Kohiyama_JinseitoiuYume  よく石勝線を利用していた時期と合致
 小檜山博の「人生という花」を読み終えたことを、先日頼まれてもいないのに報告したが、その次に読むために買った氏の本は、やはりエッセイの「人生という夢」(河出書房新社)である。

 ふと、いま頭を通過したのは、「花とゆめ」って雑誌があったなってこと。
 おじさんの私がなぜ「花とゆめ」という雑誌名を知っているのか自分でもまったくわからないが、偶然にも、私も小檜山版「花と夢」なる経過をたどったわけだ(って、意味わかんない)。

 「人生という夢」はJR北海道の車内誌「THE JR Hokkaido」の2012年8月号から2016年6月号に掲載されたエッセイを収めたもので、一話一話の長さは基本、4ページだ。つまり「人生という花」の倍の長さで、「人生讃歌」と同じである。

 私は2012年~2015年の4年間帯広支社に勤務し、帯広⇔札幌間の特急(「スーパーとかち」「スーパーおおぞら」)を利用し、車内誌も読んだので、ここに収められている少なからずのものは読んだことがあるはずである(そして忘れているはずである)。

JRHokkaido201602  心を入れかえ容量圧縮を目指す!
 ところで「人生という花」の一話一話は短くて中途半端というか物足りないというような感想を私は書いたが、そしてそれは間違いないと思っているが、だからといって何でもかんでも長けりゃいいってもんでもない。

 むかし社内報を編集するセクションに配属になったことがあるが、社内報編集のセミナーに参加したときに、社内報のコンクールで毎年上位入賞している某企業の担当者が、編集後記という短い文章でいかに言いたいことを書けるかという訓練をしている、と言っていた。
 「アタイは一生この仕事するわけじゃないもんねぇ」と私は内心思ったが、だからそのバチがあたって、私の文章はこのように長くなってしまうのだろう。

 もう一つ、私の文が長くなりがちなのは、むかしのクセがある。

 いまでもいろいろなブログで見かけるが、私も以前はアフィリエイト広告をサイドバーに少なからず貼っていた。
 サイドバーの下の方にある広告まで露出させるには長い文章を書いて、読者さまに下までスクロールしてもらわなければならなかった。

 結局、アフィリエイトで稼げるなんて夢のまた夢、私の夢ははかない妄想に終わった。
 もう広告は貼っていないし、そもそもその長い文を下まで読んでくれる奇特な人なんていなかったのだろう。

BerliozHaroldSlatkin ベルリオーズ(Louis Hector Berlioz 1803-69 フランス)の「夢とカプリス(Reverie et caprice)」Op.8,H.88(1841)。

 そんなわけで、むかしのクセは直し、これからはだらだらとした長い文章やきりりと締まった長い文章を書かないように心がけることにしよう(って前もそう宣言したような気もするが……)。