P9170105   向こうも私と解消するタイミングを見計らっている?
 このあいだの日曜日は、重い腰をあげて、でも座りながら、来たるべき元日に向けての年賀状の裏面デザインの制作ならびに宛名の住所録の更新を行なった。

 今年は例年より喪中はがきが多い。
 いや、ここ数年毎年ブログで指摘しているようにも思うが、自分の年齢とともに年賀状相互交換者も同じように年をとり、親が死んだのどうだのっていう現象が多く発生するようになっているのである。

 さらにまた、これは私よりさらに高齢の方々のケースだが、喪中はがきのメッセージに加え、“自分も高齢になったので今後は年賀状は失礼させていただく”という言葉も添えられているものも少なくない。
 その気持ち、ひじょうによくわかる。

 それとは事情は異なるが、私も丑年の来年は年男(『としお』ではなく『としおとこ』と読んでいただければ幸いである)という節目の年なので、それにかこつけて、年賀状の送付者をやや大胆に見直した。
 たとえばかつての仕事仲間だった人で、いまではすっかり距離が離れてしまい交流がなかったり、結婚退社した女性社員で10年も20年もただただ儀礼的に年賀状だけのやりとりになっているケースなどでは、その方には出さないことにした(同じくずっと会っていない人でも、学生時代の友人は除く)。
 そういう場合は、相手もいつ私を『切ろうか』悩んでいるに違いない。
 もし今回年賀状が来ても、ぐっとがまんして返事を出すのはやめようと決意している。そうじゃなきゃ、またダラダラと続いてしまうもの。

Fennell Marches どうか無礼と思わず、公共の福祉のためとご理解いただきたい。

 タイケ(Carl Teike 1864-1922 ドイツ)の行進曲「旧友(Alte Kameraden)」(1886)を。