Hyouten  ジョン・ケージも真っ青?
 夏枝は再びピアノの前に座った。キイの上を白い指が走った。ショパンの幻想即興曲であった。次第に感情が激して来た。夏枝は長いまつ毛をとじたまま酔ったようにピアノを弾きつづけた。
 ちょうど、このころ幼いルリ子の上に何が起きていたかを、夏枝は知る由もなかった。
 突然ピアノ線が鋭い音を立てて切れた。不吉な感じだった。
 はっとし瞬間、
 「ピアノ線が切れるまで弾くとは、またずいぶん御熱心なことだね」
 いつの間にか夫の啓造が、いつものように優しい笑顔でうしろに立っていた。


 三浦綾子の「氷点」の、最初の方に出てくる一節である。

 ショパン(Frederic Francois Chopin 1810-49 ポーランド)の即興曲第4番幻想即興曲(Fantasie-Impromptu)」嬰ハ短調Op.66(1834)。


  タイトルは作曲者のあずかり知らぬところ
 ショパンは4曲の即興曲を残しているが、この第4番が書かれたのは、実は4曲中でいちばん先。
 第1番Op.29が1837年、第2番Op.39が1839年、第3番Op.51が1842年の作曲なのだ。

ChopinAskenase しかし、この『第4番』はショパンの死後の1855年になってはじめて、友人のユリアン・フォンタナが「幻想即興曲」と題して出版したため、『第4番」となり、同時に「幻想即興曲」と名づけられたのであった。


 ショパンの作品の中でもとりわけよく知られている曲ではあるが、ショパン自身は死後はこの曲を処分するよう望んでいたらしい。

 曲は複合三部形式で書かれている。演奏時間は約5分半。

 アウケナーゼの演奏で(って、私は「即興曲」のCDはこれしか持っていない)。

 1971年録音。グラモフォン(TOWER RECORDS VINTAGE COLLECTION +plus)。


 ルリ子ちゃんは、しかし夕方になっても帰って来なかった。
 ふだん子供たちは見本林を遊び場にしていることが多いそう。
 そう考えて、探しに行った夏枝だったが……
 
 みたところ見本林はひっそりとして、子供達の声も姿もなかった。
 この見本林というのは、旭川営林局管轄の国有林である。
 北海道最古の外国針葉樹を主とした人工林で、総面積18.42ヘクタールほどある。
 樹種はバンクシャ松、ドイツトーヒ、欧州赤松など15、6種類もあり、その種類別の林が連なって大きな林となっている。
 見本林の中には管理人の古い家と、赤い屋根のサイロと牛舎が建っていた。
 辻口家は、この見本林の入口の丈高いストローブ松の林に庭つづきとなっている。

 しかし、

 管理人が、林の中の家の窓から顔を出した。
 「病院のおくさん、どうしたんですか。今日は珍しく子供たちは林に入ってこなかったようですがな」
 親切で、いつもルリ子の頭をなでてくれる男だった。


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 さあ、話はどのような展開をみせるのか?

 私も初めて読むので、この先のことはあまりよくわかっていない……

Chopin♪ 作曲家情報 ♪ 
 ワルシャワ音楽院でJ.エルスネルに学び、ピアニスト、作曲家として成功し、1830年ウィーンに演奏旅行。その直後ワルシャワに独立運動が起こったため、帰国せずにパリに出た。以後もっぱらフランスを中心に活躍。ロマン派音楽におけるサロン風ピアノ作品に新しい境地を開拓して〈ピアノの詩人〉と呼ばれる。女流作家ジョルジュ・サンドとの交際は有名。
 (井上和男編著「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)による)