心がウキウキする「売られた花嫁」序曲で始まり、ドヴォルザークのコンチェルトでは向山の骨太で力強いチェロの音に驚かされた。
「シンフォニエッタ」は、ヤナーチェク独特の野暮ったさというか田舎くささというか、まあそれが彼の民族っぽさなんだろうけど、そういう面をあまり強調しない、都会的な雰囲気の演奏。
だが、音の饗宴を堪能することができた。
翌10月の第373回はファリャの「三角帽子」の全曲を、手塚幸紀がメインで取り上げた。
それにしても、独唱の出番がとっても少ないこの曲。「ステージで出番を待っているのはたいへんだろうな」と思いながらステージを観ていた。
ただ、演奏会で全曲を聴けるのは貴重な体験だったものの、ちょっぴり長く間延びした感じがする。コンサートでは組曲版の方が「もっと聴きたかったのに」感があって、ちょうどいいのかも知れない。
アルチュニアンのコンチェルトは、超絶技巧が要求されるもの。
なのに、ちっともステージの光景が思い起こせない。
不思議だ。
当日、急きょプログラムが変更になった……ってことはなかったよな。
第374回には行けず(井上道義指揮でメインは「ツァラトゥストラ」)。
小玉ではない新人そして第375回。こうやって振り返ると、秋山和慶はほんとうに数多く札幌に来てくれていた。
プログラムはピアノ独奏に児玉桃を迎えてのプロコフィエフ。
どうでもいい話だが、児玉桃って工藤夕貴に似てるなって思った。
そして、ダイナミックなプロコフィエフの第3コンチェルトを聴いて、「この若者ただ者ではない」と思った。大型新人現る!だ。
このとき児玉はまだ23歳。現在はパリに在住し(きっと大)活躍している。
なお、来年5月の第619回札響定期に、児玉桃は姉の麻里とともに出演。
プーランクの2台のピアノのためのコンチェルトを弾く。
そして「惑星」。
音の洪水に、そしてまた静かな楽章はその澄み切った札響の響きに、ただただ酔いしれた私。
最後の、ステージ裏で女声合唱の声が遠のいていくのも、初めて実に効果的な工夫だと感じた。
これって、徐々に舞台裏でステージ側から後退して離れて行くそうだけど、足音がしないように靴は脱いで歌うって何かの本に書いてあった。
「手に靴を持って後ずさりしてるのかな」なんていう、曲とは関係ないことをしばし考えてしまった。
ホルスト(Gustav Holst 1874-1934 イギリス)の組曲「惑星(The planets)」Op.32(1914-16)。
この曲のCDでは、いまやすっかり私のなかでは印象が悪くなっているセクハラ・レヴァインによる演奏が、やはり迫力満点、聴きごたえ十分である。
「オーケストラをただ鳴らしまくっているだけじゃん」と言われれば、確かにそういう面もあるが、「占いで最悪のことを言われた」みたいにそんなに深刻になって聴くこともないわけで、ただただ絢爛豪華な響きを味わうには最適だ。
1989年録音。グラモフォン。
チラシには翌年1月第376回定期のプログラムも載っているが、マッシュちゃん指揮するブル5に、私は行けず、であった。

