最後の行に到達したときの感想は「えっ、これで終わり?」というもの。濃霧の手稲山山頂に置いてきぼりにされたようなものだ。
あらゆることが解決されぬまま終わる。いや、どいつもこいつも(あの家もこの家も)世も末状態で、救済なんてしませんよっていうことなのだろう。ディエス・イレやトゥバ・ミルムで歌われる情景を思わせる。
にしても、弘子たちが“磯部きしめん”なるシャレオツなランチを食べたのはどこかと、その痕跡を探るべく、私はわざわざ現地(中村屋旅館と札幌グランドホテル)まで足を運んでみたほどなのにやれやれである。
この小説に出てくる人物でいちばんまともに見える主人公の真木弘子も、近くにいたらややこしそうだ。西井市次郎だっておかしい。西井修は「続・氷点」の三井達也と同一人格だ。
三浦綾子の小説は読んでいてイライラする(その登場人物のおかしさに)。
けど、おもしろいのである。別な作品も読みたくなるのである。
困ったものだ(いえ、うれしい悲鳴です)。
ベルリオーズ(Hector Berlioz 1803-69 フランス)のレクイエムOp.5,H.75(1837)。
1 レクイエム - キリエ(入祭唱 - 主よ、憐みたまえ))
2 ディエス・イレ - トゥバ・ミルム(怒りの日 - 妙なるラッパの響き))
3 クィド・スム・ミセル(そのとき憐れなるわれ)
4 レックス・トレメンデ(おそるべき御稜威 の王よ)
5 クェレンス・メ(われをさがし求め)
6 ラクリモサ(涙の日)
7 オッフェルトリウム(奉献唱)
8 オスティアス(賛美のいけにえ)
9 サンクトゥス(聖なるかな)
10 アニュス・デイ(神の子羊)
録音は古いが、自分が知っている範囲内ではこの曲の最良の演奏と思っている、C.デイヴィス/ロンドン交響楽団、同合唱団、ウォンズ・ワース・スクール少年合唱団による演奏を。テノール独唱はダウド(この曲で独唱が登場するのは第9楽章のみである)。 1969年録音。フィリップス。
※参考~ウィキペディアの「レクイエム」のページに載っている「ディエス・イレ」と「トゥバ・ミルム」の歌詞。



