昼すぎに2階の窓から、わが家のカーポートの屋根に見るからにふてぶてしい太ったカラスが飛んできてとまり、くわえてきた何かを屋根に置いてくちばしでつついて食べているのが見えた。
H.ヴァイス(Harald Weiss 1949- ドイツ)の映画音楽「REISE IN DIE NACHT」(1999)。
冒頭の Prolog での物寂しいメロディーをかき消すのは、実際のカラスの鳴き声。
どこの国でもカァーカァーと厄介な奴だ、カラスは。
クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の前期高齢者の元・サラリーマン。 背景の写真は江別市「天味(てんまい)」の醤油ラーメン。 (記事内にアフィリエイト広告が含まれている場合があります) コメント欄は撤去しました。
【編成】 声、シンセサイザー他(ヴァイス1人による多重録音)
濃厚と煮干し、どっちから味わおうかなぁ
というわけで、結局理容室からの帰り道はセコマには寄らず、スーパーに寄った。
そこで、ラーメンのスープを3種買った。
もちろん名古屋に持ち帰って食べるためである。
いうまでもなくスープを食べるのではなく、名古屋で買った西山製麺製の麺をゆで、このスープを指定通り希釈してラーメンの姿に仕上げて食べるのである。
敏感な方でもなかなか気づかないだろうが、今回は西山製のスープではなく菊水製の醤油2種にした。また鈍感な方ならお気づきにならないだろうが、担々麺のスープは以前にも記事で紹介したベル食品製のものである。
スープ片手にルンルン気分で家路を急いだ私は、ふと街路樹に目をやった。
なにやら騒々しかったからである。
樹がうめいていたのではない。
ナナカマドの実はすっかり色づいていて、「あぁ、もうホントに秋なのね」と、吟遊詩人のように思った。
で、騒々しかったのはこの実をついばもうと上の電線に待機しているスズメ(逆光だったのでよくわからないが、スズメじゃないとしたら、なおのこと、なんという鳥だかわからない)たちのせいだった。
なお北海道の場合、“履く”という言葉は靴や靴下、足袋など足に関するものだけではなく、手袋、軍手、指サックなどを着用する場合にも“履く”と使う。指サックについては自信がないが……
持ち歩き続けると傷みます
名古屋に戻るときの新千歳空港は、ガラガラかと思いきや、全然混雑していた(快速エアポートはあまり混んでいなかったのに)。
朝のうちから羽田便がことごとく欠航していたので、多くの人があきらめてすでに空港をあとにしてしまっているかと思いきや、運航再開を待つ人でごったがえ、とまではいかないまでも、なかなかな賑わいだった。
考えてみれば翌日は翌日で、関東で猛威をふるっているこの台風が北海道に来るわけで、たとえ暇だとしても「明日にしよ!」とはいかないのだろう。1泊分余計な出費になるし。
私だって名古屋便は平気だもんと思いつつも、もし明日までさらに怠惰な生活(精神的には緊張しているが)を引き延ばしていたらまずかったかもしれないのだ。
空港売店の冷蔵保存のおみやげが並んでいるストッカーには“飛行機の遅延をよくお確かめになってお買い求めください”と貼り紙がされていたが、さりげなく親切であると感心してしまった。
伊丹に引き返したばかりなので傷みません
いまから10数年前の12月の夜。
伊丹空港から乗った飛行機がなかなか千歳に向けて降下を開始しないことがあった。
ようやくアナウンスが流れたのだが、その内容は千歳空港が突然の大雪になり秋田上空で待機のため旋回しているというもの。
乗っている私は、ぐるぐる回っていることなどつゆ知らず、目も回すことなく読書していたのだった。
こういうケースは珍しい。
出発前に条件付きでの出発というアナウンスもなかったし、この雪はまったく予想できなかったようだ。
やがて燃料が限界に達してきていつまでもここでグルグルしてられないので伊丹に引き返すというアナウンスが。
私は当時まだ備え付けられていた機内公衆電話のところまで行き大阪支社に電話をしてホテルの予約の手配をお願いした。もう1泊大阪に泊まる羽目になったのだ。
鞄には搭乗前に買った要冷蔵の“プリン大福”が入っていた。
子どもたちが好きなのでおみやげに買ったのだった。
ホテルに着き、チェックインの手続きを終えた私はフロントのお兄さんに“よかったらこれ食べてください”とプリン大福を渡した。
