D-S-C-Hと1音違い最近になって気づいたのだが、私の妻の名前をローマ字表記すると、そこには音名にある文字が4つもあることがわかった。私の名前には1つしかないので、なんとなくうらやましい。
その文字はAとS(Es)とCとH。イと変ホとハとロである。
だからどうしたって話だが、これって、ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)のD-S(Es)-C-H(ご存知のようにこの4つの音による動機は、彼のいろいろな作品に顔を出す)と1字違うだけだ。ますますうらやましい。
私に作曲の才能があれば、妻の名の4つの音を使って壮大なシンフォニーを書くところだ。
ショスタコーヴィチ風に予告すると、
いま私はとても大きなシンフォニーを構想中である。これには4巻編成のオーケストラに加え、豚以外、いや、舞台外に金管のバンダ、オルガン、混声合唱を要することになるだろう。テーマは偉大なる日本女性への讃美であり感謝である。
って感じだろうか?
でもそれ以前に、妻に作曲の才能があれば、私がとやかくいう隙もないうちに、とっくに書き上げているだろう。
しつこい名乗りショスタコーヴィチの交響曲第10番ホ短調Op.93(1983)。
この交響曲では第3楽章で-第8番、第9番と5楽章構成の交響曲が続いたが、第10番は4楽章構成である-D-Es-C-Hの動機が現われるが、自己顕示欲が強いと言わざるを得ないくらい執拗である。
そして暗から明へと展開する第4楽章で、この動機は爆発するのである(スコア掲載箇所。このスコアは全音楽譜出版社のもの)。
ショスタコーヴィチの交響曲第10番の発表の際に、ソヴィエトでは3日間にわたって、この曲についての討論会が作曲家や音楽評論家などによって行なわれたが、その討論会でショスタコはこう述べている(zen-onスコアの園部四郎氏の解説による)。
私は第10交響曲の作曲に昨年の夏とりかかり、秋に完成した。私の他の作品と同じように急速に書いた。このことは、むろん長所ではなく欠点である。なぜなら多くのものはこのような急速な仕事ではうまくいかないからである。……
って、謙遜しているように見えるが、実はまったくそうは思ってないに違いない。ショスタコらしい二枚舌だ。
ここでも取り上げているヤンソンス/フィラデルフィア管弦楽団の演奏を。
1994年録音。EMI。
ふと、かき揚げそばが食べたくなっているのはなぜかしら?
