻は、コロナの検査キットがあるから調べてみればと、渡してくれた。
 使用期限は1年前に切れていた。
 でも、それしかないので使った。

202509Covid19Kit

 結果は陰性だった。

 特に根拠はないが、検査をする前から私はこの熱がコロナ感染によるものとは思えなかった。というのも、コロナならもっと別な、もっと激烈な症状が出てくるに違いないから。

 コロナでないとしたら、インフルエンザか?

 いまから25年くらい前にインフルエンザにかかったことがあるが、寒気に体のだるさや節々の痛さ、止まらない涙など、その症状はひどくたいへんなものだった。
 今日の私は、全然そんなんではない。

 となると、やはりタチの悪い風邪か?(タチの良い風邪に出くわしたことはないが)

 コロナではないわけで、妻とはいつもどおり対面で夕食を食べた。
 ハイボールもふつうに飲み始めた。

 が、その直後から食欲が全然なく、ハイボールもひどくまずく感じ、早くに寝ることにした。
 この私がハイボールを受け付けないなんて、やはり結構な風邪であることは間違いない。

 寝ている間は、トイレなどでしょっちゅう起き上がるかもしれないので、この日から症状が落ち着くまで、私が寝る場所はいつもの妻と一緒の寝室ではなく、1階の和室。

 再び熱が38度近くまで上がってきたので、ハイボールを2杯しか飲んでいないから大丈夫だろうと、市販の解熱剤を飲んで寝た。

 夜中に測ったところ、37.5度くらい(正確に覚えていない)。

 23日・秋分の日の朝の起床も5:00。
 検温したが記録していない。確か、37度ちょっとだったと思う。

 この日も寝るとき以外は特に家庭内での行動制限を設けず、夕食なども妻と別々の場所に分けるということもしなかった(日中は妻はパートで不在)。

 日中はふとんの中でゴロゴロしていたが、横になっている時間が長くなったせいで、ぎっくり腰の痛みがまた強くなってしまった。たまに咳をすると腰にも響いて二重苦だ。

 夕方16:30の体温は37.0度で、私はもう熱は落ち着いたと判断した。
 このあたりからのどの痛みが少し強くなってきた。

 前日と違い、食欲もあって夕食もそこそこ食べたし、ハイボールも飲んだ。
 ハイボールはおいしかった。前の日はあんなにまずく感じたのに。

 酒を飲んだので、解熱鎮痛剤は飲まずに寝た。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 C.P.E.バッハ(Carl Philipp Emanuel Bach 1714-88 ドイツ)の「チェンバロとピアノのための二重協奏曲変ホ長調(Concerto doppio a cembalo, fortepiano)」Wq.47, H.479(1788)。

 編成は、cemb, pf, 2hrn, 2fl, str。

BachCPEDoublecon


むかしの札響公演パンフを画像データ化してご紹介♪第368回定期演奏会

 ※ このシリーズを始めたきっかけについてはこちらをお読みください。

  PALS21誕生!
 第366回の次に私が聴きに行った札響定期は第368回。
 「シェエラザード」も楽しみだったが、なんといってもスクリャービンのコンチェルトを生で聴ける機会はそうそうない。
 そして、期待通りすてきな演奏を伊藤&秋山は聴かせてくれた(感想はこちらを)。

 広告では、「Norte」の『杏』の書体はかたくなに明朝のままだ。

 玉光堂の広告では「PALS21」が登場し、ススキノ店の名が消えた。
 それにしても PALS21にはずいぶんと行ったなあ。お金を払ったなあ。
 その PALS21は2004年8月末で閉店した。
 閉店の理由は確かテナント契約の関係だったと思う。

 ANA の広告も変わったし、ホクレンの広告も変なうんちく&こじつけものから肩の力が抜けたものになった。

19950421SSO368th_a

19950421SSO368th_b

19950421SSO368th_01

19950421SSO368th_02

19950421SSO368th_03

19950421SSO368th_04

19950421SSO368th_05

19950421SSO368th_06

19950421SSO368th_07

19950421SSO368th_08

19950421SSO368th_09

19950421SSO368th_10

19950421SSO368th_11

19950421SSO368th_12

19950421SSO368th_13

19950421SSO368th_14

19950421SSO368th_15

19950421SSO368th_16

19950421SSO368th_17

19950421SSO368th_18

19950421SSO368th_19

19950421SSO368th_20

19950421SSO368th_21

19950421SSO368th_22

19950421SSO368th_23

19950421SSO368th_24

19950421SSO368th_25

19950421SSO368th_26

19950421SSO368th_27

19950421SSO368th_28

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 スクリャービン(Alexander Scriabin 1872-1915 ロシア)のピアノ協奏曲嬰ヘ短調Op.20(1896)。

