そうだ!サンドイッチを作ろう!
昼に炒飯を作って食べた先週の土曜日のできごとの『追加報告』。
朝、庭の家庭菜園コーナーに行くと、またまた葉の陰でキュウリが大きくなっているのを発見。
といっても、今回は大きくなりすぎる前に見つけたので、大きさとしては適度なもの。
でも、冷蔵庫にはまだ前に収穫した2本がある。
そこでキュウリ消費のために、この日の夜はハムとキュウリのサンドイッチを作ることにした。
サンドイッチを作ろうと思ったのは、キュウリが過剰在庫状態になっているからだけではない。
ハムとキュウリのサンドイッチを純粋な欲望として、食べたくなったからだ。
そのきっかけはその前日まで読んでいた本。
村上春樹の「午後の最後の芝生」に出てくる "ハムとレタスときゅうりのサンドイッチ" という言葉を目にして、サンドイッチを作って食べようと駆り立てられたのだった。
ただ、高橋丁未子という人が書いたこの「羊のレストラン」(1984年:講談社)は、私にはちっともおもしろくなく、読んでいても退屈さが延々と続き苦痛になって、結局半分まで進んだところで読むのをやめてしまった。
他の人はどう感じているのだろうと、ネットでレビューを探したが、初出はもう40年も前ということもあってか、ほとんどゼロ。
まっ、BookLive の99% OFF クーポンを使って6円で買ったので、文句は言えないが……
さて、夕方になってキュウリとハムとマヨネーズのサンドイッチを作った。
パンは「コープさっぽろ」の「しっとりと素材の風味 オリーブオイルの食パン」を使った。
出来上がったサンドイッチ。
物価高の折り、食べ物を大切にしなければならない。
なので、私としては『お好みサンド』ではないが、今回はパンの耳もそのまま残した。
ところがこのしっとり素材のパンのせいなのか、食べてて苦にならないくらいに軟らかい耳だった。耳の存在がまったく邪魔にならなかった。これは切り落とさなくてよかった。
また、インスタグラムでレシピを見つけたキュウリのサラダも作った。
塩もみしたあと水切りしたキュウリにハムを加え、マヨネーズと鶏がらスープで味つけ。
まあまあおいしかった。
でも、キュウリとハムとマヨネーズの組み合わせが、パンに挟まれることで、なんでおいしさが増し増しになるのだろう?
不思議なことだ。
むかしはあんなにリスニングポジションにこだわっていたのに
ところで、この日の午前中、自分の部屋 ――長男が使っていた部屋を借用中―― の模様替えをした。
これまでパソコンデスクの前に座ると、その向こうの2本のスピーカーのほぼ中央に正対する形になっていたが、デスクの向きを90度変えた。つまり、スピーカーは私の横に位置するようになった。
Kitara(キタラ)なら RA ブロックの2列13番あたりに座っているような感じか。
ステレオ感は最悪。
でも、部屋は広く使えるようになった。
このところはいつも『ながら聴き』なので、まあ良しとしよう。
♪ MUUSAN の今日の一曲 ♪
J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の「平均律クラヴィア曲集第1部 24の前奏曲とフーガ(Das wohltemperierte Clavier, 1 teil, 24 Praludien und Fugen )」BWV.846-869(1722)の第24曲ロ短調BWV.869。
ここに書いているように、むかし日曜日の朝9時から NHK-FM で放送されていた「名演奏家の時間」という番組のオープニングに使われていたが、それはステレオ放送が正しく受診されているかチェックできるようになっていた。
ラジカセ(当時はステレオラジカセなどなく、もちろんモノラル受信)で FM を聞いていた私は、1つのスピーカーから同じように流れ出てくる音を耳にしながら、左右に分かれるのを聴いてみたいなぁと思っていたのだった。
J.S.バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の「平均律クラヴィア曲集第1部 24の前奏曲とフーガ(Das wohltemperierte Clavier, 1 teil, 24 Praludien und Fugen )」BWV.846-869(1722)の第24曲ロ短調BWV.869。
ここに書いているように、むかし日曜日の朝9時から NHK-FM で放送されていた「名演奏家の時間」という番組のオープニングに使われていたが、それはステレオ放送が正しく受診されているかチェックできるようになっていた。
ラジカセ(当時はステレオラジカセなどなく、もちろんモノラル受信)で FM を聞いていた私は、1つのスピーカーから同じように流れ出てくる音を耳にしながら、左右に分かれるのを聴いてみたいなぁと思っていたのだった。






