なぜクマなのか?
 このところずっと気になっている地下鉄の額面広告がある。
 額面といってもB3とかA3サイズではなく、横に細長いタイプだ。


 それは名古屋銀行のカードローンの広告なのだが、登場している主役がなぜかツキノワグマ(下の広告はネットでのもの。車内広告はクマの全身が載っている)。

NagoyaBankLoanKuma

 名古屋銀行のイメージキャラクターはツキノワグマなのだろうか?それもキャラクター化していない生々しいやつが。いや、うさぎのはずだ。

 では、名古屋銀行にはツキノワグマと何らかの形で深い歴史的関係があるのだろうか?


 そのクマが「くまったなぁ」と言っている。
 この引っかけ、抱腹絶倒では、ぜんぜん、ない。

 この広告ができるまでのいきさつを想像してみた。

  広告担当課長と広告代理店との会話~空想その1

 広告担当課長「今度当行では新しいカードローンを発売するのだが、広告案を考えてほしい」

 広告代理店営業担当「おしゃれな感じでは目立たないと思います。インパクトのあるものが良いと考えます」

 「たとえば?」

 「クマを出してはどうでしょう?それもかわいらしくキャラクター化したものではなく、モロ、毛むくじゃらでワイルドなままのクマを登場させるのです。おや?っと皆が釘づけになることでしょう」

 「それでカードを作りたいと思うのかなぁ」

 「ええ。凶暴なクマでさえ弱点はある。困ったときには名古屋銀行が頼りになるというストーリーを1枚の紙で表現するのです」

 「だが、うちが扱っているのは金融ローンであってドングリとかは貸せないし、ドングリで利子を返されても困る」

 「ご心配なく。消費者はそこまで考えたりはしません。人を襲うことさえあるクマがちょっと悩んだ顔をして名古屋銀行を頼る。それを人々の心理に刷り込むのです」

 「なるほど。しかし本物のクマを使うのは危険じゃないかね?困った顔をさせるなんて無理だろうし」

 「ご安心ください。本物に見える精巧な情けない顔のクマの着ぐるみを作ります。その分経費がかかりますがSKE48を起用するよりはお安くつきます。当社の子会社には着ぐるみ製造一筋150年の会社もあります。そこに作らせれば、少なくとも薄暗い地下鉄の車内なら老人が見ても偽物とは気づきません」

 「おもしろいアイデアかもしれないな。が、ただクマが出たところで、そのクマが困っていることをどう表現するんだね?」

 「いまひらめいたのですが、“くまったなぁ”はどうでしょう?“こまったなぁ”を抜群のユーモアでもじるのです。地下鉄の車内が笑いをこらえた嗚咽で満ち溢れてしまったらどうしようかと、私自身想像するだけで不安になるほどです。でも、これでさらにいっそう名古屋銀行のカードローンに愛着がわくはずです」

 「よし。ではアイデアを煮詰めてほしい」

 「喜んでぇ~」

  広告担当課長と広告代理店との会話~空想その2
 広告担当課長「今度当行では新しいカードローンを発売するのだが、急な出費でお金が必要となって困っている人に、気軽に借りられますよと強く働きかける広告にしたい。しかし、ただ“困った”だけではありきたりだ。われわれとしてはそこをユーモラスに表現したい。上からの意向で“くまったなぁ”はどうかと言われている」

 広告代理店営業担当「“くまったなぁ”……ですか?」

 「そうだ。たまたま東山動物園に行ったときにインスピレーションを感じたんだそうだ」

 「ということは、クマをキャラクターに?」

 「そこはまかせるからよく案を練って欲しい。なんでも北海道ではメロン熊が人気だそうじゃないか。怖い顔してモテモテらしい。いや、そんなことはいい。斬新でインパクトの強いアイデアの提案を期待するよ」

 ……数日後。

 広告代理店営業担当「先日検討のご依頼があった貴行の新商品でありますカードローンの広告について、本日はデザイナーの熊田要とコピーライターの月乃輪子から提案させていただきます」

 熊田「今回のご依頼を受けまず私が考えたのは、いろいろな広告があふれる今日、やはり人の目をひくためには突飛であることがポイントと考えました。そして強いものもときには困難に直面する。そこが第2のポイントです。古今東西、強いものといえばクマ以外にありえません。そのクマと銀行とが友好関係を結ぶという突飛さ。それがコンセプトです。クマを起用するにあたっても、かわいらしいイラストのものではなく、よりリアルに近い、けもの臭が今にも漂ってきそうなキャラクター設定が良いと考えました。そこで貴行の場合にはツキノワグマの起用を提案します。それも変に飾らない素のクマです。そのことによってより日常のリアル感を演出できます。また背景には緑色を配しました。これは、カードローンを利用した後の心の平和を象徴的に表現したものです。私はこのツキノワグマが、テディベアやプーさん、クマモンにメロン熊に白熊君に次ぐ、ヒットキャラになるのも夢ではないと考えております」