ScriabinPf


むかしの札響公演パンフを画像データ化してご紹介♪第366回定期演奏会

 ※ このシリーズを始めたきっかけについてはこちらをお読みください。

  『やしさい』って私のからだをどうするつもり?
 あいかわらず『杏』だけ明朝だ。

 8ページの「ギャラリー Norte」の広告のことだ。

 こうなると、担当者のワケのわからないこだわりで、デザイン的にこれがいいとワザとこの字だけを明朝にしたのかもしれないと、洗脳されそうになってくる。

 いやいや、だめだ。そんなはずはない。
 担当者はまったくこのことに気づいていないか、気づいたものの『版』を作り直すのに金がかかるので見て見なかった振りをしているに違いない。

 どーでもいいが、左端の女性に、どこがと言われるとどこかわからないが、なんと言うか『マダ~ムっ』って雰囲気を感じてしまう。

 果汁ねぇ……

 でも『杏』どころではないのが、5ページの「クラビーサッポロ」の意味不明なレストランの存在。

 「からだにやしさいレストラン」。
 
 何言ってんだか、さっぱりファンタジア。
 どうせ間違えるなら『やらしい』だったら笑えたのに……

 って、30年前の広告に今になってケチをつけてどうなるって……

 さて、コンサートの感想はここに書いたが、この日初めて知った作曲家ルトスワフスキの(当然初めて聴く)「管弦楽のための協奏曲」が楽しめたし、気に入った。

 そのあと、この曲を繰り返し聴いたものだが(「たくぎん 札響アワー」をエアチェックしたやつ)、いまこの曲を聴いても、不思議なほど楽しめない。

19950202SSO366th_01

19950202SSO366th_02

19950202SSO366th_03

19950202SSO366th_04

19950202SSO366th_05

19950202SSO366th_06

19950202SSO366th_07

19950202SSO366th_08

19950202SSO366th_09

19950202SSO366th_10

19950202SSO366th_11

19950202SSO366th_12

19950202SSO366th_13

19950202SSO366th_14

19950202SSO366th_15

19950202SSO366th_16

19950202SSO366th_17

19950202SSO366th_18

19950202SSO366th_19

19950202SSO366th_20

19950202SSO366th_21

19950202SSO366th_22

19950202SSO366th_23

19950202SSO366th_24

19950202SSO366th_25

19950202SSO366th_26

19950202SSO366th_27

19950202SSO366th_28


♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 ラフマニノフ(Sergei Vasil'evich Rachmaninov(Rakhmaninov) 1873-1943 ロシア)のピアノ協奏曲第1番嬰ヘ短調Op.1(1890-91/改訂1917)




CMに影響された感受性の強い私,または黒胡椒のお供は唐辛子

  外勤先に行く前に最後の1個をゲット
 今週の月曜日は、この日もエアポート編成だった130M 列車の、それもまたまた u シート車両に乗って通勤(前の席のお姉ちゃんは控えめながらも朝からリクライニング使用)。

20250825JR130M

 すでにお知らせしているように、この列車がサツエキに着く時間にはまだ西コンコースの札幌駅立売商会(弁菜亭)のワゴンは出現前。

 ということで、わき目もふらず会社へ向かった。
 ファミマにも寄らなかった。
 午前中に出かける用事があったので、そのときに「わくわく広場」か東急百貨店で弁当を買おうと目論んでいたのだ。

 そのおでかけのときに「ちなみに今日の『日替り弁当 A』は何かな?」と、一応は確認のために弁菜亭ワゴンまでわざわざ出向き、ワゴンを覗いてみた。

 「日替り弁当 A」は「豚の黒胡椒ソース」だった。
 「日替り弁当 A」のメニューの中でも、私の大好き弁当に属するものだ。
 しかももう残り1個だった。
 9:55だというのにすごい人気だ。
 ということで、私は買ってしまった。この最後の1個の「豚の黒胡椒ソース」を。

 そして、レジ袋に入った弁当をぶら下げて外出先へ向かうことになった。

 いやいや、心配はご無用。
 この日の外勤は誰かを訪ねる用件ではなかったのだ。
 いくら私だって、人間さまと会う用事のときに、自分の弁当をぶら下げて行くような非常識なことはしない。
 そういうときは、ちゃんと相手の分の弁当も買って行くだろう(←真に受けないように)。

 用事を終えて、なんとなくこの弁当だけでは足りないように思い(←まったくもって悪い癖だ)、かといっておにぎりくらいの値段がする(150円以上)ミニカップ麺を買うのもばかばかしく、でも120円くらいのコンビニ PB のフルサイズのカップ麺は食べきれないから、結局おにぎりを買うことにしようという結論に至った。

