201806Curry  暑い日は辛いカレーで自虐的発汗
 土曜日。久々にカレーを作った。


 先日、妻が『市川園』の通販でこちらにレトルトのカレーを送ってくれた。
 2食入りで税込み977円という、そこそこな高級品である。

 なのに私はカレーを作った。
 というのも、妻が市川園のカレーのことを「きっとおいしいと思う」と言っていたからだ。
 そう。妻も食べたことがないのだ。
 そこで、妻も味見できるよう今回は手をつけないことにした。


 とても美しい話ではないか!だが、あと2つ理由がある。

 1つは災害に備え、レトルト食品はいまは一応温存しておいた方がよいと思ったこと。
 もう一つは、 このカレーが『まろやかカレー』だということだ。
 まろやかなカレー、大いに結構!しかし今回はスパイシーなカレーを食べたい気分だったのだ(まろやかカレーのパッケージにもスパイシーと書かれているが、それについてはいま気づいた)。

 私がいつも使っているルーは『バーモントカレー』の辛口か中辛で、ほとんど浮気したことがない。それぐらい『バーモントカレー』の味に満足しているのだ。
 ほかのカレールーをいろいろと試したことはない。なぜならその必要がないくらいからだ。西城秀樹も喜んでくれていると思う(子どものころ食べていた『印度カレー』は、今の私にはまったく口に合わない)。


 ただ味に不満はないが、今回はもう少し刺激が欲しかったのだ。


20180630CurryP1  初めて知った分量の違い
 そこで『バーモントカレー辛口』と『ジャワカレー中辛』を半々ずつブレンドしようと考えた。
 これなら『バーモント』の味わいと『ジャワ』のスパイシーさを兼ね備えた、ジャワ原人もおいしさのあまり思わず歌いだしたくなる「ジャワモントカレー」が出来上がるはずだ。


 ちなみにハウス食品発表による辛味順位は、『バーモント辛口』は3だが、『ジャワ』は中辛でも4である。『バーモント辛口』は『ジャワ甘口』と同じ辛さなのだ。


 ところが半々に使う計画はすぐに壁にぶち当たった。

 同じ小箱を買ったのだが、そしてバは115g、ジは104gと微妙な差はあるものの、使う材料の量も違うのだ。

20180630CurryP2 それぞれを見ると、肉とにんじんの必要量は同じだが、玉ねぎはバの方がジの2倍必要だし、じゃがいもも同じく1.5倍。水の量の違えば、出来上がりの皿の量も違う。


 ルーを半々にするなら、玉ねぎは中1.5個、じゃがいもは私は入れない主義なのでパスするとしても、水の量は800mlにしなければならない。こうして出来上がる量は5.5皿分となる。


 「どうせ目分量で作るんだろう」と言われればまったくその通りなのだが、なにか妙に心に引っかかる。


 そんなわけで『ジャワモント作戦』は中止。
 『ジャワカレー単独』作戦に変更したのだった。
 なお、肉の量は指定された量よりも多くしたのは言うまでもないし、その肉が豚肉なのもポークカレー派の私としては当然である。
 ただし今回はあらかじめ豚肉をお湯で煮て、脂を抜いてから使ってみた(いつもはソテーしている)。


  日本の民謡に似ている⇒われらは共にあり
 深井史郎(Fukai,Shiro 1907-59 秋田)の交響的映像「ジャワの唄声(Chanres de Java)」(1942)。


 片山杜秀氏は「クラシック迷宮図書館 片山杜秀の本(3)」のなかで《ジャワの唄声》について、次のように書いている(初出:2003年7月)。

Fukai Naxos 私の好きな音楽のひとつに、深井史郎の《ジャワの唄声》という管弦楽曲がある。それは伊福部昭の《交響譚詩》などとならぶ戦時下日本作曲界のヒット作のひとつで、主題にもちいられるのはジャワのスンダ民謡であり、それがラヴェルの《ボレロ》の要領で執拗に反復され、おそるべき高潮を示すのだけれど、その節は、まるでどこかの馬子唄(まごうた)とか《会津磐梯山》とか、ああいう系統の唄としか思われないくらい日本民謡っぽい。そしてじつは深井が《ジャワの唄声》を作曲した動機もそこにあった。
 そのころの日本は岡倉天心の「アジアはひとつ」なるスローガンを政治課題化し、「大東亜共栄圏建設」を謳っていたが、そこで問題になったのは、アジアはほんとうにひとつか、インドも中国も日本もみなアジアだといって、それらが「共栄圏」として現実に結ばれるだけの歴史的・文化的根拠があるか、国をこえて共通するなにかが真実存在するかということだった。そこに日本民謡に似たスンダ民謡があらわれたのである。日本の唄声とジャワの唄声がそっくりなら、アジアはひとつということの一傍証が得られるかもしれない。日本の兵隊や文化人もジャワはどこか懐かしいなんていいだした。深井はそういう昂奮の中で《ジャワの唄声》を書いた。……
 

 曲は3つの部分に分かれていて、第1の部分が、スンダ民謡の繰り返し。ただラヴェルの「ボレロ」とは違い、リズムは変化する。第2の部分は土俗的ながらも都会的な雰囲気を失わない不思議な狂乱。そして第3の部分では徐々に静まって曲を閉じる。

 交響的映像というのもあまり聞いたことのない言葉だが、深井の頭には何か『映像』があって、それを音にしたということだろうか?


 ヤブロンスキー/ロシア・フィルの演奏を。


 2004年録音。ナクソス。


 なお、このCDのライナーノーツも片山氏が書いている。

 
 さて、できあがったカレーのお味は……