今冬は雪があまり多くないイメージがあったが、昨日庭に積みあがった(私がせっせと投げ飛ばして積み上げたのだ)雪を2階の窓からあらためて見ると、決して降雪が少なかったわけではないってことをあらためて知った。
要するに一度に大量に降る日があまり多くなかったために、そのように勘違いしてしまったのだ。
積みあがった雪の山は、高いところでは物置の屋根の高さに追いつこうとしている。
ここ数日も中途半端な降雪量だったので市の除雪が入らず、道が細くなっている。車はすれ違えないし、道路から右折バックでカーポートに車を入れるときも、車の先端を道路わきの雪山に擦りそうになるので神経を使う。
今日、この記事を投稿する前には、すでに市の除雪車が来たが、けさも雪は降り続いており、焼け石に水って感じだ。
立会してて迷惑にならないよう心する!
ただ、もう少しの辛抱である。
というのも、もうすぐハイセツするからだ。
ちょっと待て!
私が、ではない。
そもそも『排泄』ではない。
排雪である。
今週後半から、シーズンに一度の町内の排雪作業が始まるのである。
そうすれば道も広くなる。心も開放的になる(か?)。
そしてまた、その期間のうちの半日は、私はそのお手伝いに行かなければならない。
除雪車を華麗に操縦するのではない。華麗に操縦できるはずがない。足腰が柔軟でないので、運転席に乗り込むことさえできないかもしれない。
何度かお知らせしているように、今年度、私は町内会の役員の1人として名を連ねさせられている。
お手伝いというのは、その任務の一環として、排雪作業の立会人を務めるのである。
ロータリー車のあたりをうろついて、立会人が逆に邪魔者にならないよう気をつける所存である。
それに感化され、先日久しぶりに「戦争レクイエム(War requiem)」Op.66(1960-61)を聴いた。ブリテン自身が指揮をした演奏である。
ブロ友の七味とうがらしさんが書いているように、スピーカーに向かって真剣に全曲を聴き通すのはなかなかシンドイ曲だ。ってことで、在宅勤務中にBGMとして再生(良い子はまねしてはいけません)。
不思議な魅力を持った作品であることは確か。そして傑作であることも確か。
けど、仕事中のBGMには合わない曲であることは、決定的に確かだった。



通行人への注意喚起とかです。