  信号待ちをしている良きに頭の中に梅沢富美男が
 ここでふと頭に浮かんだのは梅沢富美男の笑顔だった。
 ローソンの「ニッポン全国!マチのハッピー大作戦」の CM の映像だった(写真はローソンの HP から)。

20250826LAWSON_HP

 LAWSON に寄ってみると「らーめん信玄監修 辛味噌チャーハンおにぎり」という、このキャンペーンのための商品があったので買った。
 なんと翌日に知ったのだが、このキャンペーンはこの日が最終日だった。偶然にも滑り込みセーフだった私。

20250825Lunch1

20250825Lunch2

20250825Lunch3

20250825Lunch4

 このおにぎり、確かにちょっぴり辛い。
 でも、なんていうか、特別印象に残るような味ではなかった。
 
 それにしても、このときの私の「腹八分宣言」はなんだったのだろう。

 ほんと、みなさんに顔向けできないっす。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 上の "またまた" のリンク先の記事に続き、またまた U のイニシャルの作曲家の作品を。

 ウストヴォルスカヤ(Galina Ivanovna Ustvol'skaya 1919-2006 ロシア)の「ピアノ,弦楽,ティンパニのための協奏曲(Concerto for piano, strings and timpani)」(1946)。

 ウストヴォルスカヤは "レニングラード音楽院でショスタコーヴィチに師事したが、その新古典主義の影響からは比較的早く脱却して、彼女独自の厳格で凝集した様式を確立した。作品は当時モダニズムと呼ばれていたどの傾向にも属さなかったが、当時の文化政策からは冷遇された。評価されはじめたのは1970年代からである"(井上和男編「クラシック音楽作品名辞典 第3版」(2009年:三省堂)。

 この協奏曲は17分半ほどの単一楽章の作品で、聴いていて圧迫面接を受けているような気分になるものである。

MOZAIC


キクラゲ炒め物はオイスターソース無しで、と彼女は言った

  チキンカツを食べたあの日に『切れた』

20250810Ageha

 気持ちは悪いが美しくもあるキアゲハの幼虫を自宅の庭で発見し、でも「私のイタリアンパセリを勝手に貪り食うとは許さない!」という気持ちにならずに「美しい蝶々になるんだよ」と温かい気持ちで見逃した日の夕食で調理当番の私が作ったのは、別にキアゲハの幼虫とは何の関係もなく、キクラゲと卵の炒め物とチキンソテーだった。

 炒め物は、水で戻したキクラゲと長ねぎを炒めたあと溶き卵を加え、卵が固まりかけたら鶏がらスープの素を適当な量を入れた、シンプルなもの。

20250809Dine1

 シンプルだからゆえに、食べ飽きが来ない。
 味つけにオイスターソースも加えようか迷ったが、入れなくてよかった。出来上がったと妻に「オイスターソースを入れたらおいしいかも」と言うと、「入れない方が私は好きだと思う」と躊躇なく言ったから。

 チキンソテーは、表面にかたくり粉をまぶしたもも肉をじっくりと焼き、粒マスタードと酒、しょうゆ、レモン汁、はちみつを混ぜてひと煮立ちさせたソース(ハニーマスタードソース)をかけたもの。

20250809Dine2

 これまたおいしく出来上がった。
 私、『できる男』かも(ネットのレシピ通りだけど)。

 この日、缶詰類やレトルトを保管している棚を見て見ると、4年前に賞味期限が到来していたランチョンミートの缶詰を発見。
 翌日の朝のおかずとして利用することを決意して、眠りについたのだった。

20250810LancheonMeat1

20250810LancheonMeat2

 2021年の11月17日に私は何をしていたのだろう?

 そっか、昼にセブンイレブンの「トラウトサーモンとチキンカツの幕の内弁当」を食べたのかぁ……

 さて、私は今日から夏休みである。
 そして、昨日の晩から長男一家、すなわちお孫ちゃんたちが、遊びに来ている。
 忙しくも楽しい日々が始まる。
 
♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 いまから39年前の1986年11月17日。
 この日、札響の第275回定期演奏会が行なわれたが、そのときに初めて耳にし魅了された曲を。

 リスト(Liszt,Franz 1811-86 ハンガリー)のピアノ協奏曲第2番イ長調S.125(1839/改訂'49, '53, '57, '61)。

Liszt Masur


(海老+蝦)÷2=蛯(?)。魚一心の天重の海老は太かった

  伊勢志摩での『事件』の記憶がよみがえる
 ほぅら、雨が少ないとか暑いとか冷っとしたとか言っているうちに、すでに7月の第3金曜日になってしまった(ちなみに本日大安)。
 気がついたら7月も後半に入っていた。

 そんな月の前半と後半の境目の今週の昼は、札幌東急百貨店地下の「魚一心惣菜亭」の「海老天重」で幕を開けた。

 「魚一心」は東急百貨店10階にある日本料理店。
 『鮨処 焼処』と銘打っている。『揚処』とは書いていないが、日本料理店なので天ぷらもおいしいはず。
 ということで、初めてここの『天重』を買ってみた。
 
20250714SakanaIsshinTendon1

 ところで蛯もエビだし、蝦もエビ。そして海老もエビだ。
 どう違うのだろう?
 
