これまで何度か取り上げ、私としてもこのような本が発刊されて大変喜ばしく思っている。そう、文藝別冊「伊福部昭」である。
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発刊といってもムック(雑誌のようでいて、定期的な発行を前提としていない)なので、在庫は少なくなってきているよう。
私は買ってしまったのでいいが、買おうかどうか迷っている人は、迷っているうちになくなってしまい、迷っている場合じゃなかったと後悔しないように、余計なこと、生意気なこと、お節介なことだと煽るようなことを書くのを迷ったが、あくまで親切心の自然の発露として忠告させていただく次第である。
同書の中の、作曲家の上野耕路氏と片山杜秀氏との対談で、上野氏が次のようなことを話している。
マーチを作るときに《パストラール》というのは、と思うと、ものすごい皮肉な感じ。伊福部さんらしい。でも、実際、どこまで意識なさっていたのか。
ここのマーチとは、伊福部昭(Ifukube,Akira 1914-2006 北海道)が東宝の特撮映画のために書いた「自衛隊のマーチ」のこと。
このマーチは、のちに書かれた「倭太鼓とオーケストラのための『ロンド・イン・ブーレスク(Rondo in Burlesque)』」(1972/改訂'83)の、冒頭から現われる第1主題でも使われている。
なお、オーケストラ版「ロンド・イン・ブーレスク」の元となっている作品は「倭太鼓と吹奏楽のための『ブーレスク風ロンド』」(1972/77)である。
不思議な感じがする“牧歌”
上野氏が語っているパストラールというのは、ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky 1882-1971 ロシア)の「パストラール(Pastorale)」Op.1(1908/改訂1923)。日本でも“牧歌”ではなく、そのまま「パストラール」の曲名で呼ばれている。
ストラヴィンスキーは1902年から1908年までリムスキー=コルサコフに師事したが、この曲はR=コルサコフの指導の下で作曲されたソプラノ独唱とピアノのための小品。歌詞を持たない歌である。
1923年に編曲され、編成はソプラノ独唱とオーボエ、コーラングレ、クラリネット、ファゴットとなった。
さらに1933年にも改訂されたが、それにはヴァイオリンとピアノのための版と、ヴァイオリン、オーボエ、コーラングレ、クラリネット、ファゴットのための版の2種類がある。どちらも原曲よりも長く、拡張編曲というべきものである。
素朴だがシンプルだが、味わい深く、そしてまたちょっと毒気も感じられるこの作品。そして実際、確かに伊福部のマーチに似ている。
美人には近寄れないけど……
伊福部はこう語っている。
ストラヴィンスキーを聴いて、ヨーロッパにもこういう音楽があるのなら私も音楽を書いてみようかという気になったんです
(ドビュッシーやラベルといった)ラテンは立派だけれども壁がある。美人だが近づきにくいというタイプです。ストラヴィンスキーの方は、美人かどうかわからないが、ぞっこんになってしまうというようなところがあって
(以上、相良侑亮編「伊福部昭の宇宙」(音楽之友社)より)
伊福部が「パストラーレ」を意識して使ったのだとしたら、それは自分をぞっこんにさせた相手への愛情がこもった追憶ということになるだろう。
ありがとうございます。読者様にもお手数をおかけしてすいません。今後ともよろしくお願いします。伊福部、聴きまくってます。が、その反動で西欧ものも聴きたくなります。