OckeghemRequiem  氷山係長が去って2週間
 前略 アイスさま

 私たちの前からアイスさまが姿を消してから、こちらでは大きな変化が1つありました。

 あなたが「いつも調子が悪い。よくつまってしまう」と嘆いていたシュレッダーですが、あなたの執念が実を結び新しい機種が職場にやって来たのです。まるでアイスさまの生まれ変わりのように。
 それを使うことは、アイスさまにはもう叶わぬことですが、せめて感触だけでも伝わればと、私はあなたから届いた転勤の挨拶状をその口に入れてみました。あなたからの挨拶状は誰から来て誰に宛てたものなのか科捜研の女でも分析できないくら粉々になりました。

 この2週間でずっと気になっていた謎が2つ解けました。
 もし今までのようにあなたがここにいたならば、青椒肉絲を食べながら報告するところですが、私は1人さびしくセブンイレブンの青椒肉絲弁当を目の前にして、この文をしたためています。

 謎の1つは、私が8年ほど前に行ったことのある、錦の山本屋はいったいどこにあったのかということです。
 立派なビルの1階と2階が山本屋本店でした。出張で名古屋を訪れたとき、そこで味噌煮込みうどんをすすりながら飲んだビールがとても美味しかったのですが、去年こちらに来たときにはその店は忽然と姿を消してしまっていました。ところが先日、牛坂課長たちとコーチン料理の店に行ったときに、その店が山本屋の跡に出店したものであることがわかったのです。

 私の心がどれだけすっきりしたかアイスさまならわかってくれるはず。
 8年前のあの夜、私は出張中だというのにうどんを1本ズボンに落としてしまい、いくら拭いてもナメクジが這った跡のような汚れはとれませんでした。でも今回、なぜだかわかりませんが、あの悲惨な目に遭ったトラウマはすっかりと消えました。


 解決したもう1つの謎は、10数年ほど前に、やはり名古屋に出張したときに取引先にお連れ頂いたお寿司屋さんのことです。そこは市場の中に出店しており魚も新鮮ということで先方は歓待してくれたわけですが、その場所がいったいどこだったのか全然わかりませんでした。

 ところが、先だって外勤してキャスルプラザホテルの裏手の方をウロウロしていたら水産市場があったのです。
 そのどの建物だったかはわかりませんが、きっとあの寿司屋はここにあったに違いありません。
 あの日、ただでさえ生魚が苦手な私が、市場の中の、針が振りきってしまうくらい強烈な魚の臭いのなか、オエオレしながら涙目で刺身を食べたトラウマは、少しだけ解消しました。

 そうそう、今日はオディール・ホッキーさんと、それからアイスさんの送別会をインフルエンザでやむなく欠席した若園課長と、アイスさんの本人不在後追い送別会を行なうつもりです。

 場所は、前にアイスさんと行ったときに満席で入れなかった痛恨の店、ヨクバルハダカです。もちろんニックネームですけど、わかりますよね?
 私たち3人は、アイスさんの写真を骨付きカルビの皿の横に立てて、アイスさんの分までたくさん食べるつもりです。だって欲張りだから……


 名古屋めしが恋しくなっていませんか?
 いつでも来てください。お財布を持って。
 では、またお便りさせていただきます。   草々


 オケヘム(オケゲム。Johannes Ockeghem 1410頃-97 フランドル)の5声のモテット「汚れなき神の御母(Intemerata Dei Mater)」。作詞者は不詳である。

 ヒリヤード・アンサンブルの演奏で。

 1988年録音。Virgin Classics。
 
MurakamiChikyuu  地元民が行ったことのない名古屋の有名怪食店

 1年ほど前にも取り上げた、村上春樹・吉本由美・都築響一の「東京するめクラブ 地球のはぐれ方」(文春文庫)の名古屋の章では、代表的というか典型的というかガラパゴス的な名古屋めしの店として、以下があげられている。

 ・喫茶マウンテン    甘口抹茶小倉スパ
 ・どんぶり屋弘太郎  しゃちほこ丼
 ・加藤、忠助       ダブル丼(ブラジャー丼)
 ・イタリアン         あんかけスパ
 ・まことや          味噌煮込みうどん
 ・モカ               エビフライドッグ
 ・加藤珈琲店      コーヒーぜんざい
 ・うなぎの宮田      うなバーガー
 ・ユキ             鉄板焼スパゲティ
 ・ユーモア         モーニングセット


 この文の初出がけっこう前になるので、もうやっていない店もあるのかもしれないが、支社の地元採用の女性社員の何人かに聞いたところでは、このなかで店の名前を知っているのはマウンテンだけだった。
 しかも、知っているのは名前だけで、行ったことはないし、とても行きたいとは思わないと畏怖の念を持っているようだった。

 彼女たちはしゃちほこ丼(本のカバーに描かれている)やダブル丼のことはまったく知らなかったし、あんかけスパや味噌煮込みうどんはもちろん知っているものの、本に書かれている店のことは知らなかった。あんかけスパは多店舗展開している有名なヨコイの他にもたくさん店があるが、意外と女性は好んで食べるものではない感じだ(脂っこく量も多い)。

 また、エビフライドッグではないが、最近ではエビかつバーガーやエビかつサンドイッチは別段奇異なものではなく、市民権を得ている。

 うなぎの宮田は星ヶ丘三越(地元ではホシミツという。オカミツなら丘みつ子と間違えられるからだろう)に入っていて、私も一度行ったことがあるが、うなバーガーなんてあったかなぁ?

 鉄板焼スパゲティは、むかしの洋食レストランでよく使われていたジュージュー熱々の鉄板皿の上に薄焼き卵が張りついていて、その上にナポリタンがのっているもの。これもこの界隈ではそんな珍しいものではないようだし、私は金沢でこれを食べた。いや、ふつうのナポリタンでした。

 モーニングセットはいまではコメダですっかり全国に有名だが(お得感が過大評価されている感があるけど)、本で取り上げられているユキはおにぎりやいなりずしも選択できるという。それは確かにちょっぴり魅力的かもしれない。


 ダブル丼はまさにブラジャー型の、つまり茶碗を2つ接合した8の字型の器に、それぞれ別な丼(天丼にまぐろ丼など)を盛ったものだが、どこかでこれにそっくりなものがあったなと必死に思い出したら、そうそう、新得のみなとやアベック丼というのがあった(片方がそばで、もう片方が丼物)。
 アベック丼はみなとやに行くたびに気にはなっていたが、ついぞ食べずじまい。食べときゃよかった……