ご報告が遅れたが、三浦綾子の「ひつじが丘」を読み終えてから、すでに2週間ほど経った。
この作品にもどうしようもない人間が登場するし(筆頭は良一)、まじめで《できた》女性かと思いきやじつは変態じみていたって女性も出てくる(奈緒実)。
何回も言うが、三浦綾子という作家は歪んだ人物を描くのがたいへんうまい。その歪みは小説ゆえに強調されているところはあるが、人間だれしもが大なり小なり持っているものである。
ところで「ひつじが丘」だが、札幌の羊ヶ丘が舞台というわけではない。
物語の終盤に、奈緒実と竹山(さっきからそいつら誰だと思っている方もいるだろうが、個人名はあまり気にしなくてよろしい)が『ひつじが丘』に行く場面がある。
「ええ、そうですわ。今こうしてひつじが丘に来て、沢山の羊を見ていますと、ストレイシープ(迷える小羊)という言葉が思い出されてなりませんの」
竹山はうなずいた。そうだ。人間たちこそこの羊たちより、もっともっと愚かな迷える存在なのだと竹山は思っ
でも、いまはこの曲のCDはないみたい。
それなのに取り上げた私は愚かな迷える存在なのかもしれない。
このあと奈緒実と竹山の2人は羊たちを見ながらジンギスカンを食べた、って行為には至らなかったことを申し添えよう。
ジンギスカンについては、この次に読んだ本に出てきたのだが、その話は別の日にあらためて。
そうそう、「この人が変態?」って意外な展開といえば、押見修造の「惡の華」もそうだ。
成績優秀で見た目もかわいい佐伯奈々子。でも、この子、誰よりも変態だと思う(何のことだって?いえ、独り言だと思ってください)。
押見作品では、“究極の毒親”を描いた「血の轍」を最近買った(電子書籍)。最初は第1巻と第2巻の2冊。
言われているように、確かに傑作のにおいがする。
が、この不気味さは現在の世の中の状況の中では、気分がますます滅入りそうだ。なので続きは『落ち着いてから』購読することにした。





その気持ちわかりますし、残念ですね。
この先落ち着いて、また楽しめるといいですね。