 月「キャラクターとデザインについてはいま熊田がプレゼンしたとおりですが、そこでこのクマが何を語るかが重要になります。私は先日人間ドックを受診しましたが、バリウム検査の残渣物がなかなか体外へ出ずトイレの中に数時間こもっておりました。そのあいだも、この広告にふさわしいコピーを考えておりました。お尻の穴に長い爪状のものを入れ白く固まったバリウムを引っ掻き出したい。それほど困っておりました。申し訳ありません。下品なたとえで。でも、それほど私はこの仕事に惹かれていたのです。そして出てきたのです。アイデアが。長く白い爪と私の窮状。これを広告的に表現すると“くまったなぁ”。これしかありません。やったぁ~!と私はそのままの姿勢で叫びました。おなかに力が入ったのでしょうか?おかげさまで白い塊もひねり出されました」

 広告代理店営業担当「いかがでしょうか?当社の精鋭スタッフが考えに考え抜きました」

 広告担当課長「このあいだちらっとだけ言ったヒントから、よくここまでのものを考え具現化してくれた。さすがだ。さっそく上に伺いをたてることにしよう。いや、間違いなく満足してくれると思うよ」

 広告代理店一同「ありがとごっぜぇま~す」

 って、名銀さん。すいません。
 かってに想像をめんどくさい方向に膨らませ、ありえない妄想に酔ってしまい申しわけございません。

 地下鉄に乗っていて毎朝のように目についていたものですから、無味乾燥な通勤時間にこんな作り話を考えてしまいました。アタシって、くまった人ですね……

BacewiczSym  肉食系の女性はお好き?
 ところでツキノワグマは、驚いて人間を襲うことはあっても食べることはないという。そこはヒグマと異なる点だ。
 ただし果物や昆虫などだけを食べているわけではなく、動物の死骸を食べることもあるようで、肉食でないとも言い切れない。


 バツェヴィチ(Grazyna Bacewicz 1909-69 ポーランド)の「弦楽のための協奏曲(Concerto for Strings)」(1948)。


 いったいこれまでの話とどう関係あるのかって?

 関係ないです。
 (私が知る限りでの)名古屋銀行とツキノワグマの関係性くらい、関係ないです。

 ただ強いて言えば、CDの帯に書かれている“彼女(バツェヴィチ)は間違いなく肉食系”ってところでしょうか……。でも、これとて、ツキノワグマは本来肉食系じゃないわけだし……


 そうそう、北海道拓殖銀行のキャラクターはクマだった。北海道だからヒグマなのである。
 じいちゃんの家にたくぎんのクマの貯金箱がいくつもあった。あれ、とっておけば貴重だったのに、じいちゃんの棺に入れて一緒に燃やしちゃったしな……(ウソです。勝手にどっかになくなってしまいました)


 バツェヴィチという作曲家について私は情報を持っていない。
 作品を聴いたのも、このナクソス盤が初めて。なかなか攻撃的な音楽だ。

 このCDの帯には次のように書かれている。


 ポーランドの女性作曲家において、最初に国際的に認知されたのがこのグラジナ・バツェヴィチ(1909-1969)です。父からヴァイオリンとピアノを学び、1928年にワルシャワ音楽院に入学、1932年に卒業してすぐにヴァイオリニスト、作曲家として活動を始め、奨学金を得ながらパリに留学、エコール・ノルマル音楽院でナディア・ブーランジェの薫陶を受けます。ヴァイオリニストとしてはカール・フレッシュに師事、演奏家としても作曲家としてもその才能に磨きをかけました。そんな彼女の作品にはヴァイオリンをメインにしたものが多いのですが、この戦後に書かれた「弦楽のための協奏曲」はバロック時代の様式を模したスタイルで書かれた闊達な音と大胆な動きを持つ作品で、なぜか聴き手の闘争本能を掻き立てるような不思議な魅力を放っています。その2年前に書かれた「弦楽のための交響曲」も活力と欲求が漲るギラギラとした光に溢れたもの。一度聴いたら底なし沼に沈むかのように抜け出せない音楽です。スモリー自身が室内管弦楽用に編曲した「ピアノ五重奏曲 第1番」は彼女の作品の中でも、最も人気の高いものの一つですが、原曲の持つ力強さと荒々しさが一層強調されたこの編曲ヴァージョンは、一層の歯ごたえを感じさせるものです。ポーランドの名手クピークのピアノも聴き所です。


 確かに「弦楽のための協奏曲」は男性っぽい音楽だ。闘争本能を掻き立てるとはうまい表現。夫婦間で不穏な空気が流れているときには再生しない方が無難だろう。

 が、刺激的で激しい中にも女性らしい繊細さが……
 どこかの知事のように変なところで女性っぽさを強調しないところがいい。


 カップリング収録されている「弦楽のための交響曲」(1946)、「ピアノ五重奏曲第1番」も同様の傾向だが、「協奏曲」よりも情感がやや豊か。
 ギラギラ女が好きな方にはたまらないかも。
 「弦楽のための協奏曲」ではこの2曲のように色めきだっていないので、光り物が苦手な方でも大丈夫だ。


 スモリー指揮カペラ・ビドゴスティエンシスの演奏。


 2013年録音。ナクソス。


 そうそう、名古屋銀行のベースカラーはグリーンなんだそうだ。