P8060293  中華はイヤってことね
 金曜日も暑かった。

 夕方喫煙ルームに行くと、嬰ヘ短調のような表情の先客がいた。

 嬰ヘ短調は暗く曇った、孤独で厭世的と言われる調だ。

 それは千葉課長だった。

 彼はけだるそうに言った。

 「暑いですね」

 この言葉に、どうして私が冗談でも対立する(よくわかんないけど)変ホ長調のテンションで「そんなことないよ。寒気がするくらいだ」なんて答えることができるだろう?そんなことをしたら、きっと3日間は絶交されるだろう。

 「まったくだ」。私は久しぶりに心を素直にして、冗談ではなく真剣に、やや切迫感も加味して答えた。

 実際暑い。熱い。Very Hot!だ。
 その証拠に歩道やらどこやらのあっちこっちに落ちているセミの死骸が、腐敗する間もなく干物になってしまうくらいなのだ。

 「焼き鳥でも食べに行きましょうか?」
 私は探りを入れるように応えた。
 「おいしいところがあるの?」
 「いや、おいしいってわけじゃないかもしんないでけど、安いところはあります」
 「でも、中華もよくない?あそこの晩酌セットなら安いよ」
 最近、回鍋肉のCMを観て回鍋肉気分が高まっていたのだ。

 「あそこってどこですか?」
 私はお店の名を言ったが、彼は知らなかった。だから場所を懇切丁寧に教えた。説明を聞き終わった彼はこう言った。

 「このあいだ中華料理食べたばかりだからなぁ」
 婉曲的な No の意思表示である。
 毎日中華料理を食べている中華圏の人々の気持ちをわかっていない発言でもある。

 しかし、ここは私が屈折するしかあるまい。
 「じゃあその安いけどすごく美味い!ってわけでもない、その店に行ってみよう」

 こうして業務終了後の課外活動のプログラムが決まった。

PianoQuintet  今日の嬰ヘ短調はこれ! 
 ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の弦楽四重奏曲第7番嬰ヘ短調Op.108(1960)。

 3楽章構成の作品で、スコアには“ニーナ・ヴァシーリエヴナ・ショスタコーヴィチの思い出に捧ぐ”と記されている。
 ニーナ・ヴァシーリエヴナは1954年に亡くなった最初の妻である。

 第1楽章はリズミックであり、ここでは最初に妻と出会ったときの日を回想しているという。
 第2楽章は4つの楽器すべてが弱音器を付けて演奏する物憂げなもの。
 第3楽章は前2つの楽章の主題がよみがえり、フーガとワルツで高潮したあと、ひっそりと閉じられる。
 3つの楽章は合間なく続けて演奏される。

 ボロディン弦楽四重奏団の心にしみる演奏を。

 1981年録音。EMI。

IMGP0324  ちょっと健康を意識してササミなんかを頼んでみた
 その店は、なんのことはないここだった。

 そうネーミングが高貴な私にふさわしいが残念ながら店の状況は貴族的ではない“鳥貴族”である。
 しかし全品280円という価格は魅力的以外の何物でもない。会計の計算もしやすい(酔ったうえで計算する気力があればの話だが)。

 4人で行くことになったが、あとで2人加わるという。

 先発隊の4名が店に入ったときは、金曜日の夜だというのに閑散としていた。先発しすぎたのだろう(が、仕事を終えるのをフライングしたわけではない)。

 店員のラーマン君(仮名)が言う。「おセキ、4ジカンまでとなっちょりま」

 4時間あれば全然大丈夫。その半分の2時間も居れば十分だ。
 だいいち板を渡して造られている椅子だ。千葉課長やその手下である三城係長、あるいは植原課長は大丈夫でも、私のデリケートなお尻は長時間耐えられないだろう(って、私は痔主ではないことをはっきりと申し上げておく)。

 遅れて伏草課長と、回平係長、相場&八口さんが来た。
 6名のはずが8名になった。
 盛り上がるのはけっこうなことだが、問題はそのころには閑散としていた店が満杯状態になっていたということだ。
 私たちは助け合い励まし合って6人掛けテーブルを8人で利用した。

  4時間÷8=30分、って計算は成り立たないか……
 そして店員のテイ君(仮名)がやって来て「らすとおーだーダヨ」と言った。

 なに?

 気がつくと……なんということでしょう!もう3時間半も経っているではないか!

 仕上げのラーメンを食べなければ!と思いきや、定員オーバーで使っているテーブルにはもはや丼を置く余分なスペースなどないし、立ち食いとまではいかないが、中腰状態で麺をすすらなくてはならないことになりそうだ。

 ラーメンのことは断念し、ハイボールを追加注文して中部⇔新千歳を往復フライトしてもまだお釣りがくる時間を貴族的に過ごしたのだった。

 テイ君、言われてからも少しダラダラと居残ってすまんかった。
 それと、外で席が空くのを待っている人がいるとは知らんかった。
 暑い中、すまんかった。