正月の一目惚れ
「おれは今、もーれつに感動している!」
そんな星飛雄馬の気持ち状態の私である。
1977年1月3日(当時なら、そろそろククレカレーが食べたくなるころだ)の6:10からNHK-FMで放送された“ニューイヤー・バロック”。
正月三が日なので“ニューイヤー”というのはわかるが、放送時刻からして、いつもやっている「バロック音楽のたのしみ」の番組名を実に安直に変えただけと思われるものだが、この番組で私はあるマイナーな曲と衝撃的な出会いをした。
なぜ、その曲だけをエアチェックしたのか覚えていないが、とにかくその曲をとっても気に入ってしまった。
ペーツェル(Johann Christoph Pezel 1639-94 ドイツ)の「『金管五声部の組曲』より第1~3曲」である。演奏時間は約6分。
演奏はアルスノヴァ金管五重奏団だった。
輝かしい第1曲、物憂げな第2曲、その憂いを打ち消す華やかな第3曲。
短いこの“組曲”を、ポット式石油ストーブの、煤けたのぞき窓のなかの炎を見ながら、何度聴いたことか。
もちろん、それを春になっても、夏になっても、秋になっても、ストーブは焚いてないが、やはり何度も聴いた。
夏には“拡大版”が
で、7カ月後の8月19日に放送された“バロック音楽のたのしみ”。
そのときもこの作品が放送された。
曲名は「『5声部の組曲』より」。放送されたのは1月3日の3つの曲に続き4曲、計7曲。演奏時間は約11分。
ただし、先の3曲ほどの衝撃は、続く4曲には感じなかった。といっても、比較論。4曲も私の心を歓ばせてくれた。愛聴してたのは、もっぱら最初の3曲ばかりだったが……
カセットテープを処分したあとは、この曲が聴けなくなってしまった。
そこで、私はこの曲のCDを探し求めることになる。
奏者向けっぽい録音がちょっとあるだけ
ところが、ペーツェルの作品はあまりCD化されていない。というよりは、もともと録音自体がひじょうに少ない。
あっても、どちらかといえば金管楽器の演奏者向けのアルバムに、ちょこっと入っている程度。
そういう使命を帯びたCDは比較的価格も高い。
そしてまた、金管五重奏とか金管5声部のための“音楽”とか“組曲”、“ソナタ”という、住所不定、自称・会社経営みたいな作品名が記載されている。
この曲名はこの曲だという、音楽作品の特定がなかなかできないのである。
それでも、オンラインショップが登場してからは“Pezel”で検索し、CDを探すことが楽になった。いや、楽になったというよりも、インターネットのない時代は、ほぼ探すのが不可能だった。
そして入手し得るものはしてきたつもりだ。
・5声のためのアルマンド (エアチェック。フランス国立管弦楽団五重奏団)
・金管五重奏のための音楽 (同。同)
・「ソナタ集」から第69,71,75番 (ウルリッヒ(trp)他。ナクソス)
・組曲 (フィラデルフィア・ブラスEns。ソニークラシカル)
・3つの小品(リール金管五重奏団。RG)
ほかの作曲家たちの金管五重奏曲などが収められたなかの、1つ。
つまり、専門用語でいうところのオムニバス盤のなかで、10分あるかないか、いや5分ほどの長さのこれらのペーツェルの作品のために、私は「今度こそあの曲と一緒かもしれない」と「神様、仏様、マリア様!」と節操なく祈りながら購入してきた。
どれもはずれだった。
宝くじ並みに当たらなかった。 この曲に関する唯一の情報は、「バロック音楽のたのしみ」で服部幸三氏が話していた「これらの曲を時報として塔の上から吹いていた」というものだけだった。
作品名判明す
かわいそうなそんな私が色めきだったのは、2007年の年末のこと。
“レコード芸術”の“海外盤REVIEW”で、ペーツェル(とライヒェ)の“TOWER SONATAS”というCDが紹介されていたのだ。ふだんは買っていないレコ芸だが、年末なので買った。そして、この情報を得た。運命的なものを感じた。
すぐにタワレコ・オンラインで注文。
それが写真のCDだが、ここに収められているペーツェルの「5声の吹奏楽(Funffstimmigte blasende Music)」(1685刊)は、16曲からなるもの。
「あの人は今!?」じゃないが、いよいよもって再会できるかもしれない。CDを再生しようとして、過呼吸になりそうな私の状況をご理解いただけるだろうか?
新品CDを包んでいるフィルムをなかなかはがせなかったほどだ。
プレイボタンを押す。
1トラック目、2トラック目、……16トラック目
ない……。
酸欠状態になりそうな私のこのときの状況に共感していただけるだろうか?
「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)によれば、この「5声の吹奏楽」は実は全部で76曲ある。
つまりこのCDは、そのなかから16曲を抜粋したものなのである。
で、はずされちまったワケ。
とはいえ、失意のどん底に落とされただけではなかった。
この16曲の中に、77年8月に知った7曲のうちの2曲が含まれていた(残念ながら当初の3曲ではない)。
つまり、最初にFMで知った「金管5声部の組曲」という山田太郎さんみたいな名前の作品は、1685年出版の「5声の吹奏楽」の一部であることが判明したのだ。
投票日、政権私に衝撃が走る
そして、このあいだの日曜日。
小池百合子が海外逃避し台風が荒れ狂っていた22日の早朝に、これ以上のものがあるのだろうかというくらい貴重な情報をコメントで寄せてくれた方がいた。
ブログを始めて10年になるが、雨の日も風の日も、暑くて倒れそうなときも、めんどくさいなぁと思ったときも、続けていてほんとうに良かったと、しみじみ思った。
コメントを寄せてくださったのは“ペーツェル好き”さん。日本にペーツェル・ファンがいるとは、なんと心強いことか!
その記事とコメントがこちらである。
教えていただいた YouTube を観てみると……おぉぉぉぉぉぉぉ~~~っ!ぐれぇぇぇぇぇぇぃ~~~とぉっ!
あの7曲版の演奏だったのである!ある!アル!
画像は静止画で、音楽にはLPの溝をなぞる針音も聞こえる。
懐かしい!
あぁ、よみがえる青春の日々!
目を閉じると、煤けたストーブののぞき窓がよみがえる。うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~サンポット!
狂喜乱舞したかったが、身体の節々が痛いので断念した。
赤飯を炊きたかったが、ごま塩がなかったのであきらめた。
朝から祝杯をあげようかと思ったが、1日を棒に振るので延期した。
カセットテープを処分したのがいつごろのことだったかはっきり覚えていないが(きっと小分けにして捨てたんだろう)、この曲に再会したのは30年以上ぶりになることは間違いない。初めて聴いたときからは、40年ということになる。
“ペーツェル好き”さん、ありがとう。
あなたのこと、好きになって、いいですか?
ほんとうにありがとうございました。感謝、感謝です。
たしかにYouTubeの音は悪いですね。けど、いまは再会できたことで感無量です。
新録音、なかなか難しいのでしょうが、良い音で聴いてみたいですね。