KomiyaCMozart  特殊な美人? 
 村上春樹の小説の読者なら、彼が女性を描くとき、素直に「誰もが振り向くような美人」とか「男性なら虜にならない者はいないほどかわいい」といった表現はしない。

 彼女は決して美人ではなかった。しかし「美人ではなかった」という言い方はフェアではないだろう。「彼女は彼女にとってふさわしいだけの美人ではなかった」というのが正確な表現だと思う。
 (風の歌を聴け)

 ……標準的な意味での美人ではない。頬骨が前に突き出したところがいかにも強情そうに見えるし、鼻も薄く少し尖っていた。しかしその顔立ちには何かしら生き生きしたものがあり、それが彼の注意を引いた。…… (色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年)

 ……顔立ちは美人というよりむしろキュートだった。…… (同)

 ……美人という範疇に入るかどうかは微妙なところだが、髪がまっすぐで長く、鼻が短く、人目を惹く独特の雰囲気があった。…… (木野)

 最初に関係を持ったのは、二十代後半の背の高い、黒目の大きな女性だった。乳房は小さく、腰は細かった。額が広く、髪がまっすぐで美しく、体つきに比べて耳が大きかった。一般的な美人とはいえないかもしれないが、画家ならちょっと絵に描いてみたくなるような、特徴のある興味深い顔立ちをしていた。…… (騎士団長殺し)


 という具合だ。

  つまり『標準的』ってこと?
 こういった描写を読んでいて、いつも私が思い起こすのは、モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)が、1781年12月15日に父・レオポルトに宛てて書いた手紙の一節。
 結婚したい女性ができたという報告である。

 

 ……ぼくの愛するコンスタツェの性格をもっと詳しく知っていただかねばなりません―彼女は醜くはありませんが、決して美しいともいえません―彼女で美しい点といえば、その二つの黒い小さな眼と、すらりとした身体つきです。才気はないが、健全な理性は十分あるから、妻として母としての義務は十分果たすことができます。…… (吉田秀和編訳「モーツァルトの手紙」:講談社学術文庫)


 ここでは吉田秀和氏の訳を載せたが、ここと同じ箇所がハロルド.C.ショーンバーグの「大作曲家の生涯」(共同通信社)にも載っていて、若き日にそれを読んだ私はなぜかこの“彼女は醜くはありませんが、決して美しいともいえません”表現がとっても気に入ったものだった。
 きっと自分が美人のクラスメートには相手にされなかったからだろう。

 最近になって、小宮正康『コンスタンツェ・モーツァルト「悪妻」伝説の虚実』(講談社選書メチエ)を購入した(電子書籍版)。

 彼女は醜くはありません。しかし、けっして美人というわけでもありません。……

 久しぶりにこれを目にし、懐かしく思ったと同時に、もしかして村上春樹はこの一節を参考にしたんじゃないかと、ちらっとだけど思った。

  間違いなくセクハラですな
 モーツァルトがこの手紙を書いた前の月の11月に完成させた作品、それは「2台のピアノのためのソナタ(Sonate fur 2 Klaviere)」ニ長調K.448(K6.375a)である。

MozartSonata2piano このソナタはモーツァルトのピアノの弟子ヨーゼファ・バルバラ・アウエルンハンマーというウィンナーや金づちを連想させる名の女性と共演するために書かれた。

 なお、モーツァルトはアウエルンハンマーの才能は高く評価していたものの、容姿については父宛ての手紙でメタクソに書いている。

 このソナタが連弾ではなく、2台のピアノを用いたのも、彼女と並んで弾くのが嫌だったからかもしれない。なにせ、“吐き気をもよおすほど”とまで書いているのだから……

 私が持っているCDは、オールトとデュチュラーのによるフォルテピアノを用いた演奏。

 2001年録音。ブリリアント・クラシックス。

 この本、まだ読んでいる途中なので、内容についてはここでは触れない。
 読後、私は「コンスタンツェが悪妻だったなんてねつ造された話だった」と思ってるだろうか?