ロシア三昧(2曲だけど)
ホルストの「惑星」で幕を閉じた1995年の定期演奏会。
翌96年に私が定期演奏会に行けたのは、たったの2回。
1つは2月に行なわれた第377回。
指揮は秋山和慶。ヴァイオリンは加藤知子(20年後に彼女の独奏で伊福部昭のヴァイオリン協奏曲第2番を聴けることになるなんて(第569回定期)、もちろん想像すらしなかった)。
演目は、私の大好きなハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲。
加藤は躍動感にあふれたダイナミックな演奏を披露。あのときはかわいらしいお嬢さんって感じだったが、すっかり大物のオーラが。
オーケストラは相も変わらずエネルギッシュな好演。
ラフマニノフの交響曲第2番も、メランコリックなところはとことん切なく美しく歌い、終楽章などでは札響パワーが炸裂。
当時はいまほどの人気曲ではなかったこの交響曲を、秋山/札響のコンビによる安定した名演奏で聴けたことは貴重だった。
日本のマーラー指揮者登場
次に行ったのは、翌3月の第378回。
指揮は若杉弘。演目はマーラーの交響曲第9番。
いやぁ、ついぞ第9番まで取り上げてくれた(その後、現在に至るまで私が札響で聴いていない、あるいは札響が取り上げていないマーラーのシンフォニーは「大地の歌」と、10番の全曲版である)。
若杉といえば、日本人指揮者のなかではマーラーのスペシャリストとして定評のある人。
期待に胸がはちきれんばかりに膨れないワケがない。
ところがである。
当日私が感じたのは、なにかスカスカというか密度がない響き。
それなりに満足はしたのだが、両端の遅い楽章は間延びした感じがしたし、中間2つのテンポが速くオケが強奏する箇所が多い楽章も、どうもノリが悪く感じた。
そしてまた、オーケストラの注意力が散漫になったのか、終楽章ではふだんの札響ではありえない大ズレするパートも……
この演奏は後日、AIR-Gで放送され、私はエアチェックして聴き返したが、どこか他人行儀な演奏に聞こえた。
なお、この番組には若杉も出演して、インタビューに対し「マーラーばかりやっているとオーケストラの音が荒れます」と言っていた。そういうもんなんですかね?
この日のプログラムノーツには1枚の紙が挟み込まれていた。
今宵のマーラーは札響の初代常任指揮者・荒谷正雄の追悼する演奏とさせていただく、という内容のことが書かれていた。
すばらしい計らいだ。けど、そんな雰囲気の演奏ではなかった。
のちに若杉/東京都交響楽団によるこの9番のライヴ(1991年)を聴いたとき、札響の演奏に通じるものを感じた。
たぶん、これが若杉スタイルってものなのだ。
ズレはハプニングとしても、なにかがさつきのある緻密とは言えない響き。
どこか私にはなじめない演奏だ。
ここのブログ記事で、私は若杉のすごさがわかったとほめているが、なぜそんな虚勢を張ったのか自分でも思い出せない。
そしてまた、若杉/都響によるマーラー・シリーズのなかでは、まだ9番は良い方という意味で書いてもいる。生意気なこと言って申し訳ないが……
マーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の交響曲第9番ニ長調(1908-09)を、今日はレヴァイン/フィラデルフィア管弦楽団の演奏で。
なんのことはない。私が初めて買ったマラ9のディスク(そんときはLP)がこれだったってこと。
あっけらかんとした、たとえば追悼にはそぐわない演奏。それでも(って言い方は失礼だが)、当時はなかなか話題となった録音。
あっ、良く言えば若々しくてはつらつとしているってこと。オロナミンCの世界ね。
録音のせいか、音がちょっとキンキンしているのが難。
1979年録音。RCA。
長きにわたる定期会員の継続を断念
ところで、私はこの第378回もって定期会員をやめた。
仕事の関係で年に数回しか通えないような状況が何年も続き、いくら固定した席をずっと確保しておきたいとはいえ、ちょいと無駄が過ぎると判断したのだ。
翌シーズンのプログラムに魅力を感じなかったというのもある。
ブリックナーという作曲家がどんな曲を書いているのかは気になったが(←これこれ!)。


(笑)