Haydn82  ベートーヴェンより複雑なハイドン
 岩城宏之の「楽譜の情景」(岩波新書)。

 そのなかの「メトロノームへの不信」という章で、岩城は書いている。

 ウィーン・フィルハーモニーの定期演奏会で、ハイドンの交響曲を指揮した時のことである。第82番ハ長調の「くま」だった。他の曲は、ベルリオーズの「幻想交響曲」で、これはしょっちゅうやっているレパートリーなので問題なかったが、曲目を決める時に、ハイドンがイヤだとぼくはかなり抵抗した。どうも苦手な作曲家なのだ。
 有名な「びっくり交響曲」なんか、特に第2楽章は誰にでも親しまれているし、とっつきやすいように思えるが、いざ指揮者になってたびたび取りくんでみると、これほど手ごわい曲はない。生まれて初めてプロのオーケストラを指揮したのは東京フィルハーモニーで、指揮者の卵になったばかりのぼくは、プログラムの最初にうれしくこの「びっくり」を入れたのだった。そして、ハイドンはあらゆる作曲家の中で最も難しい、と言われていたのを実感として味わい、手も足も出ぬ敗北感にうちひしがれた。
 100以上書かれたハイドンの交響曲は、気軽にきいていれば、どれも単純明快で、テンポの変化もないし、始まればそのまま、一気呵成に終わってしまうように思える。しかしちょっと調べると、フレーズの入りくみ方など、モーツァルトやベートーヴェンよりはるかに複雑だし、第一、アンサンブルの難しさは、後のロマン派の作曲家たちの作品の比ではない。毎週のように殿様のために交響曲を量産したのに、こんなにも複雑で、しかも単純明快にきこえるというのは、音楽史上数多い天才たちの中でも、特別にものすごい人だったのだと思う。よく天才とは、モーツァルトのためにだけ存在する言葉だ、と言うが、ぼくはハイドンとモーツァルトのために……と信じて疑わない。


NagoyaBankLoanKuma このときウィーン・フィルはどうしてもハイドンをやれと言い、くまこまったもののもはや岩城は逃れられない。しかし、ウィーン・フィルの長老楽員2人からのアドヴァイスで、無事本番を終えることができたという。

 彼らのテンポに関する忠告通りにハイドンを演奏し、うまくいった。うまくいったと思いこんだだけかもしれないが、不思議なことに、長年のハイドンコンプレックスが消えてしまった。

SSO218Program  ウィーン・フィルで《リハーサル済》
 1981年9月に行われた第218回の札響定期演奏会は、創立20周年の記念回であった。

 この日、岩城が組んだのはソリストを招かないプログラム構成。

 1曲目がハイドンの交響曲第82番。
 2曲目は、北海道出身の廣瀬量平による、札幌交響楽団20周年記念委嘱作品「ノーシング」。
 3曲目はベルリオーズの幻想交響曲であった。

 新作の委嘱作品は別として、2曲は『楽譜の情景』に書かれているウィーン・フィルとのコンサートと同じ曲目。
 こういうこともあったので、私が岩城に、札響で「春の交響曲」をやってくれるのではないかと妄想を膨張させたことがおわかりいただけると思う。

SSO198thCampa ジャン・バティストゥ・マリによる幻想交響曲について書いたとき、大切なことに触れるのを忘れてしまったが、あの日のコンサートのとき、札響は「幻想」専用の鐘をお披露目した。

 北海道の人なら、まだ自宅に風呂がないころあこがれたであろう『ほくさんバスオール』(販売開始は1963年だそうだ。私が子どものころはTVコマーシャルもやっていた)。その『ほくさん』(現エァ.ウォーター)が幻想交響曲専用のオランダ製の鐘1対を札響に寄贈したのだ。

 198回定期で初めて使われた、ほかのオーケストラでは持っているところはないであろうこの専用鐘は、札響が幻想交響曲をやるたびに、力強くも美しい響きを聴かせてくれている。

SSO218thCD ところで、幻想交響曲の鐘をきちんと狂いのないタイミングで打っている演奏は意外と多くない。レコーディングした音源でもずれているものがあるし、ライヴ録音ならなおさら。ひどいときには打ち損じて鳴らないこともある(例えばこれなんてひどいもんだ)。

 私はこれまで5回ぐらい札響で「幻想」を聴いているが、いつも完璧だ。
 指揮者も違うし、奏者もそのときどきで変わっているはずだが、いつもきちんと打たれているのは、当たり前と言ってしまえばそれまでだが、みごとだ。

 この日は(「も」というべきか)終楽章ともなろうものなら、私は打楽器奏者たちに目も耳も心も奪われ、全体の演奏についてはあまりに興奮しきっていたせいでよく覚えていない。

 この「幻想」はのちにCD化されたが、「幻想」1曲しか収めれてないなんてお得感がないなどとせこいことを思っているうちに廃盤。買いそびれたことをいまでもネチネチと悔やんでいる。

 ハイドンに話を戻すが、“ハイドンコンプレックスが消えてしまった”というだけあってか、この日の交響曲第82番は良かった。

 「良かった」とは漠然としすぎた言い方だが、私自身も、この演奏でハイドンが苦手だったのを「すっかり」とは言わないまでも、解消できた。苦手にしていたのを克服した指揮者のおかげで、私の苦手意識もかなり解消したのだ。ハイドンってメリハリがなくて退屈で……というイメージが変わった。

 ピリオド的演奏ではなかったが、岩城の甘ったるさを排したアプローチ、というか氏の指揮特性が、きびきびとした引き締まったハイドンを生み出した。

 私がハイドンを少しずつ聴き始め、聴く曲の範囲を広げていったのはこのときからである。

 ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809 オーストリア)の交響曲第82番ハ長調Hob.Ⅰ-82(L'ours)」(1786)。

 終楽章(第4楽章)に現れるブゥーン、ブゥーン、ブゥーン、ブゥーンという楽想が熊を連想させるということからこのニックネームがある。

 今日はクイケン/エイジ・オブ・エンライトゥメント管弦楽団による演奏を。

 1989年録音。ヴァージン・クラシックス。

 さて、第218回定期での岩城の肩書は《音楽監督正指揮者》ではなく《音楽監督》。

 前の月の8月に(8月は定期演奏会はなし)尾高忠明が正指揮者に就任。それに伴って岩城はこの月から純然たる《音楽監督》となったのだった。
 正指揮者・尾高忠明の登場は9月の第219回である。

 また、第218回定期からハイドンシリーズがスタートした。
 毎回ハイドンの交響曲を1つプログラムに入れるというものである。岩城の82番のおかげでハイドンに対するイメージが変わったとはいえ、これは私には苦痛だった。もっと他の曲をやってくれりゃあいいのにと、この企画をちょっぴり恨めしく思ったものだ。

 そうそう、第217回定期は岩城の指揮で「カルミナ・ブラーナ」。
 これまた、たいそう良い演奏だったらしい。行けなかったのが悔やまれる。
 私は人生で何万回悔やまなければならないのだろう?