大阪でも高評価だった高関/札響
 前回、第32話では高関健指揮による第333回定期(1992年2月)をほめたたえたが、翌月に行なわれた札響の大阪公演も高関が指揮したということをあらためて知った。

 プログラムはウェーベルンとバルトークは定期演奏会と同じだが、2曲目のコンチェルトは独奏が安永から変わり、曲もシベリウスのヴァイオリン・コンチェルトになったようだ。
 「ようだ」というのは、この大阪公演の資料が手元にないためで、たまたま今回、第337回定期のプログラム・ノーツにここに載せた文章を発見したのであった。

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 これを読むと、当時まだ専属指揮者だった高関が、のちに正指揮者に就任するのは宿命的なことだったようにさえ思えてくる。

  派手な響きの記憶が……
 さて、1992年は1月と2月のほかに私が行けた定期演奏会は、6月の第337回と10月の第340回だった。

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 第337回は小泉の指揮で私の大好きなプロコフィエフの交響曲第5番。また、札響とは初協演となるダン・タイ・ソンがシューマンのコンチェルトを弾いた。

 それにしても、たいていの場合は団体の方が割引で優遇されるはずなのに、団体損とは気の毒な名前だ(日本語的には)。

 ところで、この演奏会だが、ほとんど印象に残っていない。ヘンなの……

 あぁ、7月の工藤のイベールのコンチェルト、聴きたかったなぁ。

  すばらしかった舘野のハチャトゥリアン
 10月の第340回は大友直人(定期では札響初協演)の指揮で、メインはこれまた私の好きなレスピーギの「ローマの松」。もっとも曲の長さからすれば1曲目のシベリウスの交響曲第5番の方がメインっぽい。

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 この2つに挟まれたサンドイッチの具で演奏されたのが、舘野泉(もちろん病気になる前)によるハチャトゥリアンのピアノ協奏曲(当夜でいちばん長い曲は、じつはこれ)。
 この演奏がしこたま良かった!

 私自身、このコンチェルトを耳にするのは初めてだったが、すぐに魅せられてしまった。
 この日の演奏会の模様を放送したAIR-G(FM北海道)の『札響アワー』を後日エアチェックして聴き返したが、曲はもちろんのこと、舘野&大友/札響の演奏も実にすばらしいことが、録音を聴いても実感した。

  心にしみいったアンコールのシベリウス
 さらに舘野がアンコールで演奏したシベリウスの「6つの即興曲」Op.5の第5番が、涙が出そうになるくらい心にしみいる抒情性豊かな演奏。
 この曲を聴くと、いまでもあの夜のこと、ステージでしっとりとピアノから音を紡ぎだす舘野の姿を思い出す。

 メインの「ローマの松」は壮大さ華麗さをストレートに引き出した演奏。
 音の洪水に酔うことができたが、「なぜ?」と言われるとよくわからないが、心臓がバクバクするほどの興奮はしなかった。

  ハチャトゥリアン(Aram Ilyich Khachaturian 1903-78 ソヴィエト)のピアノ協奏曲変ニ長調(1936)についてはここに書いているが、なんとも独特な雰囲気をもった作品。

 ロシアの陰鬱な雰囲気-本当にそうなのかどうかは知らないけど-がプォンプォン発散される。それは聴く者に歓びなどちっとも与えない。楽しげに始まる終楽章だって、どこか明るくなりきれない。それどころか、最後には第1楽章の“圧力”を感じさせるような第1主題が回顧されちゃう。

 なのに、なのにである。また聴きたくなっちゃう魔力がある。

 独特の-ハチャトゥリアンらしい-暗さと重苦しさ、哀愁のせいでこの曲はあいかわらず人気度アップとはなっていない。どうか、世のピアニストたちはもっと取り上げていただきたい。じゃないと、下手すりゃ同じように忘れ去られかけているスクリャービンのピアノ協奏曲の方が知名度が高くなってしまうかも(スクリャービンのコンチェルトも良い曲だ)。

 今日は、以前にも取り上げたラローチャのピアノ、デ・ブルゴス/ロンドン・フィルという、ロシアの方々ではないメンバーによる演奏を。

 1972年録音。デッカ。