目玉は2個にしちゃおうかしらいまマンションの一室にて、ときおり思い出したように私が使っている炊飯ジャー。
“思い出したように”と書いたのは、一人暮らしゆえ、毎日のようにご飯を炊くことがないという意味であって、決して邪険に扱っているのではない。
これをケーズデンキ江別店で買ったのは帯広に転勤するときだったので、私と一緒に暮らしてもう7年目になる。
7年ということは、壊れてもメーカーに部品の在庫がなくなる年ごろである(そういう点では、ノートPCも同じ年月が経ってしまっている)。
7年ということは、壊れてもメーカーに部品の在庫がなくなる年ごろである(そういう点では、ノートPCも同じ年月が経ってしまっている)。
で、最近ちょいと甘いのである。
いや、スイートじゃなくルーズの方。
いや、スイートじゃなくルーズの方。
ふたをカチャンとロックする部分のスプリングが根性尽き果てつつあるのか、いさぎよく閉まりにくくなっているのである(写真上)。だが、スプリングの引っ張り力を補助するために、指で引っかかる部分を押してやると、きちんと閉まってくれる(写真下)。
つまり年のせいで反応が鈍くなってはいるものの、まだまだ現役。熱くなるのである。
昨日の朝の6時にふっくらアツアツごはんが炊き上がるよう、前夜に無洗米「ななつぼし」を釜に入れて、ふたを閉め、タイマーセットした。
おかずはいわしの甘露煮(いただき物の札幌グランドホテルのブランドの缶詰。箱は立派だが箱から出すとカオナシ的だ)と目玉焼き-しかも贅沢に両眼-と決めていた。
噴火口かっ!
その昨日の土曜日の朝はちょっとお寝坊さんして、私はご飯の炊き上がりを告げるピーピー音で目覚めた。
その昨日の土曜日の朝はちょっとお寝坊さんして、私はご飯の炊き上がりを告げるピーピー音で目覚めた。
低血圧ではない私は、ふとんから起き上がるのも早い。
すぐさま飛び起き、お目覚めの合図をしてくれた炊飯ジャーのところへ行こうとしたら……目に飛び込んできたのは、そいつが「千と千尋の神隠し」の『番台蛙』の口のごとく、ぱっくりとふたを開けていた姿だった。
そして、釜の中には表面が乾燥した雷おこしの塊のようなものが……
見た目がおしゃれな白いサボテン用土のようにも見えた。
見た目がおしゃれな白いサボテン用土のようにも見えた。
でもそれは表面だけに違いない。中はそれなりに食えるだろうと、淡い期待をかける。
が、中の方は……やっぱり典型的な『めっこめし』であった。
食べたら確実に胃が痛くなるだろう。
が、中の方は……やっぱり典型的な『めっこめし』であった。
食べたら確実に胃が痛くなるだろう。
炊き立てのご飯をほおばる……そんなささやかな希望がかなわなかった年度末最後の朝であった。
今回の事故を教訓にして、次回からはロック部分を3回押すことにしよう。
ライヒ(Steve Reich 1936- アメリカ)の「砂漠の音楽(The desert music)」(1983)。
作品についてはこちらをご覧あれ!
私が持っているCDは、T.トーマス/ブルックリン・フィル団員他の演奏によるもの(1984年録音。ノンサッチ)だが、廃盤。
【めっこめし】 北海道の方言で、きちんと炊けずに芯が残っているご飯のこと。
【めっこめし】 北海道の方言で、きちんと炊けずに芯が残っているご飯のこと。





なかなか仰々しい炊飯器ですね。餅までつけそう。パンも焼けそう。
復活祭、おめでとうございます。