胃袋の中に鶏肉を蓄えたまま、私は病院の窓口で「MUUSAN参上!」と診察券と保険証を出し、椅子に腰を落ち着けた。
すると、眼鏡をかけた私より年配の人が、私をじっと見つめている。
目で何かを訴えてるのは明らかだが、マスクをしていることもあって、私にはその人が誰であるかわからない。
で、「すいませんが、どちらさんでしょうか?」と尋ねた。
するとその人は「小梅です」と答えた(写真はイメージです)。
ああ!小梅さん!
小梅さんは私よりも10歳ほど年上で、私が定年まで勤めたA社に勤めていた。
部署が一緒になったことはないが、何かとかかわりがあった人だ。
「お久しぶりです、小梅さん」
「どうもお久しぶり!MUUSANは、えっと、もう定年になったの?」
「ええ、今年の2月に」
「そうかぁ」
などと二言三言会話した。
小梅さんに最後に会ったのは6、7年前だが、全体的に一回り小さくなったような感じで、それで私も名前を聞かないと思い出せなかったのかもしれない。
昨日書いたムーティじゃないが、歳をとるといろんなところが変わってしまう(私も同じなのだろうけど)。
そのとき、私は看護師に呼ばれ、診察室の横の部屋に入った。
ここで『健診』の結果を見ながら、いくつか質問される。
私は、今年は数年ぶりで胃カメラではなくバリウム検査にしたが、去年と同じようなところがひっかかり、精密検査を受けるように結果に書かれていたことや、初めて肺気腫でひっかかったことなどを説明した。
病院の待合室にもかかわらず、お互い懐かしくてひそひそと声はひそめたものの、会話がはずんでしまった。『黙待』しなくて、つまり黙ってなくてごめんなさい。
実はこの病院、私たちが定年まで勤めていたA社の本社の近くにあるため、A社の現役&OBの方々がよく利用する。そのためこんな風に偶然以上に知り合いに会うことが多いのだ。
だから(?)ピョン太リーダーのほかにも、抜田さんの姿も待合室の奥の方にあった。抜田さんは私が帯広で勤務していたときも重なっていたが、もともと寡黙な性格ゆえ、今回も「どもっ!」程度のあいさつをしただけだった。
ピョン太リーダーとの積もり積もった話は、しかしそんな楽しい時間は長く続くことはなく、邪魔をするペッパー警部のように医者が診察室から私を呼んだ。
まだ、医者に診てもらっていないので、この話はまだ続く。
歌劇「セルセ(クセルクセス。Serse/Xerxes)」HWV.40(1737-38)の第1幕第1場に出てくるアリア。器楽用に編曲されて「ラルゴ」として広く知られている。
ここでも器楽編による演奏を。




一応言い訳ですが、そのときは私とピョン太リーダーと抜田さんの他に合室にいたのは1人だけでした。