いま思えば、「飛行機が引き換えしたせいで賞味期限が今日いっぱいのプリン大福を持ち帰れなくなった。だから皆さんで食べてください」と、自分が置かれた状況を説明をしなかった。
あのお兄さんが妙な誤解をして心が高まり、夜に私の部屋のドアをコンコンとノックしなかったことは幸いだった。
堤防がない?いずれ三日月湖が生まれるかも
私と入れ違いで休みを取って関西に遊びに行っていた長男が帰ってきたはずだが、彼も私同様台風の上を通り抜けることができただろう。
さて、火曜日はその台風の影響で北海道は再び大雨に見舞われた。
名古屋にいると当たり前のことだが北海道の天候の状況はほとんど報道されない。
関東圏が襲われるとNHKなんかは全国ネットで放送し続けるが、それとは雲泥の差だ。住んでいる人の数が違いすぎるといえばそれまでだが、あれだけ農作物に被害が出ていそうなのを見ると、もっと注視すべきことなんじゃないかと思う。
わが家は石狩川の下流近くにあるし、その支流である川はもっとそばを流れている。
そのすぐ近くの川の水位がジワジワと上がっていくのを見ると、まったくもって心穏やかではない。
昨日の早朝にようやく水位が上昇から下降に転じた(“はん濫注意水位”ではあるが)。
過去の災害経験からいまはもう十分な治水対策ができているとは聞くが、災害が実際に起こってしまったあとで「あれは想定外でした」で済まされてはたまらない。
ホント、よかった。
ところでその前日、つまりおとといの夕方に石狩川の下流が氾濫した。
場所は深川市である。
札幌からは100kmほど北に位置する。
なのにそこも“下流”なのである。
石狩川って、どこからが下流に相当するのだろう?(と考えていたら、疎菜課長が神居古潭から下が下流だと言っていた)。
氾濫した場所は堤防のないところだったそうで、つまりは治水対策が施されていない場所。
ということで、申し訳ないがそれなら氾濫もありうるかもと思ったが、これが堤防もきちんと整備されているとこ
ろだったら、私としては「まさか!」と10連発叫びをあげるところだった。
その氾濫箇所も昨日の朝には通常水位に戻っていた。
にしても、このあたり深い!
考えるだけで恐ろしい。
にしても急に増えたり、すぐに水が下がったり、相当たちの悪い病的気まぐれ女のようだ。
この地図で石狩川が真っ黒の線で表示されていたのを見たときは、そりゃそりゃ恐ろしいものを感じた。
なお、余計な情報かもしれないが、川の右岸と左岸がどっちがどっちかご存じだろうか。
上流から下流を見て左が左岸、右が右岸だ。
えっ?アフリカの国?それはウガンダ。
去年も取り上げているが、私が好きなヴァイス(Harald Weiss 1949- ドイツ)の「箱舟(Arche)」(1984)。
シアター・ミュージックであり、初演時のライヴ録音。
すでに入手困難なようだが(NAXOS MUSIC LIBRARYでは聴ける)、彼のユニークで斬新な(しかもこの曲はなじみやすいメロディーが次から次へと現われワクワクする)音楽はもっと人気が出てもいいような気がしてならない。
このH.ヴァイスだが、このところ新譜も見かけないが、お元気なんだろうか?……
お値段は高かったけど、経年劣化かユラユラしすぎ
日曜日に帯広駅に降り立った私が、そのまま100円ショップに行きビス(日本語で言えば木ねじ)を買ったのにはワケがある。
だいたいワケもなくこんなことをしたら、私の頭の中はちょいとネジが緩み、お調子が悪くなっているということになる。
5月13日の朝。
TVから緊急地震速報のチャイムがしつこく流れた。チャランチャラン!チャランチャラン!チャランチャラン!
大きな地震が来る場所は東北と道南という予測だったが、画面を確認せずに音だけ聞いていると、2年ほど前のCDラックやスピーカーがグァラグァラガッシャーンっと倒れるような揺れがすぐに襲ってくると勘違いしてパニック状態になり、でもどうしていいかわからないままムンクの叫びのようなポーズをとっただろう。
緊急地震速報が鳴って1分か2分経ったころにユラユラユラ~リと横揺れが来た。
3つあるCDラックのうち2つもユラユラユラーリ。ラックの形は左向き平行四辺形、本来の姿、右向き平行四辺形と一反木綿のように形を歪めながら振り子のごとく揺れた。
が、震度2なのになんでこんなにぐらつくんだ?もっと頑丈であるべきではないのか?それとも実は、自らが積極的に揺れに身を任せダメージを逃す、免震構造ってやつなのか?
