東京の派手で奇妙な看板を思い出す
 1978年 ――このとき私は高校3年生だった―― の日本交通公社の時刻表10月号の裏表紙である。
 当時はキリンレモンってけっこう広告を打っていたような記憶がある。
 『ワッとキリン』という意味がよくわからないが、深く考えないことにしよう。

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 その2年後。
 1980年10月号の時刻表の裏表紙。
 このとき私は二浪目中。

 イメージガールが片平なぎさから中島はるみにかわっている。
 中島はるみは当時けっこう人気があったと思う。

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 翌年、志望校には一度二度ならず三度目の拒絶を受け、江別の『牛大学』へ行くことにした。

 当時の通勤通学列車は機関車は引く客車による運行も多く、このワインレッドの客車にもよく乗った(もっと古い客車も走っていて、それに比べ新しい50系は実にきれいで車内が明るかった)。

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 1978年10月号の時刻表に戻るが、それに載っていた広告。

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 1985年に社会人となり、そのあと東京に出張したときに、山手線か京浜東北線の車窓から十仁病院の看板を何度か目にした。『ココ』とか書いてあったが、その書体や矢印に書かれた『ココ』(『コ〃』だったかもしれない)という表現、色使いになんだか奇妙さ、違和感、非日本さを感じたのを思い出す。

♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
 J.シュトラウス2世(Johann Strauss II 1825-99 オーストリア)のワルツ「レモンの花咲くところ(Wo die Zitronen bluh'n)」Op.364(1873頃)。

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