あまり近寄るなという警告か?
 ポーポーちゃんだが、このあいだ不思議と糞をまきちらさない、実に上品で礼儀正しいやつだとほめたとたん、おやおや、木の幹や葉に白いものが……

 まあ、しょうがないな。鳥だもん……
 見ようによっては、黒すす病の黒さとのコントラストがすてきかも。


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 プルーンの木を大胆に剪定したということを書いたが、切る前はこんな様子だった。


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 それを手鋸と電動鋸の両方を駆使し、剪定後はこうなった。


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 うん、剪定というよりは伐採に近い。
 砂漠にある柱サボテンっぽくもある。
 これを見た妻が一瞬絶句したが、実行犯である私でさえも、それも無理はないなと思う。

  パパもママも帰ってこないの……
 このようにギコギコ、ガーガーやっていたせいだろうか?

 その後ポーポーちゃんの姿が見られなくなった。

 騒音に嫌気をさして、あるいは警戒して巣を放棄したのだろうか?

 ネットでいろいろ調べてみると、キジバトはそこそこ警戒心が強く、場合によっては子育てを放棄して巣に戻って来なくなることも珍しくないという。


 その子育てだが、下から巣を見ると、いたのである。ヒナが!

 しかももうけっこう大きくなっている。
 今までは小さくて見えなかったのが、巣から頭が見えるようになったようだ。
 しかも時おり頭を動かすが、鳴き声をあげることもなく実に静かにしている。
 手のかからない子だ。

 キジバトは1度に2つの卵を産むというが、私が確認できたのは1羽だけだ。


 それにしても、こんな子がいるのに戻ってこないなんて、母親として高畑淳子を見習えと言いたくなる(って、あの人はけっこう過保護な印象を受けるけど)。

 私が抱いているヒナ鳥のイメージは、口を開けて親が頻繁に運んでくるミミズなどを口移しでもらうってもの。
 が、このヒナは達観したかのようにじっとしている。
 全然親も戻ってこない。
 親がもう戻ってこないとなると餓死する危険もある。


  いわゆる流動食ってものか?
 またまた調べると、キジバトは虫とか穀物とかを親が運んできて与えるのではないという。
 親がピジョンミルクというものを体の中で作り、それを与えるんだそうだ。
 そのことを知らずにいると、「子どもにゲロを飲ませた。虐待だ」って騒ぎになりかねないところだ。

 そういうこともあって、頻繁に子に餌付けする必要もないのだそうだ。

 とはいえ、それにしても帰ってこない。

 しかし、こんな情報も。

 キジバトは庭や公園の木でも繁殖するので、よく「巣に親鳥が戻らないのでどうしたらよいか」という問い合わせを受ける。だが、巣の近くで人が見ていることを警戒して戻ってこないこともある。また、ひなに頻繁に虫を運ぶ小鳥と違って、ピジョンミルクのおかげで給餌回数は少なくてよいし、小鳥でもそうだが、ひなの巣立ちを促す頃に親はあえて給餌しなくなることも知っておきたい。

 そうかい?
 安心していいのかなぁ。
 心配しても手の出しようはないし、ほんとに警戒して子を捨てて去ったのなら、責任は私にある。
 プルーンの木の姿があまりにも変り果てたので、自分の巣の位置がわからなくなったてこともあるかも。それもすべて責任は私にある。

YoshimatsuMemoFlora 吉松隆(Yoshimatsu,Takashi 1953-  東京)の「鳥は静かに…(and Birds are still…)」Op.72(1997-98)。

 弦楽合奏のための曲で、作曲者はこう述べている。

 弦楽アンサンブルのための短い悲歌として書かれたこの曲は、一羽の鳥の死を仲間の鳥たちが静かに黙して囲んでいる...といったイメージから生まれたもの。元々はあるアマチュアのアンサンブルから「亡くなった仲間への追悼の意を込めた短い弦楽アンサンブルの作品を...」と委嘱されて構想したものだが、後に委嘱は破棄されてこの作品だけが残ることになった。

  曲は、短く断片的な歌がかすかな歌となって形をなしてゆき、メランコリックな遠い思い出のようなメロディとなって歌われた後、ふたたびまた断片として融けるように消えてゆく…というシンプルな形式で出来ている。

  1997年夏から98年春にかけて作曲され、3月に完成。最小12名(4-3-2-2-1)から最大37名(12-9-6-6-4)の弦楽アンサンブルで演奏可能である。op.72。

 藤岡幸夫/マンチェスター・カメラータの演奏で聴くことができる。

 1998年録音。シャンドス。

 なんか縁起でもない曲、とりあげちゃったかな。

 なお、以上の観察日記は1週間前までのこと。

 そして、今回帰って来て見てみると、そこには驚くべき光景が! ……(明日へ続く)