何を抜くというのか?歯を抜いた話ではなく、今日は鶏肉を抜いた話。
といっても、日本語としてはちょっぴり誤解を招きそうな一品について。
どこのそば屋のメニューにも書かれているわけではないが、《かしわ抜き》というのがある。
北海道では《かしわ抜き》という言葉はほとんど一般的ではない。
だったら、都府県の人なら誰でも知っているかというと、必ずしもそうでもないようだ。
神奈川出身のあるお方とそば屋-いまはなき『花桐」-でお酒を飲んていて、私が「かしわ抜き!」と頼むと、「なんですかそれ?かしわのないかしわそばってどういうものですか?」と奇人を見るような目で見られたことがある。
《かしわぬき》とは《かしわ》を抜いた、つまり《かしわ》が入っていない《かしわそば》のことと思えてしまう。日本語としてそう捉えるのは自然である。でも、それなら《かけそば》と一緒だ。
実は《かしわ抜き》というのは《かしわそば》から《かしわ》を抜き取った、その抜き取られた《かしわ》のこと。もっと端的に言えば《かしわそば》から《そば》を抜いたものである。
なぜか陰鬱な印象がする「顔」
同じように《おかめ抜き》というのもある。
これも、おかめ顔の子は仲間に入れてやらないという意味ではなく、《おかめそば》のそば以外を盛りつけた料理である。
北海道では《おかめそば》もまったくもって一般的ではない。
なにが《おかめ》なのかというと、かまぼこやのり、しいたけや伊達巻などをおかめの顔のようにトッピングしてあいるからだそうだ。
北海道のそば屋のメニューではまず見かけない。大丸百貨店に入っている『永坂更科布屋太兵衛』にはあるようだが、それは東京のそば屋だからだろう。
ちなみに北海道では《五目そば》はどこにでもある定番メニュー。こちらはちらし寿司風にいろんなものをトッピングしたもので(つゆのなかにかしわまで入っているとすごく豪華な気分に浸れる)、《おかめそば》よりも色合い的にもちょっぴり派手だ。
ただもし《五目抜き》ってのがあったとしたら、ごちゃ混ぜ感が強くて食欲をそそらないだろう。
そんなわけで、家でまた《かしわそば》を作ったが、かしわを入れたそばつゆをそのまま椀に盛れば《かしわぬき》ってわけで、お酒のお供に最適だったということを、私は言いたかっただけである。
聴きどころを抜き出すしたわけで……
そんなこんなで今日は、ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)のバレエ「明るい小川(The Limpid Stream)」Op.39(1934-35)の抜粋版を。
「明るい小川」はロプホフとピョトロフスキーの台本による3幕のバレエ。
ここに書いたように、ショスタコーヴィチはこの曲に対するプラウダ紙に掲載された「バレエの調子はずれ」と題された論文で、共産党から批判され窮地に追い込まれることになる。
今日は、組曲版ではなく全体から29曲を抜粋(しつこい!)したロジェストヴェンスキー編を。
演奏はロジェストヴェンスキー/ロイヤル・ストックホルム・フィル。
1995年録音。シャンドス。
……と書いてきたが、タワレコで調べると《取扱い終了》。《廃盤》とは書かれていないが、事実上の廃盤ってことだろう。こんな楽しい、そして貴重な音源をなんたることか!(って、売れなかったのね)。Amazonで探しても中古盤もヒットしない。
さんざん本日の漢字《抜》に執着していたのに、最後の最後で何たること。
いまの私は、魂が抜かれたような状態だ。
しょうがないので5曲からなる組曲版(Op.39a)の録音をあらためてご紹介しておく。
クチャル/ウクライナ国立交響楽団の演奏。
ほれ!これが土曜日に私が作った《かしわ抜き》、つまりはかしわそばのつゆである。


ありがとうございます。確かに「五目そば」=ラーメンということもあります。
が、北海道ではラーメンにあまり「五目そば」という呼び名は使わないです。