高関の札響でのバルトークが聴きたくて……
札幌交響楽団の東京公演を聴きに行ったものの、なんにも心に響いてこず、前半で会場をあとにしたことを前回書いた。2007年11月のことだ。
私は久しぶりに聴く札響に過度の期待をし過ぎていたのだろうか?
感動・感激の渦に巻き込まれる妄想を抱き過ぎたのだろうか?
札響の演奏というのは、もともとこういう-この程度の-ものだったのだろうか?
いや、それは違う。
なぜなら、私はその半年ほど前に自宅に帰ったとき、札響の定期演奏会を Kitara に聴きに行っており、そこですばらしい演奏を全身で受け止め、「さすが札響!」と大満足したからだ。
なので、あの東京での響きは札響本来のものではないことはよくわかっていた。あんな事務的な響きであるはずがないのだ。だから耐えられなくって会場をあとにした。こんな演奏に付き合うなら、居酒屋に行って鉄板餃子を食べた方が時間の費やし方としてはずっと不健康ながらも幸せだ。
その定期は5月26日の第499回(B日程)。
指揮は高関健。
演目はメンデルスゾーンの序曲「静かな海と楽しい航海」、モーツァルトのピアノ協奏曲第18番、そしてバルトークの「管弦楽のための協奏曲」。
この年の1月に、聴きに行った高関が振った都響の演奏がすばらしかったので、この演奏会はぜひとも札幌に帰って聴きたいと思ったのだ。
私は、高関が札響の専属指揮者だった1988年4月から1992年7月までの間、高関が登場した定期演奏会は1回しか聴いていない。第333回で、そのときのメインの出し物もバルトークの「管弦楽のための協奏曲」(このときは高関はすでに正指揮者を務めていた)。
ばからしいほど単純な理由は、また今度
都響で、高関がそれからも進化し続けていることを目の当たりにしたわけだが、そしてこの日のバルトークは曲目こそ違うが、都響の演奏に勝るとも劣らない、パワーと緻密さのバランスが絶妙な興奮度満点のものだった。
ほら!これが札響なのだ。ものすごい実力をもったオーケストラなのだ。
では、なぜ半年後の東京公演では気合が入っていないような音楽を奏でたのだろうか?
その翌年の2008年、私は札幌の本社に転勤となった。
配属となったのは総務系の部署で、協賛などで札響の事務局とかかわることもあった。
仕事で札響と接することになるなんて、音楽を聴くようになってこのかた(ということは、事実上生まれてこのかた)、思ってもみないことであった。
そしてまた、北海道に戻ったということで、ときおり札響の定期演奏会も聴きに行けるようになった(なお2007年8月よりブログを書き始めたので(2014年6月までの分は本館)、それ以降に聴きに行った演奏会の感想はそこで取り上げている)。
そして、何度か通うようになって、あの心に訴えてこない演奏の原因がわかった。
それはあまりにも当たり前すぎることで、「なんでそんなことに気づかなかったのだろう?このばか者めが!」と自分をののしるに十分値するものであった。
クーセヴィツキー夫人の追悼とクーセヴィツキー生誕70周年、ならびにボストン交響楽団指揮者就任20周年の記念のために書かれた。
当時、アメリカでは知名度が低いためにあまり良い仕事に恵まれず、また白血病にかかって窮状にあったバルトークを助けようと、クーセヴィツキーが作曲を依頼したのだったが、こうして生まれたこの曲はバルトークの晩年の傑作となった。
初演も大成功だったという。
今日はラトル/バーミンガム市交響楽団の演奏で。
1992年録音。EMI。
♪ 作品情報 ♪
【初演】 1944年・ボストン
【構成】 5楽章(約37分)
【編成】 orch(picc 1, fl 3, ob 3, E-H 1, cl 3, b-cl 1, fg 3, C-fg 1, hrn 4, trp 3, trb 3, tuba 1, timp, 打楽器各種(トライアングル, シンバル, 吊りシンバル, 小太鼓, 大太鼓, タムタム), hp 2, Str)
【本作品について取り上げた過去の主な記事】
♪ 作曲家情報 ♪ ⇒ こちらをご覧ください