いや、やっぱりおかしい。
こんなにヤワなら地震じゃなくても心もとない。私がクシャミしただけで崩壊する日が近いかもしれない。
実はこの2つ、オーディオテクニカ製だ。一流メーカーである。だから信頼はしている。が、その思いも揺らいだ。
転勤で引っ越しするたびに持ち運んだせいだろうか?
なお、実はその2年前の地震ではこの2つのユラユララックは倒れなかった。揺れの向きも違ったのだろう。派手に倒れたのは、もう1つの、つまりは第3のラックだった。これは今回の地震では奈良の大仏級にどっしり落ちついていた(アカルイハダカを下に敷いたおかげだ)。
オーディオテクニカのラックは棚板が背面に向かって少し下り傾斜になっており、前後に揺れた場合は後ろの壁に力がかかるようになっている。だからあのとき前に倒れなかったのだ。
しかし、もう1つのラックは背も高く棚板は水平。側面から力を加えても平行四辺形型に外枠が変形することはほとんどないが、前後の揺れに弱い。
いまは底の手前側に週刊ポストを噛ませて背面の壁に少しもたれるように置いてある。アカルイハダカが重さに耐えているのだ。
アタシが強くしてあげる
そこで私は金属金具で補強することを決意した。
列車を降りてからの私の行動は不可解ではなかったのだ。金具を取り付けるためのビスを買いに行くという、正常な行為だった。このように、世の中話せばわかってもらえることは少なくない。
金具については土曜日にホーマックで購入した。実はこのとき、用意周到な私は、もちろんビスも一緒に買っておいた。だが、帰りのJRの車中で考えた結果、あのビスでは短いという結論に達した。
そこでもう少し長いビスと、さらには下穴を開けるためのキリと、棚板間の狭い空間での作業を考慮し軸の短いドライバーも調達した。
マンションに戻るとさっそく作業開始。
それがおととい書いた“ビスを必要とする”作業だったわけだ。
平折り金具と金折り金具 - こういう名称だとは知らなかった - を用いて、数か所を補強。2つやり終えたころにはすっかり手首が痛くなった。
補強後のラックは横から軽く押してもビクともしなくなった、とは言わないが、なかなかがっしりした手ごたえ。
軽くじゃなく、力を込めて押すことは……崩壊しては困るのでやめておいた。
しかし少なくとも免震構造マンションの模型のようなユラユラした動き方はもうしないだろう。
阿古屋係長、動く!
そりゃ人間だから動くのは当たり前。
埴輪が大魔神に変身してズコーンズコーンと歩き始めたり、乙女の像がメヌエットを踊りだしたら腰を抜かすほど驚きであり恐怖だが、阿古屋係長の場合は健全な青年以上壮年未満の男の子。冬眠中を別として動かない方がおかしい。
が、ここでいう“動く!”とは、そういう意味ではない。
彼は転勤することになった。つまりマネジメント用語における“異動”ってやつである。
天然な位相のズレによって当ブログに友情出演してもらわざるを得ないほどの貴重な人材だっただけに残念だ。
転勤先は札幌である。
ヴァイス(Harald Weiss 1949- ドイツ)の「Ade」(1986-88)。
この曲、全然と言っていいくらい日本では知られていない作品で、全国共通の邦訳タイトルは定まっていない。アデーは“別れ”の意味でなので、「別れの曲」っていうような感じになるのだろう。
シアター・ミュージックであり、ジャンルとしてはクロスオーヴァーという位置づけになるのかもしれない。
作品については過去に書いているが、この過去記事、OCNからlivedoorにブログを引っ越したときにヘンテコなことが起こったようで、この記事とはまったく関係ない写真が別記事から移行され載っている。それだけでは済まず、その写真は上下が圧縮されている。巨大な石が頭に落ちてきて身長が縮んだトムのように。
ヴァイスの音楽は親しみやすく心に訴えかけてくるメロディーが特長だが、これもそう。そしてまた録音もすばらしい。左右の広がりや重低音が聴く者の体を包む。特に長い第2曲がそうだ。
ノモス弦楽四重奏団やヴァイス(シンセサイザー)他の演奏。
1988年録音。wergo。
阿古屋係長の後任で来るのは、どんな人なのかしらん?
MUUSAN
クラシック音楽、バラ、そして60歳代の平凡ながらもちょっぴり刺激的な日々について、「読後充実度 84ppm のお話」と「新・読後充実度 84ppm のお話」の2つのサイトで北海道江別市から発信している日記的ブログ。どの記事も内容の薄さと乏しさという点ではひそかに自信あり。