DSCN0201  正午だけ……
 私は12月4日・火曜日・赤口の今朝を東京で迎えている。

 『赤口(しゃっこう)』は大凶の日である。でも正午だけは吉なんだそうだ。正午だけ吉って言われてもねぇ。どうしたらよいもんだか……

 昨日~今日と出張で来ているのだが、なんだかんだいって東京に来たのは久しぶり。半年以上になる(7月は横浜(写真はそのとき泊まったホテルの冷蔵庫に入っていた、未知なる飲み物)までで、東京まで及ばず)。

 先日大阪で、いまから15年近く前に数年間仕事で非常にお世話になった取引先の方と久々の再会。食事をともにした。話は積もりに積もっていて、話し足りなかったものの、そこはお互い酒も弱くなり、遅くまで話尽きるまでとはいかなかった。また会って積もったものを減らさなければねばならない。

 で、昨日はその人と同じ会社に勤めていて、またまた15年近く会っていなかった方と再会。
 浦島や桃などの昔話に話が咲くと同時に、現在の業界動向について意見を交換した。
 夜も楽しく夕食をともにした。

 こういうタイミングっていうのは不思議と連続するもので、先週は、これまた今から10年ほど前にお世話になった方が、この夏に大阪に転勤になっていたことを知り連絡すると-向こうも私が大阪にいることに気づいていなかった-、さっそく支社まで足を運んでくださった。
 またまた昔話に花を咲かせなくてはならない。
 楽しみである。

DebussyRavelBoulez  草むらで淫靡なことを……
 ドビュッシー(Claude-Achille Debussy 1862-1918 フランス)の「牧神の午後への前奏曲(Prelude a l'apres-midi d'un faune)」(1892-94)。

 マラルメの詩「牧神(半獣神)の午後」による、ドビュッシーが印象主義音楽を確立した最初の作品。

 詩は昼寝(午睡)から目を覚ました半獣心が2人の妖精(ニンフ)と官能的な体験をし、そのことを自問自答するってもの。

 官能的な体験?なにそれ?

 って、水浴びをしていたニンフを追い回し、抱きしめたような気になって恍惚になるってもの。
 要するに、エッチな夢をみちゃったの。いけない神さまね!

 「前奏曲」となっているのは、午後に向けての前奏ってことではなく、当初の構想では「前奏曲」「間奏曲」「終曲」の3部構成にするつもりだったからだという。しかし、結局完成したのは「前奏曲」だけで、初演は大成功を収めた。

 ブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団の演奏で。

 1991年録音。グラモフォン。

 さて、このあと午前中に大阪に着く便で戻る。
 午後は会社でボーっとするつもり……なんて罪深いことは考えていない。

 あなたにも、再び凶となる午後を気を引き締めて過ごすことを推奨したい。