SousaBernstein  タイミングが遅いというか良かったというか……
 火曜日の朝。


 私は通勤の途中で昼食用の弁当を買い、北海道の大雨のことを憂いているうちに昼が来て、自分のスタイルや体重に気をつかっている女性が好みそうなヘルシーなおかずばかりの弁当を自分のデスクで食べた。


 最後の最後まで惜しんで残しておいた、その弁当の中で唯一肉々しさを誇っている鶏のからあげ(の小片)を口にしたときに、ちょいとコリッとした感触があった。

 衣に硬いところがあったのかなと思ったが、すぐにいやぁ~なことを思い出した。

 2年前の年度末のことである。

 あの日、私はラーメンとライスという糖尿病患者なら一発アウト!って感じの食事をしてのだが、満足感に浸りながら支社に戻る途中、突然(予告されても困るが)、右上の3連物の奥歯の冠が脱落してしまったのだ。

 そのときのことが脳裏をよぎった。


 「から揚げの衣が硬いだけさ」とばかりそのまま真剣に噛み続けると、砂だらけのハンカチでメガネを拭いたときのように被害が広がるに違いない。つまり、強引に噛んだら前歯から何から欠けてしまうことも考えられる。


 私はそっとティッシュに口内の食物由来咀嚼物質を出したが、そのなかにあった。
 鈍く灰色に光る虎豆くらいの大きさの人工歯が。

 つまり歯にかぶせてあった冠がとれたのだ。

 鏡で見ると2年前に脱落した3連山の手前、いちばん犬歯寄りの独立1匹狼が脱落していた。

 折しもそのとき、氷山係長がやって来て、「もう食べちゃったんですかぁ。一緒にどこかでお昼でもと思ったんですが」と誘ってくれたが、時すでに遅し。
 しかも、私は食後の幸福感に浸るどころではないトラブルに遭遇している真っ最中。

 「ごめん。もう食べ終わった。で、このあたりの徒歩圏で良い歯医者を知らないだろうか?」
 考えてみれば、彼はグッド・タイミングで預言者として現れたのかもしれない。

  彼の歯は手におえなかったが、腕がいいらしい
 「あそこのS歯科はいいらしいですよ」
 「なになに、それはすばらしい情報だ」
 「でも、ぼくが行ったときはあなたのは手におえないって言われましたけど」
 「拒絶するような腕前なのに評判がいいの?」
 「ええ。ぼくのは特別に悪化してたんです。特別に悪化していない人にとっては名医のようです」


 一般的な評判は良いらしいが、係長の場合は歯ぐきが腫れすぎてしまっていて大きな病院に行けと言われたらしい。

 とはいえ、その話を聞いたあとでは喜び勇んでS歯科に行く気にはなれない。そこで別な近くの歯科医に電話した。N歯科である。


 もちろんこの地で歯医者にかかるのは初めてである。その歯科医院は池中さんが通っていたところで、彼曰くはなかなか良いらしい。そのことを思い出したのだ。

 はずれた冠をつけ直すだけだと気軽な思いで行ったのだが、はずれただけではなかった。
 支柱として有効利用されて元の歯も折れていたのだ。

 どうりではずれた冠の中にはセメントが詰まっていて、その断面がナッツ入りクッキーのようにまだらになっていたわけだ。

 この歯は帯広でではなく、札幌の歯科医院で、それも10年以上も前に治療したものだ。疲れ果てて耐えられなくなったのだろう。

 レントゲンをとると、驚いたことにこの歯の神経はまだ生きているという。数ある私の歯の中でも神経が残っているのは数本らしいが、根元だけが残ったこの歯はその希少な1本ということだった。

 担当した若い医師は「神経を残した方が良いが、残すと早晩痛みだすかもしれない。そのリスクは承知の上で神経を残したまま治療するか、始めから神経を抜いてしまうかどっちにするかむずかしいところだ」と言う。

 私の本音で言えば安く済むのに越したことはない。
 が、そうは言えないので、お医者様におまかせしますと優等生ぶりを発揮した。


 ちょいと待たされ、結局、何人いるのか知らないが、医師団の協議の結果、神経を抜いてしまうのが合理的という結論になったそうだ。

 そのまま神経を抜く作業に突入。
 当面は抜いた箇所の殺菌を続けることになる。


  預言と予言は違います
 けっこう有名なマイアベーア(Giacomo Meyerbeer 1791-1864 ドイツ→フランス)の歌劇「預言者(Le prophere)」(1849初演)のなかの「戴冠式行進曲(Marche du couronnement)」。


 マイアベーアはグランド・オペラの確立者というたいしたことを成し遂げた人物で、あのワーグナーにも影響を与えたというが、死後は作品の評価が急速に低下してしまった。


 現在彼の作品のなかでよく聴かれるのは、この5幕からなるオペラ(台本はE.スクリーブ。なお「予言者」という曲名表記は誤り)のなかの「戴冠式行進曲」だけと言っても、不当な中傷にはあたらないだろう。


 バーンスタイン/ニューヨーク・フィルの演奏を。
 下のJMDのメッセージにあるように、スーザの行進曲を中心にしたオムニバス盤。

 1918年アメリカ生まれの指揮者/作曲家レナード・バーンスタインによる、弦楽器含めフルオーケストラで演奏された「ワシントン・ポスト」や「星条旗よ永遠なれ」といったスーザのマーチを収録したCD。マーチ王スーザ以外にもエルガー「威風堂々」やワーグナー「タンホイザー大行進曲」といったクラシックの有名なマーチまでもが一堂に会した肩のこらない好盤。 (JMD)

 「戴冠式行進曲」の録音は1967年。ソニークラシカル。

 医者は「神経を抜いたあとはけっこう痛みが来ますので、痛み止めの薬を出しておきます」と言った。
 4回分が処方された。
 が、今日にいたるまで1度もこれっぽっちも痛みが来ない。

 本当に神経が残っていたのだろうか?
 残っていたとして、そいつは無神経なほど鈍感だったんじゃないだろうか?
 あるいは、“おまえはもう死んでいる状態”だったのかもしれない。