SegawaAudioABC  再配置は不可能
 腰を上げることにしたとはいえ、肉体労働はいやだ。

 すでにみなさんに訴えたように、スピーカーを大胆に動かしてみることは物理的に、つまり部屋の大きさからして無理である。

 かといって、タオックのインシュレーターで3点支持しているスピーカーを微妙に調整するのは大変だし-私は音楽ファンであって、そういうことに労をいとわないオーディオマニアではないのだ(と、自己の怠惰を正当化)-、そんなことをしているうちに小指とかを痛めてしまいそうだ。
 そもそも微妙なセッティング変更では低音が締まったり、上品になるとは思えない(今が下品な音という意味ではない。昨日は腐りかけたマグロなんて書いたが、実はけっこう良い音なのだ)。

 となると、スピーカーの位置をいじらないで、何らかの策を講じなくてはならない。

  貼り布厳禁
 低音を減衰させる1つの方法に、スピーカーの後ろにカーテンなどの布などを垂らすという手がある。
 が、壁に画鋲を打つことは禁じられている。ガムテープや強力両面テープで貼りつけることはもってのほかだ。

 つまり布を垂らす作戦は絶望的に不可能だ。

 垂らすのが無理なら、じゃあ立てればいいのか?
 病院の診察室で見かける金属フレームにヒダヒダの布が貼ってある目隠しのようなものを置けば……そんなスペースはない。
 仮にそれを置いたとして、万が一私の身に何かあったときに、やむなく部屋を訪れた人が、私の趣味がお医者さんごっこだったと勘違いされるのは不名誉なことだ。

  すでにソファの上に3つあるし……
 その代わりにスピーカーの後ろにクッションなどを置くという方法もある。

 が、男1人暮らしでわざわざクッションを買い増すのには抵抗がある。店でクッションマニアだと勘違いされるのも嫌だし、もし功を奏さなかった場合は、ただただクッションが増えて居住空間を圧迫するだけである。

  開放しておいてあげたい 
 第3の手としては、スピーカー背面のポート、つまりバスレフポートを、スポンジなどで完全に、もしくは半分くらい塞いでしまうというワザもある。

 ポートに詰めるため、100円ショップに行って食器洗い用のスポンジを買おうかと思ったが-何色が良いかまで考えたくらいだ-、しかし低音は出たがっているのにそれを塞ぐのはどうもなぁ、スピーカーのコーン紙にストレスがかからないかなぁ、などとスピーカーの身になって考えた結果、一度は音圧による空気を外に出させてあげたいと考えるに至った。

 じゃあ、バスレフポートを塞ぐのではなく、私の耳を綿か何かで塞げば低音がうるさくならないのではないかと一瞬発想の転換を行なってみたが、かえって音がこもってしまう、というかまともな音が聞こえなくなるし、綿が耳の穴の奥の方まで入り込んで自分では取れなくなって耳鼻科に駆け込むはめになり、女性医師(←勝手に医者は女性と想定)に、想像もつかないようなイケナイ遊びをしていた代償と誤解されるのも厄介だと思い、このくだらないがお茶目な考えは却下した。

 もちろんオーディオ専門の対策パーツはあるだろうが、あっても高価なことは容易に想像がつくし、それを導入して果たして効果があるかどうかはやってみなきゃわからない、いわば相当な賭けである。そんな投資はしたくない。

 となると、もはや方法は1つしかない。

 禁断の……トーンコントロールつまみを愛撫するように優しく触り、いじくり回すことである。

  使用するのを避けている私
 今のアンプにしてからというもの、“ライン・ストレート”スイッチを常にオンにして使ってきた。
 つまり、トーンコントロールや左右のバランス調整の回路を通さないようにしているのである。

 トーンコントロールを、むかしは私もそこそこ使っていた。
 が、以前使っていたONKYOのアンプではあまりその効果というか、メリットを感じなかった。

 あのときは低音が不足したので(スピーカーも今とは違う)補いたかったのだが、住んでたのが相当なボロ家でしかも和室だったので、アンプとかだけのせいじゃ全然ない。
 しかし、逆にアンプを換え、さらに洋室で聴くようになったときに、「環境が整ったのでこれからはライン・ストレートの直球勝負だぜ!」という意識改革が、私の中に起こったのだった。

 学生のころから、トーン・コントロールは決して邪悪なものではないという説をオーディオ関連の本でいくつも読んできた私だが、ただ世の中には「トーンコントロールのつまみに触るなんて、服の上からおなごの胸のポッチを触るよりも悪いことだ」ぐらい罪深いものだという風潮は強く、私もたいした根拠も体験もないまま、ここ20年ほどはトーンコントロールをいじることを避けてきた(ラウドネススイッチも)。

 そのくせリビングにあるミニコンポのトーンコントロールはいいだけ大幅に動かしたりしているんだから、困ったものだ(←私が)。

  消極から積極へ
 今回あらためて、手元にあるオーディオ関係の本(どれも過去帳のように黄ばんでしまっている)を読み直した。
 昨日取り上げた五味康祐の本も、そういういきさつで読み直したのだった。

 そのなかの1つにオーディオ評論家の瀬川冬樹氏が書いた「オーディオの楽しみ」(新潮文庫:1981年発行)がある。
 トーンコントロールについての瀬川氏の説はこうだ。

 トーンコントロールは積極的に活用すべきだ。これが筆者の主張である。……(中略)……ところが、オーディオ・ファンの間には妙な迷信がある。それは、トーンコントロールをあまり大幅に動かすのはよくない、とか、トーンコントロールで補整しなくては良い音にならないような装置はどこかに欠陥があるのだ、とか、ひどい人になると、トーンコントロールはツマミの中央-フラット-のところ以外に動かすのは間違いだ、などという。ともかく、トーンコントロールを動かすことに、おそろしく消極的な考えが一部にはある。

YoshimatsuPleiades1 よし。

 私は、このさい迷信を吹き飛ばし、控えめな人間から自己主張をする人間に変革することに(ちょっぴり)決めた。

 吉松隆(Yoshimatsu,Takashi 1953-  東京)の「プレイアデス舞曲第2集(Pleiades Dances Ⅱ)」Op.28(1987)。

 次の7曲からなる。


 1. 消極的な前奏曲
 2. 図式的なインヴェンション
 3. 線形のロマンス
 4. 鳥のいる間奏曲
 5. 断片的な舞曲
 6. 小さな乾いたフーガ
 7. 積極的なロンド


 吉松の「プレイアデス舞曲集」(全9集)に収められている曲は、どれもが優しく美しい輝きを放つもの。

 聴いた後に心に残らないという声もあるが、それでもいいのである。
 かかっているときは間違いなく心惹かれる音楽だから。低音がどうのこうの悩まなくて済む類(たぐい)の音楽だし……


 田部京子のピアノ演奏で聴くことができる。


 1996年録音。DENON。


 さぁ、果たして私はロンド・モードに突入できるだろうか?