恐るべき英語力のなさ
神戸の通販ショップに頼んでいたLP。
メロディアの輸入盤で、ジャケットは草原に傾いたまま放置されているダビデの星の像(✡)。
曲はショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の交響曲第13番変ロ短調Op.113「バビ・ヤール(Babi Yar)」(1962)。コンドラシンが振った演奏だ。
初めて聴くこの曲のLPに針を下ろし、曲が流れ始めたとき、悲しげで重苦しいにもかかわらず、その音楽にひどく引きつけられた。
好きになる予感がした。そして終楽章の最後の音が消え行ったとき、一目惚れのごとく私の予感は現実になっていた。
大学浪人生活を送っているときのことだ。
輸入盤なので、ロシア語歌詞への英語の歌詞対訳はついていたものの、そんなの読んでもよく意味がわからない。
そもそも意味がわかるくらいなら現役で大学に受かっているはずだ。
が、歌詞のなかの意味のわかる単語- I とか you とか we -から、少なくともとっても暗い内容であることは理解した。いや、歌詞がわからなくても、音楽そのものがきちんと語りかけてくれる気がした(と合理化し自分を正当化した。なお、そのあと受験勉強もせずに自分で英訳歌詞を辞書をひきひき訳してみたが、驚くほど何を言ってるのかわからない訳文になってしまった)。
ずぼらというのは“誤解”です
そしてまた、第5楽章の最初のフルート。
か弱い、でも運動的で、なんといっても美しい。私にとってはここがこの曲のいちばんのキモとなった。
エフトゥシェンコの詩によるドイツ軍によるユダヤ人大虐殺(第1楽章)を扱ったこの作品。詳しくはここで触れているが、当初ショスタコーヴィチは「バビ・ヤール」のみに曲を付けるつもりだった。
しかし、第2楽章「ユーモア」、第3楽章「商店で」、第4楽章「恐怖」、第5楽章「立身出世」と、5楽章の交響曲に仕上げたのだった。
森田稔氏によると*)、
初演そのものは大好評であったが、党官僚からの批判は強く、ナチスに殺されたのはユダヤ人だけではないというフルシチョフの鶴の一声で、その後歌詞の改訂が余儀なくされた。
のであり、その後エフトゥシェンコは8行分を書きなおした。
なお、増田良介氏は次のように指摘している**)。
この曲には自作の引用が少なくとも2箇所ある。第2楽章〈ユーモア〉で、《イギリス詩人による6つの歌曲》Op.62から〈マクファーソンの別れ〉、第4楽章〈恐怖〉で、《風刺》Op.109からの〈誤解〉が現れる。いずれも歌曲なので、歌詞を比較してみると興味深い。また第3楽章〈商店で〉のクライマックスの音型が、映画音楽《ハムレット》Op.116のメインテーマに使われている。交響曲と映画音楽で共通の素材を使うのは、交響曲第3番と《黄金の山脈》以来ではないだろうか。
と、いう記事を読んでいるにもかかわらず、歌詞を比較してみていない。
誤解してもらっては困る。私がずぼらだからということではない。
「イギリス詩人による6つの歌曲(6つのロマンス)」も「風刺」も、手元にディスクがないのだ。
手元にないどころか、これまで聴いたことがない。威張って宣言するようなことじゃないけど……
コンドラシン/モスクワ・フィル、アカデミー・ロシア共和国(男声)合唱団、エイゼン(Bs)のこのディスクは1967年録音。LPのときのジャケットとはまったく違うのが残念だ。
確信犯だな……
ところで、コンドラシンはこの交響曲の初演指揮者である。
が、最初からコンドラシンに決まっていたわけではなく、次のようないきさつがあった*)。
自由なフルシチョフの時代になっていたとはいえ、この曲の初演へは紆余曲折があった。この曲を初演したコンドラーシンの回想を読むと、その間の事情が生き生きと記されている。初演を依頼されたバス歌手グムィリャは危険を感じて、党閣僚に相談し、出演を拒否してきた。指揮はムラヴィーンスキイに依頼しようとしたが、いったんそれを引き受けたムラヴィーンスキイは、夏休みにそのスコアを持って出かけるのを忘れてしまい、秋までに準備ができなかった。ショスタコーヴィチはこのことを許すことができなくて、結局初演はコンドラーシンに任されることになったのである。
*) 「ショスタコーヴィチ大研究」(春秋社)
**) “レコード芸術”2017年5月号 記念特集:創刊800号-『レコード芸術』の過去・現在・未来
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