BekkerOrchestra  いまだに古臭さを感じさせない内容

 前に一度紹介した書籍、ベッカー著の「オーケストラの音楽史-大作曲家が追い求めた理想の音楽」(松村哲哉訳:白水社。電子書籍発行日2018年8月10日)は、久々に読み応えのある(おもしろくてためになるという意味で)『音楽書』だった。

 著者のパウル・ベッカーは1882年生まれのドイツ人。指揮者から音楽評論家に転じた人物である。
 1934年にフランスに亡命。さらにこの年の9月にニューヨークに移住している。

 1937年に亡くなったが、その前年の1936年に出版されたのがこの本。
 もう80年以上前に書かれた本だが、内容は少しも古臭くない。


 クラシック音楽ファン、特にオーケストラ作品が好きな人たちには、読むことを強くお薦めしたい。
 もっとも、1936年出版なわけで、ここで取り上げられている『最新』の作曲家は、ストラヴィンスキーやシェーンベルクといった人たちまで。ショスタコ―ヴィチなどは出てこない。

  祝!(?)没後150

 今年はベルリオーズ(Hector Berlioz 1803-69 フランス)の没後150年の年である。
 そこで、ベッカーがベルリオーズについて書いてある箇所の一部を紹介しよう。 

 ベルリオーズは革命的な作曲家であった。確かに、楽器の数の増加やその利用法、つまりオーケストラの構成や運用については、まさに革命家の名にふさわしい。あらゆる楽器の音色の微妙な陰影に通じており、それをどう変化させ、異なる音域をどう組み合わせるべきか、よくわかっていた。客観的に見ても、ことオーケストラに関しては、ベルリオーズがやり残したり、考えつかなかったりしたことなど何もないのではないかと思えるほどだ。パガニーニがヴァイオリンの名手であり、リストがピアノの名手であったのと同じ意味で、ベルリオーズはオーケストラの名手だった。オーケストラについては完璧なヴィルトゥオーゾであっただけに、作曲にあたって最初に彼の頭に浮かぶのが、音による効果だったのか、それとも音によって表現したいことだったか、断言するのは難しいだろう。
 しかし、ベルリオーズが変えたのはオーケストラという組織の編成のみであり、音楽形式については、編成拡大にともなう多少の修正にとどまった。和声や主題の展開といった純粋に音楽的な観点からすると、革新的音楽家としての彼の重要性は過大評価されている。彼がイデー・フィクスを交響曲に導入し、個々の楽章を結びつけて、詩的にも音楽的にも作品全体に統一性を持たせることに成功したのは事実である。しかしこのような考え方自体は革新的なものではなく、すでにベートーヴェンが第5と第9交響曲で用いた手法であり、かつウェーバーや他の同時代の作曲家たちも、主題の回想というやり方で過去に同様の試みを行なっていた。
 交響的作品を組み立てる際、ベルリオーズはこうした考え方を核に据えて、音楽史を一歩前に進めたが、それはあくまで一歩にすぎなかった。リストは交響詩で主題の統一性から形式の統一性へと踏み込み、ワーグナーはオペラにおいて劇の展開に統一性を持たせようとしたが、ベルリオーズはそこまでは踏み込まなかった。この事実から、ベルリオーズが結局は保守的な作曲家であったことがわかる。……


BerliozGraph う~ん、あまり考えたことはなかったが、鋭い指摘!

 確かにそうかも。

 ベルリオーズは大好きな作曲家だが、まったくもってすっごいことをやっているのに(規模的に)、音楽そのものは必ずしも斬新じゃないのは、そういうことだったのかと気づかされた。

 参考までに、上に引用した箇所に登場する作曲家たちの生没年を、エクセルでそれなりに苦労してグラフにしたものを載せておく。
 こうやってあらためて見ると、あらあらそうだったのってくらい、生存期間が重なっている。


IbertMartinon  軽快ではない奈落へ向かう行進曲

 そのベルリオーズの「ハンガリー行進曲(Marche hongroise)」。


 「ラコッツィ行進曲」とも呼ばれるこの作品は、4部からなる大作、劇的物語「ファウストの劫罰(La damnation de Faust)」Op.24(1845-46)のなかの1曲だが、そのなかでも、もっとも有名なもの。

 ちなみに、評論家のハロルド・C・ショーンバーグは、「大作曲家の生涯」のなかで、“ベルリオーズ自身が勝手に作った、素性の知れない音楽もあった。『ファウストの劫罰』は一体何であろうか。オラトリオなのか、オペラなのか。ベルリオーズはこの作品を「演奏会用オペラ」と称した”と『困ったちゃん』的に書いている。

 詞はゲーテの作品に基づき、G.de.ネルヴァルとA.ガンドニエール、そしてベルリオーズによる。


 大曲なのに、よく聴かれるのはもっぱらこの3分ほどのマーチだけというのは、ベルリオーズにとっては気の毒なことだ。


 私がこの曲を最初に聴いたのは、実は札響のLPによってであった。『札響ファミリーコンサート』というLPがリリースされて、その中に入っていたのだ。

 行進曲らしくない行進曲だなと強く思った記憶がある(行進曲にしては暗い!)。


 マルティノン/パリ音楽院管弦楽団の演奏で。


 録音は1958年と古いが、デッカによるステレオ初期のもので、全然古臭くなっていない、とは言えないまでも、名演であることは間違いない。


♪ 作品情報 (全曲)♪
【初演】 1846年・パリ(一部分削除。全曲初演は1877年・パリ)
【構成】 4部(約2時間10分)
【編成】
 Ms, T, Br/Bs, Bs, cho,  orch

 「ハンガリー行進曲」はオーケストラのみでの演奏。

 picc, fl 2, ob 2, cl 2, fg 2, hrn 4, tp 2, cor 2, tb 3, tuba, timp, 大太鼓, 小太鼓, シンバル, トライアングル, Str

【本作品について取り上げた過去の記事】

  耐えていれば素敵な発見もある。ベルリオーズ/ファウストの劫罰

  実践編とネガ反転写真へのしつこい記憶♪ベルリオーズ/ラコッツイ行進曲


Berlioz♪ 作曲家情報 ♪ 
 フランス・ロマン派音楽の確立者。金管楽器の拡充によって管弦楽の表現効果を飛躍的に高め、イデー・フィクス(固定観念)の使用による標題音楽の手法を試み、リストの交響詩、ワーグナーの楽劇への道をひらいた。ただし生前はフランス国内よりも、ドイツなどの外国で認められることが多かった。 (井上和男編著「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)による)