世の中、いろんなことを研究している人がいるものである。
夏ワナー夏ワナー夏ワナー夏ワナー
夏ワナー夏ワナー夏ワナー夏ワナー
もう冬になるというときに“夏”というのは季節感ゼロだが、それはともかく、これって『文字列傾斜錯視』というんだそうだ。
文字が斜めって見えるでしょ?
新井仁之、新井しのぶ両氏の作である。
えっ、文字列が傾斜して見えない?
斜めに見えなきゃおかしい。もちろん文字列はまっすぐだけど。
あるいはあなた、相当頑固なあまのじゃくとか?
こういうのもある。
十一月同窓会十一月同窓会十一月同窓会十一月同窓会
十一月同窓会十一月同窓会十一月同窓会十一月同窓会
まさに今月のことだ。季節感回復ぅ~っ!
これは図ではないが、若い女性と老婆の2通りに見える絵なんかを見たことがあると思う。これを錯視図というが、学問的には心理学の世界。
う~ん、サイエンスだ。
なにか科学的なものを感じません?
ブルックナー(Anton Bruckner 1824-96 オーストリア)の交響曲第7番ホ長調WAB.107(1881-83)。
ブルックナーといえば、その音楽はなかなか先に進まないというか、『365歩のマーチ』のように3歩進んで2歩下がるという進んでんだか進んでないんだかとってもじれったく、そしてまたそんなもんだから必然的に曲は長くなる。
この、良く言えば「大河のような」音楽は、悪く言えば「上流と下流がわからない流れがよどんでいる川」のようでもあり、ブルックナー嫌いの人にとっては、ここが耐えがたいところ。
そうではあるが、この第7番の第3楽章は、なんだか未来的、先進的、科学的。
私にはまるで試験管の中で盛んに化学反応が起こっているようなイメージを抱いてしまう。「おっ、水素イオンが水酸イオンにとって換わられた」みたいな。
……すいません、想像力が豊か過ぎて。でも、サイエンスっぽさを感じるのだ、私は。
あるいは、第3番ニ短調WAB.103(1872-73,第2稿76-77,第3稿88-89)の冒頭。
キュルルル、キュルルル、キュルルルという開始は、なんだか宇宙的。
宇宙をイメージする音楽といえば、私にとっては『ウルトラセブン』の主題歌なのだが、それとはまた違った高速で入り乱れる小惑星の姿をイメージしてしまう。小惑星が入り乱れているってことはないんだろうけど。
もっとも、ブルックナーにとっては化学反応も宇宙も頭になんかなくって、大好きな少女-彼はロリコンだったという-のことでいつも頭がいっぱいだったのかもしれないけど。
おっ、そう考えると7番の第3楽章や3番の終楽章は、キャピキャピした美少女のイメージと思えなくもない。
ヨッフム/シュターツカペレ・ドレスデンの演奏を。
第7番は1976年、第3番は1977年の録音。
そうそう、大学生のときに教養科目の1つに私は心理学を選択していた。
試験の前に出題予告があり、教授は新しい錯視図を着想し描いた者には満点をやるといっていた。
で、ある奴が、当時新聞のテレビ番組欄の下の方にしょっちゅう載っていた蓄膿症の薬の広告の、鼻を境に顔が白と黒とで半々に塗り分けられた女の人のイラストをそのまま真似て描いたら、満点だった。
新聞とってなかったのかね。あのセンセイ。


う~ん、仰っていることが専門的すぎてあまり理解できないです。