【前回のあらすじ】
今回帰って来てナツツバキの葉の間からキジバトの巣を見てみると、そこには驚くべき光景があった!……だから今日へ続いてるワケ
夫婦ではなく、兄弟(または姉妹)だった
昨日1週間前のことを書いたが、巣に雛が1羽いるのを確認したものの見捨てたんじゃないかというくらい親が帰って来ない。
ところが金曜日の朝、見上げる形ではあるが葉の茂みの間から、変態オヤジのようにのぞき見してみると、なんとあのつがいがいるではないか!
なぜ夫婦そろってすまして座ってる?子どもはどうした?
いや、ちょっと待てよ(←いや、私が)。
親にしては一回り小さい。
ってことはこの子たちは、1週間前には巣から頭が見える程度だったチビ雛か?
あまりに成長が速い気がするが、それ以外考えられない。
そして、これで急に糞が垂れてきたことにも納得した。
親だけの時は糞は落ちてこなかった。きっとお出かけしたときにどこかで済ませてくるからだ。自宅は汚さないのだ。
年金暮らしのお年寄りが、水道代節約のために苦肉の策として自宅のトイレを使わず、買い物に出かけた先で用を足すように心がけているという話に共通しないでもない。
しかし子はまだ出かけられない。ただ大きくなって、糞はするようになった。
まさに糞たれ小僧のごとく、垂れ流すしかない。
さらに、1週間前は雛は1羽しか確認できなかったが、キジバトは卵を2つ産むという説を証明するかのように、間違いなく2羽いる。まるで二卵性双生児のように。
糞もダブルである。
親は見捨てていなかった
そして土曜日の早朝。
母親か父親かはわからないが、親が巣に飛んできた。
彼女(もしくは彼)は、ちゃんと親としての義務を果たしていたのだ。
戻ってくる頻度が少ないのは、日中パチンコ屋に入り浸っているのではなく、昨日紹介した“説”のように子の自立を促しているのだろう。
ニュースにしばしば取り上げられるバカで身勝手すぎるニンゲンの虐待親より、はるかにまともである。
さらにこの日の午後、私が草取りをしていたところ、ひどく大きな羽音がした。
また親鳥が帰って来たのだった。あんなにバタバタしなくてもいいだろうに。明らかに私を威嚇している。
そのあとすぐさま親と、もう1羽が飛び立った。あとを追った方は、すぐにわが家のバルコニーの柵にとまった。こちらが子どものようだ。
飛び方の特訓を受けているようだ。
親が「私に続け!」とばかり先に進んだが、おぼつかない飛び方ですぐに休憩したらしい。
が、親のあとを追ったのは1羽だけ。
巣を除くと、もう1羽は巣の中で鎮座していた。
私が気を遣って庭から家の中へ撤退すると、子らしい方が庭に戻って来て、いっちょ前に地面を何度かつついて(アリでも食べていたのだろうか?だとしたらありがたい)、そのあと巣に戻った。
こんなに温かく見守ってあげているのに、やはり私のことは邪魔者として警戒しているようだ。
ストラヴィンスキー(Igor Fyodorovich Stravinsky 1882-1971 ロシア→アメリカ)の「バリモントによる2つの詩(2 Stikhotvoreniya Konstantina Bal'monta)」(1911/改訂1947)。
第1曲が「忘れな草,愛のささやき(Myosotis, d'amour fleurette)」。第2曲が「鳩(Le pigeon)」。
バリモント(1867-1942)はロシアの詩人。
ストラヴィンスキーはバリモントの詩をカンタータ「星の王」(伊福部昭が「変わった作品」と言っているものだ)でも用いている。
「春の祭典」を作曲しているころに書かれたこの歌曲、やはり同じ時期に書かれた「星の王」と同様に不思議触感な音楽だ(改訂された1947年というのも、「春の祭典」の改訂と重なる)。
ブリン=ジュルソンのソプラノ独唱、アンサンブル・アンテルコンタンポランの演奏を。
1980年録音。グラモフォン。
もう少し耐えてね、masaさん
ところでポーポーちゃんの巣を除いているときに、同じナツツバキの木に別な、もっと小ぶりで深型の巣があることを発見した。
しかし何かがいるような気配は感じられない。
にしても、今年はナツツバキが鳥たちに大人気だったようだ。
これもひとえに私に対する信頼の証である。って、さっき書いたことと矛盾してるけど……
ポーポーといえばmasaさんである。
なぜかわからないだろうが、そうなのである。
masaさんとポーポー(でも、こちらのポーポーはハトとは関係ない)は強固に結びついたイメージがあるのである。
そのmasaさんについては、読者諸氏のなかにもご存じ、というか、記憶に残っている人もたぶんほとんどいないだろうが、新得の人である。
台風10号で大きな被害を受けた町だ。
一大イベントである“そば祭り”(今年は特に大きな催しが企画されていた)は、今週末開催予定だったが中止された。訪れる人の交通手段がいまも限られてしまっていることと、断水しているためだ。
15日にmasaさんからメッセージが届いた。
コメントと違いメッセージなので原則非公開にしなければならないが、その主旨はこうだ。
・ 相変わらず断水が続いている。
・ 出張など全てが延期、もしくは中止のためずっと家にいる。
・ 断水を100%経験している。
・ つまり、まいったもんである。
このメッセージが届いた翌日の北海道新聞の記事によると、新得の隣の、これまた大きな被害を受けた清水町は15日に水道が全面復旧。同日現在、新得町では断水している2636世帯のうち、生活用水が使えるようになったのは半分強。ただ、飲料として利用できる全面復旧は29日ごろになる見通しだという。
あと、10日もある。
が、先ほど届いた北海道新聞朝刊によると、昨日水道が全面復旧した。18日の水質検査の結果、飲み水としても利用できるようになったという。
masaさん、ホントよかったですね!
また、同紙1面には、あの報道が速報とはいえやはり一面でしか物事をとらえない不安をあおるあものだったことを証明するように、タマネギ平年並みという記事が。
あの局の朝のニュースでは、新聞各紙の記事内容を紹介するコーナーがあるが、この記事をどう扱う?





カラスなんかを寄せ付けないためには、ヒトの力を借りるのは賢い方法ですね。
昨日あたりから、けっこう大胆に庭を散歩し始めています。