名古屋や大阪で勤務していたときに、取引先の人にひどく奇異なことのように「北海道に人はタコの頭を食べるって本当ですか?」と聞かれたことがある。1回だけだけど。
そして、私は帰省したときに、スーパーの鮮魚売り場で刺身用のタコの頭の写真を撮って、メールで送ってあげた。
相手は、ものすごく珍しいものを見るかのように感激したという返事をくれた。
先日スーパーに行ったときに、並んでいるタコの頭(刺身用。といっても、ボイルしてある)を目にして、それにしてもこれのどこが珍しいんだろうと、そのことの方が不思議に思われた。
本州ではタコの頭はどうしているのだろう?
そしてまた、名古屋や大阪、東京に住んでいたときに、スーパーでタコの頭が置いてあるかどうか確かめたことないことを、いまさらながらに悔やんだ。
雪印乳業は北海道発祥の企業だった。
それが食中毒事故で、全農直販と全酪連と統合し日本ミルクコミュニティ(メグミルク)となった(現在は雪印メグミルク)。
当然、それまでの雪印の牛乳のパックも変わった。
しかし、その雪印時代の青パックの牛乳は、北海道だけに限って存続し、そしていまでも北海道では製造販売されている。都府県では見られないはずだ。
北海道に来たら、スーパーのタコ売り場に立ち寄った次に牛乳売り場に行くべし!。
北海道でも、いまでは焼肉は全然当たり前の食べ物になったが、むかしは肉を焼いて食べるといえば、北海道ではジンギスカンが主流だった。
でも、現在ではジンギスカンより焼肉を食べる頻度の方が高いかもしれない。
その一因には、火鍋を爆食いする某国のせいか、いまでは羊肉の値段が信じられないほど高くなっていることがあるだろう(もちろん羊の臭いがダメという人も少なくない)。
でも、こういう多種多様なタレが並んでいる光景は、本州のスーパーでは見られないだろう。
北海道に来たら、スーパーのタコ売り場を見た次に牛乳売り場を観察し、そのあとはタレ売り場に行って、ついでにおみやげに買うべし!
って、コロナが落ち着かなきゃ、なかなか北海道に旅行ってことにもならないか……
バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の「おお汚れなき神の小羊(O Lamm Gottes unschuldig)」BWV.656。
オルガンのための「さまざまな手法による18のライプツィヒ・コラール集(18 Leipziger Chorale von verschiedener Art)」BWV.651-668(1708⇔17)のなかの1曲。




そもそも頭は入荷して来ないんですね。売られている頭は中身は空っぽですが、もともとはあそこにどんなものが詰まっているのか想像したこともなかったです。