 ネットで調べたところ、蝦という漢字は小型~中型のエビに使い、海老は大型のエビに使うようだ。『老』が使われているのは、エビの背中が老人のように曲がっているかららしい(老人に失礼ではないか!)。
 蛯という字は蝦と海老が交尾して生まれたものらしい(っていうか、日本生まれの漢字だが語源は不明だという)。

 漢字はともかく、この天重、しょっぱめのタレが美味。海老そのものも太い。ごはんもふっくら。
 702円という価格もうれしい。

 いつも並んでいるとは限らないのかもしれないが、サツエキ周辺で本格的な天丼(天重)が買えることがわかったことは大きな収穫だった。

 この日のお供はファミマの「伊勢志摩あおさ」みそ汁。
 そういえば、私をコーヒー詐欺に引っかけようとした井瀬詩麻子はまだあそこで働いているのだろうか?

20250714SakanaIsshinTendon2

20250714SakanaIsshinTendon3

 ちなみにこの日の札幌駅立売商会(弁菜亭)の「日替り弁当 A」はチキンカツだった。

 そうそう、背中といえば、この日の朝の通勤電車で、大麻駅から乗ってきた男性のワイシャツの背中にアカトンボがとまっていた。

 飛んだらいやだな。そしたら絶対に私の方に来るに違いない。なぜか私はそういう運命にある。

 そう思いながら、トンボに気づかれないよう寝たふりをしていたが、その男性が白石駅で降りるときまでずっと背中にとまったままで、男性とともに下車していった。
 やれやれ、ほっとした。

  タレの味の違い以外は……
 火曜日。

 この日の弁菜亭の「日替り弁当 A」は「オム風ライス」。
 やっぱり手を出すのに躊躇。

 で、ファミリーマートへ。

 初めて見る「にんにくと醤油が決め手の山賊焼ガーリックライス」(チルド弁当)を購入。

20250715GarlicRice1

20250715GarlicRice2

 11:57分からレンジアップ開始。
 正午にはオフィス内にニンニクの芳香が漂った。

 連日の蒸し暑さに打ち勝つためにガーリックライスで元気をつけた私(特にこの日は朝から蒸し暑かった。道央圏には直接影響はなかったが、北海道に上陸した台風のせいかもしれない)。

 ただチキンの揚げ物そのものは、今回の『山賊焼き』とあの『鶏唐揚げ』この『フライドチキン』との違いが、私の舌ではあまり明確にならなかった。

20250715GarlicRice3

 なお、私は添付のマヨネーズは使わなかった(レンジアップするときに外し忘れるという粗相は、優れた学習効果により回避した)。
 使わなくても、じゅうぶんに『味がした』。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 リスト(Liszt,Franz 1811-86 ハンガリー)のピアノ協奏曲第1番変ホ長調S.124(1849/改訂'53,'56)。

 私がこの曲を初めて聴いたのは、海老彰子(1953- )の独奏、クレー/N響による演奏だった。

 1976年2月14日に NHK-FM で放送された「若い芽のコンサート」という特別番組をエアチェックしたのである。
 海老は1975年の第16回ロン=ティボー国際コンクールで第2位を受賞。
 そのお披露目の一つとして、このコンサートに出ていたのだろう。

 このコンサートにはヴァイオリニストの米谷彩子も出演。サラサーテの「チィゴイネルワイゼン」を演奏した(それもエアチェックし、何度も聴いたものだ)。

LisztPfCon


御多分にもれず参加中・・・
プロフィール

MUUSAN

 クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。

これまでの御来訪者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

このブログの浮き沈み状況
本日もようこそ!
ご来訪いただき、まことにありがとうございます。

PVアクセスランキング にほんブログ村
サイト内検索
月別アーカイブ
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
タグ絞り込み検索
私へのメッセージ(非公開)

アドレスの入力は任意です

名前
メール
本文
読者登録してみませんか?
LINE読者登録QRコード
QRコード
QRコード
ささやかなお願い
 当ブログの記事へのリンクはフリーです。 なお、当ブログの記事の一部を別のブログで引用する場合には出典元を記していただくようお願いいたします。 また、MUUSAN の許可なく記事内のコンテンツ(写真・本文)を転載・複製することはかたくお断り申し上げます。

 © 2014 「新・読後充実度 84ppm のお話」
  • ライブドアブログ