定年退職になったあと(厳密には定年に先立ち出向となったあと)、いつもどこか気持ちがすきっとしない日が続いた。つまり理屈では理解していても、心はこの転機についていけなかったのだ。
定年退職の辞令を受けた1か月後くらいに書店でたまたま目にしたのがこの本。
これを読んで、こういう気持ちになるのは自分だけじゃないんだと、少し勇気づけられた。
こういうジャンルの本を次に読んだのは、ずいぶんと間が空いたが、これ。
『定年』イコール『世の中の一線から退くこと』ではないという元気をもらった
さらに最近、読んだのがこれ。「ほんとうの定年後」(講談社現代新書)。
前の2冊の著者は医者だが、こちらの著者の坂本貴志はエコノミスト。
多くの統計データを紹介・分析し、従来の、あるいはいまでも多くの人が漠然と思い描いている定年後の生活というのは、必ずしも典型的なものではないということを解説してくれている。
前書きには、
漠然とした不安を乗り越え、豊かで自由に生きるにはどうすればいいのか。本書を通じて定年後の仕事の等身大の姿を知ることが、その一助になれば幸いである。
と書かれている。
本文から3カ所ほど引用して紹介しておこう。
なぜ人は50代で仕事に対して意義を失い、迷う経験をするのか。これはつまるところ、定年を前にして「高い収入や栄誉」を追い求め続けるキャリアから転換しなければいけないという事実に、多くの人が直面しているからだと考えられる。他者との競争に打ち勝ち、キャリアの高みを目指したいという考え方をどのように諦めることができるか。それが、定年後に幸せな生活を送れるかどうかを大きく左右するのである。
人生100年時代という概念は、現代において着実に世の中に浸透してきている。将来的には、70歳や80歳になっても働くことが当たり前の社会が訪れるだろう。就業の長期化が進む現代においては、自身の成長だけを考えていれば済むような単線型のキャリアを許してはくれない。
従来のままの自分ではいられないと気づいたとき、これまで培ってきた就労観をいかに転換することができるか。ここに失敗してしまい、過去の仕事における地位や役職に恋々とすることで、新しい仕事に前向きに取り組むことができないシニアも一定数存在する。しかし、そのような人は実は多数派ではない。
就労観の転換は難しいことであるが、それにもかかわらず、現に多くの人々がこの難題に真摯に向き合い、うまく乗り越えていることもまた事実だということが、データからはわかるのである。(132ページ)
多くの人に人にとって大切となってくるのは、転機にいかに向き合うのかという点である。
定年前のキャリアと定年後のそれは大きく異なる。定年前は仕事に関する能力は基本的には伸び続ける。それに応じて仕事の量や責任などが拡大し、給与の額も緩やかに増えていく。しかし、定年後は気力や体力などを中心に自身の能力に一定の限界を感じ、仕事の負荷も低減していく。報酬は、定年前後を境に大きく下がってしまう。
生涯現役時代となり定年後も働き続ける人が増えていけば、誰もが人生のどこかで自身のキャリアの構造変化を体験することになると考えられる。であれば、このキャリアの転機に対してどのようなスタンスで向き合うのか。そのスタンス如何が、現代人が定年後も幸せに働いていけるかどうかを左右するのではないか。(216ページ)
転機は往々にしてつらいものである。しかし、そこに正面から向き合わなければ、前には進めない。そして、自身の転機に向き合ったそのあとに、仕事を心から楽しめる瞬間が訪れるのだということを、多くの人に気づいてほしいと思う。(219ページ)
私もあと数か月で定年になってから丸2年が経つ。
2年経ってしまったが、それでもなおこういった本に出会えたことは良かったと思う。
そしてまた、定年を何年か後に控えている人にはぜひともお薦めしたい1冊である。
定年退職したころを思いだして、チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky 1840-93 ロシア)の憂うつなセレナード変ロ短調Op.26(Serenade melancolique. 1875)を。