ほっとしてさようなら(?)
ゴールデンウィークで留守にしている間に、子づくりをしたやつもいれば、鬼の居ぬまにとばかり生育旺盛になっていたやつもいた。多肉植物のことだ。
オリーブの木については水不足で枯れてしまうのではないかと少し心配していたが、戻ってみると少々かさついていた葉が散見されたものの、耐え抜いてくれていた。
休み明けに顔をあわせた氷山課長が「オリーブ、大丈夫でしたか?」と心配のあまりよく寝付けなかったような顔、とは無縁の晴れやかな顔で声をかけてくれたが、「へーき、へーき、乾燥に強いんだねぇ」と私も強気な発言をしてした。しかし、その日帰ると、葉が3枚床に落ちており、さらに翌日帰宅すると、葉が6枚落ちていた。すでに2桁の枚数だ。8進数ならば。
かわいそうに、主人が返ってくるのを待って、姿を見てからこの世に別れを告げたのだろう。
ダイソンじゃないので非力?
私はハンディークリーナーでそれらを吸い込もうとしたが、実に頼りにならない非力な奴で、そりゃ多少厚めの葉とはいえ、その葉を吸い込めないでいる。結局、指先を駆使して拾い集めゴミ箱に捨てた。
その後1日に1枚か2枚の落葉が続いているが、どうやら枯れ木にはならないで済みそうだ。だが、次に訪れるお盆休み期間-つまり5月とは比べ物にならないほど暑くなる-のことを考えると、気が重い。
なお、百均などでペットボトルにつける給水器が売られているが、どうも頼りにならない。
むかしこれを買って試したことがあるのだが、うまくいくこともあるが、なんとその日のうちに水が全部土の中に出切ってしまい、おまけに下の鉢皿から水があふれてしまったという経験がある。つまり、うまくいかない確率の方が、私の経験では圧倒的に多い。
この先、水やりをいっそう控えめにして、ジャミラのように乾燥に強い体質に改善させるしかない。
ストニングズ(Henry Stoning 1540頃-1589頃 イギリス?)の「ブラウニング・マイ・ディア(Browning my dear)」。
「葉は緑に(The Leaves be Green)」の主題による曲ということだが、そもそも「葉は緑に」が何か私にはわからない。バード(William Byrd 1543?-1623 イギリス)にこの名の作品があるようだが、私は耳にしたことがない。
「ブラウニング・マイ・ディア」はロビン・フッドにまつわる中世音楽を収めたナクソスの「緑の森の木陰で」に収められている。
演奏はデリック/エスタンピ。
1995年録音。
都会には土がない……
さて、元気に伸びたせいでそれを背負っているワンちゃんがバランスを崩し傾きかけていたので、植え替え&配置換えをすることにした。
仕事帰りに小さな鉢と用土を買おうと思い、梅田界隈の園芸店を何軒か回ったが、鉢花や切り花は売っているものの、用土はどこにも置いてなかった。むしろ「なんでこんなマチナカで土なんて探してるの?」って感じだった。確かに、そんな重いものをここで買ってわざわざ電車に乗って帰る人なんていないだろうし、店としてもいつ売れるかわからないし、きっと利幅もそんなにない(と思われる)ものを在庫する気はないのだろう。
その日は、たまたまというかまたまたというか、氷山係長とポテトサラダと山芋のチーズ焼きを食べて帰ることにしていたので(それ以外にも、オリーブにばれるとまずいが、たっぷり水分補給をした)、その前に園芸店回りをしたのだが、まったくの空振りだった。
「そうだ、DAISOにあるに違いない」と、梅田の地下街にあるDAISOに行ったが、場所柄か園芸用土も、そして鉢も置いてなかった。
失意のまま地下街を歩いていると、たまたま前を通った雑貨屋で鉢を発見。しかもテラコッタでなかなかかわいらしいうえにしっかりした造りにもかかわらず、百円ショップでもないのに価格はDAISOと同じ税込み108円。私はそれを2つ買った。
氷山係長と合流し、『権之介』(氷山係長の名前ではなく店の名前である)に入りポテトサラダ-実においしいポテトサラダだった-をシェアしながら、私は土を手にできなかったことを嘆き、彼はその日、どういうことか-神の祟りかもしれない-ズボンの縫い目がほつれてしまって、中途半端なチャイナドレスのようになってしまったことを悲しんだ。
そのときである。私はマンション最寄りの-ということは、ふだん利用している-駅のすぐ近くにDAISOではない百円ショップがあることを思い出した。
飲んだ後なのでかったるかったが寄ってみると、そこには当たり前のように何種類かの土が置いてあり、私は挿し木用の土-それがいちばん水はけが良いはずだ-を買った。
植え替えを終え、ワンちゃんの体を倒そうとしていたベンケイソウ系のものはワンちゃんの背中から幽体離脱させ、そのかわりにアロエ(の仲間)を背負わせた(奥に写っているのは乾燥に耐え抜いた勝ち組のオリーブの葉)。
なお、小さな鉢植えゆえに、歩き回った末にようやくゲットした土も使用量はわずか。そのほとんどが在庫としてわが家に残っている。


