Aku_no_Hana1  なぜか“羊ヶ丘”じゃなく“ひつじが丘”
 ご報告が遅れたが、三浦綾子の「ひつじが丘」を読み終えてから、すでに2週間ほど経った。

 この作品にもどうしようもない人間が登場するし(筆頭は良一)、まじめで《できた》女性かと思いきやじつは変態じみていたって女性も出てくる(奈緒実)。

 何回も言うが、三浦綾子という作家は歪んだ人物を描くのがたいへんうまい。その歪みは小説ゆえに強調されているところはあるが、人間だれしもが大なり小なり持っているものである。

 ところで「ひつじが丘」だが、札幌の羊ヶ丘が舞台というわけではない。

 物語の終盤に、奈緒実と竹山(さっきからそいつら誰だと思っている方もいるだろうが、個人名はあまり気にしなくてよろしい)が『ひつじが丘』に行く場面がある。

 「ええ、そうですわ。今こうしてひつじが丘に来て、沢山の羊を見ていますと、ストレイシープ(迷える小羊)という言葉が思い出されてなりませんの」
 竹山はうなずいた。そうだ。人間たちこそこの羊たちより、もっともっと愚かな迷える存在なのだと竹山は思っ

biber ビーバー(Heinrich Ignaz Franz von Biber 1644洗礼-1704 ボヘミア)のソナタ「羊飼娘(La Pastorella)」を。

  でも、いまはこの曲のCDはないみたい。
 それなのに取り上げた私は愚かな迷える存在なのかもしれない。

 このあと奈緒実と竹山の2人は羊たちを見ながらジンギスカンを食べた、って行為には至らなかったことを申し添えよう。

 ジンギスカンについては、この次に読んだ本に出てきたのだが、その話は別の日にあらためて。

Akunohana_Saeki  実はめんどくさそうな奈々子
 そうそう、「この人が変態?」って意外な展開といえば、押見修造の「惡の華」もそうだ。

 成績優秀で見た目もかわいい佐伯奈々子。でも、この子、誰よりも変態だと思う(何のことだって?いえ、独り言だと思ってください)。

 押見作品では、“究極の毒親”を描いた「血の轍」を最近買った(電子書籍)。最初は第1巻と第2巻の2冊。

 言われているように、確かに傑作のにおいがする。

 が、この不気味さは現在の世の中の状況の中では、気分がますます滅入りそうだ。なので続きは『落ち着いてから』購読することにした。

Chi_no_Wadachi