タイトルの「夢」は、『将来の夢』とかの『夢』ではなく、眠っている最中にみる『夢』のことである。
日曜日に江別は大麻 にあるジョイフルエーケーに行って来た。
主な目的は、妻が突っ張り棒を購入するためだったが、なぜか私はそこで粒コショーのミルを買った。さらに、将来の夢である『物置の建て替え』のために、展示してある物置群を見てみた。見てみたがいろいろ見ているうちにワケがわかんなくなり、どうでもいい気分になった。
それにしても多くの人が物置を吟味していた。こんなに物置を建てようと思っている人が大麻に集結しているとは予想外だった。
夢の中においてである。
夢である証拠に、私の目の前にはいきなり新千歳空港のトイレが出現し、「助かった」とばかりに駆け込んだ。
ところが足を踏み入れると、そこは空港のトイレとは程遠い、昭和40年代の公衆便所のような古く汚く薄暗く狭く臭い便所だった。
べニア板のようなドアがついた個室が2つあり、手前の個室に入ると、そこには大便器ではなく小便器しかなかった。
「あぶねぇあぶねぇ、ここじゃできない」と、隣の個室のドアを開けた。
するとそこには衛生的とは言えない和式の便器があった。
和式便所は苦手である。苦手であるがこの際やむを得ない。
と、しゃがみこんだところで目が覚めた。
このハチャメチャさが夢ではなく現実ならば、私はこの世に絶望せざるを得ないだろう。
そしてみなさま、ご安心ください。子どもがおねしょしてしまうような、夢と現実の融合は今回ありませんでしたから。
で、なんでこんな夢を見たのか、私は考えた。
そしてわかった。
前日にジョイフルエーケーに行ったとき、和式便器が売られているのを目にしたからだ。
妻が「いまでも和式の便器にする家があるのかなぁ」と言っていたので、その言葉によって、より強く私の脳に強く刷り込まれたのだ。考えようによっては私は『感受性が高い人』なのかもしれない。
ではニールセン(Carl August Nielsen 1865-1931 デンマーク)の「『楽しいクリスマス』の夢(Drommen om "Glade Jul"/The Dream of "Silent Night")」FS.34(1905)を。 2分ちょっとのピアノ小品である。



あまり見たことないです。っていうか、いざ問われると、あまり覚えてないです。