あのときの大野さんはまだ30歳半ばでしたもんね……
前回取り上げた第364回定期演奏会のプログラムノーツ。
そのなかの、次回定期の演奏会の聴きどころを紹介する連載記事で、青澤唯夫氏がこう書いている。
……私が本格的に札響を聴きはじめたのは1991年からで、まだ日も浅いわけだから大きなことは言えないが、それにしても秋山和慶が指揮する時の札響は、聴き手にとってはもう安心して音楽に浸りきることができる。
ほかの指揮者が危なっかしくて仕方ないというつもりはないが、秋山和慶の指揮は私たちの国のあらゆる指揮者のなかでも屈指の安定感を持つことは疑いない。……
まったくもって同感である。
そしてまた、安定しているだけではない。そのプログラムは実に挑戦的である。
それが両立しているのがすごい。私はこれまで、秋山が指揮する札響で、つまらなかったと思ったことはない。
さて、1995年に入り最初に行ったのは、その首席指揮者・秋山和慶が登場する1月ではなく、大野和士が指揮した2月の第366回定期。
前半のワーグナー/ジークフリート牧歌、ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第1番(独奏:中村紘子)はなぜか印象に残っていないが、後半のルトスワフスキの「管弦楽のための協奏曲」は、札響の緻密なアンサンブルが楽しめた。ただ、大野の指揮はちょっとまじめすぎるというか、まだ硬いというか……
これまためったに聴けない生スクピーコン
次に行ったのは4月の第368回。
指揮は秋山。ピアノは伊藤恵。
この日も秋山は珍しい曲を取り上げてくれた。
スクリャービンのピアノ協奏曲である。
非常に甘美でロマンティックな作品で、私がこんなに良いと思っているのに、なぜ世の中の人々はあまり関心を示さないのだろうかと、孤独のどん底に突き落とされたような思いをしていたのだが、秋山が取り上げてくれて「ほぅらね!これだって『日本ではあまり演奏されることのない名曲』ってことさ!」と、市議会議員選挙で多くの支持を得たような気分になったものだ。
ただ、甘美でロマンティックということは、一歩間違えると甘ったるく平板で退屈な演奏ってことになりかねない。
しかしそこは『安定の秋山』(安定=優等生的ではない)。この曲の魅力をきっちりと聴かせてくれた。いつでも、さりげなくきちんと名演に仕立て上げちゃうところがすごい、秋山は。
もちろん伊藤恵も言うことなし。ときに優雅にときに激しくと、豊かな表現でこの曲を弾いてくれた。
スクリャービンで満足してしまったせいか、そのあとの「シェエラザード」はあまりよく覚えていない。このころから私の『メモリ不足』が始まっていたのだろうか?
翌5月の第369回は札響桂冠指揮者・岩城宏之の登場。
ドビュッシーの「夜想曲」とラヴェルの「ダフニスとクロエ」全曲という意欲的なプログラム。
これは行きたかった。つまり、私は行けなかった。
結局、私が岩城/札響のステージを最後に見たのは、聴いたのは、いつのことになるのだろう?これより前か?それとも、このあとも聴く機会があったのか?
今度、あらためて確認してみなきゃ
海の向こうでは大ヒットしたレクイエムが札幌市民会館で
6月も行けず、今度は7月の第375回。
指揮は秋山、ヴァイオリン独奏が戸田弥生。
モーツァルトの印象は残っていないが、「揚げひばり」は、札響の美しい弦の響きにのって、戸田が清楚な演奏を聴かせてくれた。
そして、ロイド=ウェッバーの「レクイエム」。
私は初めて聴くこの曲に、そして演奏に、すっかりやられてしまった。いや、気持ちが悪くなったんじゃなく、感動し、一目惚れした。
そもそもロイド=ウェッバーという作曲家を知らなかった。
「オペラ座の怪人」や「キャッツ」などの曲を誰が書いたかなんて関心がなかったんですもの。
実際、この曲が発表されたときにはここに書いたような反応が起こったほどなのだ。
このレクイエムの作曲者が有名なミュージカルの音楽を数々と手がけていたなんて思いもよらなかった私を、非難してはいけない。
でも発表後、すぐにヒットチャートに躍り出たとか、そのなかでも特に第7楽章の「ピエ・イェズ」は超人気となったなんてことを知らなかった私は、ちょっぴり非難の対象となりそうだ。
また、このレクイエムでは児童合唱のうち2人(ボーイソプラノとボーイアルト)が独唱も務めるが、おじさんはその姿-いっしょうけんめいきちんと上手に歌う姿-にもう涙腺が失禁しそうになった(児童合唱のメンバー全員もよくやってくれた!)。彼らももう30歳を過ぎてるな。いま、何してんのかな?
プログラムノーツに“照明 (株)ライズ”と書かれているが、このステージでは特殊な『照明』が仕掛けられていた。
曲の最後、オーケストラとオルガンがベスビオス火山の大噴火のように音響を炸裂させるところで-個人的にはこの破壊的な強奏が果たして必要なんだろうかと思っている-ステージの通常の照明が落とされ、赤い照明がステージ奥で照らされるのだ。まぁ、怖いことですこと……
様々な打楽器やサキソフォン、シンセサイザーなどが用いられ通常のレクイエムと様相は違うが(ヴァイオリンは編成に加わらない)、聴き手のツボをおさえた傑作であることは間違いない。
この曲のCDは、あいかわらずマゼール盤(イギリス室内管弦楽団、ウィンチェスター大聖堂聖歌隊他。1984年録音。EMI)しか出ていない(「ピエ・イェズ」だけなら他にも録音がある)。
この曲のヴォーカル・スコアの表紙もCDと同じデザイン。
きっと、いわゆるひとつの商業主義的なものがあるのだろう。

