Murakami_Onnnanoinai  氏にとっては異例の“まえがき”
 遅ればせながら村上春樹の「女のいない男たち」(文春文庫)を購入し読んでいる。電子書籍版である。
 すぐに買わずにずっと放置していたのは、ここに収録されている短編小説のうち文藝春秋に掲載されたものはそちらで読んでいたからである。

 珍しく村上春樹氏は“まえがき”を書いている。

 ……自分の小説にまえがきやあとがきをつけるのがあまり好きではなく(偉そうになるか、言い訳がましくなるか、そのどちらかの可能性が大きい)、そういうものをできるだけ書かないように心がけてきたのだが、この『女のいない男たち』という短編小説集に関しては、成立の過程に関していくらか説明を加えておいた方がいいような気がするので、あるいは余計なことかもしれないが、いくつかの事実を「業務報告」的に記させていただきたいと思う。……

 このなかには、例の件にも触れられている。

 『ドライブ・マイ・カー』と『イエスタデイ』は雑誌掲載時とは少し内容が変更されている。『ドライブ・マイ・カー』は実際の地名について、地元の方から苦情が寄せられ、それを受けて別の名前に差し替えた。……

  はたしてどれだけの 町民が不快に思ったのか?
 その「ドライブ・マイ・カー」
 
 主人公・家福(かふく)の運転手に雇われた若い女性・みさきについてだが、

 ……彼女は帰宅赤羽のアパートに住んでおり、本籍地は北海道**郡上十二滝町、……

となっている。

 しかし、差し替えられる前は、上十二滝(かみじゅうにたき)町ではなく、実在する中頓別(なかとんべつ)町となっていた。

 でも、これだけだと何の問題もない。
 むしろ、村上春樹の小説に自分が住む町が登場するなんて、中頓別町民にすれば栄誉なことだったんじゃないだろうか?

 しかし、問題となったのは差し替え前の次の描写だ。
 本州ではどうかわからないが、少なくとも北海道ではそれなりに話題になっていた(新聞報道されていた)。

20170403Ippuku みさきはそれを聞いて少し安心したようだった。小さく短く息をつき、火のついた煙草をそのまま窓の外に弾いて捨てた。たぶん中頓別町ではみんなが普通にやっていることなのだろう。

 車を運転しながら一服した-休んでいるわけじゃないから一服にはならないが-このみさきの行動に対し、中頓別町の町議会議員だかが作者に抗議したのだった(家福→一服→一福という、こじつけ以外の何ものでもないイメージ写真を載せておく)。

 そして、私がここで憂慮したのが的中してしまって-“上”がついたが-、

 ……たぶん上十二滝町ではみんなが普通になっていることなのだろう。

と替わってしまった。

 抗議せずに、実際は中頓別町はこんなにきれいな街なんですよ、タバコの吸い殻なんてマチナカに落ちてませんよ、って逆利用すればよかったのではないかと、私は思うんだけど……

 そうすれば、中頓別町の名は、日本を代表する作家の作品の中にずっと残り、もしかすると仁宇布(にうぷ)に次いで、地味ながらもハルキストの第2の聖地になったかもしれない。ピンネシリ温泉や中頓別鍾乳洞を訪れる観光客や砂金掘り体験の希望者が増えた可能性だってある。

 なお仁宇布だが、「羊をめぐる冒険」に出てくる架空の町十二滝町が美深町の仁宇布がモデルになっていることは間違いない。そして、美深と中頓別は隣接していないが、実際、中頓別は美深の“上”にある。

Ives  トンデモ和音
 ところで、この小説のある場面で、家福はみさきに次のように話す。

 音楽が、ある決まった和音に到達しないことには、正しい結末を迎えられないのと同じように……

 となると、アイヴズの第2交響曲の〆は正しい結末を迎えられていないってことになる。

 アイヴズ(Charles Edward Ives 1874-1954 アメリカ)の交響曲第2番Ⅴ-11(1897-1902)。

 5つの楽章からなるが、特に終楽章がすこぶるおもしろい。

 アイヴズはこの交響曲について、

 これは1890年代のコネティカット州の田舎、レディングやダンベリー周辺の音楽的雰囲気、田舎町のフォーク・ミュージックを表している。つまりこの曲は、町の衆が歌ったり演じたりした旋律で満ちているのだ。

と述べたそうだ(下のCDの出谷啓氏の解説による)。

 終楽章では、アメリカのおなじみのメロディーが次々と現われるが、最後は「えっ?」と思う和音!-へたくそな楽隊の奏者がそれぞれ勝手に吹き鳴らすような不協和音-で終わる。

 してやられた!って感じの曲だ。

 私が聴いているのはメータ/ロサンジェルス・フィルの演奏によるCD。

 1975年録音。ロンドン(デッカ)。

 タワレコではすでに取扱い終了。

2016-10-05_97  日本海回りとオホーツク海回り
 仁宇布まではかつて鉄道の路線があった。美深⇔仁宇布の美幸(びこう)線である。美は美深の美だが、幸は北見枝幸(きたみえさし)の幸。計画ではオホーツク海に面した北見枝幸までつなげる予定だったが、美深から3駅目の仁宇布が終点の状態のまま1985年に廃線となった。



2016-10-05_115 「羊をめぐる冒険」の主人公は、ガール・フレンドと一緒に列車で十二滝町までやって来たのだった。

 中頓別にもかつては鉄道が通っていた。音威子府(おといねっぷ)で宗谷本線から分岐し稚内に至る天北線である(1989年廃止)。

 札幌や旭川方面から稚内に行く鉄路は2つあった。

 宗谷本線は旭川から主要駅として士別(「羊をめぐる冒険」執筆のため、村上春樹氏は士別を調査したという)→名寄→美深→音威子府を通り、そのあと日本海側へ針路をとり幌延→豊富→南稚内→稚内に至る。こちらは急行・宗谷と急行・礼文が走っていた。

2016-10-05_23 音威子府からオホーツク海側へ向かうのが天北線で、音威子府→浜頓別→猿払を経て、南稚内で宗谷本線に再び合流し稚内に至った。こちらは急行・天北が走っていた。
 なお、音威子府とオホーツク海に面した浜頓別の間には、小頓別、上頓別、中頓別、下頓別という、頓別シリーズの駅があった。

 偶然かもしれないが、十二滝町も上十二滝町も、ともに鉄道が廃止された町ということになる。

 ※心のこもってないお詫び
  過去記事で「羊をめぐる冒険」についてふれたもので、私は十二滝町のことをなぜか十二滝村と書いていた。
  悪かった。集落から村になり、そのあと町に昇格したことをすっかり失念していたようだ。