先週。
金曜日の夕方発の便で、大阪から北海道へと戻ることにした。
当初は翌日の土曜日朝の便に乗る予定だったが、午後の会議が早く終わったことと、仮押さえしていたこの夕方便の後方通路側の席がいきなりポツンと空いてゲットできたこと、昼のANAの情報で千歳便には運航を妨げる何の障害もないと自信をもって書かれていたことから、早退しその便にのることにしたのだ。
ところがである。
支社をあとにしようとする直前に、私が乗る便は“天候調査を行なう”という赤い文字での注意書きがホームページに載ってしまった。冗談かと思ったがツイッターでもANAがつぶやいていたし、追い打ちをかけるようにメールも届いた。
なんにもないから大丈夫っていうのから一転、山田ルイ53世じゃないが、事情が変わったのだ。
搭乗口で待機するしかない
いずれにしろ天候調査の結果を現地-大阪空港―で確認しなくてはならない。
なかなか重い気分で私は早退した。
早退と言えば、この日の朝、前日まで風邪で咳きこんでいた-病院でも風邪と診断されていた-氷山係長が出社後に体温が急上昇。あわてて、もう一度病院に行くとインフルエンザと診断され、そのまま早退した。
風邪で苦しんだ挙句に、インフルエンザの追い打ちとは全く気の毒だ。Wの悲劇ってやつだ。
その前日に、彼の上司であるインフルエンザあがりの伏草課長が出社してきたこととの因果関係は不明である。
大阪国際空港-とはいえ、今は国際線は就航していない-に着くと、出発の45分前に天候調査を実施するが、新千歳空港が雪のため安全に着陸できない場合は関西国際空港に引き返す場合があるという、事情はさらに悪い方向へ進展していた。
こっちはいたって平穏な天候だというのに……
はいはい……と現実を受け止めるのとほぼ同じタイミングで、メールも届いた。このあたり、情報徹底という意味ではすばらしい。
なぜ、引き返すと言いながらも同じ大阪国際空港に戻らないのか?
そういうのは『引き返す』ではなく『行先変更』と言わないのか?
大阪国際空港-伊丹空港とも言うが、実際には伊丹市、豊中市、池田市にまたがっており、面積としては豊中市の占める割合が大きい-は、騒音などの関係で運用時間が7時から21時までと決まっているのだ。
だから、千歳上空まで行ったものの、引き返してきて大阪の街の明かりが見えたとしても、21時を過ぎていたら、関空に降りるしかないのである。
こんな夜更けに関空かよ
関空に降りられると悲劇だ。
いや、まだ南海やJRが走っている時間帯ならいいが、それより遅くなると陸の孤島状態になる。
ちなみに、1月6日に新千歳から大阪空港への便に乗った当支社の某課長は、雪や前日欠航の余波を受けた客の混雑の影響で出発が5時間遅れ、その結果関空に着陸し、でももう公共交通機関は営業が終わっており、航空会社が用意した『大阪空港』行きのバスに乗って、大阪空港に着いたはいいが、ターミナルビルは閉じられており、タクシーも1台もおらず、他の客はというと自家用車の迎えとかで次々と去っていき、タクシーを呼んだその課長がようやく自宅マンションにたどり着いたのは午前2時だったそうだ(が、彼はたいへんだったものの、それを人に語るときの様子は悲劇の主人公として酔いしれているようだった)。
今回、引き返したとしてもそこまで遅い時間にならないだろう。
けど、相当な疲労感が残存するのは目に見えている。
条件をのんでこの便に乗るべきか、これをキャンセルし、当初予定通りの翌朝便にするか、私は高度な判断を求められることになった。……続く
ゴットシャルク(ゴトチョーク Louis Moreau Gottschalk 1829-69 アメリカ)の「ポルトガル王ルイ1世讃歌による演奏会用変奏曲(Variations de concert sur l'hymne portugais)」Op.91,RO.289(1869)。
「ポルトガル王ルイ1世讃歌(賛歌)」という曲がどういうものか私は知らないが、それをもとにしたピアノと管弦楽のための変奏曲である。
ガートのピアノ、ローゼンバーグ/ホットスプリングス・ミュージック・フェスティヴァル交響楽団の演奏を。
2006年録音。ナクソス。
♪ 作曲家情報 ♪
19世紀の数少ないアメリカ作曲家の一人。スペイン風な性格の作品を残す。歌劇や交響曲も作曲したが、通俗的ピアノ曲がとくに親しまれている。
(井上和男編著「
クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)による)


